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 大陸暦1053年 海の月 5日



 =エルスナード・『奈落へ至る道』入口=


 魔法陣から人影が現れます。


 初めてその人を見た印象は「パンツ一丁のクマ」でした。


 見た目は完全に2足歩行するクマです。身長は私よりちょっと高いくらい、ノエルのアバターは女性にしては身長高めに作られていましたから男性としては普通くらいでしょうか。ただ横幅も大きいので身長以上に大きく見えます。デブ……あ、いえ、全体に丸い感じですね。黒に近いこげ茶色の体毛、顔は愛嬌がある感じだと思います。全体的に本物のクマというよりはデフォルメされたぬいぐるみっぽく見えます。


 そんなクマさんが、トランクスはいただけの姿で現れました。


 目が合いました。


 しばらく無言の時間が流れます。


「……どちらさまです?」


 先に口を開いたのは向こうでした。若い男性っぽい声です。あと丁寧語なのでちょっと雰囲気から想像する喋り方とは違いました。


「あ、えーっと。初めまして。ダンジョンに迷い込んだ『異人』(プレイヤー)で、す」


 ノエルです、と名乗りそうになってやめました。掲示板で話題になってたこともありましたし、名乗って変に思われたら嫌ですし。


 「そうですか。初めまして。よろしくお願いします」


 それだけ返すと、そのままクマの人は私の横を通って部屋を出て行ってしまいました。


 ……あれ?


 「ロッドさん、さっきの人がロッドさんが言ってた『異人』の人ですよね?」


 「ん? ああ、そうだぞ」


 プレイヤーとの遭遇です。しかもこんな人の来ない場所です。何があるかと思って身構えてたのですが。


 あ、いやいや。ちょっと待ってください。

 慌ててクマの人の後を追いかけます。


 「あの、すみません!」


 部屋を出ると、廊下の曲がり角を曲がろうとしていた所でした。


 「何です?」


 「……」


 「食事をとらないといけないので、用がないなら行きますけど?」


 「あ、えーっと……よかったら、色々教えてほしいんですけど!ここのこととか、あなたのこととか!」


 こう「あなたは何者なんですか!」と思わず聞きたくなりましたけど、それは失礼かな、と自重して、どう言おうか悩んでるうちに、こうなりました。


 「食事しながらでもいいです? 空腹度と渇水度が結構ぎりぎりなんで」


 「あ、はい」


 そのまま歩いて行くので、後ろをついていくことにしましょう。


 何て言うか……マイペースな人っぽいなあ。



     ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇



 クマさんが椅子に座って、カロリーメイトのような固形物を食べながら水を飲んでいます。


 ロッドさんいわく、エルスナードで魔法で自動で作られる保存食とのこと。「まあ、食べられなくはない味」だそうです。


 いくらでも作られるそうなので私も1つもらって食べてみました。

 うん、ぱさぱさしますね。食べた感想がそれしか出てこなかった、ということで味については察してください。


 「私は、ノエル、て言います」


 流石に話をするのに名乗らないわけにはいかないですので、自分の名前を告げることにします。


 グリムレットさん関連で何か突っ込まれたりするかなあ、と思いましたが、特に目の前のクマの人の反応はありません。私の自意識過剰すぎだったでしょうか。

 経歴については、ダンジョンに迷い込んで、出口を探しているうちにここまでたどり着いた、ということにしておきます。


 その話を聞いてクマの人はびっくりしたように目を見開いて私を見ました。


 「いや、よく上のダンジョン通り抜けられましたね……すごくつらくなかったです? 僕、途中で何回か心が折れそうになりましたけど」


 「……何回も死に戻りして、途中でキレそうになりましたね……」


 「……わかるっ……だよねっ……!」


 がしっ、とクマさんが私の手を取ります。


 クマの人と心が一つになった瞬間でした。


 その後、ダンジョンの内容についていかにひどいダンジョンだったかで話が盛り上がりました。どうもクマの人が通ってきたダンジョンは私とは違うようです。でも似たような凶悪な罠や仕掛けがあったみたいで、個人的には一度入ると部屋から出ようとしても永遠にループし続けて絶対出られない部屋、というのが印象に残りました。私が遭遇した無限に落ちる落とし穴の変形ですね。


 ちなみにクマさんがパンツ一丁なのも途中で防具が破損したからでした。うん、しょうがないですよね。修理もできないですし。


 「……っと。僕も名乗った方がいいですね。僕の名前はヴォルフ。見ての通り、ウェアベアです」


 思わず食べていた保存食を吹き出しそうになりました。


 いや、クマなのに「狼」って……クマなのに。クマなのか狼なのか、どっちなのか。


 「いや、僕がつけたんじゃないからね!? NPCにつけられた名前だから!? 正確にはヴォルフ三世(ザ・サード)、て言うんだけどさ!?」


 私が笑いそうになったのを察知したのか、ヴォルフさんが慌てて付け加えます。


 ちょっ……せっかく噴き出すのを我慢したのに追い討ちかけないでください!?


