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これが始まり

また遅くなってすみません。

よろしくお願いします。

 クリストフ様の表情はいたって真剣で、私をからかっている様子はない。それでも、心の底からその言葉を信じていいのか不安だった。期待したときに裏切られる辛さを知ってしまったから。


 真剣な気持ちには真剣に返さないと。それなら、「私もです」と一言言えばいいだけだ。だけど、その簡単な一言が喉に張り付いて剥がれない。


「俺はお前を困らせているのか?」


 クリストフ様の表情が苦しそうに、悲しそうに歪んでいる。


 ──こんな時まで私はクリストフ様の気持ちよりも自分の気持ちを優先させるつもりなの?


「違います! 私だってクリストフ様が好きなんです! だけどっ……」


 言葉にしてしまうと、その言葉の重みに押しつぶされそうになって、涙が溢れてきた。


「っ私には、喜ぶ権利なんて、なくてっ! 信じても、いいのかも、わからなくて! 何を信じれば、いいのかも、わからなくてっ……!」


 言ってることもメチャクチャだ。わからないばかりで駄々をこねる子どもみたい。きっとクリストフ様も呆れているだろうと涙越しに顔を見ると、更に苦しげな表情になっていた。


「……お前の気持ちを考えてなかった。ただでさえ隔離されて育ったお前が、状況を理解してすぐに適応できるわけがないんだよな。それでも理解しないと、考えないと、って俺がお前を追い込むような真似をしたから……」


 そうじゃない、と言葉にする前に弾かれるように首を左右に振る。


「クリストフ様の、せいじゃないんです。私はこれまで、表面しか見てこなかったから……。

 期待して、信じて裏切られたら、なんて、考えて、クリストフ様の言葉を疑って……。最低です。

 それに、私が幸せになるってことは、誰かが不幸になる、ってことですよね……」


 クリストフ様のお父様とレナーテ様、そしてクリストフ様を好きだというコリンナさんの顔が頭に浮かぶ。クリストフ様のお父様とレナーテ様の場合は、二人の不幸の上に私の存在がある。存在することが幸せなのか、ということと更に不幸な人を生み出すのか、というのは別の問題なのかもしれないけれど──。


「それの何が悪いんだ?」


 クリストフ様は不思議そうに私に問う。まさかそう返されるとは思わなかった私は驚きで涙が引っ込み、しどろもどろに答える。


「え、だって、信用されてないんですよ? 嫌じゃないですか?」

「それは信用されるだけの実績がない俺の不甲斐なさだろうが。それに、それだけお前が傷ついた証拠だとも思うんだよ。俺だって、大人になって育ててくれた親が実は他人で、いきなり敵対したら、周りの人を疑いたくなるかもしれない。一番信用していたんだろう?」


 ──ああ、この人は本当に。


 こうやって私の心を救ってくれるのだ。私の弱さも肯定して、自分の弱さも肯定して、寄り添ってくれようとする。こんなのはずるい。好きな気持ちが更に膨らんで自分でも止められなくなるじゃない。


 クリストフ様に勢いよく抱きつくと、顔を埋めて何度も何度も頷く。答えたくても、今はクリストフ様への思いばかりが溢れてきて、好きだとしか言えないかもしれない。


 そんな私をよそに、クリストフ様は話を続ける。


「それにお前は、自分が幸せになれば誰かが不幸になるって言うが、それは誰にでも当てはまることだと思うぞ。現に俺だってそうだ。俺の親父は男手ひとつで俺を育てていたが、俺がいなければそんな苦労しなかったんじゃないか、って俺も思ったことがあるからな」


 最後の言葉はどことなく沈んで聞こえて、私は顔を埋めたまま、何度も否定するように首を振った。


「ありがとな」


 頭上から優しい言葉と共に、頭を優しく撫でられて、クリストフ様の顔が見たくて顔を上げる。

 見下ろす視線は優しくて、背中を押されたようで感じるまま言葉にした。


「私はクリストフ様が生まれてきてくれて、こうして会えて、一緒に過ごせて幸せです。あなたが私に幸せをくれたんです。好きだなんて言葉じゃ足りないくらい大好きで、感謝してるんです! それに」

「ちょっ、ま、待て!」


 更に言い募ろうとしたところをクリストフ様に遮られた。クリストフ様の顔は真っ赤になっていて、それを隠そうと私の両目にてのひらをかざしたところで、私はそれを避ける。


「待つけど、クリストフ様は自分がどれだけ大切な存在か知るべきです。私は本当にあなたに救われたんですから」

「ああっ、だからそれをやめてくれって」


 どうしてそんなに嫌がるのかわからない。口角を下げた私にクリストフ様は苦笑した。


「ありがとな。あんまり言われると照れくさいからやめてくれ。だけど、お前の気持ちもこれでよくわかったよ。お前も俺を好きでいてくれるんだな」


 こうして心の内を話した後だからか、今度は素直に頷くことができた。


「私もクリストフ様が好きです」


 笑いかけると、クリストフ様も笑い返してくれた。


 これで気持ちが通じ合ったけど、好きの種類の違いとか、気持ちの大きさとか、多分違うところがあるんじゃないかと思う。

 だけど、それもきっとこれから一緒に過ごしたり、話し合ったりする中で少しずつわかってくる気がしている。

 これで終わりじゃない。これが始まりなんだと──。

すごくモダモダしてるけど、傷ついた人って臆病になるよね、という思いで入れちゃいました。

読んでいただき、ありがとうございました。

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