第30話 盤面が、動く
彰彦さんから召集がかかったのは、楠木の件から三日後だった。
「今日、少し人が多くなります。構いませんか」
「構いません」と俺は答えた。
代々木上原の別邸に着くと、見慣れた顔と見慣れない顔が揃っていた。
彰彦さんとアリス。如月さん。ソフィア。そして——
「よう、久しぶりだな、神楽くん」
塚田栄一が、にっこりと笑っていた。
南大沢のダンジョン四層で一度会ったきりだ。あの時も同じ顔をしていた。何を考えているのか分からない、明るい顔。
「どうも」と俺は短く返した。
塚田が俺の肩の上のイゾルデを見た。「相変わらず可愛い猫だな」
「にゃ」とイゾルデが素っ気なく鳴いた。
全員が席についてから、彰彦さんが口を開いた。
「今日お集まりいただいたのは、大公の動きについて、それぞれが把握していることを共有するためです。塚田さんは新貴族側からの情報を、如月さんはダンジョン庁側からの情報を持っています。凪さんとソフィアさんには、アビスゲートと海外の動きを補足していただきたい」
「整理してから話した方がいいな」と塚田は言って、足を組んだ。「俺から先に話すか」
「お願いします」
*
「大公は今、焦っている」軽薄な口調が、少しだけ落ち着いていた。
「村神と楠木から上がってくる情報が、どこかで止まっている。大公本人はそれに気づいている。で——別のルートを動かし始めた」
「別のルートとは」と如月が聞いた。
「ダンジョン庁の上層部に、大公の息がかかっている人間が何人かいる。あんたも知ってるだろ、そっちの話」
「把握しています。安全管理局の副局長と、技術開発部の部長。二人が大公側と金銭的な繋がりがある。田所の不正アクセス事件を通じて、ある程度の証拠が固まっています」
「そこ経由で、仮面の配信者の正体を洗おうとしている」と塚田は続けた。「配信者は免許を持って南大沢に登録している。公的な記録を辿れば、いずれ辿り着く」
俺は少し息を吸った。
「時間はどのくらいありますか」
「早ければ一週間」と塚田は言って、俺を見た。「その顔、知ってたのか?」
「予測はしていました」
「さすがだな」
塚田はまた笑った。今度は少し違う笑い方だった。「ところで——あんたが黒猫の配信者だろ」
室内が、一瞬静まり返った。
俺は塚田を見た。
「なぜそう思うんですか」
「腕輪だよ」
塚田は顎でこちらを示した。「新宿で会った時も、南大沢でも、ずっと気になってた。二つつけてる理由。配信者が腕輪を外すと動きが変わる、ってコメントが配信にあって——あんたを見てたら繋がった」
《鋭い方です。初対面の時点から観察していたようです》
俺は少し間を置いた。
「否定しません」
「だろうな」
塚田は肩をすくめた。「俺は敵じゃない。それだけは言っておく」
「なぜ味方だと証明できるんですか」
「できない」と塚田は即答した。「だから証明しようとも思ってない。ただ——」と塚田は少し間を置いた。「この国が外国人に乗っ取られるのは、趣味じゃない。それだけだ」
俺が言った言葉と同じだった。
ただ——同じ言葉が、同じ意味とは限らない。
俺は塚田を見た。捉えどころのない目が、こちらを見ていた。笑顔の奥で何かを計算している気配は、最初に会った日から変わらない。この男の「敵じゃない」は、状況が変われば簡単に変わりうる類のものだ、と俺は思った。
それでも——今この場で使える情報を持っている。それだけは確かだ。
「……分かりました。今日の話は聞きます」
*
如月が続けた。
「ダンジョン庁の内部告発を、来週中に実行します。副局長と部長への証拠を、外部の記者に渡す。表に出れば、大公の庁内ルートは一時的に機能しなくなります」
「一時的に、ですね」
「はい。完全には潰せない。ただ、時間を稼げます」
「その間に、大公を動かす」とアリスが言った。今まで黙っていた。「エーリス文献への不正アクセスの件、一条家のシステムに痕跡が残っています。これを証拠として、大公に対して外交的な圧力をかけることができます。セントアーリア公国は小国ですが、一条家には国際的な繋がりがあります。私が連絡を取れる相手がいます」