 「すみません。何でヴォルフはドイツ語なのに三世(ザ・サード)が英語なんだと思ったら耐えられませんでした」


 「いや、わかる。三世というか三代目、て感じなんだけどね」


 口の中の保存食と水がちょっと漏れてしまいました。


 「でも、こんな隠しダンジョンに迷い込んで大変だったでしょう」


 しみじみとヴォルフさんが言いました。


 「隠しダンジョン?」


 「ほら、よくオフラインのゲームでクリア後に行けるようになるダンジョンってあるでしょう? ここはそういうダンジョンなんですよ」


 「そうなんですか?」


 オフラインのゲームというのもやったことがないのでピンとは来ませんでしたがそういうものなのでしょう。


 「ああ。僕がここの入口を見つけたのは、完全に初心者用の、入ってもほとんどメリットがないようなダンジョンの中で、高レベルじゃないと見つけられない隠し扉を見つけたからなんですよ。本当にたまたま、ですけどね。つまり、そういう『普通にやっているとたどり着けない』ダンジョン、というわけです。ここは」


 ふむふむ。確かにヴォルフさんの言う通り、普通にやっていると見つからないように思えます。


 「ヴォルフさんはなぜそんな初心者用のダンジョンに入ったんです?」


 「そこのダンジョンは冒険者ギルドが管理しているダンジョンだったんです。で、冒険者になったら実際にダンジョンに潜ってみるということで、そこに訓練で行くことになっていまして。僕はたまたま冒険者になったのがレベルが高くなってからだったんで、高レベルでそのダンジョンに入ることになって、隠し扉に気づいた、というわけです」


 ヴォルフさんいわく。


 その後、隠し扉の中の魔法陣に入ってみると一方通行で別のダンジョンに飛ばされ、仕方なく奥へ進んでいった結果、エルスナードまでたどり着いたそうです。


 何だか、私と似たような感じですね。


 「エルスナードの情報は掲示板に上げたりしなかったんです?」


 「公式の? いや、掲示板は特に見ないんで」


 なるほど。そうですね、別に全員掲示板見ているわけでもないですしね。なら、掲示板で色々騒がれた私の正体も知らないのでしょう。私の名前を聞いても反応がなかったはずです。ちょっと一安心です。


 ああ、でもちょっと問題がありました。


 「あの、すみません」


 「どうしました?」


 「実はここに来るまでのリドルを解くのに掲示板の力を借りまして……エルスナードに行くダンジョンのことが知られてしまったんです。できれば詳しい情報を教えて欲しいと頼まれてるんです。まさか先にプレイヤーがいるとは思ってなかったので……情報は公開しない方がいいでしょうか?」


 そうなんです。掲示板で文章を解読してもらったり、リドルを解くのに協力してもらったのはいいんですが、ダンジョンの情報を教えて欲しいと言われているんですよね。

 私個人としては、助けてもらったのもあるので伝えられたらと思いますが、ヴォルフさんがいるとなると勝手にするわけにはいかないでしょう。


 「ふーむ……別にいいんじゃないですか? 僕としてはあんまりたくさんの人が来るのは嫌と言えば嫌ですけど。でも、個人で所有するものじゃないですし。あと、僕もちょっと行き詰ってますし、人が来てもいいんじゃないかな」


 「行き詰ってる?」


 「『奈落へ至る道』(ロード・トゥ・アビス)。あそこに潜ってるんですけど、先に進めなくなってて」


 そう言えば、エルスナードは「奈落へ至る道」(ロード・トゥ・アビス)に行くためにできた街でしたね。普通にダンジョンとして中に入れるのでしょうか。


 「どんな感じなんでしょう?もし、私でお手伝いできるならしますけれど」


 「いやあ、ちょっと無理かな」


 「奈落へ至る道」(ロード・トゥ・アビス)について、ヴォルフさんが説明してくれました。


 まず基本の構成として、同じ造りのマップ(多少色が違ったりするそうですが)にモンスターが出現します。そのモンスターのうちのどれかが持っている鍵を入手することで、次の階層に降りる階段へ通じる扉を開くことができるようになります。


 これが延々と続くそうです。


 ただし、10階層ごとにボスモンスターが出現する部屋になっており、そこのボスモンスターを倒すと入口から直通で降りることのできる転送装置が使えるようになるそうです。


 つまり、敵を倒す→鍵を拾う→下の階層に降りる、をひたすら繰り返して10階層ごとにボスを倒すのが1回のルーティンとなって、次のルーティンに挑めるようになるという感じでしょうか。


 ただ、問題なのが、1階層降りるごとに敵が1レベル強くなる、出現する敵のレベル=階層、となるということです。最初のうちは楽々と進めるのですが、どんどん敵が強くなって先へ進むのが苦しくなるようですね。


 「個々で転送装置の使用権利は決められてるみたいなので、すぐにショートカットで下に降りたりはできないんですよ。僕と同じ階層まで降りるのにも結構、時間がかかるでしょうし」


 「どこまでですか?」


 「100階層。今は110階層を目指してます」


 ふあ!?


 「さっき階層イコール出てくる敵のレベル、て言いませんでしたっけ……?」


 「ですよ。だから戦うのは101レベルのモンスターからです。行き詰ってる、てのは、実はステータスも戦闘系のスキルもアーツもカンストしてて……これ以上強くなれないのに、敵だけ強くなるんで困ってるんです」


 えええぇぇぇ!?


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