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第五十八話 『奪衣婆』


「さぁ、何が欲しいんだい。地獄耳の閻魔であってもここでの会話は聞いちゃいない。今頃激務に追われているだろうからねぇ。だから、アンタらニンゲンは欲望をそのまま口にすればいいんだよ」


 闇市定番の決まり文句かは分からないが、口上を垂れた奪衣婆さんはケッケッケと厭らしく笑っていた。そんな上機嫌な彼女を前にして俺は全くと言っていいほどテンションが追い付いていなかった。何と言うか落差がスゴイ。


 それにいきなり欲望を口にしりと言われても困る。まだ、俺は闇市の店頭に並ぶ商品すら見ていないんだ。ここで何か買うにしてもせっかくレインちゃんが連れて来てくれたのならじっくりと見て選びたい。


 そんな思いを胸に俺はテントの前に並んで置かれてある商品を覗き込んだ。


「……フリーマーケットみたいだな」


 例えが適切かは分からないが闇市を眺めているうちに俺は近所で行われていたフリーマーケットに遊びに行ったときのことを思い出していた。おぼろげな記憶だが家では見たことがない服や小物がいっぱいあり、子供だった俺は眺めているだけでも楽しいと感じていた。


「ケッケッケ、お望みなら説明してやろうか? その代わり必ず一個は商品を買っていってくれるんだろうね?」


「………いや、結構です」


 何だか思い出が汚された気がする。遊びに行ったフリーマーケットにはここまで金にがめつい婆さんはいなかった。いや、まあ、どうでもいいか……


 これは個人的に気付いたことだけど、奪衣婆さんだけ他の人よりも広くスペースを取っているようだ。いや、というか周りが浮浪者のような見た目の人ばかりでこちらから話し掛けようとも思わない。長く育った髭や髪が衛生的ではない。はっきりと言ってしまえば不潔感がある。


 客商売って清潔感が命なんじゃないのか?


 まあ、いいや。そんなことよりも気になることがある。


「これも、これも、これも。現世じゃないとないものですよね。いや、俺がこっちのことをまだ知らないだけかもしれませんが……」


 商品を入れている籠の中身を覗くと乱雑に、いや、かなり適当に仕分けさられた商品が多く目に入った。


 誰のものだったか分からない高そうな銀の腕時計。表面に傷がある怪獣のスノードーム。クマのぬいぐるみ。画面がバキバキに割れているスマホ。有名なメーカーのスリッパ。革製のバックなどなどがある。


「今日はすごい種類が豊富ですね、奪衣婆さん?」


「うん。ああ、今月は亡者の数が多かったんだよ。お陰様であたしの懐も潤うってもんだねぇ」


「え!? なら、これって盗品? 亡者のって死人の物を転売しているって違法というか、倫理的にダメなんじゃないですか? 人として……」


「人じゃないわ!! アンタ、面倒くさいってよく言われるだろ。あたしの嫌いな奴にそっくりだ。文句があるならどこかに消えな」


 奪衣婆さんは蚊でも払うかのような仕草で俺にそう告げた。『ヤバい、怒らせてしまった』と焦り、どうしようかとオロオロとしていると学生服の袖を引かれた。レインちゃんだ。


「大丈夫ですよ、お兄さん。奪衣婆さんは怒っていても商品を買ってお金を落とせば簡単に許してくれます。ですよね、奪衣婆さん」


「………まあ、金を払うのなら、嫌いな奴でもただの金蔓だ。本当に買う気があるならねぇ?」


 俺の足元から髪の毛まで全身をくまなく値踏みするかのような目線で見て来る。「金を持ってるようにはみえないがねぇ」という彼女の呟きを俺は聞き逃さなかった。


 だけど、レインちゃんの言う通り何かを買って奪衣婆さんの機嫌を取る方がいいだろう。奪衣婆さんのことはあまり好きになれないが現世での物が買えるのはここだけかもしれないし、それに何より案内してくれたレインちゃんの顔に泥を塗るわけにはいかない。


