第3話:俺を追放したパーティーが壊滅寸前らしい
「……寒くねえか?」
最初にそう言ったのは、バズだった。
エイトを追い出した、その夜。《銀狼の牙》は街の東の森で野営をしていた。焚き火は、新入りのマルコが点けたものだ。
「火は火だろう。燃えてるじゃないか」
マルコは不思議そうに首をかしげる。たしかに燃えている。ぱちぱちと薪がはぜ、煙が目に染みる。
だが、温かくない。
火の正面にいる顔だけが熱く、背中は凍えるように冷たい。三年間、こんな夜は一度もなかった。
「たまたまだ。今夜は冷え込んでるだけだ」
ディランはそう吐き捨てて、毛布をかぶった。
夜明け前。見張りのバズがうとうとした隙に、狼の群れが野営地へなだれ込んだ。これまで一度も、獣が野営地の内側まで入ってきたことはなかったのに。
バズの腕から血が流れる。いつもなら、ここでカノンの癒やしの光が飛んでくるはずだった。
誰も、何もしなかった。できなかった。
狼をどうにか追い払ったあと、バズは布切れで腕を縛りながら、ぽつりと漏らした。
「……あいつがいた頃は、こんなこと一度も――」
「黙れ!」
ディランの怒鳴り声が、夜明けの森に響いた。
「あいつの名前を出すな。見張りのお前が寝てたからだろうが」
バズは何か言い返しかけて、口をつぐんだ。
マルコだけが、燃えかすになった焚き火と、消えたままのランタンを、黙って見比べていた。
◇
二日目。洞窟の依頼で、ディランは毒ムカデに足を噛まれた。
「解毒薬は!」
「……カノンが持ってた」
「誰も買ってねえのかよ!」
買う必要がなかったのだ。三年間、毒はすべてカノンが消していたのだから。
ふくらはぎが紫色に腫れ上がり、焼けるような痛みが膝まで這い上がってくる。
カノンなら、手をかざして十も数えないうちに消してくれた毒だ。そのときディランは、礼の一つも言わなかった。回復役が回復するのは、当たり前だと思っていたから。
「……くそっ」
誰に向けた悪態なのか、自分でも分からなかった。
腫れ上がった足を引きずって、パーティーは依頼の途中で撤退した。
◇
「依頼失敗ですね。違約金として、銀貨三十枚をお支払いください」
ギルドの受付で、ディランは歯を食いしばった。
背後の酒場から、噂話が聞こえてくる。
「聞いたか? 東の雑木林でオーガが仕留められてたってよ」
「二人組だろ? 黒髪の魔法使いと、銀髪の神官」
「それ、《銀狼の牙》を抜けた二人じゃねえか」
ディランの肩が、ぴくりと跳ねた。
「……たまたまだ。弱ったオーガにでも当たったんだろう」
「ディラン」
マルコが、珍しく硬い声を出した。
「僕は王都で火魔法を学んだ。だから言える。ファイアボールでオーガは倒せない。……あの人のファイアボール、本当にただのファイアボールだったのか?」
「うるせえ!」
ディランは掲示板から依頼書を一枚、乱暴に剥ぎ取った。
赤い枠。Bランク相当。
《北の沼地に巣食うヒュドラの討伐》。
「これを片付ければ、全部取り返せる。文句はねえな」
誰も、何も言えなかった。
ディランは依頼書を握りしめたまま、奥歯を噛んだ。
認めるわけにはいかない。
あいつがいなくなった途端に崩れた、などと認めたら――この三年、自分の剣で稼いできたと思っていた名声が、全部嘘になる。
だから、勝たなければならない。あいつらがいなくても勝てると、証明しなければならない。
◇
「《銀狼の牙》が、三日経っても戻らないんです」
ギルドの受付嬢は、申し訳なさそうに救援依頼の紙を差し出した。
「行き先は北の沼地。ヒュドラ討伐です。今この街で大物とやり合えるのは、オーガを倒したお二人くらいで……」
俺は、ちらりとカノンを見た。
「……追い出した連中だぞ」
「ええ。でも、ここで見捨てたら、私たちがあの人たちと同じになります」
それで、決まりだった。
俺たちは、北の沼地へ向かった。




