66 意識不明+繭
◇
『浩一』が、倒れた。
それは、俺にとって最悪な話だった。
だが、見方を変え、立場を変えれば、それも変わる。
『英雄』が、倒れた。
そう伝えられれば、この異世界の住人は、皆、一様に驚愕の表情を浮かべるのだろう。それだけ、武野が成した業績は、偉大なのだろう。
見方が変われば、立場が変われば、かかわり方が変われば、一つの情報も様々な意味が内包されている。
だから、これも、その一つで間違いない。
「相棒は、どこだ!」
テンカが、医務室に辿り着いて、すぐに入口で叫んだ。
医務室には、行方不明からの意識不明で運ばれてきた選手たちもいる。すでにこの部屋のベッドは満員で、他の部屋に簡易の治療所が出来上がっていた。数が多いのだから、ここだけでは到底足りない。
医務室内を見渡すと、武野の眠るベッドは、すぐに分かった。すぐ側に加賀が、心配そうに座っている。
武野の側にいるのは、加賀だけだ。ヘレとトトクは、屋台のほうにいて、ここにはいない。ここにいてもできることはないから、仕方がない。
テンカもそれは、すぐに見つけただろう。天井近くまで上昇しながら、放物線を描いて、直線的に武野の元へ飛んだ。
「起きてんのか? 寝てんのか?」
横になる武野の頭上で、左右へ交互に浮遊しながら言葉を投げかける。
「起きてんなら、さっさと教えろ! 相棒を倒した奴は、誰だ!」
武野は、両眼を閉じて、静かに眠っていた。テンカの言葉に答えることはない。
「俺様が、ぶっ倒してくるぜ!」
テンカは、張り切って宣言した。
俺は、その様子に一言告げる。
「倒された、じゃないって。倒れた、だからな」
「……わ、わかってるよ!」
テンカが、俺に向かって、ちょっと顔を赤くしながら叫んだ。
やはり、勘違いをしていたな。
セリアから話を聞いた後のテンカの反応が、どうにも怪しかった。状況は、悪い方に傾いているのに、嬉々として飛んで行ったのだ。どうやらテンカは、武野が戦闘で敗れたと思っていたらしい。武野が敗れたほどの相手ならば、かなりの強者なのは間違いない。そう考えれば、テンカが飛び跳ねるように喜ぶのも良く分かる。
だが、『倒れた』と『倒された』は、一字違いで良く似ているが、その意味は全く違う。
誤解が解けたテンカは、武野の頭の上を忙しなく動き回っていたのをやめ、武野の枕元に着地した。やはり、心配なのは、心配なのだろう。戦闘の可能性がなくなれば、先に心配が来るようだ。
心配と言えば、加賀の様子も心配ではある。
加賀は、俺が立つ場所とはベッドを挟んで反対側で、椅子に座って心配そうに武野の寝顔を見つめている。
ここに来るまでの間にセリアから詳しい話を聞いたのだが、誘拐された加賀には危害を加えられてはいなかった。ただ拘束されただけで済んでいる。状況から考えて、武野をおびき寄せるエサとして使われただけだろう。
本当にそうなのかは、何の確証もないから確かめようがない。
ただ、心配そうに見つめる加賀の表情は、誘拐されたこと以上にダメージを受けているように見えた。武野が昔、入院していた時のことが思い出される様子だった。
その加賀の肩の上には、卵型のロワが乗っていた。
俺が、ロワに視線を向けるとおもむろに口を開いた。
「大変申し訳ありません。自分たちがついていながら、この有様。どんな申し開きもありません」
「いや、たいした怪我がないだけで十分だよ」
俺には、そんなことしか言えないし、そもそも責める資格もない。
俺がその場にいても、ロワ以上に何もできなかったはずだ。ただの人間で、何の力もない。多少の魔法道具やクラムの発明品を扱えるが、それも準備をしていなければ、すぐには使えない。少なくともロワは、俺以上に役に立っている。
暗い雰囲気の中、さらに暗くなりそうなことを考えていても仕方がない。
医務室の中は、忙しなく、スタッフや看護士が動き回っている。ここにいるのは、未だに意識不明の者や容体の安定している者ばかりだから、医師はいない。医師は、別の部屋で診察などをしている。
俺も、俺のできることをしよう。
俺は、眼鏡を、《色の記憶》を取り出し、しっかりと着けた。
「……ショウグン、そんなに体を縮こまらせても、魔力消費は変わらないと思うぞ」
俺は、空中に向けて、そんな意見を投げかけた。
俺が《色の記憶》を装着したのは、もちろんショウグンを見るためだ。こうしなければ、俺にはショウグンの姿が見えない。
そのショウグンは、前に見た時よりも雲のような体の広がりが、しぼんでいた。その理由は、先ほど俺が口にした内容で間違いないだろう。
体の大きさを調整しても、武野とショウグンを結ぶ紐に変化はない。一定の太さを保っている。魔力の流れに変化を起こすならば、こちらを何とかしなければダメだろう。
「すみません、そうかもしれませんが、何もせずにはいられず、どうしてもこうなってしまいました」
ショウグンも、今の武野の様子に責任を感じているようだ。
武野が倒れた理由は、十中八九、魔力切れだ。
普通であれば、消費した端から回復していくのだから、こんな寝たきりになることはない。だが、今はショウグンが、その回復を阻んでいる。さらに、ショウグンに武野の魔力が吸い取られている。その行程を理解しているため、少しでも消費を抑えようと意識している訳だ。