 さっきから少しだけ気になっているのだが奪衣婆さんの後ろに衣類品の山がある。色合いが派手でコスプレ用みたいな服装が多いが、現世の服だ。着替えとして何着か買っていくのはありかもしれない。そう俺が考えていると――


「あれ、これって……」


「どうかしましたか、お兄さん?」


 藍色っぽい黒の鞄が目に付いた。開け口に俺のよく知っている学校の意匠がこらしてある鞄だ。見た目よりも材質はツルツルとしている。手触りが良くて肩から掛けるタイプの鞄だ。俺はカチッと音を出して鞄の中身を確かめるように開けると小さく平坂仁と名前が漢字で書かれている。というかこれってやっぱり……


「俺のじゃねぇか!!?」


 中身がなく痩せている鞄は俺が現世で使っていた通学用の鞄だった。好きで愛用していたわけじゃないが、学校が指定していた通学鞄を買わないといけなかったので仕方がなく使っていた。


「学生服や、財布はあったのになぜか鞄がないって不思議に思っていたんですよ。こんな所にあったのか。ご丁寧に俺の書いた名前まで残っているし!」


「証拠は?」


「へ!?」


「証拠はあるのかい?」


「だから、ここに名前が……」


「その程度じゃあ証拠にはならないねぇ。アンタと同姓同名なだけかもしれないだろ?」


 屁理屈だ。自慢じゃないが俺の苗字は現世でもかなり特殊だと思う。父の実家の決まりで俺や兄貴の名前はご先祖様たちから一文字貰っているらしいので結構ありきたりになったが、苗字は誰とも被ったことがない。


 だけど、それを口にしても奪衣婆さんはきっと納得しないだろう。たぶん現世に平坂仁って名前のヤツが俺以外にいないって彼女の眼の前に証拠を持ってこないと返してくれない。悪魔の証明ってやつだ。


「わかりました。これを買います。いくらですか?」


「アンタは話が早くて助かるよ。これは、そうだね。二万円ってところかね」


「二万円……」


 値段を聞いて一瞬、『高くないか?』と思ったが新品だった時の値段がそれぐらいだった気がする。ぼったくりと感じたがよく考えてみれば適正価格なんじゃ……いや、待て、ヒビキか誰かと買い物をした時に現世と単位が同じ円でも価値が違うって学んだはずだ。この街に対する違和感はそう言った細かい違いによるものだって気付いたじゃないか……


「お兄さん、お兄さん」


「うん、何?」


「大丈夫ですか? 二万円もするなら私は諦めた方がいいと思いますよ」


 レインちゃんは学生服の袖を引っ張り、耳元でそう言ってきた。


「現世と同じ感覚だと痛い目を見ますよ。数字に惑わされないでください。私の体感になりますが黄泉の国で一万円と言われたら、日本円で十倍した十万円ぐらいだと考えた方がいいですよ」


「……ということは二万円なら、二十万!? ちょっと高すぎないか!?」


「嫌なら買わなければいいだけだ。あたしもかなり危ない橋を渡っているんでね」


「…ぐッ」


 奪衣婆さんの買わなければいいは正論だけど感情は納得してくれない。もともと俺の鞄なのに、返して欲しければ再び買い直せなんて納得しろなんて言われてできる人は少ないだろう。


 あの鞄に二十万円の価値はない。頭では分かっているのに現世での思い出があれしか手に入らないんじゃないかと考えてればどうしても後ろ髪を引かれる。


「相変わらずあくどい商売をしていますね」


 悩んでいる俺の背後から男の人の声が聞こえて来た。振り返るとそこには眼鏡をかけた神経質そうな男の人が立っていた。確か名前はヘンリーさんだ。傍らには報告会の時に見かけたメイド服の女性がいる。


「ケっ! 何だい、成金眼鏡が! 急に顔を見せたと思ったら人の商売にケチをつける気かい?」


「品性の欠片もない貴方を見ていられなくなっただけですよ」


「何を!?」


 ギャーギャーと癇癪を起したかのように騒ぎ立てる奪衣婆さんを無視してヘンリーさんはこちらに目を向けて来た。鷹のように鋭い眼光は威圧感があって、正直厳しかった父さんのことを思い出すので苦手だった。


