60 片付け+違和感
◇◇
闘技大会会場に隣接する広場は、日が落ちるにつれて、次第に熱気が引いていく。来場者の数も徐々に減っていき、ピークの頃ほどの人の波は見えない。遊びに来ていた人がほとんどだろうから、遊び疲れれば満足して帰っていく。
その広場で私は、エプロンを着け、ヘレの屋台の手伝いをしていた。そう、していた。
「お疲れさまー」
客引きを一手に引き受けていたヘレが、屋台へ戻って来た。表情は、晴れ渡るほどのにこにこ顔だった。
ヘレの姿は、人型をしている。人型なのは、来場するのが精霊だけでなく、人も多いから。精霊の姿では、いろいろと不便だからだと思う。
「あねさん、お疲れ様です!」
屋台の中からトトクが、すぐさま飛び出し、ヘレに笑顔を向けて出迎えた。
こちらは、ヘレと違って卵型だ。トトクは、まだ人型にはなれないそうだ。そこまでの能力は、まだないらしい。これは、ロワも同じで、トトクとロワはまだランクが低いと言う。
卵型の精霊が料理を作る姿は、全身を使って大胆に行動するので、見ていて楽しいものだった。
「お疲れさま。光も、今日はありがとう」
「私は、たいしたことはしてないよ」
私がしていたのは、裏方作業だ。料理をしていたのは、トトクトロワだし、呼び込みもヘレが頑張っていた。屋台の前に出て何かをしていたわけじゃない。だから、私がたいしたことはしていないと言ったのは本心からの言葉だ。
「売り切れまで頑張ってくれたんだから、十分よ」
ヘレの言葉の中にあるように、本日のヘレの屋台は、品切れとなっていた。すべて売れてしまった。
普段がどの程度お客さんがいるのかわからないけど、品切れになるほど来たのならば、いい売れ行きなのだと思う。ヘレの表情が、にこにこ顔なのも納得だ。
まだ広場の中には、人の姿が多く見られるけど、売り物がないのでは仕方がない。私たちは、店じまいを進めている。
そんな中、ロワが、奥から静かに跳ねながら表に出て来た。
「明日からの仕込みは、もう少し多くする必要があります。自分は、そちらに移りますが、よろしいですか?」
「そうね。こっちが済んだらトトクにも行ってもらうから、それまでよろしく」
「了解しました」
ヘレの許可を受けたロワは、一つ頭を下げると、すぐに屋台から出て行ってしまった。飛び跳ねていく丸い体は、すぐに視界から遠ざかり、あっという間に消えてしまう。
「さて、こっちもさっさと終わらせるわよ」
「了解です!」
ヘレの号令にトトクが大きな返事をし、屋台の片付けが進められていく。私も、さっさと終わらせるというヘレの言葉を実現させるために、片付けを進めた。
そんなわけで、かなり早い時間に片付けが終わった。
屋台の片付けが終わったところで、ちょうど浩一たちが屋台へ歩いて来るのが見えた。どうやら、あっちも一通り用事が済んだみたいだ。
最初に裕也が、こちらに手を挙げて近づいてくる。 裕也の次に浩一、セリアと続いていた。
「おっつかれー」
「お疲れさまー」
ヘレが、浩一たちを出迎える。
「こっちも大体終わりっすか?」
「まあね」
答えるヘレは、笑顔を浮かべている。屋台の売れ行きがいいのが、表に現れているみたいだ。まあ、隠すようなことではないかな。
私が屋台の様子を見たのは、この一日だけだけど、お客さんが途絶えることなく来ていた。屋台の味が、お客さんに認められているのだと思う。何度も来ている人もいるみたいだった。人気が出ているのは、料理を教えた者として、うれしく感じる。
「そっちは、どうなの?」
今度は、ヘレのほうから裕也に問う。
「まあ、いろいろ面白くなってますよ」
裕也は、具体的なことは言わず、ただ、口元に笑みを浮かべていた。
「そう」
