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 大陸暦1052年 土の月 10日



 「ノエルは下に避難していろ」


 グリムレットさんが立ち上がり、前に出ました。


 プレイヤーたちの一団は固まってひとまとまりになっています。盾を持ち鎧を身につけた、革鎧に弓を持った人、白いローブに杖の人、さまざまな姿の人がいます。


 その中から金属製の甲冑をまとった1人の女性が前に歩み出ました。腰に帯びた剣を抜き、天に掲げます。


 「我が名はパトリシア・マリエル・ヴァルスエスト!」


 澄んだ声の名乗りが、私の所まで聞こえてきました。


 「かつてロスフェラード聖王国に仕えし五公家が一、ヴァルスエスト家が公女にて女神の祝福を受けし『異人』(プレイヤー)の1人。かつて聖王国王都に侵攻し、王家を弑した黒の王魔竜グリムレットよ」


 掲げていた剣をグリムレットさんの方に向けます。


 「その罪、我が信頼する盟友たちとともに今ここで弾劾する。覚悟せよ!」


 何ともかっこいい名乗りを上げるプレイヤーだ、と思ったら他のプレイヤーの体が淡く光始めたのでおそらくスキルかアーツによる支援なのでしょう。そして白いローブに杖の2人が何か唱えたように見えると、他のプレイヤーにさらに光が宿りました。


 それと同時に、グリムレットさんが翼を羽ばたかせると地を滑るように滑空し、一団に襲い掛かります。


 その突進は前に進み出た重厚な鎧に盾を持った2人に阻まれます。1人は歩く竜のような姿なのでおそらくは竜人、もう1人は普通の人間の男性のようです。


 それを合図に、プレイヤー側も動き始めました。背中に翼の生えた女性が空中に飛びあがり弓を構え、黒いローブに杖のいかにも魔法使いと言った2人の男女が(女性ともう1人は獣人なので性別がよくわかりませんがかなり大柄なのでたぶん男性だと思われます)後ろに下がり杖を掲げ詠唱を始めます。


 もう1人、耳のとがった男性が素早く岩に上ると手に持った長い杖のようなものを構えます。持ち方から見てライフル銃?のようですが。


 その先から光が放たれるとグリムレットさんの翼に命中します。


 グリムレットさんは目の前の盾を構える2人、そしてその後方に控える名乗りを上げた女性と白いローブの2人を狙うべく鉤爪を振り下ろし、尻尾で一面を薙ぎ払いますが、これは盾持ちの2人がうまく受け流して、後ろに攻撃が向かわないようにしています。それでも盾役は衝撃にダメージを受けたのでしょうか、後方の白いローブ2人からそれぞれに光のようなものが飛びました。


 これは、おそらく回復魔法でしょう。


 後方の魔法使い2人の詠唱が完成し、グリムレットさんの顔の付近で爆発が立て続けに置きます。それにあわせて、空中から弓使いの人が翼に向かって矢を続けざまに射かけています。よくは見えないのですが、名乗りを上げた女性が指揮役のようで、剣を翼にかざしています。おそらく翼を狙うように指示を出しているのでしょう。


 グリムレットさんが後方に飛び退き、両手を地面につけました。


 プレイヤーたちもそれを見て一斉に散開します。


 咆哮を上げるとグリムレットさんは地を蹴り、恐ろしいスピードで突進しました。強大な脚力に翼で加速をつけた突撃は流石に防げないのか、プレイヤーたちは進路から避難しています。


 流石に予備動作が大きすぎて、巻き込まれたプレイヤーはいないようですが、隊列は乱れました。


 すかさずグリムレットさんが空中にいた弓使いを叩き落とし、孤立した獣人の魔法使いに噛みつきます。が、一瞬、姿がぶれると魔法使いは離れた場所に現れ、噛みつきは不発に終わりました。


 その隙に剣を持った戦士───あれは、前に私が遭遇したとても強かった剣士の人ですね───が背後から近づくと尻尾に強力な斬撃を叩き込みました。思わずグリムレットさんがぐらつきますが踏ん張りなおすと尻尾で反撃をしますが、それはあっさりとかわされます。


 これが、高レベルのプレイヤーの戦い、ですか。

 避難しろと言われましたが思わず見入ってしまいました。


 そんな私の頭上に網が不意に降って来て、私を絡めとりました。


 「標的確保、てね」


 いつの間にか赤いバンダナに革鎧を着た小柄な女性が、岩の上から私を見下ろしています。


 「君が『ノエル』やろ?悪いけどこのまま拉致らせてもらうで」


 はっ。


 グリムレットさんと戦っているプレイヤーは、指揮官の女性、盾役2、魔法使い2、回復役2、剣士、弓持ち、銃使い。合わせて10人。


 クロニクル・ウォーに参加しているプレイヤーは私をのぞいて11人。

 1人足りません。


 ということは今、そこにいるのはその11人目のプレイヤーで……もしかして、私も狙われていた!?