「あ、お久しぶりです。ヘンリーさんと………」


()()、ご挨拶申し上げます。ヘンリー商会のプリマスと申します。以後お見知りおきを、ジン様」


「ああ、プリマスさんでしたよね。覚えてます。覚えてました」


 プリマスさんは若干語気を強めて再び自己紹介をしてくれた。いや、本当に彼女の名前を忘れていたわけではない。ただ、思い出すまでに時間が掛かっただけだ。


「……それで、何のようだい。あたしも暇じゃないんだがねぇ」


「落ち着きは取り戻したようですね」


「ッ、あたしもアンタのお陰で閻魔に内緒で金を儲けることができているんだからね。感謝しているから何か買っていきな」


「内緒で……」


「ああ、閻魔は獄卒の副業を禁止しているんだよ。そしてこいつは現世からの本を図書館に寄付することを条件にあたしの商売を黙認してるんだ。はぁ、昔はそんなことなかったのに閻魔の代替わりのせいでねぇ。今はあの頭が固い小僧だよ。損だねぇ、損、損」


 奪衣婆さんは吐き捨てるように愚痴をこぼした。ああ、だから、俺の鞄の中身が綺麗さっぱりなくなっているんだな。教科書とノート、小説とかがたくさん入っていたはずなんだけど……


「得がしたいのなら真っ当な商売に励むことですね。取り敢えず彼の欲しがっていたこの鞄は私が立て替えます」


「え、あ、ありがとうございます」


「いえ、財布を貸してくれたお礼です。まだ返せそうにないですが」


「………そうですか」


「そうかい、買うのかい! ケッケッケ、毎度あり!」


 この婆さんはたぶん何があっても反省せずにこのままなんだろうな……


 厭らしく笑う奪衣婆さんは投げ捨てるみたいに俺の鞄を手渡してきた。財布を貸しただけで二十万円の鞄を買って貰った。これが現代のわらしべ長者か? 


 いや、ふざけている場合じゃないな。こんな高い、いや、もともとは俺の鞄だったけど奪衣婆さんから取り返してくれたんだからヘンリーさんに感謝を伝えないといけない。


「……あの、本当にいいんですか?」


「なら、自分で払いますか?」


「……払えません。そこまでのお金を持っていません」


「よろしい、正直なことは美徳ですよ。ここは私が払います。なので……ああ、そうだ。もし君に本当に感謝の気持ちがあるのならリーネルにこれを渡しておいて下さい。研究科からと言えば伝わりますよ」


「ッ了解です! 絶対に届けます!」


「よろしくお願いします。……それと、いえ、これはまだ伝えるべきではないですね」


「社長、そろそろ」


「……分かっています。では、行きましょうか」


「はい」


 プリマスさんの凛とした返事を最後に二人はさっき来た道を引き返していった。最初は出会った時は個性が強い変な人たちだと思っていたが、颯爽と駆け付けて全く話したこともない俺を救ってくれた。主人と従者みたいな雰囲気の二人の後姿を純粋にカッコいいと感じてしまった。本当にカッコいいな……


 もし俺にも後輩ができたのなら絶対にあんな風にカッコよく奢って立ち去りたい。アニメか何かに影響を受けた子供のようで恥ずかしい話だが自信満々にこの街を歩ける二人に俺は注目を離すことができなかった。


「ほら、アンタら。もう買わないんだったら商売の邪魔になるから何処かに消えな! いつまでもいられたら迷惑だよ」


「……行きましょうか、お兄さん」


「……うん。そうだね」


 いや、奪衣婆さんの言いたいことは分かるんだけどさ。


 どこまでも正論しか言っていないし……


 まあ、俺も最初はヘンリーさんのことを借りパク野郎と心の中で呼んでいたのに、奢られてからはすっかりと尊敬してしまったので奪衣婆さんのことは責めれないが少し現金すぎないか?

