68 ベッド+回復
◇◇
僕が目を覚ましたそこは、ベッドの上だった。
目を覚まして最初に視界の中に入って来たのは、光の顔だ。何を思っているのかを、その表情から読み取ろうと視線を向けようとすると、額に衝撃を加えられた。
「おっ、起きたか? 起きたな? 起きたよな?」
その衝撃は、テンカによって加えられたものだ。
テンカが、僕の額の上で何度も飛び跳ねている。跳ねている衝撃がベッドにまで伝わっていた。軽く痛い。
「……起きたよ」
そう答えるとテンカは、飛び跳ねるのをやめて、僕の胸の上に着地した。
「よーし、それじゃあ、教えてもらおうか! 相棒を倒した奴を!」
「……聞いて、どうする?」
「もちろん、ぶっとばーす!」
「……却下だ」
「なんでだー!」
「……」
起きて早々に、顔の前でわめかないで欲しい。
僕は、重い体をベッドから起こした。その動きで、わめいているテンカが布団の上を転がっていく。
体のほうは、多少重く感じるが、特に問題なく動かせるようだ。額に手を当てて、意識を失う前に何があったのか記憶をたどる。
「浩一」
ベッドの隣で椅子に腰かけている光が、神妙な様子で僕の名前を呼んだ。
それで一気に意識が覚醒した。記憶が、一瞬で繋がる。
「あのね、私は……」
「大丈夫か!」
僕は、光の言葉を遮って叫んだ。自分でも思った以上に大きな声を出していた。
「大丈夫なのか?」
声量を落として、もう一度光に確認する。
「……私は、大丈夫」
驚いた様子の光だったが、しっかりと僕の問いに答えてくれた。
軽く見たところでは、怪我らしい怪我もしていない。それでも、安心できなかった僕は、両手を光へ伸ばして、その手で触れた。
「っ!」
光が、さらに驚いて体を震わせた。
僕は、そんな様子に構わず、光の両頬に自分の両手を優しく重ねた。手の先から柔らかい温かさが感じられる。その温かさで、光の存在を実感できた。
「無事なんだな」
実感できたことが、独り言のように僕の口から漏れていた。
「うん、大丈夫だよ」
光は、僕の手に自分の手を重ねて答えた。
その手の平からも確かな温かさを感じられた。
そんな僕たちへ近づいてくる足音がある。
「おー、アツい、アツい」
裕也が、笑いながらベッドの空いている片側へとやって来た。
「なっ! 別に、アツくない!」
そう言って、光が僕の手を払いのける。
「起きてすぐにそんな様子が見られるとは思わなかったわー。これはさすがに予想外だわー」
心のこもっていない、棒読みなセリフが、裕也の口から紡がれている。
それを否定するために、強い口調で光の声が響いた。
「別にそんなんじゃないから!」
「えー、そんなんじゃないならー、どんなんなんですかねー」
「そんなんも、どんなんもないから!」
「おー、アツい、アツい」
裕也は、片手を団扇にして自分の顔を仰いでいる。そこには、にやけた面が、お面のように張りついていた。
僕は、そんな言い合いとは関係なく、ただ伝えるために口を開いた。
「いや、寒いから」
「は?」
言い合いをしていた二人が、方向転換をするように僕に顔を向けた。
同時に顔を向けられた僕は、もう一度伝えるために口を開く。
「マジで、寒い」
僕は、自分の体を自分の腕で抱きしめた。熱があるのか、体温が低いのか、理由は分からないが、ともかく寒い。少しでも熱を得ようと手と体をこすり合わせる。
「よし、ここは、人肌で温めよう」
裕也は、すぐに光に向き直った。
「さあ、加賀の出番だ。遠慮なくタケを抱きしめるんだ」
「えっ?」
それを聞いた光は、顔を真っ赤に染めた。
「な、なっ、何を言っているのかしらあ」
光が、変な言葉遣いになっている。
裕也は、それにツッコミを入れず、早く早くと手を振って、光を急かしている。
それを見た光は、手を振り回して、その場で混乱しているように慌てている。
「よーし、俺様が炎で温めてやろう!」
そんな二人の間にテンカが割って入って、魔法を使おうとしている。
「いや、それはダメだよ」
そのテンカをセリアが、後ろから両手を伸ばして抑え込もうとしている。
「キュッ、キュ!」
キュピが、セリアの頭の上で羽を手旗信号のように振り回している。
「自分は、お邪魔ですね」
そう言って、ロワが光の肩から下りているのが見えた。
「……何でもいいから、早くしてくれ」
僕は、何かが壊れている現状に、呆れるしかなかった。
そんな現状を打開する者は、すぐに現れてくれた。
「どうぞ」
そう言って、湯気の立つカップを差し出してくれたのは、看護師(推測)の方だった。
「ありがとうございます」
僕は、それに素直に礼を言って、カップを受け取った。
僕が、しっかりとカップを受け取ったのを見た看護師さんは、騒いでいる面々に注意を一言して離れて行った。
現状は、一瞬で静まり返った。騒ぐのが、非常識であるのは、誰もが理解していたことだ。
