40 作戦+十八体
お昼休憩が終わり、皆がそれぞれの陣地に戻っていく。ただし、午前中に戦闘不能になった精霊は、念のため本部で待機してもらっている。
僕と光は、結局、次の対戦が始まるまで昼食にありつけなかった。
「はい、お茶」
「ありがと」
椅子に腰かけて、やっと落ち着いてお茶を飲めるようになった。
戦場ではテンカが、縦横無尽に魔法を放っている。
「〈ブリットシューター・デュオ〉!」
魔力の弾丸が、隙なく連続で打ち出されている。
それに対して精霊たちは、防御を固めて凌いでいる。
この時間帯に指定された参加数は、五体だ。テンカの周囲には十体の精霊が集まっている。テンカは人型で戦っているが、周囲を取り囲む他の精霊たちは人型と動物型と入り混じっている。
「つかれた〜」
満足した表情で光が漏らす。光の仕事は、すべて終了だ。全力でやりきってくれたのならば、その表情も納得できる。
「お疲れ様」
僕は労いの言葉をかける。
簡単な物を大量に調理、生産した料理だったが、精霊たちには好評だった。大量生産に重きを置いていたから、手間をかけていないと思っていたのだが、かけられるところには手間をかけていたのだろう。実際にどんな手間があったのかは知らないが。
「満足のいくできにできたみたいだね」
「うん。みんなどんどん食べてくれたしね。でも、二度とやりたくない」
そう言う光は、本当に疲れているみたいだ。
「つかれた……」
今度の疲労の言葉は、裕也からだ。そう言って僕の隣に腰を下ろす。こちらは、光とは別種の疲労を感じているのだろう。
「裕也もお疲れ」
「由紀音さんには参ったよ」
裕也に絡んでいた由紀音は、再び就寝している。
「由紀音はアホです」
トリムはいつもの調子だ。ただ、今は魔力の調整中らしく、テーブルの上でおとなしくしている。トリムには引き続き、護衛任務がある。
「連日の労働で疲れているのにゃ。今日は、大目に見てあげるにゃ」
優しい言葉を口にするのは、ネリスカームだ。その視線は、隙なく戦場に向けられている。
「で、どんな状況になってるんだ?」
裕也は、早速、情報集めに入る。
「おおよそは、想定通りかな」
ここまでは、予想していた筋書きから大きく外れてはいない。
「それじゃあ、こっからだな。分からなくなるのは」
ここからは、どう流れが変わるのか、分からない。前の流れを踏襲していくのか、新たな流れが生まれるのか、もっと違う場所からのアプローチがあるのか、どう転ぶか分からない。
情報を集めきれなかったと裕也は悔いているが、それでもここまでの情報で十分役に立っている。
「さっきも思ったけど、武野君たちは、いったい何を考えているのにゃ?」
ネリスカームは、視線を戦場に向けたままでこちらの話に食い込んでくる。
「やることは、単純な話っすよ」
裕也がネリスカームに種を明かすように答える。
「ケンカ両成敗っす」
「にゃ?」
「両方とも、里の考えに意固地になってるところがありましたんで、ちょっと柔軟になってもらおうと思ったんすよ。考えを改めてもらわないと、また衝突の危険が高くなりますしね」
「そう言うことかにゃ」
「勝手なことをして、すみませんでした」
僕は素直に謝罪した。この話を秘密にして事を進めていたのだ。相手を利用していたとも言える。そんな状況で快く思うことはないだろう。
ネリスカームは、納得した様子で、少しだけ視線を僕たちに向けた。
「それはいいにゃ。でも、それはテンカ君が勝つことが前提にゃ。テンカ君は、本当に勝てるのかにゃ?」
「さあ?」
僕は肩をすくめて、疑問で返す。
「自信はないのかにゃ?」
「確信がないだけです。テンカは自信満々ですので」
本当のテンカの実力を、ここにいる誰も知らない。
前回の件では、体の整備もほとんどされておらず、人型で戦ったことはない。だから、どこまでいけるのか、確信を持てる情報は何もない。ただ単に、テンカが勝つと言っているだけだ。
この「ケンカ両成敗」という作戦は、成功率の導き出せない不確実な作戦なのだ。
「それでどうして、決行する気になるのかにゃ?」
ネリスカームの疑問は、もっともなことだ。まともな考え方をするならば、この出来事が今後に関わる重要な事だと分かっているならば、こんな手段に訴えるはずがない。
理由はある。理解されるかどうかは知らないが、確かに理由と呼べるものはある。
「それは、面白いと思ったからです」
「面白いかにゃ?」
「そうできたら、それが実現できたら、面白いと思ったからです」
これを話した時の裕也と光は、対照的な反応を見せた。裕也は、喜色満面の表情を見せ、光は、呆れた表情を見せた。それでも最終的に、二人とも笑顔で賛成してくれた。
「だから、やることに決めました」
身動きせずにこちらを見ていたネリスカームが、突然笑い出した。
「にゃはははは」
ネリスカームの笑い声がしばらく続いた。声を抑えようと我慢をしているようだが、収まるまでに少しの時間を要した。
笑いの収まったネリスカームは、視線を戦場に向け直す。
「これは、武野君の見立てを見直さないといけないにゃ」
「はあ」
僕は、気の抜けた返事をするしかできない。ネリスカームが、何を言っているのか判断できなかった。
