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大陸暦1053年 海の月 26日
ダンジョンを出ると既に夜になっていました。
「これだと、街は入れないね」
「……急いで戻れば、外の宿に泊まれるかもしれないけど、日が沈んでからだとちょっと微妙」
空を見上げるアーシャさんに、ローシャさんが答えます。
「街には戻れないんです?」
「アルトラントの街の門は朝の6時の日の出から晩の6時の日の入りまでしか開かないんだよね。一応、門の外にも街に入り損ねた人たちが泊まるための宿があったりするんだけど、あんまりいい宿じゃないんだよねえ」
「……日が沈んでからだと部屋が開いてない場合も結構ある。姉さん、今日のログイン時間は?」
ローシャさんがキャラクターブックを開くと、デジタルの数字が上下2列、現れます。
何でしょう、あれ。時計?
「うーん、ま、今日は多少は日付け越えても付き合えるよ。次、門開くのリアル何時?」
「……1時」
「うっ……な、何とか。でも朝早いと店は開いてないだろうから、ギルド先に行っちゃう?」
「……それでもいいけど。私は明日は1限は寝ててもいいから、もうちょっといける」
「あ、ノエルは今日はいつまでログインしてる?」
姉妹の会話を眺めていたら、急に話が振られました。
「え? いつまでログインしているかと言うと……区切りがいいとこまででしょうか?」
2人が何か言いたそうにこっちを見ています。何でしょう。すごい微妙な顔されてますが。私、何か変なことを言ったでしょうか?
「……ま、いいか。じゃあ、今日はそこで一泊して、朝一出発。姉さんは街についたら即ログアウトするだろうから、私はギルドに報告して落ちるから。ノエルさんもそれでいい?」
「構いませんけれど、そこで一泊とはどこで?」
「そこ」
ローシャさんが指さしたのは、ダンジョンの入口の近くに建てられている一軒の小屋です。
「ここって一応冒険者ギルドの管轄だから、ダンジョンに挑む冒険者が宿泊できるように入口に小屋が建ててあるんだよ。ま、山小屋みたいなもんだね」
「……ちゃんと、結界の魔法が張ってあってモンスターは侵入しないから、安全」
なるほど。意外と便利にできているんですね。
「わかりました」
「よーし! じゃあ今日は山小屋お泊りだね!」
アーシャさんが拳を振り上げます。何でテンション高いんでしょう、アーシャさん。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
小屋の中は、部屋の真ん中が四角く区切られています。薪っぽい木が何本か置いてある所を見ると、囲炉裏になっているのでしょう。床は板張りになっていて、後は水を入れる甕と柄杓が部屋の隅に置いてあるくらいです。
「ローシャは裏から薪取って来て。ノエルって力はある?」
「腕の力はあんまり」
「……[体力]のステはー?」
外に出たローシャさんがひょいっと覗き込んで口を挟みます。
「[体力]ですか?ええっと、24ですね」
「結構あるね! じゃあ、裏の井戸で甕に水入れてきて。中の水は捨ててね」
アーシャさんは囲炉裏に残っている薪を集めて重ねています。
私が言われた甕は結構大きいですが持てるでしょうか。持ってみましたが……う、結構重い。持てなくはないですけど。
両手で甕を持って小屋の裏手に回ると、井戸があります。円形に石が組まれていて、その上にパイプとレバーがついた機械みたいなものが乗っかっています。
後、小屋に隣接して物置のようなさらに小さな小屋があり、ローシャさんがそこから薪を取り出していました。
……井戸って概念は知ってるんですが、見るのも使うのも初めてですね……。
「……使い方、わからない?」
薪を束にして担いだローシャさんが、井戸の前で立ち尽くしている私の所にやって来ました。
「ええ、使ったことないので」
「……このレバーを上下に動かせば、そこの蛇口から水が出る。井戸ポンプの発明で大儲けは異世界転生の定番だけど、AECじゃ実装済だったね。残念」
話の後半の意味はわかりませんが、なるほど、使い方はわかりました。
まずは中の水を捨てて。で、井戸から水をくみ上げて、甕に入れます。
さらに重くなった甕を持って小屋に戻ると、囲炉裏に火が起こしてあり、アーシャさんが鍋を取り出しているところでした。
「力仕事させちゃってごめんねー。今から晩御飯作るけど、ノエルは何か食材ある? 提供してくれたら、一緒にご飯作るよ?」