 

 もっと人情を持った方がお金を儲けも成功すると思う。レインちゃんには悪いけど本当に現世の物が必要にならない限り、ここにはもう来ることがないだろう。俺は奪衣婆さんの態度を見て心の内で密かにそう口にした。



  ※ ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「はぁー、何だか疲れたね?」


「そうですね。私もあまりここには来ないので……」


 あの後、イライラした様子の奪衣婆さんから尻を叩かれる勢いで追い払われて俺とレインちゃんは来た道と反対側に出てしまった。なので少し迂回して屋敷に戻っていた。


 現世からの商品を売るというアイディアはスゴイと感じたが、奪衣婆さんの態度が優しくならない限り客足は伸びないと思う。というか俺たちが奪衣婆さん話している最中に後ろを通ったのはヘンリーさんたちだけだ。やはりあんまり売れ行きは良くなさそうだ。


「そう言えばあの二人が何であんなところにいたんだろう?」


「あんなところは失礼ですよ。……恐らくですが、ヘンリーさんは鉄道計画の会議が終わった帰りだと思います」


「鉄道計画?」


「はい、簡単に言ってしまえば現世から流れ着いた数少ない資料を基に蒸気機関の発明に成功したから、今度は黄泉の国に鉄道を作ろうという計画です」


「へぇー。なら早くすればいいのに。鉄道があれば色々と便利じゃん」


「それが、反対する人がいるんですよ。その人たちの説得に予想よりも時間を取られていて、計画を実行に移すにはまだまだ時間がかかるようです。リーネがそんなことを愚痴っていました」


「……どこにでもいるよね。そういう人たちって」


「はい、私も一度ぐらい乗ってみたかったのですが……」


「え、レインちゃん鉄道とか乗ったことないの? いや、俺もさすがに蒸気機関車はないけどさ。新幹線とか、地下鉄とか、リニアはまだ普通の人は乗れないんだっけ? 覚えてないや」


「………私は生まれつき病弱だったもので」


「あ、そうなんだ。なら、完成が楽しみだね! ヘンリーさんにはレインちゃんのためにも頑張ってもらわないと」


「……はい!」


 そうか、そうだよな。街並みから推察するに技術力はどう頑張っても明治時代ぐらいだよな。蒸気機関車は少しだけ乗ってみたいけど、それよりもリニアモーターカーに乗ってみたかったな……


「……あ、それよりもお兄さん。鞄が手に入って良かったですね」


「え、うん。そうだね。やっぱり現世での思い出は少しでも多く手元に置いておきたいからね。ヘンリーさんには本当に感謝しないと」


 そう言って俺は通学用の鞄に目を向ける。当たり前のように使っていた、いや、むしろ丈夫だからとちょっとだけ雑に扱っていた鞄であってもなくなったら寂しいものだ。高校に入学した頃に買ったので一年間は毎日のように身に付けていた。


 二年生の初めで死んでしまったのが悔やまれる。というか今日はやけに感傷的だな。いくら同郷のレインちゃんが隣にいるからと現世には戻れないのにいつまでも悔いていても意味がない。早いところ吹っ切らないといけない。


「……お兄さん。ちょっといいですか?」


「うん?」


 俺は脳内で過去の思い出を供養するみたいに噛みしめていたらレインちゃん声が聞こえてきた。その声は緊張しているのかか細く、震えている。


「えっとですね。お兄さんがあまりにも嬉しそうだったから、今渡すのは気が引けるんですが……たぶん、この機会を逃したらずっと恥ずかしくて渡せない気がするので今渡します。お兄さん、これをどうぞ。アリアさんと私からです」


 そう言うとレインちゃんは背後に隠し持っていた何かを俺に差し出してきた。


「これは……?」


「ポーチです。お兄さんがいつも着ている学生服のベルトに通せるやつを選びました」


 レインちゃんに渡された横長のポーチをこの手に受け取る。かなり高そうだ。色を合わせるという概念を知らない男子高校生にも一目でお洒落だと分かった。


 そのポーチは何の皮は知らないが丈夫で柔軟性がある。ベージュっぽい色は染めていない羊毛を連想させ、俺の着ている黒い制服と組み合わてもよく映えるだろう。


 そしてベルトに通して腰につけても俺の動きの邪魔にならない。よく考えて選んでくれたんだと伝わってくる一品だ。


「ありがとう。え、でも、なんで?」


「……前にお兄さんのことでアリアさんに相談したことがあるんです。あ、でも、一緒にいるのが嫌だとかそういうマイナスなものじゃなくて、同郷の方との距離感が分からなかったから相談しただけです」