「気にしなくていいにゃ。悪いようにするつもりはないにゃ。今は、この戦場の結果を見るのが優先にゃ」
それっきり、ネリスカームが話をすることはない。
「浩一、厄介事が増えるかもね」
隣で光が、不穏なセリフを口にする。
「それは勘弁してほしい」
正直な気持ちが、口をついて出てしまった。
戦場は、間もなく次の参加者数を決める時間だ。
◇
参加者数、九体。
森の里の陣地にいる真とハミュから連絡があった。その数は、九体。ルール上、これ以上の参加者数はない。最大数の指定だ。
「ついに来たか」
裕也が、不敵な表情で笑う。
『対戦者参加数を変更します。次の参加数は、九体です。交代する場合は、すぐに交代してください。十分以内に交代できない場合は、ルール違反になります』
僕は、戦場全体にアナウンスを繰り返す。マイクを持つ手が緊張で汗ばむ。
「ここからが、危ないんだっけ?」
光からも確認の声が出る。
「ああ、ここからの動きがどう出るか」
アナウンスを受けた戦場は、すぐに動き始める。戦場にいる森の里の精霊たちは、全員が継続参加だが、岩の里の精霊たちは、全員が陣地に引き返していく。
「〈フレイムテンペスト〉!」
その引き返していく武者たちに、テンカの魔法が降り注ぐ。巨大な火球が、戦場を火の海に変えていく。
一度見ている魔法だからか、今回は狙われた武者の半分以上が炎から逃れ出る。それでも二体の精霊が犠牲になった。
岩の里の陣地からは、被害を受けた精霊を回収しようと精霊が出てくる。五体から九体に参加者数が増加したため、救援を出してもルール違反にはならない。
だが、岩の里の戦線は、一時停滞することになる。
「〈フレアバーニア〉!」
その間にテンカは、空を飛ぶ怪鳥に肉迫する。その手にある雷の槍を突きつけていく。
怪鳥は、体を回転させてテンカの攻撃に対する。
「(ハウリングウイング)」
緑色の魔法陣を背に掲げ、両翼から音波の壁を発生させる。
テンカの勢いが殺され、空への攻撃は不発に終わる。そのままテンカは、地上へ落下していった。何の工夫もない直線的な攻撃は、簡単に対処される。
この一瞬とも言える間の時間に、森の里の陣地から精霊たちが現れた。森の里のすべての精霊たちが、戦場を駆ける。
そのうちの一体、大きな体の狼が、他の精霊たちから一歩前に出て、テンカの正面に立ち止まる。
「我は、《鎮静の大樹》でござる」
その狼、ディジスが精霊名を名乗った。
「俺様は、《破壊の機神》だ」
その名乗りに対して、やや不遜ながらもテンカも名乗り返す。
「見事な戦いぶり、感服いたしましたでござる」
「そりゃ、どうも」
「ここからは、我らの全力でお相手するでござる」
「数が五体から九体に増えたぐらいで、勝てる気でいるのかよ」
テンカは、自身の優位を疑っていない。
「九体ではないぞ」
テンカとディジスが、にらみ合っている間に、岩の里の精霊たちも戦場に駆け付けた。
テンカに近づいていくのは、兜飾りが馬のたてがみのように背中まで伸びた鎧を着た、大柄な武者だ。
「《灼熱の炎弾》、ここに見参」
その武者、フランメが精霊名を名乗る。
「我らも数に含めていただこうぞ」
「よろしいのでござるか?」
これは、ディジスからフランメへの問いかけ。
「良いも悪いもない。ここで取るべき手段を取る、それだけですぞ」
総勢十八体の精霊が、テンカの周囲を取り囲んでいる。
今までとは空気が違う。今までの戦場を支配していたのは、テンカだった。だが、その空気は、断ち切られた。ただ数が増えただけではない。二つの集団だったものが、一つの集団になってテンカの前に立ちふさがった。
「……クククッ」
精霊たちに囲まれたテンカが、忍び笑いを漏らす。
「何がおかしいでござるか?」
「いや、何がおかしいってわけじゃないんだが、ククッ」
そう言っているテンカは、やはり笑い続ける。
「うちの相棒に何か言われたのか?」
「……」
フランメもディジスも、テンカのその問いに答えを返さない。
「まあ、いいさ。両方一辺にかかってきてくれるんなら、それで条件がそろう」
「条件?」
誰からともなく、疑問の声が響く。精霊たちの表情にも、疑問の色が浮かんでいる。
「おい、相棒、いいよな?」
今度の問いは、誰でもない僕への問い。
指名されてしまえば、答えないわけにはいかない。
マイクを手に持ち、僕も覚悟を決める。
『……条件はそろった。全力を出せ』
「了解だ」
テンカが、柏手を打つ。その合わせた手の平から紫色の光があふれる。その光を振るうように腕を振り、テンカが構えた。
テンカが構えたその先に、槍が生まれる。今度の槍は、魔法で作られた槍ではない。金属の質感を持つ、本物の槍だ。
その槍を手の中で回転させ、その腕になじませていく。
その様子を見たフランメが、驚愕の声を上げる。
「魔綱武装……」
「ランク6の能力でござるな」
ディジスの声にも緊張が感じられる。
「ここまで待たされたんだ。楽しませてくれよ!」
テンカの槍が魔力の光を纏い、戦場を駆ける。
「全員、気を引き締めていけ!」
「後のことは考えず、全力で行くでござる!」
フランメとディジスの怒号が轟く。
ここに、戦場の終わりが始まった。




