私なりのけじめの付け方
今回ちょっと長くなりました。
すみません。
よろしくお願いします。
そうして両思いになった私たちだったけど、街歩きの時に見た恋人たちのように、急に甘い雰囲気にはならなかった。クリストフ様が照れ屋というのもあったけど、私が距離感の変化についていけなかったことが大きい。
少しずつ、私たちの速さで、進んでいけたらいいね、と二人で話し合った。
そしてお兄様と話す前に、私にはやっておきたいことがあった。それはコリンナさんと話すこと。幼い頃からクリストフ様を思っていて、誰よりも大切にしていた女性。認めてもらうなんておこがましいことは望んでいない。ただ、コリンナさんにクリストフ様と交際を始めたことを隠しておくべきなのかと悩んだのだ。
同じ場所で働いている以上、どこからか話は伝わるだろう。後から人から伝わるときに、より歪んだ形で伝わって欲しくなかった。それはお母様とレナーテ様のことから学んだことだった。
同じ言葉でも、悪意のある無しで意味合いは変わる。それは、話す方も受け取る方もだろう。
一対一なら、例えそこで歪んだ形で伝わろうとしても、そうじゃないと否定することかできる。
コリンナさんはクリストフ様にとって大切な人。私にとっては仕事や、人を愛することを教えてくれた人。私にとっても大切な人なんだと思う。
いろんなことが初めてで、気持ちがついてきていないからこうして曖昧なことしか言えないのがもどかしい。
自分の気持ちを自覚するためにも、ちゃんとコリンナさんと向き合おうと決めた。
◇
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
いつも通りに、挨拶を交わしながら孤児院の中へ向かう。
これからコリンナさんに話すと決心したけど、それでも胸の鼓動がうるさい。思った以上に緊張するのだと知った。
通い慣れたはずの調理場までの道が遠いようで近い。一歩一歩進むたびに、何から話そう、どう言えば、という迷いが足を鈍らせる。だけど、その時は来た。
コリンナさんは私より先に来て、手早く調理をしている。真剣な表情で忙しく動いているから、声をかけるのに躊躇う。その間にコリンナさんの方が私に気づいて声をかけてくれた。
「ちょっと。忙しいんだから、ボーッとしてないでよ。わかったら早く動く!」
「はい!」
慌てて準備をして、コリンナさんに指示されたことを進めていく。隣で手早く終わらせていくコリンナさんとは差がありすぎて悲しい。だけどすぐにそんなことは考えられなくなった。
「ふう……」
ようやく一段落した。安堵のあまりため息をつく。
「まだまだ仕事はあるんだから、へばってんじゃないわよ」
「はい……。あの! 仕事が終わったらコリンナさんとお話しがしたいんですが!」
「ちょっ、うるさっ。そんなに叫ばなくても聞こえるわよ」
コリンナさんは、両人差し指を耳の穴に入れて顔を顰めた。
「あ、ごめんなさい……」
しょぼしょぼと小声になって、肩と首をすくめる。そんな私を見て、コリンナさんは腕を組んでため息をついた。
「わかったわよ。聞けばいいんでしょ」
「ありがとうございます!」
途端に声が弾む。またコリンナさんは「うるさっ」と言って両人差し指を耳の穴に入れるのだった。
◇
「それで何の話?」
仕事を終えた私たちは、物置に来た。ここなら人がいないし、外からの声も聞こえない。
最初の言葉を間違えたら、コリンナさんは話を聞いてくれないんじゃないか、そう思ってどんな言葉を言うべきか考えたけれど、わからなかった。
だけど、わからなくて当然なのだ。私はコリンナさんではないのだから。
今、この時に思い浮かんだ言葉が口をついて出た。
「申し訳ありません」
「は? 何についての謝罪なの? 思い当たる節がありすぎてわからないんだけど」
それもそうだ。仕事でたくさん迷惑をかけてきたから。そのことについても確かに謝りたい。だけど、今一番謝りたいのは──。
「……私はクリストフ様が好きです。大切な方で、これからも一緒にいたいと思っています。
コリンナさんの気持ちを知っていながら、横恋慕するようなことをして申し訳ありません」
深々と腰を曲げて頭を下げる。貴族令嬢としての常識なんてわからないし、だからといって平民としての謝罪の仕方もわからない。これが今の私にできる精一杯の謝罪だ。
「……そんなの、知ってたわよ。クリストフにしろ、あなたにしろ、きっとそうなるってわかってた。わかっていて最初にあなたを敵視して牽制して、そうやってあなたに罪悪感を持たせるような卑怯な真似をしたのは私。だからといって謝るつもりなんてないわよ」
「え?」
思わず頭を上げてコリンナさんを見ると、腕組みをして、視線を右斜め下に落としている。その表情は痛いのを堪えているような悲痛なもので、かける言葉が見つからなかった。
コリンナさんは続ける。
「先に好きになった、後から好きになった、恋愛にそんな順番なんてないわ。結局選ばれた人が勝ちなのよ。あなたはクリストフに選ばれて私に勝った、それだけのことよ」
「違います!」
吐き捨てるように言ったコリンナさんに、思わず反論してしまった。聞いて思ったことを整理しながら話す。
「順番は確かに関係ないのかもしれません。それはコリンナさんの仰る通りだと思います。だけど、勝ち負けなんて言ったら、誰が優れている、劣っている、という風に聞こえてしまいます」
「綺麗事なんて言わないでよ! じゃあ、私はどう思えばいいのよ! 負けたんだから仕方ない、諦めようって思うしかないじゃないのよ……!」
私にはそのコリンナさんの気持ちがわからなかった。そもそも私は誰かと勝負したことがないのだ。初めから自分は劣っているから勝負にならない。そんな私がどんな言葉をかければいいのか。悩んだ末に見当違いなことを口にした。
「……私はクリストフ様にはっきりと嫌いだと言われていたんです」
「……」
「だから、少しでも好感を持ってもらえるように頑張るしかありませんでした。嫌いと言われてから、好きじゃない、嫌いじゃない、となり、ようやく好感を持ってもらえるようになりました」
「……何が言いたいの?」
苛立ったようなコリンナさんに怯みそうになるけど、私は続けた。
「つまり、クリストフ様は私の駄目な部分、嫌いな部分を知っているということ。そう考えると、私は不安なんです。私はまたいつ嫌われるかわからないのですから」
私はコリンナさんが羨ましい。私の知らないクリストフ様を知っているし、信用を積み上げるだけの時間を過ごしてきたのだから。
「……私はコリンナさんが怖いです。クリストフ様に一番近くて、クリストフ様が好感をもっている女性ですから。私はクリストフ様に嫌われない努力をし続けるしかないと思っています」
コリンナさんは怒るだろうかと思ったが、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「……何よ、あなたも一緒なんじゃない。私もずっとあなたに居場所を奪われる気がして怖かった。だから負けたくないって思ってたけど……もう、わからないわ……お願い、しばらく一人にさせて……」
離れるのが心配だったけど、一人になって考えたいというなら、もう私にはこれ以上言えることがない。何度か振り返りながら、私はその場を後にするしかなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。




