47 情報+不審者
◇◇
「どうも、ありがとうございました!」
「いや、うまくできるように頑張るよ」
俺は、頭を下げて、音楽室から退室する。
静かに扉を閉めると、練習を再開したのだろう、音の連なりが扉越しに響いてくる。吹奏楽部は、クリスマスパーティーで演奏をすることになっていた。そのために、何か新曲を練習中だそうだ。
クリスマスパーティーの取材をして、宣伝をすると言ってしまったため、一応それなりのことはやっておかないといけない。そのついでに、生徒会の名前を使って、いろいろ仕入れていくつもりだが。
「高戸君!」
次の取材のために歩きだしたところを、背後から呼び止められた。
俺を呼び止めたのは、嶋川春美だった。トコトコと一定のリズムを維持して、早歩きで近づいてくる。
「書記さん、お疲れ様でっす」
「お疲れ様」
いつも通りに挨拶を交わす。そして、俺は、春美に先んじて答えた。
「会長なら、いないっすよ」
「そうなんだ」
春美は、明らかにがっくりと肩を落として頭を下げた。だが、すぐに気を取り直して顔を上げる。
「どうして私が、涼子ちゃんを探してるってわかったの?」
「ただの勘っす」
正確に言えば、ただの勘ではない。春美が急いでいて、近くに涼子がいない場合、高い確率で涼子を探している。そこから勘で答えただけだ。だが、そんな情報をわざわざ、ただで公開する必要はない。
「それじゃあ、探すのを手伝ってくれないかな?」
春美の申し出に少し考える。
正直、一人で行動したほうが、情報を集めるのは楽だ。生徒会の役員と一緒では、ろくな交渉もできない。だが、春美と行動する機会もそうそうない。少なくとも、今まではなかった。
「いいっすよ」
今回は、試しで春美から情報を入手するのに挑戦してみよう。
俺と春美は、並んで歩きだす。
「で、具体的にどの辺を探すんすか?」
「ん〜、今はクリスマスパーティーのことで頭がいっぱいのはずだから、その辺を探せばいいと思うんだけどね」
「とりあえず、その辺りを回ってみますか」
特に行き先を決定せず、流れに沿って歩いていく。
「それにしても、会長にいつも付き合わされて大変っすね」
「はは、もう慣れっこだけどね。はたから見てると、大変に見えるんだろうけど、結構楽しいんだよ」
「そうなんっすか?」
「涼子ちゃんが、頭いっぱいになるのはイベント事だからね。参加して、楽しいことのほうが多いんだよ」
「それじゃあ、今後もイベントで騒ぎそうっすね。一月は、無理そうですけど、二月なんかはやるんすかね?」
「バレンタインもあるし、やると思うよ」
「この学校は、その辺が緩すぎますし」
生徒の自主性がどうとか、校則がどうとか、言いたいことはあるが、それよりもまず、校長の権限が強すぎる。やりたい放題やっても、校長の一声でどうにでもなってしまう。歴代校長も似たようなものだったようで、すでに慣習となっているようだ。
「大々的に、告白イベントでもやるんですかね?」
俗物的だが、簡単に考えるとその辺りに行き着く。
そんな俺の予想に、春美は首を振る。
「それはないんじゃないかな?」
「落ち着いた返答っすね。なんか、確信でもあるんすっか?」
「涼子ちゃんは、自分ができないことをやらせたりはしないよ。そんなことしても楽しくないしね」
この場合の自分ができないこととなると、告白となる。
「なるほど、会長には好きな人がいると」
俺は、勝手に納得して見せた。大げさに、頷いて春美の反応を待つ。
続いて出てきた春美の反応は、慌てていた。
「あっ、秘密にしてね。しゃべったなんて知れたら、涼子ちゃんに怒られちゃうからね」
春美は、妙におっとりとした感じで困った表情を作った。
知られるのは困るが、涼子に怒られるのはそこまで深刻に考えていないようだ。
「ここまでの情報を眠らせるのは、もったいないっすよ」
「えー」
「何かしら対価がないと、しゃべっちゃうかもしれないっすね」
「お金を取るの?」
「いえ、情報の対価は、情報っすよ」
場合によっては、現金で対応することもあるが、それはここで公開できない情報だ。
「書記さんから頂く情報なら、結構な価値があると思いますよ」
「えー、私の知ってることなんて、たいしたことないよ」
「そんなことないっすよ」
