第27話 連絡が、途絶えた
その日の夕方、俺は六本木のペントハウスで次の配信の構成を考えていた。
ソフィアが加入してから最初の配信をどう組むか。イゾルデとソフィアが並んで戦う場面を見せれば、登録者は一気に増えるだろう。
「ソフィア、配信に映っても構わないか」とメッセージを送った。
三分後に返信が来た。「構わない。ただし顔は映すな」
「了解です」
「それと」と続けてメッセージが来た。「私をモブ扱いしたコメントが来たら無視しろ。反論しなくていい」
「誰かに何か言われましたか」
「言われる前に言っておく」
カネゴンのことを言っているのか、それとも一般視聴者のことなのか。どちらにしても、ソフィアはソフィアらしかった。
《ご参考までに》とエルが言った。《ソフィアさんの過去の配信視聴履歴を確認すると、自分が映ることへの抵抗は低い可能性があります。ロシアにいた頃のパーティーも配信活動をしていた記録があります》
「それは聞いてみないと分からないな」
「にゃ」とイゾルデが返事した。黒猫の姿でソファの肘掛けに丸まっている。
そのときだった。
《——待ってください》
声のトーンが変わった。
「何だ」
《柚葉さんの精霊ネットワーク上の気配が、急に途切れました》
俺は手を止めた。
「途切れた?」
《精霊ネットワークは人間の気配も薄く感知します。柚葉さんの気配は一条グループの研究施設から自宅方向への移動中でした。三分前に、新宿の路上で突然途絶えています》
「途絶える理由は」
《気絶、あるいは強制的な移動によって気配が撹乱された場合——》
俺は立ち上がっていた。
「場所は」
《新宿三丁目付近。精度は半径五十メートル程度です》
イゾルデが飛び起きた。獣人形態に変わった。金色の目が細くなった。「凪」
「行く」腕輪を一つ外した。「ソフィアに連絡しろ。柚葉を安全に連れ出しながら外と中を同時に抑える必要がある。一人では手が足りない」
《送ります》
*
新宿三丁目に着いたのは、十五分後だった。
夕方の繁華街。人通りが多い。エルが誘導する方向に走ると、路地の奥に黒いバンが停まっているのが見えた。
《あのバンです。エンジンはかかっています。出発直前と思われます》
バンの周囲に、二人の男が立っていた。探索者の装備ではない。一般人のふりをした見張りだ。
俺は通りの端で足を止めた。
「中に柚葉はいるか」
《気配を確認しました。バンの後部に、一名。意識はあります》
よかった。
「見張りのレベルは」
《二人とも非探索者です。ただし武器を携帯しています》
その時、路地の反対側からソフィアが現れた。俺を見つけて、素早く近づいてきた。
「状況は」と短く言った。
「バンに柚葉が乗っています。見張りが二人。非探索者。静かに終わらせたい」
「任せろ」とソフィアは即答した。
イゾルデが「ボクも行くにゃ」と言った。
「お前は俺と一緒に後ろを——」
《警告》とエルが言った。《バンの中に、もう一名います。見落としていました。探索者です。推定レベル23》
レベル23。楠木の部下クラスだ。
「ソフィア、中に探索者がいます」
「分かった」ソフィアは剣の柄に手をかけた。「変わらない」
俺たちは路地に入った。
*
見張りの二人は、ソフィアが一瞬で制圧した。
音もなく、鮮やかに。剣の峰で叩いて、気絶させた。二人とも倒れる前に支えて、静かに地面に置いた。三秒もかかっていない。
バンの後部ドアを俺が引いた。
中に、柚葉がいた。両手を拘束されて、床に座らされていた。目が合った瞬間、柚葉の目に安堵と怒りが同時に浮かんだ。
「お兄ちゃん——!」
「大丈夫か」
「大丈夫だけど——!」
バンの奥に、男が一人いた。探索者の装備。大柄。立ち上がろうとした。
「動かないでください」
男が動きを止めた。俺の目を見た。何かを感じ取ったらしく、動かなかった。