ヘレは、それに一言だけ返した。
「それじゃ、加賀を返してもらっていいっすか?」
「はい、はい、貸していただき、ありがとうございました。ほんとに助かりました」
ヘレは、大げさに答えて、丁寧に頭を下げた。
こんな行動をしているのは、ヘレの考えていたのよりも屋台がうまく回っているからだと思う。私もその様子を見るのは、本当にうれしい。ただ、こんなことは、二度とないとさらにうれしいけど。
私は、片付けた内容をトトクに伝えて、浩一たちと合流した。
「お待たせ」
迎えてくれた各々は、それぞれに反応を返してくれた。
「おう」
「……」
裕也は軽く返答、セリアは笑顔で小さく手を挙げ、浩一は無表情に頷いた。テンカの姿が見えないのは、セリアのフードの中にでも潜り込んでいるのだと思う。
「さて、帰りますか」
裕也がそう声をかけると、セリアが、すぐに魔法の準備を始める。
セリアを中心にして、水色に輝く軌跡が、魔法陣を描き出す。
私が来た時にはすでに、魔法を使う準備は整っていたみたいだ。どうやら、こちらに来た時からいろいろ準備を進めていたらしい。転移の魔法は、扱いが難しいと聞いたけれど、工夫すればすぐに準備をすることも可能なのかもしれない。魔法のために集中していたから特に会話に口を挟まなかったのかな。
セリアの足下に描かれた魔法陣の中へ踏み込み、私たちは思い思いの所に立って魔法の発動を待つ。
その様子をヘレが、外側から見送ってくれる。
「また、明日も来るから」
私はなんとなく、明日も手伝うと言葉の中に込めて、ヘレに手を振った。
「それは、とっても助かる。よろしくね」
笑顔のヘレが、手を振って来た。
私は、それに手を振り返して、魔法の発動を待った。
「それじゃ、行くよ」
セリアが、私たちに向かって、魔法を使う合図を送った。
その合図に私は、少し緊張して拳を握りしめる。
「はい、発動」
セリアが、魔法を唱えた。
私たちが立つ魔法陣から一瞬だけ強い光が放たれた。そして、魔法陣の描かれた地面の上に穴があく。
魔法陣の上にいた私たちは、抵抗するすべなく、穴の中に落ちていく。
「くぅっ」
私は、知らず知らずのうちに唇をきつく結んで、急速な落下感に耐えた。
みんなそろって、一気に穴の中に落ちて行った。
◇
仕方がないことなのだけど、毎回経験する転移した時の落下の感覚は、何度経験しても慣れない。
私は、今回は何とか無事に着地して、瞼を何度か瞬かせて周りを確認した。
周りを見ると、そこは見慣れた場所、浩一の家の庭に私たちはいた。
「到着っと」
セリアが無事に転移したことを確認して、みんな帰って来たことを確認できた。
「んじゃ、明日も同じ時間で」
まずは、裕也が離れていく。一回だけ振り返って、簡単に予定を確認していた。
「お願いしまっす」
「はい、はい」
セリアが、それに軽く答えた。
そのまま立ち去る裕也に浩一は、一度だけ手を上げて別れを示した。
裕也も、浩一の手に背後を向けた姿勢で手を振って応じている。
「それじゃ、私も戻るね」
そう言ったセリアの足下には、再び水色の魔法陣が描かれていた。今回の魔法陣は、さっきよりも小さい。セリア一人分の範囲で十分だから、当然、魔法陣の大きさは小さくなる。
セリアには送って来てもらって、すぐにとんぼ返りをさせてしまう。セリアもいろいろとあるみたいだから仕方がない。せめて、お礼だけはしっかりと伝えておきたい。
「送ってもらって、ありがとう」
「どういたしまして」
セリアは、笑顔で答えてくれた。
その間にセリアのフードの中に潜っていたテンカが、ゆっくりと表に出て来た。もぞもぞとおっとりとした動きで浮かんでいる。
「今日は、終わりか。……ふわあぁ」
