27
大陸暦1052年 土の月 1日
いよいよ、当日がやってきました。
だいたいリアルで2日が過ぎましたが……実のところ、私は特に何かしたわけではないんですよね。結局、自分の身の振り方を決めることが私にとっての一大イベントでした。
ただ、周りはそうでもなく、ピリピリとした雰囲気が続いていました。
戦争だー!と興奮しているドラゴンが多かったようでサルカンドラさんがなだめるのに苦労していました。このゲームを始めてわりと忘れていましたが、ドラゴンはモンスターだったんですよね。実感しました。
「おーい、ノエル」
空中から声をかけてきたのはヘイズ君です。今日は珍しく〈人化〉はしていません。
「上に行ったらダメですよ?」
「い、行かねーよ。後でサルカンドラに何されるかわかんないし……」
ヘイズ君、かなりごねましたが最終的には笑顔のサルカンドラさんに「ダメです」と言われ、留守番を納得させられました。物理的に。
グリムレットさんはいつも通りですが、既に多くのドラゴンたちが山頂に上がって行きました。この洞窟に残っているのはヘイズ君のようなまだ若い竜、子供の竜、それと子育てをしている雌竜が何体かだけです。
「大丈夫かな?」
「あ?大丈夫に決まってるだろ?グリムレット様だぞ?」
山頂に続く穴を見上げて思わずつぶやいた私に、ヘイズ君は突っかかってきます。
私がもっと強かったら、一緒に戦いに参加したのでしょうけれど。いや、「異人」同士で戦わない方がいい、という意味ではこれでよかったのでしょうか。
「あー、そうですねー、グリムレット様ですもんねー」
「ああ!?なんだよその態度!?」
ヘイズ君はいじるとかわいいですね。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
普段なら訓練をするか、ダンジョンに行くかするのですが、さすがにそんな気分ではないのでぼーっと時間を潰していました。ちょっと山頂に見に行ってみたくもあったんですが、さすがに怖かったので無理でした。
と、その時。
【大陸西域、ケレス山にてクロニクル・ウォー「グリムレット討伐」が発生しました。参加者はエントリーしてください】
女性の音声でアナウンスが流れました。
クロニクル・ウォー
このアナザーアース・クロニクルのオリジナルシステムで、「世界の歴史に残る戦い」、を意味します。
システムが特定の戦闘を「世界の歴史に関わるもの」と認定した場合、「クロニクル・ウォー」の発生が宣言され、プレイヤーへ参加の受付が開放されます。そして、その戦闘の結果はどんな内容であれ、公式のこの世界の歴史に書きこまれることになります。
この「クロニクル・ウォー」ですが普通の戦闘と決定的に違うのは「死に戻りができない」ことです。
クロニクル・ウォー中にキャラクターが死亡した場合、復活地点で復活することができず、いったん女神の元に送られます。その後、クロニクル・ウォー終了時に「クロニクル・ウォーの結果を受け入れる」が「クロニクル・ウォーへの参加を取り消す」かを選ぶことになります。
前者ですとキャラクターは死亡し、再作成となります。代わりにクロニクル・ウォーの戦死者として公式に名が刻まれます。後者ですとその場にはいなかった、という扱いになります(代わりに適当なNPCの戦死者が増えるそうです)。
ただし、クロニクル・ウォーのリーダーは参加を取り消すことはできません。リーダーとは発生時に最低1人が選ばれる役職です。NPCが選ばれる場合もあり、自分で立候補するのもありだそうです。このリーダーは参加を取り消すことができない、つまり、クロニクル・ウォー内で死亡した場合に確定でキャラクターの再作成となりますが、代わりに戦いの指導者、主要人物としてより大きく歴史に取り上げられることとなります。
それと、1度クロニクル・ウォーに参加したキャラクターは同種の内容の場合には現実時間で5日間の時間を空けないと参加ができません。1度ボスと戦って負けてから、参加を取り消した上ですぐにもう1度挑戦する、というようなことはできない仕様になっています。
ちなみにベータテストで悪名高い、そして私がこうなった元になった「ロスフェラード攻防戦」がアナザーアース・クロニクル最初のクロニクル・ウォーです。ちなみにその時、キャラクターの死亡を選択したプレイヤーは全体の2割くらいだったそうです。これは、攻防戦自体がベータテストの終盤で、記念の自分のキャラクターの名前を歴史に残そうとしたプレイヤーが多かったから、だそうです。
さて、そんな「クロニクル・ウォー」への参加エントリー用のウィンドウが今、私の目の前に広がっています。発生地点の近くにいるからでしょうか。
もちろん参加はしませんので「参加しない」のボタンを押す……前に、参加エントリー一覧が見えますのでちょっとのぞいてみます。
