幕間 ノエルの疑問とその回答 前編
どこに入れようか悩んだ挙句に「今、話が一区切りついたからもうここでいいや」となった幕間話。
1話で終わらせるつもりが、長すぎて前後編になった。
君はこの話を読んでもいいし、読まなくてもいい。
いいかい。
「日記」と「記録」は違うんだよ。
「記録」は客観的な事実をただ書き記しただけのもの。
「日記」は書いた人の主観が反映されていないといけない。
その人が何を見て、何を感じて、何を思って、何を考えたか、が記されていないといけないんだ。
この世界は唯一不変のように見えて実は違う。
同じ光景を見ていても、僕と君とでは、見ている世界は違うんだ。
君が書いたのは「日記」じゃなくて「記録」だね。
君が見ている世界がどんなものなのかがわかるように書かないといけないよ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私が初めて日記を書いた時に、言われたことです。
私にとっては日記は学習の手段であり勉強の一環でしたが、いつしか日記を書くことが習慣になっていました。それは今も続いています。「アナザーアース・クロニクル」を始めるという、新しい環境の変化に対し、日記を書く、というのは私にとっては必然であり当然で、別に特別なことではありませんでした。
これは、あるゲーム内の1日の私の日記、です。
私からすれば、特に見返したいわけでもなく、むしろ封印しておきたいようなものですが、私が見ている世界がどんなものなのか、を伝える物としては、大事なものだと思います。
……たぶん。
文章や表現がおかしい、て、よく添削されてたからなあ。
大陸暦1052年 土の月 14日
「フェルエさん、1つ聞きたいことがあるのですがいいですか?」
ダンジョンラットが最少数出現になるまで粘ってみましたが結局ダメで死に戻りしたので、どうやってレベル上げをするか、という命題はいったん取り置きしておきます。
「答えられることでしたら」
「グリムレットさんのことで」
あ、一瞬、笑顔が消えましたね。やっぱり警戒されてるのかな?
確かにあの時は、多少予想した返答だったのですが、感情的になりすぎてしまったと思います。
フェルエさんの言い方が悪かったんですよ、きっと。ああいう言われ方すると、いらっと来ますよね。来ません? 来ないです? 来ないですか。そうですか。
「あー、あの時は私もちょっと感情的になりすぎてしまいましたし、すみませんでした。ただ、時間を置いて、冷静に考え直してみたら。ちょっと、疑問に思うことがでてきまして」
「ふむ。何でしょう?」
「……私って『異人』ですよね?」
唐突な質問に、フェルエさんはちょっと考えて答えます。
「そうですね」
「フェルエさんは、女神やNPCの存在意義は『アナザーアース・クロニクル』というゲームを正しく運行し、ゲームプレイヤーを楽しませること、と言いましたよね?」
「言いました。その通りです」
「グリムレットさんの件で、私は交流していた仲の良いNPCが死に、悲しい思いをしました。とても楽しんだとは言えないでしょう……矛盾しませんか?」
あの一連の出来事は。私にとって「楽しかったか?」と問われるなら答えは「いいえ」となるでしょう。
今、思い出しても、あれが楽しいものだったとは私は言えません。
「しかも、私の提案はグリムレットさんに全て却下されました。もし、フェルエさんが言うように、NPCの存在意義としてゲームプレイヤーを楽しませること、というのがあるなら、なぜ、私の言うことは聞いてもらえなかったんですか?」
私の思い返しているのは、ヘイズ君との襲撃が失敗した後、グリムレットさんと会って話をした時のことです。
あの時「異人」たちに勝ち目がないと考えたグリムレットさんに、私は色々な提案をしました。
が、結局、全て却下されました。
あの時は、理由付きで説明されたから「しょうがない」と思ったのですが。
フェルエさんの話を聞いてしまうと、逆に「なぜ私の提案が聞いてもらえなかった?」と感じてしまうのです。
NPCがプレイヤーと同じように仮想現実の中で自分の意志で動いている、というならわかります。けれど、NPCがゲームプレイヤーを楽しませることを存在意義とする都合のいい存在であるというなら、ある程度、私の意向を組んで動いてくれてもいいはずです。
おかしいでしょうか?
