51 模擬戦闘+限界
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家に帰宅してからのショウグンの様子は、特に特筆する部分はない。
僕の首に巻き付けられている紐が、伸ばしたり、ちぎったりできないため、常に僕と一緒に行動している。
ショウグンには、言葉を発しないように厳しく言い含めているため、周囲に知られることはない。その点では、助かっている。
むしろ困ったのは、テンカのほうだ。
「よっしゃー、始めるぞ!」
テンカは、帰宅して自由に行動できるようになってから、ショウグンと何度も戦闘をしていた。家の周囲に結界を形成して、主に魔法をぶつけ合う模擬戦闘を繰り返した。
僕が、光の家から帰って来て、後は寝るだけという段階に来ても、テンカの勢いは衰えなかった。
「……またか」
僕は、もう何度目か分からない感想を抱いていた。
「すみません、すみません」
ショウグンが、ぺこぺこと体を凹ませている。
何より困るのは、ショウグンが模擬戦闘に案外乗り気なことだ。自分から戦いたいと言うわけではないが、テンカからの挑戦を絶対に断らない。正面から受けて立っている。
僕には、これを断る理由が特にないのが、また困ったものだった。
僕は、二体の精霊を引き連れて、庭へ向かった。
そこには、直方体の形をした機械が置いてあった。それは、《ボックス型結界作成装置》という発明品だ。作成者は、もちろんクラムである。
この《ボックス型結界作成装置》は、文字通り結界を作り出す装置だ。
結界魔法は、精霊外属性の魔力を部分的に利用しているらしく、精霊ではなかなか使用するのが難しいそうだ。使えないわけではないが、発動するのに時間がかかるらしい。
その難しい部分を発明品の力で補う。そうやって、精霊にも結界を作れるようにするのが、《ボックス型結界作成装置》である。
この発明品は、その性質上、最も利用するテンカの物ということになっている。普段は、家の隅っこにカバーをかけられているのだが、先ほど使用されてから、ずっと出されたままだ。つまり、テンカは、まだまだやる気だったということである。
テンカが、《ボックス型結界作成装置》の上に乗り、装置を起動させた。一瞬だけ桜色の光が、装置から溢れる。
すると、装置の上に乗っていたテンカの姿が消えた。
テンカが、消えたように見えたのは、テンカの体が結界内に入ったからだ。
僕も結界に入るために《結界作成装置》に触れる。
視界が、反転して一瞬のうちに移動した。
移動したというのは、感覚的なもので、実際の移動としては誤解がある。場所は、相変わらず僕の家の庭なのだ。
ただ、周囲の空間が、桜色に光る膜で半円球状に覆われていた。
「うっし、それじゃルールは、さっきと一緒でいいな?」
テンカは、卵型の体を揺らしながら尋ねている。
「すみません、それでお願いします」
ショウグンもそれで異論はないようだ。
さっきのルールとなると、魔法の打ち合いで勝負をするということだろう。
ショウグンは、今の雲の姿から変化をすることができない。僕から離れて自由に行動することもできない。そのために決められたルールだ。
ルールは、両者一定の距離を保って、魔法の砲弾を撃ち合い、被弾したほうが、負けという単純なものだ。
単純なルールではあるが、規定されているのがお互いの距離と魔法の砲弾を使うことのみであるため、かなり自由度が高い。砲弾を着弾時に爆発するようにしたり、軌道を曲げて背後を狙うようにしたり、大量に打ち出して弾幕を作ったりといった攻め方もできる。防御に関しても、かなり硬い盾を作ることができれば、並みの砲弾では貫けない。
かなり地力の試されるルールである。
ルールが決まって頷いたテンカが、屋根の上に飛んで行った。
それを追って、僕も翼を創り出して、屋根の上へ降り立つ。
テンカは屋根の端に陣取っており、僕はその反対側の端へ向かった。
「準備は、いいか?」
「はい。いつでもよろしいです」
テンカとショウグンの準備は整った。いつでも臨戦態勢に思えるほど、切り替えが素早い。
開始の合図を出すのは、僕の役目だ。僕は、右手を高く上げた。その右手が、振られた時、模擬戦闘が始まる。
「よーい……」
二体の視線が、中央で激しくぶつかる。ここまで来ると、ショウグンの頼りなさも消えて、緊張感で引き締まっている。
そんな緊迫感の中、僕は、真下に右手を振った。
「始め!」
開始早々に、屋根の上で爆発が起きた。
テンカが、爆発力にものを言わせた砲弾を放ったのだろう。
それをショウグンが、素早く撃ち落としたのだ。
「アイスシールド」
煙で視界がふさがれた中、ショウグンが魔法を唱えた。魔法に従って、空中に出現する。
出現したのは、氷の盾だ。この盾は、ものすごく頑丈にできている。
おそらく、純粋な氷で作られているわけではなく、魔力により強度が増しているのだろう。この盾で、何度もテンカの砲弾をはじいているのを目撃している。
煙の向こうからは、煙を迂回するように曲がりながら、次の砲弾が飛んできている。その数は、右から三発、左から三発、計六発。
それを瞬時に確認したショウグンは、氷の盾を回転させた。自身の周りを高速で周回させて、同時に多方向の砲弾をはじく。
そして、砲弾をはじいて、すぐに反撃をする。
