48 審査員+屋台
◇◇
僕の帰宅は、二度ある。
実に変な表現だが、事実二度なのだから仕方がない。
まず、一度目。表札に『加賀』と掲げられた家の玄関をくぐる。
その玄関先で僕は、大きく口を開けた。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
応じたのは、美智子だった。光の母親である。いつもお世話になっている。お世話になりっぱなしだ。
ここからでは、その姿は見えないが、声ははっきりと聞こえてくる。
「光は、浩ちゃんの家にいるから」
帰宅して早々に、そんな報告を受けた。
「はーい」
僕も声がしっかりと伝わるように答えて、玄関の扉を再びくぐった。
次は、隣の家。表札に『武野』と掲げられた家へと向かう。こちらが、僕が、寝起きしている家だ。着替えなどもこちらで行なう。
「……」
こちらでは、玄関をくぐっても何も言わない。誰もいない、一人で住んでいる家だから挨拶は必要ない。だが、今は、光がいるのだったか。
「やっと、帰って来たか」
キーホルダーに擬態していたテンカが、鞄から離れて空中を浮いて行く。やっと、身動きの取れない環境から解放され、ゆっくりと自分の好きなように進んでいく。
「うっしゃー!」
そして、ある意味雄叫びのような奇声を上げて、テンカは好きなように進んでいく。
僕も靴を脱いで、廊下を進んだ。奥の突き当たりに僕の部屋がある。途中にも部屋があるが、基本的に寄ることはない。
「おかえり」
そんな途中、リビングから声をかけられた。
扉のない、開け放たれたそのリビングから僕に声をかけたのは、光だった。
そして、そこにはもう一人。セリアもいた。
「お邪魔してます」
いつも通りの外套に身を包み、ソファに腰掛けてくつろいでいる。
「ただいま」
僕は、進路を変更してリビングに上がった。セリアがいるとなると、何事かがあったと思ってしまう。そう考えると、話を優先したくなる。
「今日は、どうしたんですか?」
前置きを飛ばして、さっさと本題を始めてもらう。
僕は、セリアの対面に腰を落ち着けた。
「うん、それがね、ちょっとしたお願いがあって来たんだ」
お願いと聞いて、少し光の表情を盗み見た。
光は、特に何の反応もしていない。すでに話の内容をセリアから聞いているのだろうか。
僕は、無言で話の先を促した。
「今度、私たちの世界で大きな闘技大会があるの」
闘技大会。言葉の響きからすれば、格闘技の大会で良いのだろう。
「場所は、ヒュリストラ王国で、大陸中から人と精霊が集まって行われる大会なんだ」
大陸中からとなると、かなりの規模だと感じられる。実際の大陸の大きさは知らないが、大陸というのだから、それ相応の広さがあるはずだ。
「それで、その大会に、浩一に参加して欲しいんだけど、いいかな?」
「よし、良いだろう!」
そういう話に真っ先に反応する精霊は、テンカしかいない。どこから聞き付けて来たのか、でかい顔をしてセリアの座るソファと僕の座るソファの間に置いてあるローテーブルの上空に陣取る。
「大会参加のエントリーは、もう締め切られているから無理」
「なぁん、だぁ、とぉ!」
ローテーブルの上空に漂っていたテンカが、セリアの発言に衝撃を受けた。力を無くして、落ち葉のようにふらふらと落下する。大げさな気もするが、テンカにとってはそれだけ重要なことなのだろう。
大会で実際に競う側の参加は、閉め切られているのか。では、僕は一体、何に参加することになるのだろう。
「参加して欲しいのは、審査員としてなんだよ」
審査員。ここで審査と言ったら、大会に参加している人の審査か。
「審査員って、何をするんですか?」
「試合を観戦して、コメントをしたり、審判のジャッジに物言いをつけたり、後、引き分けがなしだから、決着がつかなくて判定になった時に、どちらが優勢か点数をつけたりするかな」
「それって、かなり責任重大ですよね?」
勝敗を決める状況に関わるとなると、簡単なことではない。勝者からすれば、変な言いがかりでしかないし、敗者からすれば、期待や希望などの目に見えないプレッシャーをかけられそうだ。
「審査員は、一人じゃないから。一回の対戦を五人で観戦して審査するの。それを交代しながら行なうから、審査員自体は、十人ぐらいになる」
そうなると少し考えてしまう。拘束される時間とかで問題が出るかもしれないが、ここまでの内容では特に断る理由はないように思える。
「浩一は、どうするの?」
ずっと話を聞いているだけだった光が、僕に確認をしてきた。
「光は、どう思う?」
「大変な気がするんだけど」
「大変?」
