表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/52

第33話 スサノオの願い

 楠木から情報を受け取った翌日、彰彦さんが動いた。


 午前中に連絡が来た。「各方面への調整を始めます。凪さんはヴァルナさんへの確認をお願いできますか。深層素材と門の関係について、ヴァルナさんが知っていることがあれば聞いておきたい」


「分かりました」


 午後、如月さんからも連絡が来た。「告発の準備を変更します。庁内腐敗の証拠は保持したまま、大公のテロ関与の証拠として組み替えます。時間をください」


 聖羅からも短いメッセージが届いた。「新貴族の内部資料をまとめました。今日中に送ります。使えるものがあれば使いなさい」


 三十億の借りの返し方が、これだったらしい。


 塚田は「俺は俺で動く」とだけ言って、それ以上は何も言わなかった。あの男らしかった。


  *


 夕方、町田の実家に向かった。


 電車の中で、エルから通知が来た。


《カネゴンさんから、本日三回目のスパチャです。「次の配信はいつ? 戦いが終わったら早めにしなさい」とのことです》


「……戦いが終わったら、か」


《把握されているようですね》


「あの人は、たぶん全部分かった上でスパチャしてる気がする」


《そうかもしれません》エルが少し間を置いた。《なお、JIN_KIRISHIMAから先ほどアーカイブへの高評価が入りました。コメントはありませんが——見ています》


 俺は窓の外の景色を少しの間、見ていた。


 霧島迅が、まだ見ている。カネゴンが待っている。百五十万人が、次の配信を待っている。


 戦いが終わったら、配信しよう。それだけは決めた。


 久しぶりに蔵の前に立った。石造りの門構え。青白い光が文様から漏れている。変わらない。


「ヴァルナさんに会いに行く」


「なぁ~」とイゾルデが静かに鳴いた。


 いつもと違う鳴き方だった。


 扉を開けて、階段を降りた。


  *


 ヴァルナの空間は、いつも通りだった。


 石造りのアーチ。暖炉の火。白いベッドリネン。


 ヴァルナが窓際の椅子に座っていた。金髪に白いドレス。深い碧の瞳が、俺を見た。


「来ると思っていました」


「なぜ分かったんですか」


「精霊ネットワークを通じて、あなたの魔力の波動が伝わってきます」ヴァルナの声は穏やかだった。「何かを決めたときの波動は、特に分かりやすい。詳しいことまでは見えませんが——今日のあなたが、何かを問いに来る顔をしていることは分かりました」


 俺は椅子に腰を下ろした。ヴァルナの向かいだ。


「大公の計画が分かりました。グリウムと繋がっている。深層素材を使って門を安定させ、グリウムのモンスターを際限なく地上に溢れさせる。それが最終目標です」


 ヴァルナが目を閉じた。しばらく、そのままでいた。


「そうですか。千年以上経って、また同じことが起きようとしている」


「止められますか」


「あなたなら、止められます」ヴァルナの声が静かに響いた。「スサノオがそうだったように」


 俺は少し間を置いた。


「一つ、聞いていいですか」


「どうぞ」


「イゾルデを俺に遣わした理由を、まだ教えてもらっていません」俺はヴァルナを見た。「スサノオの願いが理由だと、ずっと感じていました。今日、聞かせてもらえますか」


 ヴァルナが目を開けた。


 暖炉の火が、静かに揺れた。


「……そうですね」ヴァルナは少し息を吐いた。「話す時が来ました」


 ヴァルナが立ち上がり、暖炉の前に歩み寄った。炎を見ながら、ゆっくりと話し始めた。


「スサノオは、グリウムの魔王リゲルバランを倒すとき、自分が死ぬことを分かっていました。自爆に相当する大魔法でなければ、あの魔王は倒せなかった。スサノオはそれを選んだ」


 俺は黙って聞いた。


「死の直前、スサノオは私に言いました」ヴァルナの声に、千年の時間が滲んでいた。「『俺の子孫が生まれたら、伝えてほしい。俺が諦めたものを、お前には諦めてほしくない』と」


「諦めたもの」


「平穏な時間です」ヴァルナの目に、ほのかに微笑みが浮かんだ。「戦うことに追われて、スサノオは一度も、ただ生きるということをできなかった。誰かと飯を食って、何でもない話をして、眠れる夜を過ごす。そういう時間を、スサノオは最後まで手に入れられなかった」


 俺は、ヴァルナの横顔を見た。


「イゾルデを遣わしたのは」ヴァルナは俺を振り返った。「あなたが一人でいないようにするためです。スサノオは最後まで、誰かの隣で戦うことを選ばなかった。一人で全部抱えて、一人で死んだ。あなたには、そうなってほしくなかった」


 イゾルデが、俺の肩の上で静かにしていた。


 いつもの軽口がなかった。


「イゾルデは知っていたんですか。この話を」


「知っていました。だから、あなたの隣にいることを、あの子は一度も嫌がらなかった」


 俺はイゾルデを見た。


 イゾルデが、金色の目で俺を見た。


「……知ってたなら、言えよ」


「言ったら、凪が気にするにゃ。気にしないで隣にいてほしかったにゃ」


 俺は少しの間、何も言えなかった。


 肩の上のイゾルデの体温が、やけにはっきりと伝わってきた。ずっとそこにあったはずの温もりが、今になって初めて届いたような気がした。


 暖炉の火が、また揺れた。


「悠々自適に生きたい、と言っていましたね」


「はい」


「スサノオも、そう言っていました」ヴァルナはかすかに微笑んだ。「一度でいいから、のんびり飯を食いたい、と」


「……そうですか」


「あなたは、スサノオが諦めたものを、既に少しずつ手に入れています。イゾルデがいる。ソフィアがいる。柚葉さんがいる。彰彦さんがいる。あの子たちは全員、あなたの隣を選んだ」


 俺は、それをしばらく考えた。

 ヴァルナが挙げてくれた名前を、頭の中で一人ずつ確認した。確かに、いる。一人ずつ、いる。


「だから、勝ちに行きます。諦めたくないので」


「なぁ~」とイゾルデが鳴いた。今度はいつもの声だった。


 ヴァルナが「ええ」と頷いて、また暖炉の炎を見た。


「勝ったら、ゆっくり話しましょう。スサノオのことを、もっと話せていなかった」


「楽しみにしています」


  *


 蔵を出ると、夜になっていた。


 町田の空に、星が出ていた。


 スマホを見ると、彰彦さんから短いメッセージが入っていた。「各方面、動き始めています。準備が整い次第、連絡します」


 如月さんからも。「証拠の組み替え、完了しました。あとは時機を待ちます」


 ソフィアからは一言。「準備できている」


 俺はスマホをポケットに入れた。


「凪」イゾルデが囁いた。「怖いにゃ?」


「怖いですよ」


「なぁ~」


「ただ」空を見上げた。「逃げるのは嫌いなので」


 イゾルデが「なぁ~」とまた鳴いた。今度は少し笑っているような声だった。


 町田の夜は静かだった。


 明日から、動く。


★ここまで読んでいただき、ありがとうございます。★

ここまでで、少しでも「面白そう!」「期待できる!」そう思っていただけましたら、

ブックマークと高評価をお願いいたします。

作者の励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