第149話 大好きな声
あれから、何日経っただろう。
「久しぶりね、ハイガル。元気だった?」
彼女が、俺に会いに来た声で目が覚めた。最近は暇すぎて、ぼーっとしていると、寝ているのか、意識を失っているのか分からないような状態になる。
伴っていたあかりとローウェルが部屋からいなくなったのを見計らって、彼女は、俺の頭を撫でる。
「温かい。生きててくれて、よかった」
思ったよりも、元気そうだ。
「今日は、話があってきたの」
彼女の匂いが、近い。
「私が泣いてるのとか、多分、聞こえてたわよね。いいえ。聞こえてなくても、きっと、気づいてたでしょ?」
――気づいていたのか。
「私のせいだって、思うわよ。当然でしょ、私をかばってくれたんだから。泣くわよ。当たり前じゃない。ハイガルのこと、本当に、一生愛してたいって、そう思ってるんだから。どんな姿でも、目が見えなくても、動けなくても。すごく、すっごく、大好きなんだから」
ん……。この、声は。
「あなたが思ってるより、ずっと、私はあなたが大好き。全然、伝えきれてないなって、そう思ってたの」
目の下が、やわらかい指でなぞられる。
「色々、考えたのよ、私一人で。朱音にぞっこんなフリをしたり、まなと仲直りできないか試行錯誤してみたり。――でも、気がつくと、ハイガルのことばっかり考えてて」
嘘の音を隠すように、俺の羽毛に、頭をうずめる。
「私はいいのよ。いつまでも、死ぬときになっても、ずっと、あなたを想っていたい。――でも、あなたはきっと、私がこうして、あなたに人生を捧げることを、望まない」
そうだな。
「今、話すことができたなら。きっと、あなたはこう言うんでしょ?」
『――ありがとう。だが、俺のことは、忘れてほしい。俺にとらわれるな。俺のために、自分を犠牲にしないでくれ。頼むから』
「なんて、カッコつけて言うんでしょ?」
それは、あの日、俺が言ったのと、一言一句、まったく同じだった。
俺との約束を、覚えて――。
「自分を犠牲にしてる、なんて思ってないけど。このまま、こうしているほうが、たくさん、ハイガルを傷つける。それくらい、私にだって分かるわ」
そうか。お前には――マナには、分かってたんだな。
「お別れしましょう、ハイガル」
彼女は、未来のマナだ。
「一方的で、想像頼りで、すごく、悪いと思う。でも、私は、私の願いを、あなたには使えない。きっと、あなたに使ったら、あなたは自分を責め続けるでしょ? 私が、自分を責め続けているみたいに」
そうだな。願いで俺を元に戻してほしいとは、思わない。
「あたしはやっぱり、まなに託された、朱音の願いを優先するわ。ハイガルは、あたしがいなくても大丈夫だって、信じられる。むしろ、あたしのほうが心配されてるかもしれないわね」
心配だ。一人でどこにでも行かせられるほど、俺はマナを、いや、クレイアを、手放せていない。
「でも、彼は、一人じゃ歩くことすらできない。まながどれだけ愛していたとしても、彼を幸せにすることはきっとできない。あたしは、ハイガルのことが、ものすごく、大切で、すごく大好きだけど、朱音を放ってはおけないの。責めてくれても構わないわ」
責めたりしない。むしろ俺の方こそ、あかりに籠絡されたものだとばかり思って、信じてやれなくて、悪かった。
マナも――クレイアも、きっと、まゆみをもう乗り越えたんだろう。
「でも、大丈夫。――絶対に、あたしが、元に戻してみせるから。朱音の願いはきっと、あたしの頭でどうにかできる問題じゃないんだと思う。けれど、ハイガルは、こうして、生きてる。生きてる以上、必ず、何か治す方法があるはずよ。あたしが、絶対に、助けてみせるから。だから……待ってて、くれる?」
――待つさ。いつまでも。
「あたしが可哀想だなんて思わないでよ。あたしは、あなたを愛することができて、あなたに愛してもらえて。ただそれだけで、すっごく、幸せなんだから」
それだけで幸せだと思ってくれていたのに。
俺は、すごく、欲張りだな。
「これからも、たくさん、あなたのために泣くと思う。心が折れそうになることだって、あるわよ、きっとね。でも、絶対に、諦めたりしないから。だから、そこでちゃんと聞いてて。あたしが、ハイガルのためなら、どれだけ頑張れるのかってこと」
ああ、見守っていよう。
「待ち続けるのがつらいなんて、そんなの聞き入れないから。あんたの事情なんて知ったこっちゃないわ。あんただって、あたしを勝手に助けたんだから、あたしも勝手に助けるわよ。……絶対にね」
そんな贅沢、言わないさ。どうせ不老不死だ。マナが生きてる間になんとかしてくれて、それで、一度でいいから、俺の方から抱きしめさせてくれたら、十分すぎるくらいだ。
彼女は俺の耳元に唇が当たるくらい、顔を近づけて。
「今度は、あたしから告白するから。たとえ、聞こえてなくても。約束ね」
俺はその約束を、決して忘れない。