両手から、いや、雲だから手なのかは正確には分からないが、手と判断できる箇所から高速で砲弾を発射した。
テンカの砲弾が爆発力を重視したタイプならば、ショウグンの砲弾は速度を重視したタイプだ。
煙の向こう側へ、大して煙を揺らすことなく到達する。
テンカからすれば、かなりの奇襲だったはずだ。だが、テンカは、それで終わるような精霊ではない。
事実、テンカからの攻撃は、まだ続いている。砲弾が、何発も煙を迂回して飛んできている。
ショウグンは、それらを難なくはじき返して、隙を見ては砲弾を飛ばしている。
煙が晴れて、こちらからテンカの姿を確認できた。
テンカも魔法で防御をしていた。テンカの防御は、自身を覆う分厚い膜のようなものだった。その膜で、すべて衝撃を包むようにして砲弾を止めている。テンカに勝つには、その分厚い膜を突き抜けるだけの威力が必要だ。
テンカの防御をすり抜ける方法は、もう一つある。テンカの防御膜は、前方に張られていて、後方には張られていない。つまり、背後に回り込めれば良い。テンカにも何かしらの対策はあるだろうが、攻められれば対応せずにはおれない。
それは、ショウグンにも分かっているのだろう。だが、それをしない。
直接聞いたわけではないが、ショウグンは、弾道が曲がる砲弾を撃てないようだ。今までの模擬戦闘で、そういった砲弾の動きを一度も見ていない。
また、これも直接聞いたわけではないが、テンカもできないことがある。曲がる砲弾で、爆発力を高めた砲弾を撃っていない。曲げつつ威力の高い攻撃をすれば、もっと早くに決着がつくと思うのだが、そんな砲弾は向かって来ていない。もし、向かって来たら、ショウグンの近くにいる僕も一溜まりもないだろうが。
魔法一つで複数の効果を発揮するのは、なかなか難しいようだ。
そんな現実逃避ぎみな思考を、爆風の余波に耐えながら行なっていると、状況が大きく動いた。
ショウグンの放った砲弾が、大きく的を外した。テンカにも迫りくる砲弾にも向かわず、屋根の上に着弾する。
着弾するまではミスショットだと考えたが、着弾後の現象を見て、その考えは変わった。
砲弾の接触した部分からは、氷柱が飛び出した。屋根から斜めに突き出た氷柱は、テンカに向かって突き進む。
テンカは、それを氷柱の進路の途中に魔力の盾を出現させて、氷柱がテンカに到着するのを防ぐ。
氷柱は、中途半端な長さで止まり、あえなく防がれた。
だが、ショウグンの作りだす氷柱は、一本ではない。何本も連続でテンカに迫り、出現する場所も屋根からだけでなく、氷柱からも現れる。ほぼ、全方位と言っていいような攻撃だ。
テンカは、防戦を強いられた。防戦一方ではあるが、しっかりと対応できている。余裕がないわけではない。
攻勢に出ているショウグンが有利とは、決められない。
ここでショウグンは、勝負の一発を放った。
放ったのは、特筆する必要のない普通の砲弾。それは、テンカへ向かう軌道にはない。あさっての方向に飛んでいくが、その進路にあるのは、氷柱だ。
その砲弾が、氷柱にはじかれて、進路を変える。
このままでは、またもミスショットだが、それには先ほどだまされたばかりだ。砲弾の進路を即座に想像する。
跳弾だ。
氷柱にぶつかって跳ねた砲弾は、あと二回、氷柱にぶつかる。そうすれば、たどり着くのは、テンカの背後だ。
このためにショウグンは、氷柱を乱立させたのか。
跳弾した砲弾が、再び氷柱で跳ねる。
残り一回。その残り一回は、テンカの背後にある氷柱だ。
砲弾は、狙い通りの氷柱で跳ねた。向かう先は、テンカの背後に他ならない。
砲弾は、はたしてテンカに届いたのか。
「はい、残念!」
テンカと砲弾の間には、魔力の盾が生まれていた。
「ちょっと、跳弾の回数が多かったな」
テンカの背後に生まれた魔力の盾が、しっかりと砲弾を受け止めていた。
「んじゃ、こっちも派手なの行くぜえぇぇっ!」
テンカの叫びに呼応して、テンカの周囲に多数の砲弾が現れる。
「でりゃあっ!」
それらの砲弾が、一斉にばらまかれた。
ばらまかれた砲弾は、乱立する氷柱に次々とぶつかり、爆発を起こしていく。
爆発に巻き込まれた氷柱は、あっという間に砕け、地面へと落下した。爆発の起こったテンカの周囲は、煙で覆われてしまう。
そして、それは訪れた。
ショウグンの真下から、屋根に穴を開けながら、貫くような砲弾が飛び出した。
周囲への警戒を密にしていたのだろうショウグンは、真下からの攻撃に対応できず、なすすべなく被弾してしまう。
命中した砲弾は、爽快な破裂音を伴って、風船のように破裂した。
これで、テンカの勝利が確定した。
「よっしゃー!」
テンカが、大きく歓声を上げている。
「すみません、家を壊して来るとは、想像が足りませんでした」
ショウグンは、負けを認めながらも清々しい雰囲気を醸し出している。
「やっと、終わったか……」
僕は、それしか感想がない。
テンカは、勝利した勢いのままショウグンに提案する。
「もう一戦、行くぞ!」
「よろしくお願いします」
ショウグンは、それに快く答えていた。答えてしまった。
「……」
僕は、ただ落胆するしかない。
精霊たちの夜は、まだまだ始まったばかりらしい。
「俺様たちに、限界はねぇぇぇぇー!」
「……いや、あるから」
「すみません、すみません」




