52 昼+阻害
◇
模擬戦闘は、夜通し続いた。
結果は、基本的にテンカの勝利で決着がついていたが、何度か危ない場面もあった。テンカから見れば、ショウグンは、かなりの実力者らしい。まだまだ実力は伸びるだろうが、楽しく戦闘をできると言っていた。
何度もそれに付き合わされたこちらは、たまったものではないが。
おかげで、昨夜はほとんど寝ていない。
「ひでえ顔をしてるぞ」
朝、裕也に会った時、最初にそう言われた。
そのことは、朝起きて朝食前にも光から言われているから、自分でも自覚している。
裕也からは、早速、異世界交流対策課からの情報を教えてもらっている。相変わらず仕事が早い。
異世界交流対策課では、ショウグンのことを把握していなかった。初耳だったらしい。情報を教えたことで裕也が感謝されたと言う。そんなわけなので、異世界交流対策課は、ショウグンについての情報を全く持っていなかった。近々、確認をしに僕のところに来るということだった。
そんな話をしたのが、朝である。
現在の時刻は、昼だった。
「にゃあ」
僕たちは、屋上にいた。僕のほかにいるのは、光と裕也の二人だ。本日は、快晴で天候が良いため、ここで昼食を摂ることにした。
裕也は、昼を済ませたら、すぐに情報収集に走る予定だった。
だが、そんな予定があるにもかかわらず、未だに弁当のふたは開いていない。
「にゃあも頂いていいかにゃ?」
屋上には、三人だけでなく、精霊が一体いた。テンカは、教室で待機しているので、テンカではない。
「どうぞ」
光が、問われて快く了承した。すぐに持ってきた弁当を広げて、準備を始める。
「ありがとにゃ」
礼をしつつ、その精霊、ネリスカームが、近づいてくる。猫の姿で、足音を全く立てずに歩いてくる。
「こんなに早く、それも学校に来るとは思わなかった」
隣に立つ裕也は、ポカンとした、驚きたいが予想を裏切られて反応できないといった表情をしていた。裕也にとっても、ここにネリスカームがいることは、かなり意外だったようだ。
「そんなところに突っ立ってないで、速く食べるにゃ」
「うっす」
「……」
突っ立っているのは僕と裕也だ。光は、すでに準備を済ませてしまっている。
ネリスカームに急かされて、広げられたレジャーシートの上に座った。文化祭の時に入手したレジャーシートだが、案外出番がある。
「皆さんそろったかにゃ?」
ネリスカームは、それぞれ三人の顔を眺めて確認する。特に問題なく、皆、位置に付いていた。
「では、いただきますにゃ」
「いただきます」
「いただきますっ」
「……いただきます」
皆で唱和して、それぞれに箸を付け始めた。
「実に、おいしいですにゃ」
ネリスカームは、自身の前に取り分けられた食事を爪を立てて前足で器用に突き刺し、口へ運んでいる。
「課長さんは、どうしてここに来たんですか?」
光は、隣に座るネリスカームの用向きを尋ねた。
「光くんの料理を食べに来たにゃ」
「まじで?」
思わず口に出したのは、裕也だ。てっきりショウグンの件で来たのだと思ったのだろう。僕もそう思っていたが。
「ついでに、裕也くんの話の確認に来たにゃ」
「そっちが、ついでっすか?」
「調査だけなら、わざわざ出向く必要はないにゃ」
その辺りの事情は詳しく知らないが、人手がギリギリの異世界交流対策課ならば、人が現場に向かわない調査方法も確立されているのかもしれない。それでなければ、もっと人材が必要なはずだ。
もしかすると、テンカのストレス発散のために結界を張っているのも、しっかりと把握されていたりするのだろうか。
「魔法の使用も、しっかりと把握してるから、大丈夫にゃ」
ネリスカームの口ぶりだと、間違いなく把握されている。
「それで、どんな感じなのかにゃ?」
「課長には、見えてるんすか?」
「まあ、一応見えるかにゃ。かなり薄い感じだけどにゃ」
人には見えなくとも、精霊には見えるようだ。ただ、薄いと言うのが気になる。
ネリスカームは、僕の頭上を見つめるように首を上げている。そこには、ショウグンが黙って浮かんでいた。
「その姿は、一体どういった意味があるのかにゃ?」
「意味ですか?」
「そうにゃ」
ショウグンの姿は、霧が集まったような粒子状の姿をしている。特定の形を持っているわけでなく、水に浮かべられているように、流れに従って形を変える。
「精霊の姿は、大体決まっているにゃ」
この点は、前にセリアにも説明を受けたことがあった。精霊は、卵型、動物型、人型がある。ショウグンの姿は、このどれにも当てはまらない。
「基本的にはその精霊の気分だけど、全然意味がないってわけじゃないにゃ。卵は生まれた時に近いから、すごく楽な姿にゃ。動物は、育った環境に適した姿にゃ。人は、人と話をするのに一番いいにゃ」
それでは、霧のような雲状の姿は、いったいどんな意味があるのか。
雲だから水分が関係しているのか。
