69A =敗者となった英雄は、何を思うのか。
◇◇◇
異世界から帰って来てしばらくたち、僕の体の調子も万全となった頃、生徒会主催で進められていたクリスマスパーティーが行なわれた。
その会場となった体育館で、僕たちは、主に給仕などの裏方として働き詰めだった。
僕たちが異世界に行っていた頃、会長から連絡があったらしい。返ってきて早々に、会長から連絡があったことを知った僕らは、すぐに会長と話をした。
会長は、連絡を取れなかったことを、ものすごく怒っていた。主に裕也に。
細かなことは知らないが、クリスマスパーティーのことで何かトラブルがあったらしい。それに対処するために、人手が必要だったのだが、あいにく僕たちとは連絡が取れず、ちょっと大変だったと言うことだ。この『ちょっと』と言う表現に、どのぐらいの幅を見れば良いのかは、大いに悩むところだ。
ともかく、会長は大層怒ってらっしゃった。主に裕也に。
その怒りは、すべて裕也に丸投げして、その場は済ませたが、それですべて収まる訳ではなかった。
僕たちは罰として、その後の準備や当日の役割を大幅に増加させられてしまった。
当日の会場、学校の体育館で僕は、ウェイターなのか、バトラーなのか、バーテンダーなのか、はっきりしないが、今回のために準備された衣装に身を包んで働いていた。
僕たちは、働き詰めだった。
僕だけでなく、光と裕也も同じような扱いなのだが、いかんせん来場者が多い。体育館のアリーナを立食形式のパーティー会場としていて、そのほぼ全域を三人で応対しなければならないのだ。
他にも会長をはじめとした生徒会役員が働いているが、会長は司会進行役として舞台に立ち、他の役員も舞台に出る参加者たちの対応や受付の対応、料理室などの特別教室の連絡役などで会場には人手を回せなかった。
結果的に僕たちは、会場が落ち着くまで、ずっと働いていた。
◇
今は、会場も落ち着き、交代で休憩に入れるようになったところだ。
僕は、休憩室として、仕切り板で区切られた一角に一人でいる。
区切られた向こうからは、舞台で演奏をするバンドの紹介が伝えられていた。
「……」
準備されたペットボトルを手に取り、無造作に置かれたパイプ椅子に腰かける。
「ご苦労さん」
労いの言葉は、僕の腰から聞こえてきた。
僕の腰には、卵型のテンカが巻きついていた。腰のベルトに、鎖上の尻尾を器用に巻きつけて、キーホルダーとしてぶら下がっている。
「……別に」
僕は、テンカにそっけなく答えていた。
忙しいことは、別に苦ではない。むしろ、今は忙しくしていたほうが、余計なことを考えないで済む。
区切られた空間に一人でいると、自分の思考の中に潜り込んでしまう。
「……」
考えてしまうのは、闘技大会の医務室から出た後のことだ。
そこにあった風景は、一種の戦場だった。
忙しく動き回る医師と看護師。交わす言葉から、こちらにも緊張感が伝わって来た。
寝たままで苦しそうなうめき声を上げる人々。床に簡素な布団を敷かれた場所に寝かされた人たちが、悶えて苦しみに耐えていた。
そんな景色が、一面に広がっていた。隣の部屋も、その隣の部屋も、向かい側の部屋も、ずっとそんな景色だけだった。
医務室にいたのは、本当に容体が安定している者ばかりだったのだ。
苦しみと痛みが、混ざり合い、それが目に見えるような錯覚を覚えた。その景色が、頭から離れてくれない。
「なんか、難しいことを考えてるな」
テンカが、声量を抑えて声をかける。その目は、僕を見上げていた。
ここは、薄い板で囲まれただけの場所だ。テンカと会話をするには、周囲の人に注意をしないといけない。テンカのことがばれると、説明が難しい。その時は、独り言で紛らわすしかないだろう。
人の気配に注意しながら、僕はテンカに声を返す。
「そうか?」
考えても仕方のないのは分かっている。すでに終わってしまったことだ。
それでも考えてしまうのは、僕が、その場にいたからだろう。祭を見て、楽しむ人たちを見て、そこに価値を見出していたからだろう。
