67 記憶+収束
◇◇
私が目覚めたのは、白いベッドの上だった。
体を起こそうと力を込めると、側にいたセリアに止められる。
「急には動かない方がいいよ」
私は、セリアの言葉に従い、体から力を抜いた。力を抜くと、久しぶりの布の感触が、隅々まで染み込んで来る。
横になっている私の体は、確かに全体的に重く感じられた。急には動かさないほうがいいと、素直に感じられる。そこで私は、視線だけをセリアへ向けた。
セリア=ミレス。各地で働いているフリーのスピリットハンター。八大精霊王に認められた数少ない方だ。十年戦争の折には、英雄様と共に行動をし、戦争とは関係のない精霊たちを助けていた。
私は、いまさらながらにそんなことを思い出していた。
記憶が、戻っている。少し前までは、思い出すことのできなかったことだ。それが、今は、自分の物として簡単に思い出せる。
「ショウグン、気分はどうだい?」
耳に届いた声に視線を向けると、少し離れた所から私の様子を見ている裕也がいる。
高戸裕也。異世界の住人で、英雄様の友人。危機に陥った私を助けてくれた方だ。
そうだ、私は命の危機に陥っていた。正確には、存在の危機と言うべきだろうか。そのこともしっかりと覚えている。
「違和感とか、あるか?」
「すみません、大丈夫です」
しばらくの間、体と意識が分離していたというのに、その感覚は、綺麗に消えている。分離していたのが、夢だったのではないかと思ってしまう。だけれど、それは、ここにいる面々の様子を見れば、現実であったことがはっきりしている。
「成功ってことで、良さそうだな」
裕也が、安堵したように両目を閉じた。
「これで後は、タケが目を覚ませば、とりあえずオーケーか」
「すみません、すみません」
私は、ただ謝ることしかできない。
私が、こんな状態になっているのは、英雄様を巻き込んでしまったからだ。そのせいで、英雄様は魔力切れを起こし、床に伏せっている。病気や怪我ではないから、大騒ぎをすると、返って迷惑になってしまう。
ただ謝る私に裕也は、笑顔を見せた。
「良いって。こっちもいろいろ経験させてもらったし、俺はそれで十分だって」
裕也は、それで今までのことは終わりにするみたいだが、セリアはそうはいかないみたいだ。
「私も、そう言いたいところだけどね、そういうわけにもいかない状況だから」
「ああ、そうっすね。こっちは終わりでいいっすけど、今の状況は、終わりにできないっすね」
今の状況と言うのは、闘技大会参加者が一時的に行方不明になっている事を指している。
「ショウグン、でいいのかな? それとも、ショークジョルス?」
セリアが、首を傾げながら私に視線を向けた。
「すみません、ショークでお願いします」
「名前は、本物を使っていたんだね」
「そのようですが、精霊名は違います」
「そこは、魔力属性が違うもんね。同じってわけにはいかなかったんでしょう」
私の魔力属性は、氷で間違いない。
闘技大会決勝に進んだショークジョルスは、その精霊名や戦闘方法から考えて、金属性である可能性が高い。
「その辺の情報は、何もないからわからないんだけど……」
セリアは、そんな前置きをして尋ねた。
「何があったか、覚えている?」
そう尋ねるセリアは、期待に満ちた目をしていた。
側に立つ裕也も、しっかりと聞く体勢になっている。
私は、セリアの問いに過不足なく答えるために、戻って来た自分の記憶と静かに向き合った。
◇
私は、予選の一日目を最低な形で終了していました。
いや、最低と言うのは、私個人の状態のことです。獲得したポイントは、一日目とはいえ、少なくはありませんでした。
ただ、上位陣との差は大きく開いていました。それは、私が競技中に立て続けにミスをしたのが大きかったです。少し肩に力が入りすぎていたのだと思います。思わぬところでミスを連発してしまったと落ち込んでもいました。精神的に最低な状態です。
そんな私に声をかける者がいました。声をかけられたのは、関係者用通路内でした。
声をかけられた場所が場所でしたし、競技の後で疲れていましたので、私は、何の警戒もなく話を聞きました。