「アリスさんが動いてくれるということですか」と俺は確認した。
「はい」アリスは静かに頷いた。
「この星のために動く理由が、私にはあります」
塚田がアリスを見た。何か聞きたそうだったが、やめた。一条家の事情に突っ込んでも得がないと判断したのだろう。飲み込みの早い男だ。
「ソフィアさんは」と彰彦さんが促した。
「ロシア側の動きを報告します」ソフィアは背筋を伸ばした。
「大公と繋がっている組織の欧州拠点が先週、動きを止めました。何かを待っている。日本側の計画が動くのを待って、それに合わせて各国で同時に動く気だと思います」
「スタンピードが起きるとしたら、同時多発か」と如月が言った。
「可能性は高い」とソフィアは言った。
室内に、静かな緊張が流れた。
《スタンピードの同時多発、という可能性は以前から想定されていました。ソフィアさんの情報は、その裏付けになります》
「俺からも一つ。アビスゲートに、最近変わった動きがあります。特定の素材を大量に買い占めようとしている匿名の買い手がいる。独自の情報源で追ったところ、地球の外——ダンジョンの向こう側の勢力との接点が疑われる仲介業者に繋がりました」
全員が黙った。
「独自の情報源」と如月が繰り返した。「それは、開示してもらえますか」
「今は出せません」と俺は正直に言った。「信じてもらえないかもしれませんが、今の段階では出所を伏せたまま進めさせてください」
如月が俺を見た。数秒、何かを量るような目だった。
「……分かりました。情報の正確さは、これまでの実績で判断します」
塚田が口を挟んだ。「で、その素材ってのは何に使えるんだ」
「全て、魔力増幅と空間干渉に関わるものです」と俺は答えた。「ダンジョンを人工的に発生させる、あるいは拡張させることに使える素材です」
誰も、すぐには口を開かなかった。
塚田が、珍しく笑っていなかった。
「……ちょっと待ってくれ。ダンジョンを、人工的に発生させる?」
「可能性の話です」と俺は繰り返した。「確証はない」
「確証はなくても」と如月が静かに言った。「ダンジョンが十年前に突如として世界中に出現した理由を、誰も説明できていない。——もし人為的なものだとしたら」
如月は言葉を止めた。
その先を、誰も口にしたくなかったのだと思う。
「それが大公の手に渡るとしたら」彰彦の声がいつもより低かった。「日本の特別区占有どころの話じゃない」
「大公が外の勢力と繋がっているなら」と如月が続けた。「日本の特別区占有は、最終目標ではない」
「通過点だ」と塚田が言った。
室内に、重い沈黙が落ちた。
*
会合が終わって、帰り際に塚田が俺の隣に並んだ。
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「あんた、怖くないのか。ダンジョンの向こう側とか、規模がでかすぎる話になってきた」
俺は少し考えた。
「怖いですよ。ただ、怖いのと動かないのは別の話なので」
「前にも同じようなことを言ってたな」塚田は少し笑った。「面白い人間だ、あんたは」
「あなたも大概そうだと思いますが」
「俺はただの傍観者だよ」塚田は歩き出した。「——今のところはな」
その背中が門を出て行くのを、俺は見送った。
《塚田さん。えどころがないのは事実ですが、今日の発言は全て確認可能な情報でした。嘘はついていません》
「分かってる。苦手なのは変わらないけど」
《それはそれとして、有用な人物です》
「そうだな」
イゾルデが肩の上で「なぁ~」と鳴いた。
夜の代々木上原は、静かだった。
盤面が動いている。
全員が、それぞれの場所から同じ方向を向き始めていた。
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