将来的には、雨とか雪とかに変化する可能性もあるのか。
風に吹かれてゆらゆらしていたいのか。それは、楽そうではあるが。
「すみません、私には何とも答えかねます」
ショウグンは、左右に震えて、否定を示すように体を振る。
「そもそもショウグンは、精霊なんすか?」
裕也は、根本的なところから尋ねた。僕たちでは、それを確認する術はない。
「精霊でいいと思うにゃ」
ネリスカームは、簡単に肯定する。
「ただ、魔力の質が低かったりするけどにゃ。その辺りの理由が、わからないにゃ」
「こっちの世界だと、精霊は生まれにくいんすよね?」
「そうだにゃ」
「それじゃあ、異世界から来たってことっすか?」
「そう思って調べてみたけど、異世界移動が起こったような魔力の流れ、形跡は見当たらなかったにゃ」
「それだと、ショウグンは、こっちで生まれた精霊ってことになるんすか?」
「それも疑問だにゃ。そもそもこっちには、精霊が生まれるだけの土壌がないにゃ。それに、精霊が生まれるなら魔力の源泉が必要不可欠にゃ。それがこの学校にはないにゃ。特別な存在はいるけどにゃ」
ネリスカームの視線が、僕に向く。
裕也の視線も、僕に向く。
「特別な存在がいるぐらいじゃ、精霊は生まれない?」
「そうにゃ。精霊里で精霊が生まれるのも、いろいろと整備をした結果にゃ。そんな簡単にはいかないにゃ」
「ふーん、なかなか難しいんすね」
難しい、簡単にはいかない、そんな疑念を伴った話。
「ここから先は、いろいろ調査してみないと、ただの憶測にしかならないにゃ」
「課長さん、浩一には何か影響はないんですか?」
今度は、光がネリスカームに尋ねて、話題が変わった。その話題は、僕に関することだ。
「浩一とショウグンが、繋がっている状態になってるみたいなんですが、これは大丈夫なんですか?」
光のこれは、今に始まった話ではなく、昨日から心配していることだ。いくら僕が大丈夫だと言っても、やはり、実際のところはどういったものなのか分かっていないため、信用や安心は得られていない。
「それじゃあ、ちょっと調べてみるにゃ」
そう言ったネリスカームは、立ち上がって、僕のほうに近づいてくる。そのまま、胡坐をかいて座っている僕の膝の上に乗り、体を丸めて僕の足の中に収まった。
「しばらく、動いちゃダメにゃ」
僕の動きを制して、ネリスカームは、魔法を唱えた。
「スキャニングライト」
ネリスカームの体が、黄色の輝きに包まれ、僕の足下に同じく黄色の魔法陣が描かれる。そのまましばらく、ネリスカームは動かず、まるで眠っているかのように静かにしていた。
「……」
これって、食事は続けていいのだろうか。まだ手を付けずに、残っているものがある。
試しに、何も言わずに動いてみる。
「動いちゃダメにゃ」
ネリスカームは、瞼を閉じたままでジッとてしている。
「……」
この状況でどうしろと言うのか。
箸を持った手を空中で止めて、固まっていると、持ってきた総菜パンをすべて食べ終えた裕也が立ち上がった。
「んじゃ、俺は引き続き、いろいろ情報集めに行ってくる」
「この状況で?」
「まあ、食べたきゃ加賀に食わせてもらえばいいだろ」
「私?」
裕也の発言に困惑する光を一瞥して、裕也は屋上から立ち去った。
ここに残ったのは、僕と光の二人だ。ネリスカームは、静かにしているし、ショウグンも基本的に話をしないようにと伝えている。
「……どうしようか?」
「どうしようね?」
二人で、状況を決めないといけない。
「えっと、まだ食べ足りないんだよね」
「うん」
「時間もなくなっちゃうよね」
「かもしれない」
「じゃあ、仕方がないかな」
光は、ためらいがちに箸を伸ばしていく。裕也に言われたからというのが、ちょっと恥ずかしさに繋がっているようだが、僕に食べさせてくれるらしい。
「はい、あーん……」
光の差し出す箸と、少し恥ずかしそうにしている表情が、目の前に見える。
光が恥ずかしそうにしていると、僕のほうにも恥ずかしさが伝染してくるようだ。さっさとこの状況を終わらせるために、さっさと口を動かす。
奪い取るようにして口を動かし、咀嚼する。
「……おいしいです」
何となく、言葉遣いが丁寧になってしまった。
「そ、そう。じゃあ、次いこうか」
さっさと次へと、光の箸が伸びる。
「はい、あーん」
一回目よりはためらいが消えた、滑らかな動きで光の手が動く。表情も何となく、硬さが取れているように見えた。
「武野君! ここにいるのは、わかっているのよ!」
突然、屋上への扉が開いた。
そして、そこから、さっそうと涼子が現れる。学校中に響くのではないかと思うほどの、必要以上に大きな声が、満面の笑顔と共に放たれた。
「高戸君と、何かやって、え……」
だが、すぐにその声は、途中でしぼんでいった。涼子が、こちらの姿を確認したのが、その主な原因だろう。
