56 眼鏡+手掛かり
◇
《色の記憶》を装備した裕也が、再び会場内を回っている。
なぜ先ほどは、《色の記憶》を装備せずに回ったのか。それは、着けた時と着けない時の変化を判別しやすくするためだ。
裕也は、魔法とそうでない物の区別に、まだ自信を持っていない。向こうの世界ならば、違和感を感じ取れるが、異世界では違和感だらけで判別できないのだ。それを多少なりとも緩和するため、まずは普通に回って会場内を覚え、その後《色の記憶》で見るという方法を取った。
面倒だが、どんな手掛かりでも見つけ出さないといけない今は、どんなことでもやってみるしかない。
「んあ、さすがにきついな」
人通りが多い、露店の並ぶ通路に出ると裕也が呻いた。
「そんなにきついのか?」
「普段見えてないものが、いろいろ見えるからな。目に入って来る情報量が、多すぎる」
そう言って裕也は、眼鏡のブリッジを抑えている。
「その辺は、調整すれば、楽になるでしょ?」
眼鏡の特性を理解しているセリアが、助言をするように裕也の顔を覗き込んだ。
「いや、今回はそれはできないっす。小さな異変も見逃すわけにはいかないっすからね」
気丈に振る舞う裕也は、再び歩き出した。僕たちの先頭に立って、周囲に目を配っている。
少し裕也は、強引に先へ進もうとしていないだろうか。気持ちが先走って、体が追いついていないというか。そんな裕也の様子を見ていると少し心配になる。
「あまり、無理はするなよ」
「それは、こっちのセリフだ」
逆に返されて、僕は口を開けなかった。
「今のタケが無理したら、どうなるか分かったものじゃない。無理だけは、絶対にダメだからな」
念押しされてしまった。そんなに心配をかけるつもりじゃなかったのだが、ショウグンの影響で魔力が回復しないと言うのは、かなり大事としてとらえられている。
そんな会話を聞けば、行動せずにはいられない者もいる。
「すみません、すみません」
ショウグンが、謝罪を繰り返した。
ショウグンには、向こうの世界と同じように静かにしているように言ってある。こちらの世界でも人には、その姿が見えないためだ。ショウグンの声を聞けば、余計な疑念を抱かせかねない。ただでさえ、こちらは、いろいろと動く必要があるのだ。誤解などで時間を浪費している暇はない。
「……おとなしくしてる」
裕也の念押しに対して僕は、そう答えるしか道はなかった。
「ああ。こっちのことは任せとけ。どう考えても俺の領分だからな、これは」
裕也は、不敵な笑みを口元に浮かべて、目だけは真剣な表情をしていた。
後のことは、任せるしかない。裕也に頼んだ時から、こうなることは決定していたのだろう。
僕は、諦めにも似た感覚で、裕也の後をついていく。会場を回る順路は、先ほど回った時とほぼ同じだ。
見回る会場の雰囲気に、あまり変化はない。それも当然と言えば、当然だ。日をまたいでいるわけでもなく、ほんの数十分前の出来事である。違いがあるのは、裕也が《色の記憶》を装備しているかどうかぐらいだろう。
一体、裕也の目には、この風景がどう映っているのだろうか。
僕の目には、ただ人々が騒いで、このひと時を楽しく過ごしているようにしか見えない。そんな日常的にある、ありふれた一幕でしかない。こんな部分から、何かを見つけられるのだろうか。手掛かりを得るには、こういうところから探す必要があるのだろうか。
僕には、ただ裕也の背中を見ている事しかできない。
◇
賑やかな会場から寂れた関係者通路へと進路が変わる。
今のところ有力な手掛かりは得られていない。裕也からセリアに、質問は出るのだが、そのほとんどはこの異世界の常識の範疇に収められる情報だった。ごく僅かに《色の記憶》特有の現象も発見できたが、そのどれもが、ショウグンとは関係ないことが確認できた。
「この辺で何か得られないと、手詰まりになりかねないっすね」
「関係者用の通路って一言で言っても、結構広いから、まだ諦めるのは早いよ」
「そうかもしれないっすけど、こうも手応えがないと弱気になりますよ」
裕也の顔には、疲労の色が見て取れる。さすがに連続で長い時間の魔法アイテムの使用は、疲れるようだ。
「さて、行きますか」
裕也は、自分に言い聞かせるように呟いて、足を進めた。
僕たちも、その後をついていく。だが、その足は、すぐに止まることになる。