「なるほど。その質問には返答しにくいですね」
「どうしてです?」
「1つは『NPCの思考パターンの開示』は『特定のプレイヤーに対する重大な攻略情報の開示の禁止』に抵触する恐れがあるからです。NPCはこういう風に考える、というモデルがあるなら、NPCの思考と行動を誘導し、ゲーム内の出来事を自分に有利なように誘導できる懸念があるからです」
あ、なるほど……言われると確かにそうですね。
「もう1つは、個人的にあまりそういう話をしたくない、というのがあるからです」
「どういうことです?」
「古い時代のコンピュータゲームでは機能の不足から、NPCの発言は固定メッセージ、その内容も簡単な条件付けで変化させるのみでした。プレイヤーはそれを『シナリオルート』や『フラグ』と言った言葉で定義し、分析していました」
古いゲームとやらを実際にやったことはないですが、そうなんですね。とりあえず頷いておきます。
「しかし、現在のゲーム、特に『アナザーアース・クロニクル』ではNPCはAIを利用し、その人物の設定を学習させ、その経歴から疑似的に『判断』をさせ発言と行動を作らせています。VRという仮想世界においては、彼らもまた意志を持って存在していると等しいと私は考えています。だから、NPCが決断し行動した内容を、機械的に定義するのはどうか、と思います」
「そんなものですかね」
「例えば、グリムレットがノエルさんに竜珠を託したのは、グリムレットのノエルさんに対する友好度が一定数値以上になったからだ、と言う話をして楽しいです? 現実の世界で、実際の人間に対して、そういう見方をしますか? という話です」
ああ、すごくよくわかりました。
NPCが仮想世界に実在する存在だと認識するからこそ、そういう分析は嫌なんですね。
「じゃあ、この話はなし、ですか」
「そうですね、と言いたいところですが。それではノエルさんが納得しないでしょう」
フェルエさんが指を鳴らすと、白いテーブルと椅子が2脚、現れます。
「それに、私はこの世界では運命の女神という役割を与えられた存在ですから、ありえたかもしれない未来、を語るにはふさわしいでしょう。長くなるでしょうからどうぞ座ってください」
促されるまま、席につきます。
フェルエさんが私の対面に座ります。
「では、今回のグリムレット討伐に関して検討をし、ノエルさんの疑問に答えることとしましょう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まず、NPCの思考と行動について、です」
「はい」
周囲は真っ黒で何もない空間で、椅子に座ってテーブルを挟んで向かい合うのってなんだかシュールですね。
「先ほど言った通りに『アナザーアース・クロニクル』ではNPCにはAIを利用し、そのキャラクターの設定を学習させ、そこから『こう考えるだろう』と判断をさせ、行動と発言を決定させています。が、1つだけ条件があります」
フェルエさんが人差し指を立てます。
「ゲームバランスを壊さない、ゲームが成立しなくなるような行動・発言は行わない、というものです。これこそが、私がノエルさんに言った『存在意義』に関する根幹となります」
「んー、いまいちピンと来ませんが」
「そうですね、では今回の件に当てはめてみましょう。例えば、グリムレットたちはケレス山への侵入者であるプレイヤーを放置していました。なぜでしょう?」
「……それはプレイヤーを脅威と見なしていなかったから?」
「その理屈が正しいのであれば、1回目の遠征で多くの配下・仲間が失われた時点で彼らが動かないのはおかしいのでは?」
うっ、確かにそうかも。
「つまり、これが条件の一例です。彼らはゲームバランスとして山頂というフィールドで戦うボスキャラクターとして設定されている。だから、彼らはそれを覆す判断が『できない』。限りなく、生きて、自分の意志で動いているように見えても根幹の部分ではゲームの都合で調整がされているのです」
「なるほど、わかりました」
「ただし」
フェルエさんの声色が変わります。
「この条件にも例外が、あります」
「えっ」
「ちょうどいい例なのが、ノエルさんがヘイズを伴ってプレイヤーが設置した拠点を襲撃したこと、です。あれをNPCの竜たちだけでやったか、と言われるとノーとなります」
あれは、ヘイズ君との話の中で思いついたので提案したら、乗ってきたので実行したのですよね。そんな重大な意味があったんでしょうか。
「プレイヤーへの都合で設定されている安全地帯を、NPCが襲撃することは特別にそう設定されたイベント以外ではありえません。安全地帯というゲームの概念が崩れますからね。でも、ヘイズはそれをやった。それはノエルさんからの提案があったからです」
「私からの提案?」
「そうです。その例外が『プレイヤーからの指示や提案があった場合』だからです」
なるほど。ようするに。
・NPCはゲームとして制限がかけられできない行動が設定されている。
・プレイヤーが関わることでその制限が解除されてその行動ができるようになる。
ということですね。
「そうなっている理由は、1つはプレイヤー間対立の処理のためです。『アナザーアース・クロニクル』ではプレイヤーは様々な立場に身を置きます。そのため、種族間対立、勢力間対立、信条的対立など様々な理由でプレイヤー間で対立することがあります。NPCがそこに関わった時に、ゲーム的に不都合だからできない、と言うと逆に不都合になることが多いのです。モンスターのプレイヤーがNPCの配下を引き連れて街を襲撃しようとした時に、そこは安全地帯だからNPCにはできません、となれば逆にゲームが成立しませんよね?」
確かにそうですね。
「もう1つは、プレイヤーの提案や指示に対して『ゲーム的にできません』という返しをしてしまうとプレイヤーのモチベーションを削ぐことになるからです」
うん、それもその通りです。というか、それ、逆にゲームになってないですよね。
「ただ、勘違いしないで欲しいのは、NPCが提案に盲目的に従うわけではない、ということです。プレイヤーからの提案だからと言ってNPCに『自殺しろ』と指示しても、それを受け入れる背景がなければNPCは従いません。そこはいいですね?」
「ああ、それは当たり前ですよね」
逆にそれを受け入れる背景というのが想像できなくて怖いのですが。
「ここまでが、前提の説明です。では、ここから実際にグリムレット討伐に関しての検討に入りましょう」
元々は1章エピローグの時に考えていた話と設定なのですが、いざ書いてみたら冗長すぎて「後で回想シーンにしよう」と考えていた話。
あらためて書いてみると予想以上に長いしくどかった。
一応、明日も連続で更新予定。