「クリスマスパーティーの手伝いもあるでしょ。それなのに、審査員なんてことまでやったら、余裕がなくなるんじゃないの?」
確かに、光の言うことも理解できる。
「テストが近いことも忘れてないよね?」
確かに、それもあるのだ。だからこそ、どれだけ拘束されるのかが問題だ。
「僕が、審査員として参加するのは、どのぐらいになりそうなんですか?」
「細かくは決まっていないけど、二日間、計四戦を観てもらうことになりそう」
「……想像している規模に対して、ずいぶんと少ないですね」
「浩一に見てもらうのは、決勝トーナメントに入ってから。その前の予選でかなりの人数が絞られることになるの。だから、来てもらう時間は、それほど長くはないと思うよ」
拘束される時間は、とても少ないようだから、参加しても良い方に気持ちが傾いてきた。だが、日付が平日では、断るしかない。
「日程は、こっちの世界に合わせてあるから祝日だよ」
こちらの懸念を、セリアに先を制して言われてしまった。
「どうかな?」
セリアは、困ったような表情をして、僕の答えを待っている。
「……」
ここまで考えているとなると、僕の参加をかなり切望されているようだ。もしかしたら、審査員ではなく、大会の参加者として望まれていた可能性もある。それが、こういう形になったのは、どこかの誰かが手を回してくれたのだろう。その人物に感謝するためにも、払える労力は払うべきだと思う。これは、ちょっと考え過ぎか。だが、そう思ってしまったら、その考えを振り払えない。
ともかく、答えはここで出さなくてはいけない。
「……参加する方向で」
「ごめんね。無理言っちゃって」
セリアは、困った表情のままで、淡く笑った。セリアとしても、仕方がなくここに来ていたのかもしれない。
「はあ」
光が、隣で溜息をついていた。
「もう、大変になるのがわかっているのに、何で引き受けちゃうかな」
「悪い」
「光も、ごめんね」
僕とセリアの二人で謝罪する。そして、セリアは、さらに光に謝った。
「本当にごめん。私のほうは、もう一つお願いがあってね」
「もう一つって、まだあるの?」
光の尋ねた問いにセリアは、小さく頷いた。
「これは、さっきの闘技大会とは別の話なんだけど、いや、関係はしているかな」
セリアの言葉が、何やら歯切れが悪い。
「これ以上、浩一に話を受けさせるわけにはいきませんけど」
今度ばかりは、光も口を挟んでくる。
だが、セリアは首を横に振って、その心配はないことを示した。
「こっちの話は、光になんだ」
「私?」
「そう」
少しずつ話が進んでいく。
もどかしいが、セリアの様子を見ると話しにくい雰囲気がある。話したくないと思っているのか、断られると思っているのか、何とも要領を得ない。
「闘技大会の会場近くでは、たくさんの屋台が出されるの。一種のお祭りだね。その屋台の場所を確保できたって、ヘレが言っててね」
「ヘレ?」
光が、間抜けな声を上げて、話を聞き続けている。
ヘレとは、以前知り合った精霊の愛称だ。ヘレマトロニという名前の前二文字を取っていると思われる。本人からの申告だから、本当のところは分からない。
「この話は、ヘレからの話で、光にお願いしたいと言っているのよ」
「お願いしたいって……」
お願いの内容を明確にしていないが、セリアの言いたいことは、しっかりと光に伝わっているようだ。もちろん、僕も察しがついている。
ヘレは、とても食欲旺盛な精霊だ。食べ物については、どんな手段を使っても手に入れようとする。場合によっては、盗みすらする。本人が、自分を盗賊だと言うくらいだ。
そのヘレは、光の料理を気に入っていた。かなり絶賛していたと思う。
ここで、屋台の話になる。屋台の場所を確保できた。そう言っている。そこから考えれば、光にお願いしたいこと、その内容は決まりだろう。
「無理。断って」
「だよね」
光の拒否に、セリアが、即座に同意した。
「一応、話はしたし、考えてもらったとは伝えておくから」
「それでお願いします」
残念だが、この話はここまでだ。残念なのは、主にヘレだけだが。
「それじゃ、審査員の話、詳しく日程を詰めてくるから、浩一の都合のいい時間を教えてくれる?」
「はい」
そのまま、僕たちは、闘技大会の話を詰めていく。
そんな状況の中、テンカは、先ほどから変わらず、テーブルの上でけいれんでも起こしたように震えていた。
「なぁん、だぁ、とぉ……」
心なしか、色が白くなっているように見える。月日が経つにつれて、芸が細かくなっている気がする。
仕方がないので、後で戦闘訓練の相手をして欲しいと称して、少し相手をすることにしよう。