それが、すべて、否定されてしまったように感じている。
「そんなにショックを受けるようなことだったか?」
「さあ、どうなんだろうな」
確かに見た直後は、衝撃を受けたが、今はその光景に納得してしまっている自分がいる。
この世界に返って来てから裕也から話を聞いたが、あの光景については、闘技大会の裏で何かがあったことぐらいしか分からなかった。
それで、何かが起こったのだと、納得してしまった。
「ショックを受けているのとは、少し違うと思う」
「じゃあ、何だよ?」
テンカの問いに対して、考えがまとまらないまま、言葉を連ねる。
「僕は、あの場所にいて、あの時間にいた」
裕也から聞いた話で、あの件の大まかな輪郭と部分的な構図は見えている。
「きっと、あれは、単発的に起こったものじゃない」
「おう」
テンカが、簡単に相槌を打つ。
「前々から計画されていたことだと思う」
「そうかもな」
この辺りのことは、誰でも考えつくだろう。
「その計画に僕たちは、手が届いていたかもしれない」
「ん?」
ここでテンカが、首をひねるように体を傾けた。
「まずは、ショウグンのこと」
ショウグンのあの状態、雲のような気体のような状態は、幽体離脱に近いものだという結論が出ている。これは、異世界交流対策課からの話だ。
この状態になったのは、集団行方不明及び意識不明の件に関わったことが原因だと思われる。
「次に、黒いマントを羽織った人物と会ったこと」
テンカが会ったのは、一度だが、僕が会ったのは二度だ。
この黒い者の新しい話は、現在、特に出ていない。異世界で捜査はされているようだが、追加で入手した情報はない。うまく逃亡しているのだろう。
「それから、ショークジョルスを事前に見ていること」
審査員席から眺めていただけだが、それでもショウグンと一緒にショークジョルスが戦っている場面を見ていた。その時に、僕は何も気づいていなかった。違和感のようなものは得ていたのだが、それが何なのかは分かっていない。それは、今もはっきりとしていない。
もしかしたら、試合に出ていたショークジョルスは、今回の件の関係者に繋がっていたかもしれない。
「僕は、今回の件のかなり近い位置にいたかもしれない」
現に、僕の前に黒い人物が現れた。光とロワを誘拐するという形で。
あの行動に、どれだけの意味が込められていたのかは判断材料がないが、裕也は僕に対する行動だと予想している。
僕の考えていること、テンカに言わせれば難しいことをぽつぽつと口にした。
それを聞いた後のテンカは、実に簡潔にまとめてくれた。
「要するに、ウジウジしてんのか?」
「……」
僕は、テンカの言いたいことが理解できず、首を傾げた。
それを見たテンカが、さらに言葉をつけたす。
「相棒は、今回の奴らにいいように手玉に取られて、ウジウジしてんのか?」
「……そうなの、か?」
僕は、さらに首を傾ける。
「そういうことだろ。今回の件を勝ち負けで言えば、相棒は、負けだ。見たくない結果を見ちまったんだ。それを受け入れさせられてるんだ」
そう言われてみれば、そんな気もする。テンカらしい言い方だが、今の僕にその言葉は、抵抗なく収まった。
「僕は、負けたのか」
「今の相棒は、そんな顔をしているぜ」
負けた顔って、どんな顔だろうか。暗い表情でもしているのだろうか。テンカの様子だとそんな気はしないが。
「結果は出ちまったんだ。それは、もう変えられねえし、次があるだろ。次に向けて、切り替えな」
「そうだろうけど……」
今のままでは、結局同じ結果になるだろう。
近くにいても、気付けなければ意味がない。
気づけても、対応できなければ意味がない。
対応できても、力尽きては意味がない。
「……このまま、何事もなく居たいんだけどな」
手に持つペットボトルをあおって、喉をうるおす。それでこの話は終わりにした。
そのまま交代の時間まで、僕とテンカは、舞台の演奏と周囲の喧騒から外れて、休憩していた。これからやることが、まだまだ詰まっているのだから。