そのまま、あくび混じりで玄関へ向かい、戸を開けて家の中に入って行った。
テンカは、特にやることもなく異世界に渡って、退屈をしていたのかな。でも、それだとあくびをして疲れた様子を見せるのは、合わない気もする。
「じゃあね」
テンカを見送っている間にセリアは、異世界に戻る準備が整っていた。
輝きを増す魔法陣から少し離れて立つ私と浩一は、セリアを静かに見送った。
セリアの足下に小さな穴が開いて、その中へセリアの体が、吸い込まれていった。
残ったのは、私と浩一。後、一応、ショウグンも。
「それじゃあ、私たちも帰ろう」
「ああ」
私に答える浩一は、一度両手を上げて思いっきり伸びをして、上げた両手を下に下ろさずに首に置いた。首に置いた手を、もむように動かしている。首から動かして、今度は肩をもむ。
なんか、浩一が、普段は見ない行動をしている。
「どうしたの?」
私は、思わず尋ねてしまっていた。
「何が?」
突然問われた浩一は、意味を測りかねているようだ。
「疲れてる?」
私の浩一の行動から感じたのは、その一言に尽きる。普段だったらそんな雰囲気は全く見せないのに、今回は珍しく、それを表に出していた。
「……そんなつもりはないんだけど」
浩一は、少し間をおいて、私の言葉を否定した。
「すみません、すみません」
ショウグンが、浩一に続いて、謝罪を口にする。言葉は謝罪なのだけど、何度も繰り返し聞いているから、本当の謝罪なのか、単なる前置き的な言葉なのか判断があやふやになるなあ。
違和感のようなものが、私の中に生まれたのはこの時だった。
何だろう。
私は、立ち止まって、さっきのやり取りを頭の中でもう一度繰り返していた。
「それじゃ、着替えたらそっちに行くよ」
私が考えている一瞬のうちに、浩一は、家の中へと向かってしまった。
このまま一人で突っ立っているわけにもいかない。私は、ゆっくりと門扉から道路へ出て、そのまま自分の家を目指して足を動かした。
動かすのは、足だけでなくて、頭の中もだ。
浩一が、とても珍しい行動を取っていた。そう感じたことが、最近、他にもなかったかな。どうにも、違和感が拭いされない。私の勘違いですめばいいけれど、もしかしたら、私が知らないところで何かやっているのかもしれない。
知らないと言えば、裕也が何をしているのかも知らない。セリアと一緒に会場内を回っているってことだけど、それだけで済んでいるのかな。ヘレとの別れ際の会話も、何か言い含めているように感じる。私は私で、屋台の手伝いをしたかったからほとんど興味がなかったけれど、それが浩一と関係していないとは言い切れない。裕也が内容を言わない時は、情報屋としての活動が関係している場合が多い。そこに浩一が関係することは、多々あることだ。
私の足は、ゆっくりと少しずつ前進している。それでも、目的地はすぐ隣だ。どんなに遅く歩いても、たいした時間はかからない。私は、すぐに自分の家の玄関前に辿り着いた。
ふと、その扉の前で立ち止まる。
「……何か隠してる?」
ただの違和感は、確証のない疑惑へと移っていく。
浩一が、すべてを私に話しているわけではない。そんなことは、今までにもあったし、そんな義務もない。
私が、浩一のすべてを知らないといけないわけじゃない。だから、私の知らないことはかなり多いはずだし、それが当たり前だと思う。
だけど、今回は、それとは別な話の気がする。意図的に何かを隠しているような気がする。それが悪いものでなければ、何も言うことはないのだけれど、悪いものでないならば隠すこともないはずだ。
私の呟きが、周囲に散って消えてから扉を開けた。
「ただいま!」
私は、何とも言えない不安を感じて、帰って来た挨拶を少し強めにしていた。