情報なんて、受け取る人それぞれによって、異なった意味を持つ。お世辞でもなく、春美が知っていることが大きな情報に化けることもありえる。
「そうだなあ、何があるかな」
春美は、教室のほうを見ながら歩いていく。
さすがに放課後の校舎に人は少ない。教室の中に生徒は残っていないし、歩いていてもほとんど人と会わない。校庭で練習をしている運動部のほうが、人の密度が高い。
教室に目線を向けていた春美が、思い出したように手を叩いた。
「そうだ。最近、生徒会に不審者情報が来てたかな」
「不審者っすか?」
「そう。日が落ちて、暗くなってくると教室の中に誰かがいるんだって」
「ほう。それは、どこから来た情報っすか?」
「基本的に運動部の子からかな。外から見て、何か動いているんだって」
「教室に確認しに行った人はいないんすか?」
「話を聞いた先生が、確認しに行ってるみたいだけど、特に何も見つかってないみたい」
「それで、不審者と」
「うん。何かあったら困るから気をつけるようにしてね」
「了解です」
俺は、この情報を記録するためにメモ帳とペンを取り出した。内容を思い出せるように、重要な言葉を記入する。
「これで、涼子ちゃんの話は、内緒にしてくれるのかな?」
「いいっすよ。貴重な話を教えてくれて、ありがとうございます」
俺は、しっかりと礼を述べた。
俺の活動は、人の親切と信頼の上で成り立っている。こちらを信頼してもらって、話をしてもらっているのだから、それをむげにするわけにはいかない。言葉と態度で、相手に伝わるように努めなければならない。
俺は、姿勢を正して、春美の正面をできる限り向くように頭を下げた。
「とおー!」
そんな頭を下げて、腰を曲げている俺の背中に、普段の重力以上の荷重がかかる。いや、荷重というのは生ぬるい。これはもう、衝撃だった。背後から思いっきり衝撃を食らわされた。
俺は、それをまともに受けて、前に転がる。廊下の上で前転を一回して、無事に着地し、背後にいる何者かを確認する。最初の掛け声で十分な情報を得ているが。
「何をしているの、かな?」
涼子が、腰に両手をあてて、廊下の中央に立ちふさがっていた。ついでにその背後には、浩一が困った様子で寄り添っていた。
「会長こそ、何をしているんすか?」
人に飛び蹴りを食らわせる暇があるなら、仕事をして欲しい。
「作業の進捗状況を見て回ってたのよ」
「涼子ちゃん、あんまり無茶しちゃだめだよ」
春美は、涼子の行動をいさめようとしているが、毎回その場限りで今後に効果がない。それでも、これ以上に広がらないことに貢献しているが。
「だって、私の話をしてたでしょ?」
さも当然の権利を行使したと言いたげな様子で、涼子は春美に言っている。
さすがに耳がいいな。それだけ近くにいたのか。だが、さすがに内容までは分かっていないだろう。
「えーと」
春美は言い淀んでいた。ここであまり言い淀むと、いらぬ誤解を受けてしまう。
「会長の居場所を聞かれてたんすよ。あんまり、心配かけるのはどうかと思いますよ?」
「むー、言われなくともわかってます。別に一人でいろいろ首を突っ込んでたわけじゃないんだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
涼子は、安心させるように春美に言い聞かせる。
後ろに浩一がいることからも、別に嘘をついているわけではないのだろう。
「うん。わかった、わかった」
涼子の言葉を春美は、笑顔で受け取った。
その辺は、信頼から来ているのだろうが、毎回探しに行くことを考えると心配の度合いも大きい気がする。
なにはともあれ、春美は無事に涼子と合流した。これで、俺も元の活動に戻れる。
「さて、無事に会長も見つかりましたし、俺はこれで失礼します。タケは、まだ何かやってくのか?」
俺は、成り行きを見守っている浩一に目を向けた。
それには、涼子が答える。
「武野君は、帰って良いよ。今日はここまで。お疲れ様」
「分かりました」
浩一も一礼して、俺のほうに向かってくる。
「裕也は、まだいるのか?」
「んー、俺も帰るかな」
そのほうが、自然に帰ったように見えるだろう。すぐに調べなくちゃ困るような話も抱えてはいない。
浩一は鞄を取りに行くと言うので、俺は、それに付いていきながら一緒に学校を出て、帰宅した。




