↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも、同じ空の下  作者: 夜唏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/44

13:灯火

 エーリカの口から出たその名前に、ルーカスはわずかに目を見開いた。


 外の庭では鳥の声がかすかに響き、窓の向こうの木々が柔らかく揺れていた。

 けれどこの部屋の中だけは、時間が止まったかのように静かだった。

 

 空気の密度が変わるのを、エーリカは肌で感じていた。

 膝の上で両手を握りしめる。記憶の奥に残った痛みを、押し隠すように。


「――あぁ、だから……王子に対して、警戒されていたんですね」

 ルーカスの声が、わずかに低く響いた。

 驚きというより、納得したような声音だった。

 エーリカはその言葉に小さく喉を引きつらせ、視線を下へと落とした。


 窓から差す光がエーリカの輪郭をやわらかく照らす。

 伏せた睫毛が影を落とし、その表情は静けさの中に複雑な感情を隠していた。


――この人にだけは、偽りたくない。誠実でありたい。本当の姿でいたい。

――せめて、自分の口で真実を伝えたい。


 過去の婚約を語ることは、恥でも痛みでもあり、疼く傷を触れるようなものだった。

 それでも、今、エーリカが本当に欲しいのは、ただ“共に歩める誰か”だ。

 華やかな未来でも、栄誉でもない、ただ隣で同じ景色を見て、笑い合えるそんな存在。

 

(今、側にいるのは、あの未来の誰でもない……私の言葉に耳を傾け、私を見てくれるのは、この人なんだ――)

 だからこそ、ルーカスには真摯に向き合う。

 

「……気取られるなんて、私もまだまだですね」

 エーリカの唇から、張り詰めたものがほどける。

 その表情はどこか吹っ切れていて、声に滲む自嘲さえ柔らかかった。

 

「同じ道を通ることはないと思い、王女とか関わらずにすむように――アレックス様と親しくなることがないよう、気をつけていたんです」

 エーリカはもう俯かない。

 顔を上げ、正面からにルーカスを見据える。


 そんなエーリカを見つめながらルーカスは、何かを思案している。

 やがて、ふと睫毛を下げ、ためらうように口を開く。

「……だけど結局、王女様と顔見知りになってしまった、と。…………俺を選んだこと、後悔してますか?」


 その問いは穏やかだったが、エーリカの瞳に一瞬、わずかな動揺が走る。


「ありえませんわ! あなたを助けたいと言ったことに、嘘も後悔もありません!」

 その声には、涙にも似た熱がこもっていた。

 エーリカの瞳が、迷いなくルーカスを捉える。


「……でも、もし、あなたが標的なら……王女付きになる俺のそばにいることも、危険だ」

 ルーカスの低い声が、静かな部屋の空気に溶けていく。

 冷めきった紅茶が、表面が、揺れることなく窓の光を映している。


「そんなのお互い様ですわ」

 エーリカは小さく首を振り、包み込むような声で言う。

「私はそんなことを気にするつもりはありません。……私の方こそ、あなたを巻き込んでしまったと――」


「俺のことは……」

 “気にしないで”と続けようとするルーカスの言葉を、エーリカはもう一度、今度は力強く、首を振って遮る。

 その仕草には、言葉以上の強い想いが宿っていた。


 しばし、静寂が落ちる。

 ふたりの間を流れる沈黙は、決して重いものではなく、互いの心を確かめるための“間”だった。

 外の風がカーテンを揺らし、淡い光が二人の間を通り抜ける。

 その一瞬、二人の間に言葉よりも確かな絆が花開いた。

 

 やがてエーリカが、少しだけ柔らかい声で問いかける。

「私が危険なことに巻き込まれても、その時は……あなたが、守ってくれるのでしょう?」

「……あなたにはかないませんね」

 困ったように口元を和らげ、ルーカスは答えた。

 エーリカはほっとしたように目を細めて、そっと言葉を継ぐ。

「だったら――お互い助け合っていけばいいんです。絶対、幸せになりましょう」


 その願いは、純粋で揺らいではいなかった。

 ルーカスは息を飲み、意を決したように立ち上がると、そのままエーリカの傍に膝をついた。

「はい。仰せの通りに――絶対に、お守りします」


 片膝をついてエーリカの手をとるルーカスは、いつかの祭典で見た、制約の儀の騎士のようだった。

 ただの約束ではない、確かな誓いだ。

 エーリカの瞳がわずかに和らぎ、肩からわずかに力が抜ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。