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それでも、同じ空の下  作者: 夜唏


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19/44

18:緩和

 朝の光がカーテン越しに差し込み、柔らかな金色が部屋を満たしていた。

 まだ朝露の名残を宿す空気が、わずかに冷たく肌を滑る。

 鏡の前で、エーリカは小さく息を吐いた。


「サラサ、これ変じゃないかしら?」

 そう言いながらワンピースの裾をちょんとつまむ。

 いつもなら完璧な立ち居振る舞いを崩さないエーリカにしては、珍しい仕草だった。

 鏡に映る自分の指先がわずかに震えているのを見て、思わず視線を逸らす。


「お顔が可愛いので問題ありません」

「意味がわからないわ」

 間髪入れずに回答されて、エーリカは思わず片眉を上げる。

 サラサは悪びれる様子もなく、櫛を手に取る。


「髪は服に合わせてセットしましょうね」

「こんなにはしゃいで、まるで子供みたいね……」

 口ではそう言いながらも、エーリカの声はどこか弾んでいる。

 足元がそわそわと落ち着かない。

 鏡の中の自分が、少しだけ他人のように見える。


「別にいいじゃないですか。それだけルーカス様とのデートが楽しみなのでしょう?それだけ想える人がいることは良いことですよ」


 エーリカは鏡越しにサラサの目を見つめ、くすりと笑う。

「そうかしら」

 鏡に映る少女のような表情――それが自分だという事実に、ほんの少し照れくささを覚える。


「案外、ルーカス様も今日が楽しみで寝れなかったりするかもしれませんよ」

「殿方がそんなことあるのかしら?」

「誰だって楽しい日の前日ははしゃいじゃうものです」

 サラサは髪を軽くまとめながら、くすくすと肩が小さく揺れている。

 その笑みに釣られるように、エーリカも肩の力が抜ぬける。


「ふふっ、聞いてみようかしら」

 思わず零れた笑いが、朝の静けさをひとつ揺らした。

 

 ◇◇◇◇

 

 今日は、王都の中央広場で市が開かれている。

 数えきれないほどの屋台が並び、香ばしい匂いと人々の声が街を満たす。

 エーリカにとってこうした「庶民の生活」を目の当たりにする機会は滅多にない。


 午前の日差しを受けた石畳が、ほのかな温もりを帯びている。

 騎士服ではなく、軽装に近い私服姿のルーカスは新鮮で、思わず目を奪われてしまう。


 「今日の市は、特に平民の生活に合わせた魔道具が多いんですよ。ほら、あれなんか……」

 ルーカスが指差した先には、色とりどりの石を並べた露店。

 並べられた石の中の紋様が、淡く輝いている。

 「綺麗ね。まるで光が生きているみたい」

 「転送式の光玉です。灯りにも装飾にも使えるんですよ」

 そんな他愛もない会話を交わすたびに、エーリカは穏やかに満たされていく。


 魔道具の屋台、職人の手作り細工、色鮮やかな布。

 見るものすべてが新鮮で、通りを歩くたびに、お店を覗くたびに、笑顔が増えていた。

 庶民の子どもが駆け抜けていくのを見て、エーリカはつい足を止める。

 その笑顔があまりに眩しく楽し気で、思わず目で追ってしまう。


 「エーリカ?」

 「いえ……あの子たち、幸せそうだなって」

 「ええ。俺もああいう光景、好きですよ」

 ルーカスの声音は、安堵を誘うようで、耳に心地よい。

 

 やがて、二人は公園のベンチに腰を下ろした。

 手には、屋台で買った紙袋がひとつずつ。

 その中には焼きたての串肉と、香草の香り漂うパン。

 エーリカにとって買い食いも初めての経験で、最初は串をどこから口に運べばいいのか迷うほどだった。

 

 「――美味しいっ」

 ルーカスが少し得意げに笑う。

 「王都で一番人気の屋台ですよ。毎年すぐ売り切れになるんです」

 「そうなのね。知らなかったわ」


 食事も終えて一息ついたころ。

 エーリカはそっと手提げの中を探り、一振りの短剣を取り出す。

 薄赤に染められた鞘に、金色で繊細な模様が刻まれている。

 日差しを受けて輝くその短剣は、華美ではないのに不思議と目を引いた。


 「我が家では代々、バンデブローチと交換として、女性が嫁ぐときは身に着けるものをお渡しするんです」

 エーリカの声は少し震えていたが、言葉はまっすぐだった。

 「物によって、意味があるんですよ。眼鏡なら“あなたをいつも見ています”。ループタイなら“あなたを離さない”。そして――短剣は、“あなたを守ります”って意味になります」


 その言葉を口にした瞬間、自分の耳まで熱くなるのがわかった。

 「どうぞ……受け取ってくださいませんか?」


 ルーカスはしばし言葉を失い、目を瞬かせた。

 「俺なんかが、いいんですかね……いつか、安心して、好きな人と結婚できるとなった時にでも……」

 ルーカスの言葉を遮るように、エーリカが小さく首を振る。


 「私は、あなたに受け取って欲しいんです」

 エーリカの瞳に、迷いはなかった。

 ルーカスは短剣をしっかりと握りしめる。

 

 「……ありがとうございます。大切にします」

 その声はいつもより少し低く、ゆっくりと、でも確実に、エーリカに届いた。

 

 風に揺れた木々から、葉が一枚、舞い落ちる。

 やがて、正午の鐘が街のあちこちから鳴り響いた。

 「――もうこんな時間か。そろそろクッキー屋に行きましょうか。午後になってしまうと混んでしまいますから」

 「なら、急ぎませんとね」

 エーリカは立ち上がり、スカートの裾を整えた。

 心なしか、足取りが軽い。


 「行きましょう、エーリカ」

 「はい――ルーカス」


 名前を呼び合うその響きが、午前の日差しの中で重なった。

 気づかぬうちに朝よりも近い距離で、ふたりは並んで歩き出す。

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