部屋の隅に甕を置いて、囲炉裏のそばに座ります。
食材……キャラクターブックを開いて、所持品を見てみました。
【所持品】
ダンジョンバットの牙×11
ダンジョンバットの翼×19
ダンジョンラットの牙×8
ノクターナルの竜珠
糸×14
布×3
ワームの肉×52
HP回復ポーション×1
MP回復ポーション×1
マナイーターの毛皮×1
サメの肉×2
終わりなき迷宮に入った時からずいぶんアイテムも減りました。
ワームの肉だけ大量にありますけど。
「……ワームの肉かサメの肉なら……あとは蝙蝠の牙と翼とネズミの牙……」
「うん。じゃあノエルの分もこっちで出して多めに作るよ」
アーシャさんの笑顔に何だか申し訳ない気持ちになります。ローシャさんがこっちを見て笑っていますが、殴りたいその笑顔。
鍋に水を汲んで、肉を入れて火にかけます。
「じゃーん! 見よ、これがどんな料理も美味しくなる魔法の粉!」
アーシャさんが黄色の粉が入った瓶を取り出しました。
「……姉さん、こういうキャンプとかサバイバルとかのノリが好きなんだよね。私と2人だと飽きて来てたけど、今日はノエルさんがいるから」
隣に座ったローシャさんが小声で教えてくれました。なるほど、テンション高かったのはそういう理由ですか。
そのアーシャさんはと言うと、鍋に黄色い粉を溶かし、かき混ぜています。沸騰してきたところで野菜を取り出すと(人参と白菜みたいな感じです)、ナイフで適当に小さく切って鍋に入れています。
「……相変わらず普通に所持品枠に野菜を入れているのはどうかと思うんだけど」
「食事は大事だよ? どんな時でも美味しいものを食べる、てのは活力につながるしね。所持品一覧に放り込んでおけば腐らないし」
鍋に蓋をして、微妙に火と鍋の距離を調整しています。
あ、美味しそうな匂いがしてきました。この強い匂いはカレーですね。ああ、あの黄色い粉はカレー粉ですか。
「ノエルには私のお椀を貸してあげよう」
アーシャさんがお椀とスプーンを渡してくれます。ローシャさんは自分のお椀とスプーンを持っているようです。
「……はい、これ」
ローシャさんが、茶色い丸いものを渡してくれました。
「あ、ありがとうございます」
「……結構ぱさぱさしてるから、気になるならスープにひたして食べるといいよ」
何かと思いましたが、どうやらパンのようです。
「いらない?」
「いえ、いただきます」
「じゃーん! アーシャ流アウトドアカレースープのできあがり~!!」
アーシャさんが鍋を火からはずして蓋を取ると、湯気と一緒にカレーの匂いがあたりに立ちこめました。
「じゃあ、注ぐからお椀貸してね」
促されるままに借りているお椀を渡すと、なみなみと黄色いスープを注がれて返されました。
お肉と、人参と葉物の野菜が入ったスープです。
さっそく食べてみましょう。
「待った!」
アーシャさんに止められました。
「みんなに注ぎ終わってからね」
あ、そうですね。
ローシャさんの分、アーシャさん自身の分、とお椀にスープを注ぎ終わるのを待ちます。
「はい。じゃあ、いただきます!」
「……いただきます」
「あ、い、いただきます」
注ぎ終わったらアーシャさんとローシャさんがそろって「いただきます」と言って食べ始めました。
う、出遅れた。
椀の中にスプーンを入れて、黄色いスープをすくって口の中に入れます。
うん、カレーの味がします。
今まで骨を食べたり、金貨を食べたり、味の薄い人工保存食を食べたりしてきました。〈竜の胃袋〉スキルのおかげで色んな味がして、どれも(最後のは除く)美味しく感じました。
今、食べてるスープがそれらより美味しいかと言われると微妙です。
けれど、温かい。
ちょっと完璧じゃない味が、逆に人が作った「料理」という感じがします。
もらったパンを食べてみます。うん、コッペパンですね。カレースープにはパンより白いご飯の方が合いそうな気がしますが、これはこれで。
パンをかじって口の中で噛み砕きながら、スープをすくって口に入れる。
アイテムを2種類同時に食べたことはなかったので、口の中でパンの食感とカレーの味が混ざるのも料理を食べる楽しみな気がします。
「ちゃんとした場所ならもうちょっと手を込んだ物を作るんだけどね」
「……姉さんは野宿の時はだいたいカレーでは」
「手軽に作れるからね。カレーはどう作っても美味いのだ」
アーシャさんはパンは食べずにスープをお椀にたっぷりと注いで食べています。