私に声をかけた者は、上から下まで隠れる黒いマントのような外套を羽織っていました。今思うと、かなり不思議な雰囲気を醸し出していたと思います。警戒をしなかった自分を恥ずかしく思います。
英雄様と見た黒い者と、特徴はよく似ています。ただ、同一人物かと問われると自信がありません。なにしろ、黒という印象しか残っていませんので。
話の内容ですが、その者は、今から力を授けてくれるという話でした。
普通なら、そんな簡単に力を得られるわけはありません。いつもなら、迷わず断っていたと思います。
でも、その時の私は、予選で思った通りの結果を出すことが出来なかった後でしたので、わずかに迷ってしまいました。そこを突かれてしまったのだと思います。
何も答えを返さなかった私をその者は、一瞬で転移させました。
その瞬間は、何もわからず、転移させられた後に気付きました。特に魔法を使ったような痕跡は見せなかったです。
移動させられた先は、とても暗い場所でした。暗闇に囲まれていました。光源もわずかしかなく、外からの光が全くなかったです。窓のない部屋だったのか、地下だったのか、その辺りは、はっきりとしません。
その後、私は、そこで、そこで……。
すみません、そこの記憶は、はっきりとしません。何かがあったと思います。それは、確実です。一度、そこで意識を失ったのだと思います。その後の記憶は、その場所から続きます。
おぼろげに意識を取り戻した私は、横に寝かされていました。
視界のほとんどが暗闇でしたので、天井を向いていたのかどうかは、はっきりしませんが、横になる私の隣に誰かの足が見えましたので、床に寝ていたのだと思います。
そこでは二人の人物が会話をしていました。
その内容は、私のことが気にいったという内容でした。能力や容姿を気に入ったと言う話ではなく、何かにちょうどよいと言う話だったと思います。
そのすぐ後は、視界に影が入り込んできて、また気を失ってしまいました。
暗闇の中で影と言うのも変な話ですが、それは影としか表現のしようがありません。視界の一点を黒く染めたと思ったらば、一気に視界いっぱいに広がり、私は、気を失いました。
次に意識を取り戻した私は、別の場所にいました。そう、そこは、教室でした。
今だからこそ何の危険もない場所だとわかりますが、その時は本当に困惑しました。そこがどこなのかわからず、自分のことがわからず、魔力もほとんど感じられず、何の手段も講じられず、途方にくれました。
そんな私の前に現れたのが、英雄様と裕也さんでした。
その後のことは、皆さまのご存じのとおりです。
◇◇
ショウグンの、ショークジョルスの話が、一段落つき、セリアの細かい質問タイムに入っている。
ショークジョルスは、体を起して、看護師が持って来たカップを手に持ちながらセリアの質問に答えていた。
俺は、その辺の細かいことに興味はないから、軽く聞き流していた。どうしても必要になった時は、セリアから細かく聞けばいいかな。
ショークジョルスの話から判断できることは、今回の件は何者かが起こした事件だということだ。手段や理由などは、専門家じゃないから分からないが、誰かが手を引いていることは間違いない。
そして、この一件が収束して行っていることも、何となく分かる。
黒い外套の人物は、武野が見かけた人物と特徴が良く似ている。同一人物とするには情報が少ないが、関係者と見て間違いないだろう。
その黒い人物は、今まで何の痕跡も残さずに行動していた。それがここに来て、これだけの証言を残している。
黒い人物つながりで言えば、加賀とロワを誘拐した人物もいる。こちらの件と何の関係もないと見るには、少しばかり特徴が似すぎていた。
これだけの痕跡を残して、姿を見せておいて、続けて何か仕掛けるとは、どうしても思えない。この一件は、これですべてが終わりだと考えて良いと思う。
まだ何か残していることは十分にあり得るので、警戒や心配はしなければならないが、大掛かりなことは、もう終わりだろう。
事後処理や今後の追跡調査については、俺の知るところではないし、そもそもそんな危なそうなことに首を突っ込むつもりもない。面白くなるかも期待できないし。
