↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも、同じ空の下  作者: 夜唏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/44

19:序幕

「あら。いらっしゃいませ」


 店内は色とりどりのリボンで包まれた焼き菓子が並び、砂糖の甘い香りが広がっていた。

 その中から、ルーカスの幼馴染――デイジィが店員として声をかけてくる。

「デイジィ様!このお店、リーベルス商会のお菓子屋さんだったのですね」

「そうです、デイジィはここの店長も任されているんですよ。――珍しいな。日曜は教会じゃなかったのか?」

 

「えぇ、色々あってね。もう、ボランティア活動はしていないの」

 デイジィの目元が一瞬、影を帯びた。

 

 エーリカに違和感が落ちる。

 ほんの少しの反応だったのに、小さな疑問となって沈殿して消えなかった。

「まぁ……。何かお困りですか?私で良ければお力になりますけど……」

「……ありがとうございます。でも、特に問題があるわけではないので」

 デイジィはそっと視線を逸らしながら、やんわりと断った。

 細められた目は穏やかに笑っているのに、その淡褐色の瞳はベールに遮られ、エーリカにはなにも読み取れなかった。

 

「そうですか、では、いつでもお声をおかけくださいね。――それにしても、デイジィ様のお洋服、リヒトブルーが素敵ですね。……あの、髪の色にとっても映えていて――」

「私に青が似合わないのは自覚しておりますので、貴族向けの挨拶じゃなくていいですよ。素直にリヒトブルーを褒めてくださいな」


「あー、品物だけ褒められると、褒められた側が贈るとかいう……」

「そう。貴族社会って面倒よねぇ」

「お気遣いありがとうございます。……以前いただいたリボンも可愛かったですが、デイジィ様のワンピースはそれよりも青が輝いて素敵ですわね」

 エーリカは少し姿勢を正し、丁寧に、でも少しだけ砕けた口調になる。


「ありがとうございます。リヒトブルーはキラキラ輝いて見えるのが特徴ですが、大判の生地になればなるほどその輝きが増すんですよ」

 デイジィが自分のスカートを少しだけ揺らす。

 すると、チカチカと青の隙間に光が遊んだ。

 エーリカは目を輝かせてその青に夢中になる。

 

「……エーリカもやっぱり、リヒトブルーのドレスを着たいのですか?」

「それはもちろん。この国のレディ全員の憧れだもの!」

「全員は言いすぎじゃないかしら」

 デイジィがからから笑う。

 

「――あの時頂いたリボンも飾って、いつも眺めていますわ」

 エーリカはルーカスと目を合わせ、穏やかな空気を交わす。

 

「デイジィ、相談なんだが――」

「リヒトブルーの融通はできません」

 唐突に切り出そうとしたルーカスの言葉を、デイジィがぴしゃりと遮る。

 そのやり取りに、エーリカは思わず目を瞬かせた。

 二人の間に流れる幼馴染特有の空気――軽口に混じる親密さが、微妙に胸をざわつかせる。

 

「どうしてもダメか?昔はもう少しどうにかなっていなかったか?」

 ルーカスは眉を寄せる。

「それ今言う?」

 ちらりとデイジィがエーリカを盗み見る。

「ご婚約者様がいる前で言っちゃっていいの?」

 挑発的に、デイジィがルーカスを煽る。

 

 剣呑な会話なのに、それでも空気は軽い。

 言葉の端々に、ふたりの過去の絆が顔を覗かせている。

 そこに、エーリカには、踏み込めない。

 

「え、あの……私、少し席を外したほうが……?」

「必要ないですよ、エーリカ。家に融通できなくなった理由、あるなら聞かせてもらおうか」

 

「……エーリカ様はリーベルス家とヴィツォレク家の繋がりはご存じですか?我が家が昔からヴィツォレク領で商会を経営していて、自分たちで言うのはなんですが、幾分領地の助けになっております。――父たちは特に親しくしていて、子供が成長したら結婚させようという話になっていたのです」

「結婚……?」

 エーリカの肩がかすかに動いた。

 背筋を、冷たい水が落ちるような感覚が走る。

 

 喉の奥に言葉が引っかかり、呼吸が浅くなる。

 唇の端を整え、笑おうとするけど、肌が固まって動かない。

 

「でも、あの、それは父親たちの軽口どまりで、婚約などはしておりませんので……」

 エーリカの表情を見たルーカスが、慌てたように口を開く。

 

「そんな訳で、リヒトブルーの融通は未来の婿への投資だったんです。ただ、今は優遇する理由がなくなってしまったので……もちろん幼馴染として他の商品で便宜は図りますが、リヒトブルーの生地は特別製なので……ね?」


「そう言えばそんな話もあったような……」

「ルーカス?」

 エーリカがサラサ直伝の“氷の笑み”をみせる。

 

「いや、でもっ!正式に、交わした約束、じゃない……――すみません、忘れてました……」

 慌てて取り繕っても、ルーカスの語尾にいつもの自信はない。

 

「まぁ、忖度に契約書なんてないしね」

 その声に混じるわずかな棘を、ルーカスも感じ取ったようだった。

 黙って小さく頭を下げ、謝罪の言葉を続ける。

「デイジィ、悪かっ――申し訳ない。無茶なこと言った」

 ルーカスはきちんとした謝罪で言いなおす。

 

「これからあんたから喧嘩を売る時は、その剣に頼りなさいね」

 デイジィの目だけが、愉快そうに細められた。

 ルーカスは返す言葉もないように眉を下げた。

 

「まぁ、そういう理由で、ヴィツォレク家にも予約順を守ってもらうようになっただけなのです。別に、リヒトブルーを売らないとかそんな意地悪じゃなないんですよ」

 軽く肩をすくめるデイジィの仕草はいつも通り明るい。

 けれど、その言葉の裏にある“距離の取り方”を、エーリカは敏感に感じ取っていた。

 ほんの少しだけ、笑顔の輪郭が遠のいて見えた。

 

「通常の注文、になっただけなのですね」

 エーリカが確認するように言う。

「はい、そうです。ちなみに予約ですが、ドレス分の大判となると2年はかかります。ワンピース分でもそれくらいかかる見込みです」

「そんなに?!」

 ルーカスが大きな声で驚愕する。

 エーリカも大声はださないものの、その長さには驚いている。

 

「エリザベート王女の計らいでリヒトブルーの輸出が決まったので、今後、国内分の供給は減ってしまうのです」

 エリザベートの名に、エーリカとルーカスの視線がかち合った。

 

「……デイジィ。実はその事で、折り入って話があるんだが……」

「領地移動や税に関してなら、もう父さんたちで話はついているわよ?」

「いや、商会の話じゃない。……お前自身のことだ」

 

 空気が張り詰め、一瞬だけ固まった。

 デイジィの手が、棚の上のリボンを摘んだまま動かない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。