↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ファイアボールしか使えない無能」と追放されたのに、壊滅寸前の元パーティーを助けに行けと言われました  作者: 姫野ことは(旧名:KOTOHA)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/4

第4話:ただのファイアボールだよ。

 北の沼地は、腐った水と血の匂いがした。


 水面からそびえ立つ五つの首。その足元の岩場に、《銀狼の牙》は追い詰められていた。


 バズは脇腹を裂かれて倒れ、ディランは欠けた剣を構えたまま膝をついている。その前で、マルコが叫んだ。


「フレイムランス!」


 炎の槍が首の一つを吹き飛ばす。だが、切り口が泡立ち、二つの首になって生えてきた。


「そんな……撃てば撃つほど増える……!」


 六つになった首が、一斉に口を開ける。


「――ファイアボール」


 ファイアボール《みんなのまえでもえさかれ》


 岩場の前に、炎の壁がせり上がった。叩きつけられた毒液が、じゅうっと音を立てて蒸発する。


 ディランが、弾かれたように顔を上げた。


「エイト……? なんで、お前が」


「救援依頼だ。カノン、バズを頼む」


「はい!」


 バズの傷は深い。血が止まらなければ、癒やしが追いつかない。


「痛むぞ。歯を食いしばれ」


 ファイアボール(きずぐちをやけ)


「ぎっ……あああっ!」


 焦げる匂いと一緒に、傷口が封じられる。俺にできるのはここまでだ。火は焼くことはできても、治すことはできない。


 すかさずカノンの癒やしの光が、爛れた肌を包み込んだ。


 俺はヒュドラに向き直る。


 切ったら増える。なら、増える前に切り口を焼いてしまえばいい。俺のいた国では、大昔からそう語られている。


 ただし――六つ同時に。一つでも残せば、そこからまた増える。


 必要なのは、長い命令だ。


 炎の壁に十二、止血に七。残りのMPは31。そのうち二十――ふりがなの欄に書ける、上限いっぱいの文字数を、この一発に注ぎ込む。


「……俺たちの前で、何をする気だ。ファイアボールしか使えねえくせに」


 背後でディランが呻くように言った。


「ああ。ファイアボールだよ」


 俺は右手を、まっすぐヒュドラへ向けた。


「――ファイアボール」


 ファイアボール《ヒュドラのくびをひとつものこさずやききれ》


 二十文字。残りのMPは、11。


 ふりがなの欄いっぱい――二十文字の命令には、反動が来る。


 視界が白く飛んだ。体中の血を抜かれたように、膝から力が消える。


 その代わりに――手のひらから、太陽が生まれた。


 火の玉は六つに裂け、それぞれが白熱の刃となって首の付け根へ走る。切り落とし、そのまま断面を焼いて封じる。


 六つの首が、同時に沼へ落ちた。


 もう、何も生えてこなかった。


 ヒュドラは首で生きる魔物だ。再生できない首をすべて失えば、胴体も長くはもたない。


 巨体がゆっくりと傾き、泥水を跳ね上げて沈んでいく。


 静寂の中で、マルコの乾いた声が聞こえた。


「……今の、ファイアボールだよな。僕も同じ呪文を知っている。一言一句、同じだった」


 その声は、震えていた。


「なのに……なんで、あんなことが起きるんだ」


 俺は答えず、よろけた。カノンが駆け寄って、肩を支えてくれる。


 ディランは――欠けた剣を握りしめたまま、一言も発しなかった。


◇


 翌日のギルドは、救援の話でもちきりだった。


 報告を終えて受付を離れた俺たちの前に、包帯だらけのディランが立ちはだかった。


「……エイト。戻ってこい」


 酒場のざわめきが、すっと引いた。四日前と同じ顔ぶれが、今度は息を潜めてこちらを見ている。


「取り分は倍にしてやる。装備も返す。カノンも一緒に――」


「断る」


「……なんだと?」


「回復役の代わりはいくらでもいるんだろ? 火魔法使いも、もういるじゃないか」


 俺は、ディランの後ろで俯くマルコに目をやった。


 ディランの顔が、赤くなり、それから青くなった。


「……一つだけ、よろしいですか」


 カノンが一歩前に出た。その声は、酒場の奥までよく通った。


「《銀狼の牙》は三年間、冬の野営で一人も凍傷者を出しませんでした。それは、エイトさんの火が私たちを温めていたからです」


 ざわ、と周りが揺れる。


「夜襲を一度も受けなかったのも、野営地に獣が入ってこなかったのも、ランタンの先でいつも魔物を先に見つけられたのも。全部、エイトさんのファイアボールです」


「そ、そんな話、信じられるか! ファイアボールはファイアボールだろうが!」


「――本当だよ」


 口を挟んだのは、マルコだった。


「僕が点けた焚き火じゃ、誰も温まらなかった。狼も防げなかった。……昨日、あの人は僕と同じ呪文で、ヒュドラの首を六つ同時に落とした。王都の学院の誰にも、あんな真似はできない」


 酒場が、完全に静まり返った。


 その沈黙を破ったのは、奥から出てきたギルドマスターだった。


「《銀狼の牙》。度重なる依頼失敗、加えて救援を要する事態を招いた。本日付けでDランクへの降格とする」


「なっ……!」


「まだある」


 ギルドマスターは、一枚の書類をテーブルに置いた。


「ギルドの報酬記録を確認した。この一年、エイトの取り分だけが、他の三人の半分になっている。追放の際に没収した魔法鞄も、購入資金はエイトの取り分から出ていた」


 ディランの顔から、血の気が引いた。


「差額の全額と、魔法鞄の返還を命じる。期限は十日だ。払えなければ、パーティー資格を停止する」


「それから、エイトとカノン。オーガ討伐、およびヒュドラ討伐と救援の功績を認め、二名をBランクへ昇格とする」


 一拍置いて、酒場が歓声に沸いた。


 四日前に俺を笑っていた連中が、今はジョッキを掲げている。その変わり身の早さには苦笑しか出ない。


 立ち去ろうとした俺の背中に、しぼり出すような声が届いた。


「……何なんだ。何なんだよ、お前のファイアボールは」


 俺は振り返らずに答えた。


「ただのファイアボールだよ。――ふりがなが違うだけの、な」


◇


 ギルドを出ようとした、そのときだった。


 重い扉が、外から勢いよく開いた。


 立っていたのは、紅い鎧を着込んだ長身の女騎士だった。肩には、女の細腕では持ち上がりそうもない戦槌を担いでいる。


 彼女は酒場をぐるりと見回して――俺を指差した。


「あんたが、ヒュドラをファイアボール一発で落としたっていう魔法使い?」

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


エイトとカノンの物語は、ここで一区切りです。


「面白かった」「女騎士編も読みたい」と思っていただけたら、

下の☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると嬉しいです。

ブックマークや感想も、続きを書く励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。