そのこちらの姿は、どうなっているのか。
突然の涼子の来襲に光は、扉を振り向いた姿勢で停止していた。箸でつまんだ食べ物を、僕の口に運んでいる姿勢である。
僕は、それを動かずに待っている。動かない理由は、ネリスカームの調査のためなのだが、そんなことは涼子には分からない。
一瞬、すべての時間が止まった。いや、その表現は大げさだった。
風の音が、耳に届く位に静かになったと言い換えておく。
その中で最も早く動いたのは、来襲した涼子だった。
「あ、うん、また放課後に!」
何も伝えることなく、すぐに屋上から立ち去った。
閉じられた扉が、意外と大きな音を立てて閉じられる。
それに続いて動いたのは、光だ。
「ち、違うんです! 会長さん、違うんです!」
何かに追い立てられるように立ち上がり、すぐに涼子の後を追って屋上から校舎内へと走って行った。その手には、箸が握られたままである。
「……どうしたもんかな」
僕は、一人で取り残されてしまった。
「すみません、一部始終をのぞき見したようになってしまいまして」
ショウグンが、相変わらずの低姿勢で謝っている。
「まあ、大丈夫だと思います」
光が涼子に追いついて、説明するだろう。だが、精霊のことは話せないから、どういう説明になるかが心配だ。
心配と言えば、ネリスカームのこともある。普段ならば、問題ないだろうが、今のネリスカームは、魔法を使用している関係で光ってしまっている。その状態を涼子が、見ていないと良いのだが。
「僕は、いったい、いつまでこうしていればいいんですか?」
「もう少しにゃ」
口だけ動かして、ネリスカームが答えてくれた。
仕方なく、空を眺めて待つことにする。
空は、快晴で所々に雲も列空間も見える。今日は、空の青が一番多く見えた。とても穏やかな空だ。時折、冷たい風が吹いているが、そよ風ほどでしかない。空を飛ぶ鳥も、屋上の手すりに止まり、落ち着いて羽を休めている。
そんな穏やかさを感じていた時に、ネリスカームが動いた。
するりと抜け出るように僕から離れて、レジャーシート上で背中を伸ばす。
「終わったにゃ」
そう言うネリスカームの続きを無言で待つ。
「結論から言うと、あまりいい状況じゃないにゃ」
「すみません、すみません」
ショウグンが、いきなり謝り始めた。否定的なことを言われれば、そういう態度にもなるか。
僕は、ショウグンの謝罪を聞き流して、ネリスカームに詳しい説明を求めた。
「影響は、まだ出ていないだろうけど、いずれ出てくるにゃ」
「どんな影響ですか?」
「基本的には、魔力を吸い取られてるから、だるく感じたりして疲労が抜けない感じかにゃ」
そのくらいなら特に問題にはしない。それは、ネリスカームも同じだろう。
だが、あまりい状況ではないと言う。それは、他に問題になる点があるということだ。
「それと浩一くんの魔力が、回復してないにゃ。紐からの吸収に加えて、魔力の回復を阻害する力が働いているみたいだにゃ。そんなわけで、繋がっている限り、永久的に魔力を吸い取られるにゃ」
回復しない。ネリスカームの調査ではそうなる。
そうなると、今感じている倦怠感も回復しないのだろうか。ただの寝不足だと思っていたが、魔力が回復しないことも影響しているのかもしれない。
「すみません、すみません」
ショウグンの謝罪は、本格的に深刻さを増していた。
「……状況を改善する方法は?」
「考えられるのは、まず、紐を切断することにゃ」
単純な考えだ。紐を切れば、その影響はなくなる。
「ただ、これをするとたぶん、その精霊が息絶えるにゃ。その精霊が存在していられるのは、その紐から浩一くんの魔力を吸収しているからにゃ。それがなくなれば、もともと持っている魔力が薄い分、近いうちに消えると思うにゃ」
「他は?」
僕は、すぐにその案をけって、次の案を求めた。
「精霊を元いた場所に戻すにゃ。大抵の精霊は、生まれた場所とか、生活していた環境の魔力に触れれば、回復するにゃ。それで大抵の精霊は元気になるし、体内魔力は何とかなると思うにゃ」
「精霊の主な治療法ってことですか?」
「そういうことにゃ」
ショウグンのこの状態が、一種の病気だと考えれば、それも効果がありそうな気がする。
「それ以外となると、見当がつかないにゃ」
「当分は、ショウグンがどこから来たかを探すってことになりますね」
僕の口にした方針を、ネリスカームも頷いて支持してくれた。
「もう少し、こっちでも調査を続けてみるにゃ」
「お願いします」
「すみません、すみません」
僕が頭を下げるのと、ショウグンの謝罪が、見事に重なった。
急きょ、問題が大きくなったが、何とかするほかない。さすがに、異常な状態を続けたら体が持たなくなるはずだ。それを覆せるほどの自信は、自分の体にはない。
立て続けにやらないといけないことが、増えていっている気がする。これは、光に言い訳できないな。