「そうなんだ……」


 危なかった。レインちゃんの口から『嫌い』なんて単語を言われた日にはショックで三日は寝込んでしまう。他の人に言われるのとは違うベクトルで心を抉られる。


「はい。私は現世にいた頃は病弱でずっと病院にいたのでお兄さんとは何を話したらいいのか不安だと伝えたところアリアさんから『プレゼントを送ってみるのはどうでしょう?』と言われたので、……そ、その……仲間になった記念としてプレゼントを送ろうと。私にとってお兄さんは初めてできた後輩ですし……」

 

 俺もレインちゃんと話していて歯車が噛み合わない感じというか、互いに遠慮して過ぎて距離感が掴みづらい感じはあった。それは時間が解決してくれると疑っていなかったが、そうか、レインちゃんも気にしてたんだな……


「あ、それに、ユキがお兄さんを襲ってしまったとも聞いたし、お詫びもかねて私なりに頑張って選びましたが、もし気に入らなかったり、不快に思ったのなら全然捨ててくれても構いませんので」


「いや、とても嬉しいよ。ありがとうね、レインちゃん」


「……あ、喜んでもらえたのなら幸いです」


 彼女から渡されたポーチをジッと見る。確かに彼女からしたらこれから渡すプレゼントを用意していたのに奪衣婆さんの店で現世での通学用の鞄を見つけた俺はスゴイ空気が読めてないっていうか、タイミングが悪いヤツだな。


 そしてなぜか通りすがりのヘンリーさんに先を越されるし。ああ、最初に彼女が緊張してたのはそう言うことだったのか、空気感が完全に告白のそれで戸惑っていたんだ。


 いや、それでもレインちゃんは勇気を出してプレゼントを贈ってくれたんだ。もし俺だったら途中でまた今度でいいかと変な言い訳を永遠に繰り返して結局ずっと渡せないままだったろう。……そう考えてプレゼントを見ているとなんだか急に照れくさくなってきたな。


「いや、それなら緊張しすぎじゃない? 俺の知っている先輩たちって後輩をもっとゴミや雑用係みたいに扱ってくるよ」


 余計なことを言ったと思ったのは言葉を発し終わった後だった。最悪だ。照れくささを誤魔化そうして余計なことを口にした。俺には彼女のような勇気なんてないのに、自分のことを棚に上げてしまった。


 俺なんか、前から気になっていた真面目そうな部活の後輩に『兄貴の告白を手伝って欲しい』という意訳を言われた男なのに……


 謝ろうとレインちゃんの方を見ると彼女は俺の発言を気にした様子もなく、


「ひ、人にプレゼントを送るのははじめてだったのでとても緊張しました」


 と上目遣いで言ってきた。俺は『は、可愛い!』というセクハラ発言を押し殺した。なんとかこれ以上、好感度が下がることだけは避けた。


 俺は「そっか…」と無味乾燥な言葉を発して、レインちゃんと二人で屋敷に帰った。この日を境にレインちゃんとの会話も若干スムーズになった気がする。


 俺は昼間の約束通りに夕食前になってやっと部屋から出て来たリーネにヘンリーさんからの手紙を渡した。


 リーネは手紙を読むと「ああ、やっぱり……」なんて不穏な反応をしたが、そんなことは一切気になかった。


 俺は夕食を食べ終わって自室に戻ると少しの反省をした後に、ヘンリーさんに買って貰った今までの思い出がつまった鞄とレインちゃんにプレゼントされたこれからの日々がつまったポーチを見る。


 その二つを見ていると俺はなぜか安心した気分のまま床につけた。この日は、いつもよりもぐっすりと眠れた気がする。

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