それにしても、セリアと話をしているショークジョルスを見て、思うことがある。俺は、勘違いをしていたんだなと。言い訳になるが、その可能性を頭に入れていなかったとも言える。
「どうしましたか?」
ショークジョルスが、俺の視線に気づいて疑問を投げかけた。
俺は、仕方なく、正直に思っていたことを口にした。
「ショークって、女だったんだな」
体を鍛えているから分かりづらいが、ショークジョルスの体つきは女性のそれだった。出ている所は、ちゃんと出ている。『ショウグン』と言う呼び名は、ふさわしくなかったと思える。
それを聞いたショークジョルスとセリアは、俺に驚いたような視線を向けた。
その反応には、俺が疑問を持つことになった。
「何かおかしなことを言った?」
それを聞いたセリアが、何かに気づいたように口を開けた。
「そっか、裕也には、話をしてなかったかな」
何を話していないのだろうか。
「精霊に性別はないよ」
「そうなんすか?」
でも、どう見てもショークジョルスの体つきは、女性的なのだが。
「精霊が、どうやって生まれるかは、話したよね?」
「はい」
確か、魔力の源泉などの魔力の集まる場所に生まれたり、人が生まれる時に一緒に精霊が生まれたりする。前者がナチュラル精霊で、後者がパートナー精霊と呼ばれている。。
「精霊の生まれ方を考えればわかると思うけど、精霊にオスやメスと言った意味で、性別はいらないんだよ」
そう言われて、気付く。
「それは、そうっすね」
「そう、精霊に生殖器は存在しない」
精霊の生まれ方は、自然発生に近い。生物的な交配を経て、生まれる訳ではない。そうなると、オスやメス、男や女という概念は必要ない。
「でも、その姿は、どういう訳っすか?」
俺は、ショークジョルスの姿を示して疑問をぶつけた。性別が必要ないのであれば、どうして女性的な姿をしているのか。
「これは、精神的なものと外的なものに起因するかな」
セリアは、少し考えてから言葉を放つ。
「生物は、雌雄が存在します。精霊には、それがありません。そういう意味では、精霊は世界の中で異端です。でも、精霊もこの世界に存在して、他の生物と関係を持っています。その関係の中で、自然と生物的な外見を身に付けてきました。そのほうが、関係を持つのに都合がいいからです。ここまでは、オッケーかな?」
「はい」
異端と言うのは言い過ぎだと思うが、言いたいことは分かる。自分と違うものは、どうしても恐怖や排除の対象になりやすい。それを少しでも緩和するために、見た目を良くしたと言うことだろう。
「それで、精霊が最も身近にいるのが、人間です。人間の外見を精霊が、獲得するとどうなるか。結果は、目の前にあるような状態になります」
セリアは、ベッドにいるショークジョルスを示す。そして、俺に確認を求める。
「と、言う感じでいいかな?」
「それじゃあ、男女については、好きに選択できるんすか?」
「まあ、精霊の育った環境にもよるけど、好きに選べるね。精神的なものだから、一度決まったらそう簡単に変えられないんだけどね」
ふむ、精霊の見た目は、その精霊の精神と外的要因によって決まると。
この際だから、いろいろ確認しておこう。
「キュピは、どっちすっか?」
「女の子だね」
「ヘレは、見た目通りっすよね?」
「そうだね」
「テンカは?」
「女の子だよ」
「……」
俺は、危うく確認しそうになった。口は半開きになっているが、声に出していないので、セーフだろう。ここで確認するのは、失礼だよな。
そうだったんだ。テンカは、女の子なんだ。
「テンカの人型は、パートナーである浩一の年齢に合わせてあるからね。十歳ぐらいの時に容姿が決まったから、見た目では判断しにくくなってるんだよ」
セリアが、俺の様子に苦笑しながら、説明を追加してくれた。
見た目がどうというのもあるが、テンカの場合は、口調や態度がそう感じさせないからな。言われなければ、一生気付かなかったかもしれない。
俺が、驚きの表情をテンカに向けると、そのすぐそばで眠っていた武野の体が動いたのが目に入った。