僕は、頂いたカップに口をつけた。
カップの液体がのどを潤すと、熱がすぐに体に染み込んでいく。特に味は感じないから、ただのお湯だろう。
「……ふう」
口にしたのは一口だけだが、それだけでずいぶんと楽になった。
楽になって余裕が出てくると、周囲の様子を確認することが出来た。
僕が寝ていたのは、多くのベッドが並んだ病室のような場所だった。雰囲気としても、それで間違いないだろう。ベッドにいるのは、眠っている者と起きている者と、半々くらいだろうか。
その様子を確認して、どうしてこういう事態になっているのか分からなかった。この場所は病院で、僕の状態は、それほど悪かったのだろうか。
「……ここは?」
「闘技大会会場の医務室だよ」
そう答えてくれたのは、光だ。
続けて、裕也が補足するように話をする。
「細かいことは省くが、タケが倒れた時とほぼ同じ頃に、多数の意識不明者が出たんだ。それでここは、その対応で一杯になってる。規模は、限られたもので、すでに収束に向かってるみたいだ」
裕也の説明は、大筋に沿ったものだろう。少なくとも、僕と同じ理由で倒れているわけではないことは分かる。
「まあ、被害はまだ増えるかもしれないけどな」
それを聞くと、このままここにいるのは気が引けた。元気になったのならば、ベッドを開けるべきだろう。
「……」
僕は、無言でベッドから降りようとした。
それを見た光が、慌てて僕の前に手を出して体を抑えようとする。
「ちょっと、いきなり動いて大丈夫なの?」
「大丈夫みたい」
僕は、しっかりとした口調で光に返した。
実際に体の動きに問題はない。起きてすぐは、体を重く感じたが、少し休んでそれも消えていた。
心配そうに見つめる光にセリアが声をかける。
「浩一は、魔力の回復が人より少し早いみたいだから、私も大丈夫だと思うよ」
「なら、いいけど」
しぶしぶといった様子で光が、ふさいでいた僕の前を開けてくれた。
僕は、地面に両足で立って、少し体を動かしてみた。右へ左へ、上へ下へと何回か体操をするように体をひねったり、跳んだりする。特にふらつきやめまいを起こすこともなく、僕の体は問題なく動いてくれた。
「本当に、大丈夫みたいだね」
僕の動く様子をじっと見ていた光は、それで納得してくれた。
「さて、タケも無事に目を覚ましたなら、俺たちは邪魔になる前に退散しますか」
裕也が、僕たちを先導するように動きだす。
「はあ……、話は後で聞かせてもらうからね」
光は、僕にそう言って裕也に続いて行く。この場は、これで収めてくれるようだ。
もう隠す必要もないから、帰ったら好きなだけ答えようと思う。今回は特に、屋台の手伝いをさせるなど、光に不本意なこともあったから、出来るだけ誠実に答えなくてはならない。
僕も皆の後に続く形で移動する。
退散すると言ってもすぐに帰るわけではない。もうこちらに来ることはないだろうから、いろいろとあいさつ回りをしてからとなる。
関係各位、と言ってもそこまで広範囲ではないから、そこまで時間もかからない。本部や主催者を回ったり、ヘレの屋台に寄ったりするぐらいだ。昼食をまだ取っていないから、ヘレの所で頂くのもいい。
僕は、このまま医務室を退室するのかと思ったが、裕也が、あるベッドの前で止まった。
「タケ」
そして、僕の名前を呼ぶ。少しおどけた調子を見せている。
「こちらにいるのは、誰でしょう?」
裕也が示したのは、ベッドの上で背を起こしている女性だ。
僕も遠くからだが、見たことがある。ショークジョルスだと思う。試合中に羽織っていた白い鎧のような装備はないが、間違いないだろう。
だが、裕也の示したのは、そういうことではないはずだ。周囲にいる皆の反応も、口を閉じて黙っていた。何かを期待しているように感じる。
ここで裕也が示したのならば、何かがある。
先ほどから僕は、あることを気にしていた。気にしていることは、多々あるのだが、その中で一つ、この場にふさわしいのではないかと思うことがある。
それを思い、僕は答えを口にした。
「……ショウグンか」
「正解」
裕也が、簡潔に返答をした。
それに合わせて、ショウグンが頭を下げる。
「すみません、改めまして、ショークジョルスです。ショークとお呼びください」
「無事に戻れたんだな」
「はい、この度は、大変お世話になりました。本当に感謝の言葉しかありません。本当にありがとうございます」
ショークは、そう言って深々と頭を下げた。
「いや、無事に戻れたのなら、僕はそれで十分だから」
僕としては、それ以外には特にない。僕自身も何とか無事に乗り切れた訳だし、問題にするようなこともない。
「すみません、ありがとうございます」
僕たちは、何度も頭を下げるショークをなだめた後、医務室から退室した。
僕にとって、それだけが良い報告となった。