まあ、知ってる名前は全然ないのですけれど、人数としては数えて現在43人。結構な人数ですね。グリムレットさん側の魔竜がたぶんほぼ同数くらいだったと思います。エントリー人数はまだ増えてるようなので最終的には50人くらいでしょうか。
確か募集スレを見ていた時は参加希望が60か65人くらいいて、スケジュールを調整したらだいたい40人くらいになりそうとあったはずなので思ったより多いのかもしれません。
ともかく。今の私にはみなの無事を祈ることくらいしかできませんが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【クロニクル・ウォーが終了しました。参加者は結果を受け取ってください】
だいたい、3時間くらい(現実での1時間)が経過したでしょうか。ようやく、アナウンスが流れました。どっちが勝ったかはアナウンスされないんですね。ただ、プレイヤー側が勝ったならおそらくプレイヤーがここまで来ているでしょうから、来ていない所を見ると、グリムレットさんが勝ったのでしょう。
私は〈ドラゴンウィング〉を発動させると、急いで山頂に向かいました。
トンネルを抜けるとそこは死屍累々でした。
黒竜と人間の死体がいくつも転がっています。果たして、この倒れている死体の中に実際のプレイヤーキャラクターはどれくらいいるのでしょうね。
周囲を見渡して、最初に見つけたのは青い竜の姿のサマリーさんでした。
「ノエルか」
血とか傷とかそういう表現は規制されているので、実際に怪我したとかどうかはぱっと見た目にはわかりません。ただ、普段と違って疲れているような声色でした。
「ヘイズはいるか?」
「ヘイズ君?後から来ると思うけれど」
戦いが終わったことを察知できるのはプレイヤーである私が1番でしたから、ヘイズ君は恐らく私が山頂に向かったのを見て後を追ってくるはずです。
「そうか。『竜珠の継承』をやる。見つけたら来るように伝えてくれ?」
「リュージュのケイショウ?」
「竜珠とは魔竜の第2の心臓ともいうべきものだ。魔力の源であり魂の宿る珠とも言われている。魔竜は死ぬ時に自分の竜珠を他の魔竜に受け継がせる。親から子へ、あるいは信頼する仲間へ」
気づけば、サマリーさん以外にも赤い竜と緑の竜がそこにはいました。ヴィリジットさんとフラムリングさんでしょう。ヴィリジットさんははっきりとわかるほどに翼がずたずたに裂け、体に大きな傷が残っています。
そしてフラムリングさんは伏せったまま、動きません。
「フラムリングの竜珠は子のヘイズに受け継がせなければならない」
「……私が、なぜか異人に集中して狙われたから……フラムは私をかばって……私がもう少しうまく立ち回っていれば、フラムは……」
ヴィリジットさんがうなだれて呟きました。
落ち着きましょう。周りに黒竜や人間の死体があります。激しい戦いがあったのはわかります。多くの犠牲が出ています。命の奪い合いをしたのですから、当然です。
だから、別に不思議ではないのです。
フラムリングさんが……私の知っている、言葉の交わしたことのある、共に過ごしたことがある人が、あ、竜ですが、死ぬことも。
あっけにとられていた私の周りに風が巻き起こり、白い竜が降りてきました。
「ノエル、ここにいたのね」
「……サルカンドラさん」
その白い竜はサルカンドラさんでした。
「一緒に来てくれるかしら、ノエル。サマリー、ヘイズのことはまかせるわ。ヴィルもその怪我と翼じゃ動けないでしょうし」
「わかった」
サマリーさんが返事をするのを聞くと、サルカンドラさんは私を掴み空へ飛びあがりました。
山頂の端の方、岩の影になっている部分に私を下ろします。
そこには多くの人間の死体が転がっていました。そして、その中に目を閉じて動かない黒竜が1体。
「ノクターナルよ」
「え?」
確かに、その倒れて動かない黒竜の姿には見覚えがありました。普段は〈人化〉した状態で会うためにあまり見たことはなかったのですけれど。
間違いなく、ノクターナルさんです。
「黒竜はブレスを吐けない。だから、常に戦いの最前線にその身を置くわ。ノクはよく頑張ってくれた。ノクがいなければもっと犠牲は増えて、私もサマリーもヴィルも生きてなかったかもしれない」
いや、まさか。
ノクターナルさんは、私が何やってもまったく勝てる気がしないほどに強かったんですよ?
死ぬなんて、まさか。
私はよろよろと近づきました。ノクターナルさんは目を閉じたまま動く気配も、目を覚ます気配もありません。私は恐る恐る、その体に触れました。寝てるだけなんじゃ、ゆすったら目を覚ますんじゃ、なんて思いながら。
【あなたはドロップアイテムを入手する権利がありません】
いつもの機械的な女性の声のメッセージは、とてもとても残酷でした。




