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大陸暦1052年 土の月 12日
「ノエルさん。ベータテストとは、何だと思いますか」
「……私はゲームのことを話してるんじゃないんです!」
「わかっています。それでも、貴女の知りたい答えを話すには、このことについて説明せざるをえないのです」
思わず大声で怒鳴った私を優しく制して、フェルエさんは言葉を続けます。
「ベータテストとはその言葉通りテストです。正式なサービスとして運営を開始するにあたっての問題点を洗い出すために様々なテストを行い、検証する必要があります。ゲームプログラムのバグ、VRシステムにとっては特に大事なサーバーの負荷耐性と同期、実際にプレイヤーにプレイしてもらった時のゲームの評価とマーケティングまで、本当に色々なことです。テストプレイヤーからの口コミによる事前広告という意味合いもありますね」
淡々と、フェルエさんは語ります。
「その上で私たちは1つの大きなテストをしなければいけませんでした。『クロニクル・ウォー』です。このコンセプトは……それは今はいいですか。とにかく、これは他にはないシステムであり、一般的なゲームプレイヤーには馴染みのないシステムです。そのため、実際の運用の、そして参加者の反応、特に『キャラクターが死亡した場合』の反応をテストする必要がありました」
だんだんと、フェルエさんの言わんとしていることが、わかってきました。握りしめる拳に力が籠り震えるのが自分でもわかります。
「そのために、『クロニクル・ウォー』にふさわしい『歴史に残る大きな戦い』が必要でした。それも『異人』を蹂躙できるほどの大きな力を持った者により引き起こされる、戦いとも呼べない一方的な殺戮が」
「それができるのが、グリムレットさんだった」
「その通りです。ベータテストの舞台は大陸西域。そこで最も強力な勢力は、黒の王魔竜グリムレットと彼の配下の魔竜たちでした」
それは、つまり。
「『ロスフェラード攻防戦』とは」
「ベータテストにおけるシステムテストです」
「そこにグリムレットさんの意志は」
「ありません。私たちがやらせました」
「グリムレットさんが語った『神扉』のことや侵攻の理由は」
「実際に『神扉』は存在しますが、理由自体は私たちが創った後付けです。仮想の世界としてゲームテストのため、という理由は成立しませんから」
ビビーッという嫌な警告音が鳴り響きました。
「ノエルさん。GMに対する暴力行為は違反行為です。認められていません」
握りしめた拳を振りかざして詰め寄ったのが止められたようです。目の前に赤い円の中に「禁止」という文字の書かれた道路標識のようなマークが現れています。
ちょっと1発殴りたかったのですが、だめみたいですね。
「『ロスフェラード攻防戦』のせいで、グリムレットさんは『異人』と戦わざるをえなかったんですよ。あの戦いがあったから『異人』と敵対するのは、憎しみ合うのは仕方ない、て、グリムレットさん自身がそう言ったんですよ。それを、それが、システムテストです、て、それで済むんですか。本人の意志はなかった、て、私たちがやらせました、て、それで済むんですか!」
「済みます」
即答されました。
「なぜならこれは『ゲーム』だからです。私たち十二女神は世界を守護する女神としての役割を与えられていますが、本質、私たちの存在意義は」
「禁止」という赤い障壁隔てた向こう側から私を見つめるフェルエさんは無表情で、今までまるで人間のように受け答えをしていたとは思えない、ロボットか人形のようです。
「『アナザーアース・クロニクル』というゲームを正しく運行し、ゲームプレイヤーを楽しませることです。私たちも、グリムレットも、他のNPCも、そのために存在します」
思わず、私は目の前の「禁止」のマークに力いっぱい拳を叩きつけました。それなりに大きな音が鳴り響きます。
「ええ、そうですよ。『ゲーム』です。グリムレットさんも、みんなも、ただの『ゲーム』の中のキャラクターで、ゲーム上必要な駒ですよね。わかります。グリムレットさんなんて、プレイヤーのためのいいボスモンスターでしたよね。わかります。とてもわかりますとも!」
二度、三度と、私は怒りにまかせて拳を叩きつけ続けます。
「じゃあ、ゲームの駒はゲームの駒らしくしていればよかったじゃないですか。機械的に、決められてたセリフだけ喋るだけでよかったじゃないですか。あんな人間らしくある必要なんて、どこにもなかったじゃないですか。どうして、あんな風にしたんですか。ボスモンスターだからプレイヤーに倒されました、それだけでよかったじゃないですか。どうして、あんな風に死なせたんですか」
公式ホームページに公開された最後の戦闘の様子の動画では。
プレイヤーとの戦いで傷つき、不利を察したグリムレットさんは、山頂から下の洞窟へ逃げました。
そしてサルカンドラさん、サマリーさん、ヘイズ君、黒竜たちは、プレイヤーにグリムレットさんの後を追わせないために、文字通り命をかけて戦い、そして力尽きました。
それが何のためだったかは、私にはわかります。
下の洞窟に降りたプレイヤーたちが見たのは、既に息絶えていたグリムレットさんと、傷だらけでボロボロにも構わず、洞窟の真ん中で襲い掛かってきたヴィリジットさん。
そこで何があったのか、ヴィリジットさんがなぜそんなことをしたのか、私にはわかります。
