自分を好きになりたいから
よろしくお願いします。
こほんとクリストフ様は軽く咳払いをすると、神妙な顔つきになった。
「それで、男爵夫人と会って話したいってことだが……」
「はい」
浮かれていた頭が一気に冷静になった。そうだ、その話をしていたんだった。
「俺は難しいと思う」
「そう、ですよね。またお互いに譲らないでしょうし」
「いや、それ以前の問題だ。そもそも平民が男爵夫人と会えるのか?」
「それは」
家族だから大丈夫だと言いかけて気づいた。もう私はあの家の人間じゃない。私がレナーテ様のことを知る前、以前の私だったら大丈夫だったかもしれない。だけど、レナーテ様とお母様との確執を知り、娘じゃないことを知った上に、お母様にとって都合の悪い真実を知ろうとしている今の私はお母様にとっては脅威なのではないだろうか。
「無理でしょうね」
「ああ。今度は詰所に突き出されるかもしれないな。部外者が勝手に入ってきただの、話しかけてきただのと言いがかりをつけてな」
あり得ない、とは言えなかった。今のお母様は私が知っているお母様じゃない。
じゃあ、これで諦めた方がいいのだろうか。幸い、諦める理由ならいくつでも思いつく。そうして時薬が私の心を癒してくれるのを待てばいいだけだ。クリストフ様と両思いになれて、辛いことに目を向けなくてもよくなったんだから。
だけど──。
「……きっともう、今までにわかったことだけで満足していればいいんだと思います。そうすればもうこれ以上傷つかずにすむから。
だけど、私はこれまでずっと逃げてきたんです」
「違うだろ。お前は洗脳されていたようなもので……」
「いえ、本当はおかしいと思う場面が、これまでにいくらでもあったんです。だけど、その違和感に蓋をして、楽な方に逃げてきたのは私。向き合うのが怖くて逃げてきたようなものです。今はそんな自分が嫌いで、恥ずかしいんです。私はクリストフ様が好きだと言ってくれた私自身を好きになりたい。あなたに誇れる自分でいたい」
「ロスヴィータ……」
恋愛なんてまだよくわからない。だけど、クリストフ様は以前の私が嫌いだと言っていた。あの頃に逆戻りしたら、今手にした幸せを失ってしまう。そんなのは嫌だ。
私の中にそんな欲があるなんて知らなかったが、幸せに強欲になることは悪いことだけではないと思う。幸せになる努力をするようになるから。
「……巻き込みたくなかったけど、お兄様にお願いしてみようかと思います」
頭にはあったけど、考えないようにしていた。お兄様は私の心配をしてくれていたから、介入してしまえば事情を知りたがるかもしれない。事情を話さずにこちらの頼みを聞いてくれというのは都合がよすぎる。
「ですが、お兄様には私の生い立ちは伏せておきたいんです。お兄様は優しいから、きっと傷つくと思って……」
「それはエリーアス様が決めることじゃないか? お前だって傷ついてもいいから真実を知りたいと言っただろう。相手がどうしたいかが大事だと俺は思う」
「そうでしたね。相手の気持ちを無視して、あなたのためだと押し付けるのは駄目でした」
クリストフ様の言葉にはっとした。あなたのため、というのは相手を自分の都合よく扱うための言葉に聞こえるのだ。そう言われて生きてきた私はついそのことを忘れて、お母様と同じことを人に強いようとする。長年かけて身についた習慣は簡単には消えない。
「気づかせてくださってありがとうございます。私はまた間違えるところでした」
「いや、間違いかどうかなんてわからない。俺だって自分が正しいなんて思わないから、俺ならこう思う、としか言えないんだ。難しいことを言うようだが、相手の言うこと全てを真に受けるんじゃなく、その考えを踏まえて、じゃあ自分ならこうしよう、と考えて答えを出すしかない。お前は俺じゃないからな」
一見自分で考えろと突き放したように聞こえるけど、お前の考えを大事にしろ、と言ってくれているようにも思える。そういう裏の気持ちにもなんとなく気づけるようになったのは進歩かもしれない。
「頑張ります!」
満面の笑みを浮かべた私を、クリストフ様も笑顔で「ああ」と言って頭を撫でてくれた。
そうして、近いうちにお兄様に会いに行く日を決めたのだった。
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