 うわ、まずい……と思った時に、私の周囲にふわっと風が巻き起こりました。


 そのまま私を中心に竜巻のように勢いを増した風は、私に絡まっていた網を切り裂いてくれます。


 「風」の属性を持つのは魔竜の中でも最速を誇る白竜。私が空を見上げると、そこには白い竜───サルカンドラさんがいました。


 「惚けていたら駄目よ、ノエル。速く下に避難しなさい」


 「あ、はい。ごめんなさい」


 私を捕らえていたプレイヤーの女性はいつの間にかいなくなっています。私も〈ドラゴンウィング〉を発動させました。


 「サルカンドラさん、気をつけて!」


 「ええ。じゃあね、ノエル」


 そのままサルカンドラさんはグリムレットさんとプレイヤーが戦う場へと飛んでいきました。


 相手はたった11人。グリムレットさんたち、勝ちますよね?


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 下へ向かうトンネルを降りて行くと、逆に下から上がってくる青い竜の姿が見えました。サマリーさんです。


 「ノエルか」


 かなり急いでいましたが、サマリーさんは私の姿を見つけると空中に留まりました。


 「以前頼まれていたもの、俺の部屋のテーブルに置いてある。回収しておけ」


 「あ、はい」


 頼んでいたもの……ああ、ダンジョンを本格的に探索するために地図を作るための材料を探してもらっていたのですが、それのことでしょうね。

 別にこんな時に言わなくても落ち着いた時でよかったのに。


 「じゃあな、ノエル」


 それだけ言い残して、サマリーさんは山頂目指して飛んでいきました。

 私も背を向けて、下へと降りて行きました。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 サマリーさんの部屋に行くと、確かにありました。たくさんの布と糸。私がお願いしていた通りですね。とりあえず全部、所持アイテム欄に放り込んでおきましょう。次にダンジョンに行くのはいつになるかはわかりませんが。


 そうしていると、赤竜と黒竜の一団が山頂に飛んでいこうとしているのが見えました。ヘイズ君と、1回目のクロニクル・ウォーで生き残った黒竜たちですね。


 というか、山頂に何しに行くつもりでしょう。


 「ヘイズ君!」


 「ノエル!」


 「どこ行くの?特にヘイズ君は大怪我したんだから大人しくしてないと」


 そう、ヘイズ君はこの前、斬られた傷がまだ治っていないのです。


 「グリムレット様の援軍だ。みんなもな」


 「いや、援軍って……行っても役に立たないでしょ?」


 あの戦いの様子を見てしまったらとてもじゃないですけどヘイズ君が戦力になるとは思えないのですが。黒竜たちはわかりませんけど、ノクターナルさんよりも小柄だし名前も知らないですしね。


 「役に立つか立たないか関係ない。グリムレット様が覚悟を決めたなら、俺たちはそれに従うだけなんだ」


 「えっとですね……」


 「行かせてあげるのですわ」


 反論しようとしたところを、声をかけられて遮られました。一瞬、声の主に気を取られた隙に、ヘイズ君たちは、山頂へと飛んで行ってしまいます。


 「じゃあな!ノエル」


 「……もう」


 さすがに追いかけて無理矢理連れ戻すのは私の力ではできません。


 「なんで行かせちゃったんですか、ヴィリジットさん」


 私を止めたのは、ヴィリジットさんでした。翼はまだボロボロで、体の傷跡も痛々しいです。


 「私たちはグリムレット様の配下の魔竜。グリムレット様あっての私たち。そのグリムレット様が死を覚悟したのでしたら、当然、私たちもそれについていくだけなのですわ」


 ヴィリジットさんは天井の、山頂へと続くトンネルを見上げます。


 「翼がこうでなければ、私もはせ参じたいのですけれどね」


 「死を、って……」


 「グリムレット様は貴女に告げたのでしょう?私たちには女神の祝福はありませんわ。だから命が尽きれば、死ぬ。たとえ望まなくても」


 「なら、生きようとすればいいじゃないですか。死ぬのが嫌なら」


 私の言葉に、ヴィリジットさんは首を振りました。


 「確かに、できることなら死にたくはないですわ。でも、グリムレット様がいなくなったこの世界で生きていくのはもっと嫌。私たちは、王に従う魔竜とは、そういう生き物なのですわ」


 すごく、とてもすごく言い返したかったのですけれど、言葉が出ませんでした。本当にとてもすごく納得いかないのですけれど、きっとそれは、ヴィリジットさんや、ヘイズ君や黒竜たちや、さらにサルカンドラさんやサマリーさんにとっても、譲れないことなんでしょうね。


 「それより。私は託された大切な仕事をこなしませんと」


 ヴィリジットさんは私の体をつかみました。


 「ノエル。私たちはもう、貴女をここから安全に逃がしてあげることはできませんわ。だから、あのダンジョンへ逃げなさい」


 そのまま自分の背中に私を乗せると、ダンジョンの入り口ある建物の方に歩いていきます。


 「そうすれば、後は私が、全身全霊をもって、他の異人たちが追ってこれないよう、入口を封鎖して差し上げますわ」


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