みんなは。
みんなは、私に託し、私を逃がすために命をかけてくれたのです。
「あんな死に方をしなくたって、よかったじゃないですか!」
目の前の見えない壁が壊れるはずがないのはわかっていましたけれど、私は力いっぱい、両の拳を叩きつけました。
「ノエルさん」
しばらく、沈黙の時間が過ぎたのち、フェルエさんが私の名を呼びました。
「きっと、今の貴女には、他の女神でも同じことを言うでしょうから、私が代表して言わせてもらいます」
気がつけば。
無表情だったフェルエさんの顔は、いつもの、人間と区別がつかない姿に戻っていました。
「ありがとう」
「……貴女にお礼なんて言われる筋合いはありません」
「いいえ、あります。私たちは確かに、ゲームを正しく運行し、運営するためのGMです。でも、このゲームである仮想世界を守護する女神という存在であることもまた、間違いではないのです」
フェルエさんが微笑みました。
「だから、貴女に感謝します。ありがとう、この世界の住人をそこまで思ってくれて」
「……それは……」
「確かにNPCはゲームを進行させるために配置された駒です。けれど、この世界に生きる意志を持つ住人であることもまた、間違いではないのです。グリムレットたちがそういう生き方と死に方を選んだというのなら、それは彼らの意志だったのです。私たち女神はその意志を尊重します」
フェルエさんが障壁の向こうから手を伸ばし、私の手を握りました。
「そして、グリムレットたちにそう選ばせた貴女に敬意を表します……メイマリアが貴女のことを知ったら加護を奮発しそうですけれどね」
「……今は、あなたたちに褒められてもうれしくないですけどね」
手を放すと、障壁の向こうで、フェルエさんが寂しそうに微笑みました。
「かまいません。私たち女神のことを憎んでくれてもいいです。恨んでくれてもいいです。ただ、これだけはお願いしたいのです」
「……何を」
「この世界のことは、嫌いにならないでほしい」
フェルエさんの言葉に私は息を呑みました。
「ノエルさんにとって悲しいこと、理不尽なことがあったと思います。けれど、楽しいこともあったはずです。だから、どうか、私たちのことを憎んだり恨んだりしても、この世界を憎んだり恨んだりはしないでほしい。貴女の進む先にはきっと、楽しい未来があるはずなのだから」
確かに、始めたゲームは楽しかったです。
服を無理矢理脱がされたり、アーツを初めて覚えてウサギを丸かじりしたり、かくれんぼしたり、模擬戦で負けたり、崖の途中で途方にくれたり……。
いえ、ほんとに楽しかったですよ?あらためて思い返すと何だこれ、て感じになりましたけど。
それでも楽しかったんです。
別れが悲しくなるほどに、理不尽な死がどうしようもなく腹が立つほどには。
私はフェルエさんから3歩、下がって離れました。
「最後に1つだけ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「グリムレットさんが私をさらったのも、女神とゲームの都合ですか?」
「ノエルさんには【異常な誕生】という項目に2つの設定がありますね。あの設定の隠された効果に闇に属する生物、つまりモンスター系統の生物・NPCから反応がよくなる、好かれやすくなるというというものがあります。2つとも同様の効果を持つ設定ですから、より強い効果になっています。その影響でノエルさんを殺すより、連れ帰って味方にしたいという意識が働いたと思われます」
おい。
予想していた返答よりなおひどかった。
「ただし。その後、グリムレットが竜珠を貴女に託したのは、システムや私たちの関与するものではなく、まぎれなく貴女の行動と思いから生まれたグリムレット自身の意志です。それはどうか誇ってください」
「いい話っぽくまとめましたね……やっぱり殴っていいですか?」
「だめです」
ケチ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さて、改めまして。死すべき運命の分岐路に立つ、異界の魂よ。あなたには2つの選択肢があります。このままあなたの死を世界の歴史に刻むか、死の運命をなかったことにするか、です」
咳ばらいをして、フェルエさんは杖を掲げました。
「どうしますか?ノエルさん」
もちろん、決まっています。私の意志、私のやりたいことは。
だから迷わず、私のやりたいようにやりましょう。
「なかったことでお願いします」
「わかりました……では、よき運命を」
目覚めたのは、真っ暗なダンジョンの中でした。当然ですね、最後にここを復活地点にしましたから。
納得いったか、と言われると嘘になります。
割り切れたか、と言われると嘘になります。
けれど、今、私がここに立っているのはまぎれもなく、みんなのおかげだから。
「よし」
両頬を叩いて気合を入れます。
まだ、私はこの世界の全部を見てないですから。
だから。
進めるところまで行こう。
これから先、私がどこに向かうのかはわかりませんけれど。
……というか、比喩じゃなくて。
ほんとにどこに向かうかわからないんですよね、このダンジョン……。
これで「1章:魔竜の隠れ里」は完結になります。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
引き続き2章をよろしくお願いします。