ローシャさんはパンをスープにひたしながらちまちまと食べています。
「あ、おかわり自由だから、欲しかったら言ってねー!」
「あ、はい。ありがとうございます」
しばし、食事を楽しみましょう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「残ったら朝ごはんにしようかな、と思ったけど、残らなかったかー」
「あ、すみません……」
残ったらもったいないかと思って、大量におかわりした私の立場はいったい。まるで私が食いしん坊みたいじゃないですか。
「いいっていいって。ノエルってその体で結構よく食べるね」
「最近まで、まともな食事をしてなかったので……」
エルスナードの人たちはよくあの人工保存食を食べ続けてましたね。あと、ヴォルフさんも。
「あ、食べ終わったお椀は返して。後片付けしちゃうから。ローシャは部屋の方の片づけと準備お願い」
「はぁい」
食べ終わったお椀と空になった鍋をアーシャさんが並べています。
「〈クリーン〉!」
アーシャさんが呪文を唱えると、手から光の粒が零れ落ち、鍋とお椀に降り注ぎます。
みるみる鍋とお椀の汚れが消えてきれいになっていきます。
見ると、ローシャさんが同じ魔法を部屋にかけてきれいにしていっています。
「便利ですね」
「でしょ? 現実でもこれ欲しいわー」
きれいになった鍋とお椀、スプーンをキャラクターブックの所持品欄に戻しながら、アーシャさんが笑います。
「こんなに便利なら有名だと思うんだけど初めて知りました」
「……〈生活魔法〉っていう便利魔法だけど、プレイヤーにはあんまり広まってない。いつ何があるかわからないし、これに【MP】を消費して、いざという時に【MP】切れになると困る、というのが今までのセオリー」
「超便利なのになぁ」
アーシャさんが冗談ぽく言います。私も便利だと思いましたけれど。
「……ここは安全だけど、野宿は危険だから何かに夜襲を受けて戦闘になる可能性もあるから。ただver2.0で色々変更になって〈生活魔法〉も大きく変わったから広まりつつある」
ローシャさんは自分に〈クリーン〉をかけています。
「……食器や鍋にかければ洗い物、部屋にかければ掃除代わり、人にかければシャワー代わりできれいになってさっぱりする。ノエルさんもかけようか?」
「あ、お願いします」
ローシャさんの手から出た光の粒が、私に次々と当たります。
おお、確かにシャワーを浴びた時みたいにさっぱりした感覚が。
そうしている間に、アーシャさんが所持品枠から布団を取り出し、床に敷いています。
いや、何で布団を一式持ち歩いているんですか。
「予備もあるからノエルの分も貸してあげようか?」
いや、何で予備が出てくるんですか。枕もセットで。
「……ゲームだから。普通に売ってる。NPC用だけど」
そういう問題ではなくてですね。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「じゃあ、私はいったん落ちて現実でお風呂入ってくる」
「……私は半オチ。掲示板見て、動画ログ回収する」
「1時前にはもう1回インしてくるから、日が昇ったら出発しようか」
「……りょーかい」
2人とも布団に潜りこみます。ゲーム内でキャラクターが睡眠を取る時は、体をAIに任せてログアウトするのが普通です。ローシャさんが「半オチ」と言っていますが、これはすぐに目覚めてゲームに戻れるようにロビーみたいな場所に待機することだそうです。その状態でも公式掲示板を見たり書き込んだりや、外部のネットワークに接続することは可能だそうです。
「ノエルはまだ起きてる? 起きてるなら火は残しておくけど」
「あ、いえ。私も1回落ちて休憩取ります」
「じゃあ、火は始末しておくよ。またねー」
なぜか私の分の布団と枕も用意され、流れで私も布団に入っています。
というかですね。
おかしい。
おかしくないです?
私がやってきた冒険と違う。
私がダンジョンで薄い布をかぶって、部屋の隅でモンスターが入ってこないことを祈りながらログアウトして寝ていました。
食事は〈ドラゴンバイト〉でモンスターを直接齧って回復させるか、アイテムを無理矢理食べていました(ちなみに美味しかった)。
シャワー? そんなのダンジョンにはないです。エルスナードにいた時は水がわいている場所があったので水浴びはしましたけど。体を洗うのもそれくらいです。
全然違う。
これが普通のプレイヤーの冒険?
すごいカルチャーショック……。