「そんなことをしてもタケは、喜ばないぞ。タケは、普通にできるのが一番だと思ってるからな。無理をしている状態は、見せないほうがいい」
「……すみません、わかりました」
ショウグンは、渋々といった様子で体を膨らませた。いや、体が大きくなった訳ではないから、元に戻したと言うべきだな。
「さて、始めますかな」
俺は、あらかたの状況を把握したところで周囲を見渡した。見渡しても見えるのは、ベッドと患者と看護師ばかりだ。
「……始めるって、何を?」
俺の発言に加賀が反応した。ちゃんと周囲に注意を向けられる状態ではあるか。
「タケとショウグンを引き離して、通常に戻すんだよ」
「……できるの?」
加賀は、驚いたような様子でこちらを見上げた。
加賀の知っている状況は、ヘレから聞いた情報ぐらいだろう。そして、ヘレが知っていた情報も昨日までの内容だ。それでは、武野とショウグンを引き離す方法は、分からない。
加賀もヘレからそのように聞いていたのだろう。だからこそ、驚きを示している。
「俺が、何のために走り回っていたと思っているんだ?」
実際に俺が走りまわった訳ではないが、これは言葉のあやだ。このくらいの表現は、許されると思う。
実際に走り回ったセリアが、俺の言葉に続いた。
「大丈夫。不安な部分もあるけれど、試してみる価値があることだから」
そういうセリアの顔にも眼鏡が着けられていた。もちろん、ただの眼鏡ではなく《色の記憶》だ。ショウグンの姿を見るには一番手っ取り早い手段として、これからの作業に必要になる。
まずは、対象を探さないといけない。
俺は、近くにいる看護師に声をかけた。
「すみません、ショークジョルスって名前の精霊は、どちらにいますか?」
声をかけられた看護師は、少し面食らった後、俺が英雄の関係者と判断してすぐに教えてくれた。『認定試験合格者』と同様に、便利な肩書だ。
ショークジョルスは、人型でベッドに横になっていた。こういう状況を見ると、普通の人間にしか見えない。その腕には、魔力の回復をサポートする機器が繋がれている。発見されてから、一度も意識を取り戻していない。
看護師には、今から意識を取り戻すために試したいことがあると伝えた。実際に何をやるかは、セリアから説明をしてもらう。
話を聞いた看護師は、医師に確認に向かった。特に問題のある内容ではないから、許可は出るはずだ。
看護師や医師からの確認と許可を貰って、準備を進める。
「ショウグン、こっちに来てくれ」
呼ばれたショウグンが、俺の所へ寄って来る。
「そこに座って」
俺は、寄って来たショウグンにショークジョルスの胸の上を示した。
ショウグンは、おとなしく俺の示した位置に陣取る。武野から離れたから体の雲が、浩一と繋がる紐に使われて少し少なくなっているが、それは問題にはならないはずだ。
「すみません、これで何を始めるのでしょうか?」
ショウグンは、おとなしく指示に従ってくれるが、さすがに疑問が浮かんでいる。
「たぶん、ショウグンの体が、このショークジョルスだから、ショウグンを体に戻すんだよ」
それを聞いたショウグンは、きょろきょろとし始めた。ショークジョルスの顔と俺の顔でも見比べているのだろう。見比べても何も出てこないぞ。
これは、あくまで仮説の段階で何も証拠がない。これ以上聞かれても答えようがないので、さっさと始めてもらう。
ここから先は、セリアの出番だ。俺には、できることはない。ただ見守るだけだ。
「それじゃあ、始めるよ」
セリアの合図にキュピが、出て来た。セリアの頭の上に降り立ち、小さな羽を広げる。
セリアは、ショークジョルスの眠るベッドの横で魔法を使った。ベッドの上に藍色の魔法陣が描かれ、淡い輝きを放つ。
「〈アイスマジックリング〉」
使う魔法は、魔力の回復をサポートする魔法だ。
やっていることは、繋がれていた機器と同じことだが、少し違うところがある。それは、氷属性の魔力に限定して回復をサポートすることだ。
ショウグン自身の属性は、氷だ。だから、氷属性でサポートしている。これは、簡単な図式だな。
ショークジョルスは、氷属性ではないが、いろいろと情報を集めた結果、その辺は無視することにした。
変化は、俺たちが思っていた以上に早く訪れた。
ショウグンの体から糸のようなものが垂れ、ショークジョルスの胸に染み渡るように落ちていく。それが、無数に広がった。ショウグンの体が、何かの繭のように丸くなり、ショークジョルスの胸に張り付く。
続いての変化は、紐に起こった。武野とショウグンを繋いでいた紐が、細くなり始めた。目に見える速度で細くなり、糸のような細さになった時、武野から完全に紐が切り離された。
ここから後は、ショウグンが小さくなっていくのを見守るだけだった。
現象としては、ショークジョルスの胸に出来た繭が、小さくなっていく。おそらく、体と意識が融合していっているのだろう。
セリアが、魔法を使い始めてから、およそ三十分。ショウグンの雲のような体は、どこにも見当たらなかった。




