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大陸暦1052年 土の月 10日
やらかしてしまったなあ、と思ってログインするとサルカンドラさんが待ち構えていました。
「グリムレット様がお呼びよ」
心にやましいことがある時にこの呼び出し。いーやーだー行きたくないー!
「……わかりました」
「あ、私からのお仕置きは後で別にね」
ひえっ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
山頂に行くといつもの場所にグリムレットさんがいました。目を閉じて動かないので一瞬どきっとしましたけど、単にお休みだったようです。ちょっとお疲れかな?
「『異人』に遭遇したそうだな」
うっ……ストレートですね。
「あ、はい。その、『異人』が遠征する時に使う拠点があるそうなので、そこを壊せば『異人』も遠征に来られなくなるだろうな、と思ってヘイズ君と行ったんですよね……まあ、結果は駄目だったんですけど……ごめんなさい」
「どうせヘイズが無茶を言ったのだろう。すまなかったな」
うーん……自分が悪いなあ、と思っている時に怒られるとつい反発してしまうんですが、そこでお前は悪くない的に言われてしまうと余計に自分が悪かった、という気持ちが自分の中にたまってダメージになるんですよね……まさしく今みたいに。
「いえ、私も何か役に立ちたいなあ、と思ったから……本当だったらヘイズ君止めないといけなかったのに。あ、それで、私のことが『異人』にばれちゃって、今まで情報収集ができてたんだけど、それができなくなっちゃって」
と、スレが見れなくなって相手の情報がわからなくなったのを伝えるのを忘れるところでした。これが今回やらかしで一番痛かったのに。
「そうか。気にすることはない。些細な問題だ」
目を閉じて、グリムレットさんはそれだけ言って黙りました。特に怒ってはいないようで、よかったです。いや、よく考えると私が好きでやってるだけのことですから、怒られるのも変なんですけど。
「ノエル」
「はい」
用事が終わったならどうしようかな、と考えていたところで、グリムレットさんに声をかけられました。
「私はお前に謝らなければならない」
何か謝られるようなことがあったかな、と私は首をかしげました。
「お前との約束を破ることになる」
約束。
確かにしましたね。私がここにいるために、「異人」に負けないでくれ、と。
胸が締め付けられるような感じが、背筋を冷たいものが流れ落ちるような感じがしました。状況がまずいのがわかった時、自分がミスを犯したのが自覚できた時のあの嫌な感じです。
「……負けますか」
自分の声が思わず震えるのが、自分でもわかりました。
「負ける」
グリムレットさんは即答しました。
「次に、前回と同じだけの『異人』が来れば。私は負ける」
前回の戦いで、私たちはフラムリングさんとノクターナルさんが死に、さらに多くの名も無き黒竜たちも死にました。その失われた命は、戻りません。
それに対して「異人」側の損害は、0。
確かにデスペナルティとか、実時間で5日間はここに攻めて来れないとか、消費したアイテムとかの損耗はあるでしょう。しかし、それは私たちと違って取り返せるものです。
結局、この戦いは。
グリムレットさん側は死んだら終わり、でも「異人」側はなかったことにできる、相手側の戦力が永遠に減らない消耗戦だったのです。
「……ごめんなさい」
「ノエルが謝ることではない」
謝ることではない、という話ではなく。
むしろ謝っても取り返しがつかないというか。
グリムレットさんとの話の中で、私は、私のやらかしが致命的なことに気づいてしまいました。
あの戦いの結果を受けて、そこから本気で勝つつもりなら、私は「相手の情報を気づかれずに知ることができる」という切り札を手放してはいけなかった。
いつかは気づかれることかもしれなかったけれど、勝つためにはその情報を利用して相手の先手を取り続けるしかなかったはずです。自分自身で最初からそうすべきだった、と思っていたはずなのに、ヘイズ君に流されて、その場の思い付きのような策を実行して不用意に自分の存在を相手に知らせてしまった。
こちらにもプレイヤーがいるのだと、相手に教えてしまった。
その結果、勝つための情報を入手する手段を失ってしまった。
「じゃ、じゃあ、戦うのはやめて『異人』と仲良くする、というのはどうでしょう?負けるのがわかっているなら、戦わなくてもいいんじゃないですか?」
「それはできない。ロスフェラード王都を襲撃した時から、私は人間の敵となり、『異人』とも不倶戴天の敵同士となった。あれを恨みに思うものもいまだ多いだろう。命を奪われた恨みは命を奪うことでしか晴らされないものだ」
どうしたらいいか、精一杯頭をひねって考えた案は即、否定されました。
