50 雲+呼び方
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クリスマスパーティーの手伝いは、順調に進んだ。
涼子との話も、つつがなく済ませた。
僕の参加についても、多少の融通を利かせてくれるらしい。だいぶ前倒しで準備を進めているため、ボランティア(会長を遠くから見守る会の、暇な有志)に割り当てられる仕事も少なくなっていると言う。さすがに当日は、働いてもらうと言われたが、それ以外は、手が空いた時で良いそうだ。
順調に進み、後は帰宅するだけだったのだが、その前に西校舎の二階へ裕也と光を含めた三人で向かった。光には行く道の中で、簡単に説明をしていた。
「なんで、こうなったの……」
光が、呆れたように呟いた。その視線は、裕也に非難の目を向けている。
「何でだろうな?」
裕也が、光の視線から逃れるように一歩横にずれた。裕也がずれると、自然と僕からも離れる。
「すみません、すみません」
その様子を見て、謝罪を繰り返す。
僕たちは、三人で学校から帰宅の途についている。だから、ここにいるのは、僕たち三人だ。だが、謝罪をしているのは、僕ではない。裕也でもない。もちろん、光でもない。
僕の背後には、霧のような存在が漂っていた。
「すみません、すみません」
霧がまとまって、小さな雲のように集まっている。その色は白く、大きさは人の頭ぐらいだ。その雲からは、これも霧でできた、尾のような細長い紐が伸び、僕の首に巻きついている。僕が歩けば、それに引かれて、小さな雲も動いていく。
「……つまらん」
状況が、こうなってしまったのは、仕方がない。済んでしまったこととして考えなければ、次に進めない。
状況がこうなった理由は、正直なところ、よく分かっていない。
三人で、目的の教室へ向かった。
教室の中に誰もいないことを確認。
光を廊下に残し、僕と裕也で教室に侵入。
《色の記憶》の効果もあり、存在が見える裕也が幽霊に近づく。
その時、突然、空中から光が発せられる。
僕は、何か起こったと思って、裕也の前に立ちふさがった。
部屋の中から光が消え、収まった後、気付くと首に違和感があった。
裕也に言われ、頭上を振り返ると小さな雲が浮かんでいた。
以上が、判明している状況である。
この中で、何がどう関係するのか、全く分からない。
「光には、見えてないんだよね?」
僕は、確認のためにもう一度尋ねた。
「うん。全然見えてない」
小さな雲は、光だけでなく、《色の記憶》を外した裕也にも見えない。
僕は、なぜか見えている。最初は見えなかったのだから、首に雲を巻かれて繋がったために、見えるようになったのだろう。
「でも、声は聞こえてる?」
「聞こえてるね」
その姿は見えなくても、発する声は聞こえている。
「裕也、声が聞こえたって話はないんだよね?」
「ないな。変な音が聞こえるとか、寒気がするとかっていう話もない」
視覚にも、聴覚にも、触覚にも、今まで反応がなかったのが、ここにきて聴覚に反応を返せるようになった。突然の変化と言ってもいいだろう。
「まあ、考えられるのは、それだろうな」
そう言って裕也は、僕の首を指差した。
僕の首に弱弱しく巻かれている紐は、小さな雲にしっかりと繋がっている。
「すみません、すみません」
小さな雲は、ぺこぺこと頭を下げるように、雲の一部が凹んでは、膨らむ。それを続けて、謝罪の言葉を繰り返していた。
状況がこうなった理由は分からないが、声については、裕也が言うように僕の首に巻きついている紐が原因だろう。
「この紐は、何ですか?」
首に巻きついている紐をつまんで、小さな雲に尋ねる。
「すみません、たぶん、私の体の一部かと思います」
「これを巻いていると、あなたはどうなるんですか?」
「すみません、詳しくはわかりませんが、ちょっと体に力が戻りました」
やはり、この紐が関係しているのは、間違いなさそうだ。後は、これによる僕への影響が、どれほどあるのかが心配だが。
「浩一は、何ともないの?」
光に問われて、腕を伸ばしたり、縮めたりしてみる。その場で飛び跳ねてもみる。
「……特に不便はない」
今のところは、何も変化が感じられない。
感じられないだけで、後々何かあるかもしれないとは思う。小さな雲が、力が戻ったと明確に言っているのだから、こちらは、力が抜けないとおかしいと思う。そんな単純な図式ではない可能性もあるが。
裕也が、眼鏡を抑えて、小さな雲を見る。
「ところで、名前はなんて言うんすか?」
そう言えば、状況の把握ばかりをしていて、詳しい話を聞いていなかった。小さな雲が何者なのか、そこのところは後回しになっていた。
裕也は、状況把握はある程度済んだので、この辺りで新情報を入手したいのだろう。
「すみません、その、言い辛いのですが、私、自分のことを覚えておりません」
「それは、名前だけじゃなくってことっすか?」