進み始めてすぐに裕也が立ち止ったのだ。立ち止まったその場で、眼鏡を掛けたり、外したりを繰り返している。何か変化を見つけたようだ。
「セリア」
「うん? 今度は何?」
「魔力が、全くないってことって、あり得るんすか?」
裕也の問いに、セリアは少し黙って考え込んだ。だが、それも一瞬のことで、知り得ることを伝えようと口を開く。
「自然にということであれば、あり得ない。薄くなることはあるけれど、全くないなんてことはない。空気が流れるみたいに、魔力も循環しているし、なくなった所には周りから流れ込んでくるはず」
「自然にってことは、人為的にならあり得るっすか?」
「そっちは、意図的に魔力の流れを操作したりすれば、可能だと思う」
それを聞いた裕也は、沈黙した。そして、ゆっくりと振り返って、僕たちの姿を確認しながら口を開いた。
「ちょっと、この辺り、魔力が見えないんすよ」
「見えないの?」
「さっきまでは、嫌というほど見えていたのに、ここに入ったら一気になくなっちまった。今の今まであったものが、ごっそりとなくなってるんす。ちょっと、気持ち悪く感じるぐらいに、視界が鮮明になってるっす」
単純に考えて、そんな変化があったら、誰かが気付きそうなものだが。
「魔力の感覚は、人それぞれだから何か操作されていても、気付かないかもしれない」
聞いたセリアも、あり得る話として考え始めている。
そうであるならば、なぜ、こんな状態になっているのか。いったい何があったのか。そこが気になってくる。
「この通路って、具体的にはどんな人が使うんすか?」
「基本的には、選手の移動用に使う通路よ。人気の高い選手は、人目に付く所なんて通ったら、囲まれて身動き取れなくなる可能性があるからね」
それならば、まず考える事がある。
「……選手の中にこの状態にした者がいる?」
最初に思いつくことが、これだ。
だが、すぐに裕也が首を振った。
「そうは言い切れないな。ここには入れるのであれば、誰でもできる。ぶっちゃけ、俺達でもできると言えるし」
確かに裕也の言うことも分かる。わざわざ自分たちを例に挙げなくても、可能というだけで言えば、その範囲はかなり膨大だ。
「通路をお客さんが使わないように、通路の入口にはいろいろ魔法が仕掛けてあるから、その反応を確認すれば、その辺りは絞れると思うよ」
「いつからこの状態になっているのか、どうやってこの状態にしているのか、そういったことも調べないと人物を絞るのも大変っすよ。ここに来た人を無制限に調べるわけにはいかないんすから」
「そうだね。その辺は、私のほうで何とか調べてみるよ」
「よろしくお願いします」
裕也は、セリアとの話を簡単に済ませて、次にショウグンへと向きを変えた。
「で、ショウグンは、何か感じたことはあるっすか?」
ショウグンは、体の輪郭をもぞもぞと、その場で震えるような動きで、ゆっくりと移動させている。
「すみません、言葉にするのが難しいのですが」
「その言い方だと、あるみたいっすね」
「はい。何かが触れると言いましょうか、妙に緊張すると言いましょうか、気分的なもので何ともはっきり致しません」
「それだけで、十分っす」
裕也は、にやりと口をゆがめた。
「すみません、すみません」
ショウグンのいつもの口調は、聞き流すことにした。
体の調子が異なる感じがしていても、ショウグンは通常運転で漂っている。いろいろ連れ回しても、心配はないらしい。
裕也は、気合を入れるように自分の右手を左手の平に打ち付けた。
「うっし、ここから調べていきましょうか」
「私は、さっき上がった、通路の仕掛けのことを調べてみるから」
セリアの発言に裕也が、頷いて返した。
「俺たちは、他にもないか探してみますんで、そっちはよろしくお願いします」
「ええ、気をつけてね」
「はい」
裕也が、セリアに答えて歩きだしたので、僕も一度頭を下げて、裕也の後を追った。
瞳に力と輝きを宿した顔で裕也は、先の暗がりを力強く進んでいく。
「やっと出て来た手掛かりだ。こっから忙しくなるぞ」
「できる限り、手伝うよ」
「おう」
裕也が、生き生きとした声と動きで進んでいく。
このまま裕也に任せておけば、この件はかなり進むだろう。解決まで、どのぐらいかかるか分からないが、僕の費やした一週間に比べれば、何倍にも達するだけの情報を探し出すはずだ。本当に裕也には、助けられている。
頼もしい友人の背中を見ながら、僕も気合を入れて今後に望むことにした。