《レベル23。楠木壱成の部下の一人です。名前は——》
「いいです」と俺はエルに返した。
男に向かって言った。「柚葉の拘束を外してください」
男が少し迷ってから、柚葉の手首の拘束を外した。
柚葉が立ち上がった。俺の方に来た。
「怪我は」
「ない」柚葉は声を低くした。「お兄ちゃん、この人たち——楠木って人の部下だって言ってた。村神の指示で動いてるって」
俺は男を見た。男が目を逸らした。
「村神に伝えてください――次はない」
男が黙っていた。
「伝わりましたか」
「……伝える」と男は言った。
俺は柚葉を連れてバンを降りた。
*
路地を出たところで、俺は人の気配に気づいた。
通りの角に、小柄な人影があった。
制服を着た女の子だ。十代。探索者バッジをつけている。柱の陰に半身を隠すようにして、こちらを見ていた。目が大きく開いている。隠れているつもりらしいが、エルには最初から見えていた。
《楠木美紗さんです》とエルが言った。《三十分ほど前から、父親の部下——バンの中にいた男を尾行していたようです。この場所まで、気づかれないように距離を保ちながらついてきました》
俺は少し息を吸った。
薄々気づいていたから、確かめようとした。それが今夜、この路地に繋がった。
楠木美紗が、バンを見ていた。倒れている見張りを見ていた。父親の部下——さっきの男が降りてくるのを見ていた。
男が美紗に気づいた。「美紗——」と言いかけて、止まった。
美紗の目が、男から俺たちに向いた。それからまた男に向いた。
「……なんで」小さい声だった。「なんで、おとうさんの部下が、こんな——」
「美紗、これは」と男が言いかけた。
「説明しないでください」
声が震えていた。
男が黙った。
美紗がもう一度、俺たちを見た。柚葉を見た。拘束が外れた手首の赤みを見た。
それから、踵を返して走り出した。
男が「美紗!」と呼んだ。美紗は止まらなかった。人通りの中に消えていった。
俺は男を見た。
「追いかけなくていいです。あなたが追いかけて、説明できることは何もないでしょう」
男が俯いた。
*
その夜、ペントハウスに戻った。
柚葉は彰彦さんに連絡して、別邸で保護してもらうことになった。「怒ってるからね」と柚葉は言って電話を切った。怒りの矛先が彰彦さんに向いているのは少し気の毒だったが、それは彰彦さんに頑張ってもらうしかない。
ソフィアが帰り際に「柚葉さん、無事でよかった」と短く言った。
「ありがとうございました。今日、動いてもらえて助かりました」
「パーティーだから」とソフィアは言って、それだけで帰った。
イゾルデが「パーティーって言ったにゃ」とぼそりと言った。
「聞こえてた」
俺はソファに座って、天井を見た。
「エル」
《はい》
「楠木壱成は、今日の件を知っているはずですよね」
《おそらく。部下が動いているのは楠木の承認があるか、あるいは村神の直接指示を楠木が黙認しているかのどちらかです》
「美紗が見ていた」
《はい》
しばらく沈黙があった。
「楠木は、今夜どうしているか分かりますか」
《精霊ネットワーク上の気配では——六本木ヒルズ近辺に静止しています。移動していません》
動いていない。
美紗が帰ってきて、何かを言ったか、あるいは何も言わなかったか。どちらにしても、楠木は今夜、何かと向き合っているはずだ。
「如月さんに報告します。今日の件は証拠にはならないかもしれませんが、流れを伝えておく必要がある」
《承知しました》
俺はスマホを手に取って、如月へのメッセージを打ち始めた。
窓の外、六本木の夜景が広がっていた。
どこかに楠木壱成がいて、今夜何かが変わりつつある——そういう気がした。
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