確かにあれはべータテスターには不評でしたし、今もスレではグリムレット討伐はベータテスターの悲願、て言われてます。今さら戦うのをやめよう、と言っても聞いてもらえる可能性はまずないでしょう。
「じゃあ、どこか遠くに逃げるとか。『異人』が来ないような場所に」
「それはできない」
「どうしてですか?別にこの山じゃなくてもいいと思いますけど」
「まず1つ、王魔竜とは私だけでなく他に4体の王魔竜がいる。それぞれがこの大陸に支配領域を持つ。他の王魔竜の支配領域に入れば、侵略と見なされ争いになるだろう。今の私たちでは、それに対抗するのは到底無理だ」
それは初めて聞きました。ていうか、グリムレットさんみたいなのがあと4人もいるんですか。
「それともう1つ。これはノエルの方が詳しいだろう。この大陸西域でケレス山と周囲の森、ケレス樹海以上に『異人』が来るのが難しい場所があるか?」
私が知るゲーム情報では。
ケレス山、推奨戦闘技能レベル55~60。
ケレス樹海、推奨戦闘技能レベル50~55。
大陸西域においてこれ以上の難易度の場所は1つの例外をのぞいて存在しません。
「それに、だ。仮に誰も知らないような場所があった、としよう。ノエル。もしそのような場所があった時に『異人』はどうする?」
「……たぶん、それが知れたら、そこを目指す、かな」
「そこに見知らぬ強い怪物がいたとしたら、『異人』はどうする?」
「……たぶん、挑む、かな」
もし、まだ訪れたことのない新しい場所があるとしたら。
「異人」はそこに向かうでしょう。
もし、そこに恐ろしく強い生物がいたとしたら。
「異人」はそれに挑むでしょう。
なぜなら、ゲームだから。
そうやって楽しむことが、ゲームなのだから
「そうだ。だから、私たちに逃げる場所は、ない」
「なら!」
私は声を張り上げました。
「『神扉』!開けに行きましょう!私がいれば、開くんでしょ?開けば、グリムレットさんもみんなも、強くなるんでしょ!どうせ負けて、死ぬなら、挑みましょう!」
最後の可能性。今、ここにいるケレス山以上の難易度の1つの例外。でも、そこにチャンスがあるなら。
「だめだ」
「どうしてですか!」
「お前を、危険な目には合わせられない」
「私は『異人』ですよ!?死を受け入れない限り、死なないんです。死に戻りはしてしまうけど、死なないんですから。危険も何もないじゃないですか!?」
「だめだ。たとえ死なないとわかっていようとも、お前を危険にさらすことはできない。たとえそれが私が死ぬことになろうとも、だ」
グリムレットさんは私に微笑みかけました。竜の顔だからわかりづらいけど、私にはそう見えました。
「親とはな、そういうものなのだ。たとえ自分が危険にさらされ、死ぬことになろうとも。自分の子を、命の危険にさらす親はいない」
私のキャラクターブックの話はどうでもいいじゃないですか、と言おうとして。
私は初めて気づきました。
キャラクターブックの家族の欄、グリムレットさんの項目。
関係:義父。友好度:良好。
それは、ゲームの設定として、ノエルというキャラクターの設定としてそう決められているんじゃない。
グリムレットさん自身が私をそう見て、そう思っているから、そう表示されていたのだ、と。
「私は天涯孤独だった。私を慕い、付き従う魔竜たちは多かった。だが、彼らは私の配下だ。私は彼らの庇護者であり、彼らにとって私は頭を下げ忠誠を誓う王だ。私には、私の横に並び、ともにある者はずっと誰もいなかった」
グリムレットさんがその大きな手の大きな指でそっと私に触れました。
「ノエル。私にとって私とともにあったのは、この生涯でお前だけだった。私の魔力を受けて生まれ、『異人』という女神の祝福を受けた立場ゆえに、私を畏れ敬わずに接してくれる、お前だけだった。自分の子を、家族を持つのはこういうことなのか、と、私はずっと思っていたよ」
ずるい。これはずるい。
そんなこと言われると、何も言い返せないじゃないですか。
その時。
【大陸西域、ケレス山にてクロニクル・ウォー「グリムレット討伐Ⅱ」が発生しました。参加者はエントリーしてください】
目の前に、半透明のウィンドウが開きます。
え?
前回クロニクル・ウォーとして「グリムレット討伐」が発生したのは現実で3日前。まだ、前回参加者が参加できるようになるには2日間のインターバルがあるはずです。
前回参加者が。
私はスレの内容を思い出していました。参加希望者は60から65人くらい。スケジュール調整をして「都合が合わない人がいる」。
そうだ、確かそのために時間をずらした第2陣の遠征をするかもしれない、とありました。ただ、私が見ることのできた所まででは具体的に参加人数と日時は告知されていませんでした。
私が見ることができなくなってから、それが計画されたとしたら?
ウィンドウに参加者がエントリーされる。そこには私の名前も。どうやら居場所的に参加しない、は認められないようです。
私以外の「異人」。11人。
山頂に、人影が複数、現れました。




