第148話 目覚めた王女
時は少し遡り。目覚めた王女に、マナは一人で会いに行った。エトスと対面したマナは、いくつか会話を交わし。
『久しぶりだな。今日は一人か?』
俺の世話があったから、来られなかったのだろう。
『ハイガルは、もう来ないわ』
『……そうか』
『まなに会わせてくれる? これを渡したくて』
パラパラと、紙をめくる音がする。
『案内してやれ』
いつも通り、部屋に招かれることとなる。
***
『お目覚めかしら、お姫様?』
『マナさん――。あの青髪と、度々来てくださっていたとうかがいました。ありがとうございます』
『気にする必要はないわ。あたしが来たくて来てただけから』
王女の言い方にトゲがあるな。どれだけ、あの青髪、が気に入らないんだか。
マナはがさごそと、ポーチから何かを取り出す。
『はい、休んでた分のノート、取っておいたわ』
『私の、ために?』
『ええ』
『――本当に、ありがとうございます。十冊ほど複製して、永久保存しますね』
『勉強に使いなさいよ……』
それから、他愛ない言葉を交わして、ひとしきり笑った後、あかりの話になって。
あかりの話が始まったときから、きっとそうなるだろうと、俺には、分かっていたが。
『私がいると、お二人のご迷惑になります。だから、私たちが話すのは、これで最後にしましょう』
一方的な拒絶に、マナが小さく声を漏らす。
『何も、そこまでしなくても……』
『マナさんは、私よりずっと、優しい人ですから。代わりに、私が覚悟を決めます』
『待って、まな――』
泣きそうなマナを置き去りに。
『さようなら、マナさん』
王女は、別れを告げた。
そして、声を押さえて、泣いていた。
***
『マナ、この間のことなんだけど……やっぱり、なんでもない』
マナが教室で、復帰した王女に話しかけるが無視。
一言も、王女の声は聞こえない。覚悟が決まっているのだろう。そうじゃないと、教えてやりたいのに、何もできない。
『アイちゃんと何かあったの?』
いつものように、マナと二人で帰宅したあかりが尋ねる。王女は、耳がいい。宿舎での会話くらい、大体聞こえているだろう。
『それは……』
――バンッ!!
扉が開け放たれる音。
――ドンッ!!
壁を殴るような音。
『分かってますよね』
『で、でも……』
――ガタン!!
扉を、蹴った音。
『返事は、分かりました、でしょう』
『何もここまで――うっ……』
マナの優しさが、王女を追い詰める。悪役になる覚悟を決めている王女と、本当は悪ではないのだと知っているマナ。
けれど、王女はただ一人にだけ――あかりにさえ、嫌われればいい。
『離しなよ』
あかりのどすの利いた声に、それでも王女は、屈しない。
『絶対に言うなよ。返事は?』
王女がどれだけあかりを想っているか。
『返事は!!』
本当に、このまま、隠したままでいいのか。
『ごめんなさい』
悩んだ挙げ句、マナは謝る選択をする。伝えられなくて。伝えられないくせに、どっちつかずな態度を取ってしまって。
マナには、王女の覚悟を不意にする勇気は、なかったのだろう。
『そういうところが嫌いなんですよ』
そういうところが、大好きなのだろう。マナの優しいところが。それでも、マナを拒絶しないといけないから。
苦しくて。戻った部屋で一人、声を抑えて泣くくらいには。それでも、本気でこの選択が、二人のためになると、信じて、覚悟を揺らがせない。
『あのマナが怒るなんて、よっぽどだよねえ』
あかりのその言い方が、なんだか、あかりらしくないような気がして、ぞわっとする。
『どうやったらあんなに怒らせられるのさ。ケーキのイチゴでもつまみ食いした?』
『あんただって、怒らせてたじゃない』
これは、もしかして――。
『いやあ、一周回って尊敬するよ』
『人の話を聞きなさいよ……まったく、誰かさんみたいね』
間違いない。これは、俺だ。――俺の真似だ。俺ならどう言うか考えた上で、あかりの口調で発言している。
『聞くだけしかできないけどさ、話してみてよ?』
『ありがと。もう、大丈夫』
そこから話は、まゆみのことへと移り変わる。
俺を失って、ただでさえ脆くなっているマナの心に、あかりは、漬け込む。
『大丈夫だよ。――僕が君を、一人にしないから』
それは、寂しがりのマナが、一番、求めているもの。
『……本当に、一人にしない?』
『うん。ずっと、一緒にいてあげる』
『本当に、信じていいの?』
ただ、マナは。対等を求める。
信じさせようと思えば、それなりの対価がいる。あかりは、それを分かっているようで。
『僕、実は、あかりって名前じゃないんだ』
『え?』
不意に口にする。
『信じられないかもしれないけど、本当は、榎下朱音って名前なんだ。今まで、嘘ついてて、ごめん。でも、君になら打ち明けていいと思ったんだ。君のことは、信じてるから』
真実の音だった。
これは、聞いてはいけなかったなと思ったが、俺だけは、時を戻したところで、忘れることはない。
『お姉ちゃんを、よろしくね』
こうして、マナは、まゆみを、諦めた。
そのくらいに、彼女の傷は深くて、俺には、何もしてやれなかった。
『あかね、大好き』
『ずっと一緒だよ』
『あかねだけいてくれたら、私は、それでいい』
『私のすべてを、あなたにあげる』
『なんでもしてあげる』
『――だから、一人にしないでね』
マナの甘ったるい声が、かわいくて。癖になりそうで。けれど、それは違うと、ダメだと、分かる。
俺が、まゆみの幻覚を解こうとしたのは。そんなことのためじゃ、ない。
俺がそこにいたら。引き止めてやれるのに。
願いに囚われたあかりは、マナの願いを使うことしか考えていない。
みんな、苦しそうだ。