「はい。すみませんが、自分が何者で、どこの者なのか、何をしていたのか、全く覚えておりません」
全く何も覚えていないということは、記憶喪失ということか。
裕也が、一瞬、僕のほうに視線を向けた。
記憶喪失ということならば、僕も同じだ。ただ、僕には、その後の記憶はある。過去の記憶は、依然として、ほとんど失われたままだが、現在の記憶はある。今の自分に不安はない。全く記憶がないのとは、少し違う。
「覚えてないのならば、仕方ないですね」
僕は、そうして軽く話を流した。
「すみません、すみません」
小さな雲は、相変わらず謝り続けている。低姿勢が、ずいぶんと板に付いている。
「そうは言っても、名前がないと不便だろ?」
裕也も記憶喪失ということについては、軽く考えて、必要なことを考えていた。
「なんか、こっちで呼び方を考えてもいいっすか?」
「すみません、お願いします」
小さな雲は、裕也の提案を簡単に承諾した。最初に謝るのは、元からこういう性格なのだろうか。
「さて、どうする?」
承諾を得た裕也は、こちらに話を向けた。まずは、意見を聞くつもりらしい。
「私に聞かれても、見えないからちょっと困る」
「……裕也に一存で」
僕と光は、完全に考えるのを放棄していた。光は、小さな雲本人を見ることが出来ず、ほとんどかかわりようがないから仕方がないと思うが。
「へいへい。どうすっかな。くも、きり、こおり、ふゆ、ゆき、れい……」
裕也は、考えるように腕を組んで、単語を繰り返し呟いていく。
「浩一は、どうする気なの?」
「んー、何とかしようかと思ってる」
「また、引き受けるのね」
光は、呆れているようだった。
今回は、自分から引き受けたわけではない。ちょっと立ち位置いうか立場というか、タイミングが悪かっただけだ。そこまで呆れられるようなことではないと思う。
「クリスマスパーティーもあるし、闘技大会もあるし、テストもあるし、何でこんな時にわざわざ引き受けちゃうのかな?」
光の言葉には、今後の予定が羅列されている。それを聞いていると、反論の余地がない気がしてきた。そこまで呆れられるようなことなのかもしれない。
「すみません、闘技大会というのは、何でしょうか?」
小さな雲が、会話に割り込んできた。
「気になるんですか?」
「はい。何か、聞いたことがあるような気がします」
闘技大会は、異世界での出来事だ。それを聞いたことがあると言うのは、ちょっと対応に困る。もっとも、こんな幽霊のような存在ならば、異世界と関係があってもおかしくはないが。
「それについては、少しセリアに聞いてみるしかないか」
「ふむ。なるほど、そういう話もあるか」
裕也が、頷いている。
闘技大会の話は、裕也にもしてあるので知っている話だ。セリアからの連絡を受けることを考えると、間に裕也を介するのだから、話さないわけにはいかない
だから、裕也が頷いているのは、小さな雲の反応のほうだろう。
「よし、呼び方が決まったぞ」
「うん」
「……」
光が、一言反応を返し、僕は、無言で次の言葉を待つ。
「ショウグンでいこう」
「え?」
「は?」
なぜか、聞き返してしまった。
「だから、ショウグン」
裕也は、真面目に考えたようだ。満足した表情を向けられた。何がどうなったら、こうなるのだ。本当に。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
小さな雲は、何度も礼を言い、体を凹ませている。
「……えっと、気にいったんですか?」
「はい、とても良いと思います」
「まあ、本人が気に入っているなら、それでいいのかな?」
「いいんじゃないかな」
「じゃ、決まりで」
小さな雲は、ショウグンと呼ばれることが決まった。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
低姿勢すぎて、将軍という位には合わないと思うが。
「それで、ショウグンは、闘技大会で何を感じたんすか?」
「何でしょう?」
ショウグンは、体を傾けて、もぐもぐするように振動している。
「はっ! すみません、何か頭に引っ掛かるような気がしまして」
「それじゃあ、闘技大会と言ったら、どういうものだと思うっすか?」
「はい。そうですね、日頃から鍛えている魔法と技術と体力と知恵を競う大会だと思います」
ショウグンの話には、それっぽい単語が並べられていた。闘技と聞いて、連想される単語を並べただけだろう。
だが、その並べられた単語の中に、この世界では認識されていない単語も入っている。そのおかげで異世界とかかわりがあるのは、ほぼ決まりだろう。
すぐに裕也が次の方針を打ち出した。
「俺は、対策課のほうに連絡して、確認をとってみるわ」
「頼む」
「タケは、どうするんだ?」
「このまま、経過観察かな」
「まあ、そうなるわな」
僕らの前には、間もなく交差点が訪れる。その交差点で、裕也とは別れることになる。
よって、今日の考察は、ここまで。




