38 雷光+炎
『対戦開始、一分前です』
僕は、マイクを手にアナウンスをする。
このマイクは、戦場全体へのアナウンスとして機能しているだけでなく、ネリスカームの描いた魔法陣を通して、岩の里と森の里の陣地にも直接届くようになっている。また、戦場の話し声も、結界内に配置した集音魔法で、本部に届くようになっている。
『最初の対戦者参加数は、四体です』
森の里が最初に指定してきた参加数は、四体だ。最初は、様子見ということだろう。
精霊たちは、すでに準備を終えている。後は開始を待つだけだ。
「武野君、お願いしますにゃ」
ネリスカームから、開始の許可が出た。
『お待たせしました。それでは、対戦開始!』
言葉少なく、開始を言い渡す。それと合わせて、戦場で花火が上がった。
「オオオオオォ!」
「ヤアァァァァァ!」
両陣営からときの声を上げて、精霊たちがテンカに向かって突き進む。
精霊たちの姿は、皆、人型となっている。ランク4以上の精霊で構成されているようだ。
「あれって統一したんですか?」
「そうみたいだにゃ」
精霊たちの姿が、人型となっているのは良い。僕が驚いたのは、そこではない。それ以外にも、それぞれの陣営で統一されている部分がある。
岩の里は、武者装束に身を包んでいた。武士の戦装束である。
森の里は、忍び装束に身を包んでいた。全身を、一色で覆ったような忍者の服装である。
「精霊の服装って、自由に変更できるんですか?」
「そこまで自由というわけではないけどにゃ。頑張れば好きなようにできるにゃ」
服装で仲間を見分けることができるし、士気を高める効果もあるだろう。服装を統一するのは、十分な利点がある。
「難しくはないんですか?」
「ん〜、みんなが同じイメージを持たないといけないからにゃ。実物を使って、みんなでイメージできれば、ああいうこともできるにゃ」
イメージ次第とのことだ。それならば、実際に存在する服装ならば、実物を見ながらイメージできるし、何とかなるだろう。逆に、空想の服装だと、共通のイメージを持つのが難しいかもしれない。
そんな戦場を駆ける精霊たちを魔法が襲う。両陣営の妨害が始まった。
武者たちの前には、地面から突然伸びる木の根が、鞭のようにしなり進路を阻む。
忍者たちの前には、地面そのものが伸びあがり、壁としてゆく手を阻む。
ある者は切り払い、ある者は飛び越え、ある者は回り道を強いられる。それでも、テンカへと着実に迫っていく。
迫られるテンカは、その場から動かない。その場で魔力を集めていく。
テンカの上空に、大きな魔法陣が描かれる。紫色に輝く巨大な魔法陣が、テンカを中心にして広がっている。
武者と忍者が、互いをけん制していた分だけ、テンカに魔法を使う時間があった。
「〈マルチロック・サンダーボルト〉!」
魔法陣の中心から、テンカに近づく精霊たちに雷が襲いかかる。雷光が、一瞬にして爆発を起こす。爆発の起こった地面が、めくれあがる。
爆発が起こった場所からは、黒い煙が立ち込めた。全部で八ヵ所。テンカに向かう精霊のすべてを狙った攻撃だった。
狙われた精霊たちは、直撃した者も、何とか逃れた者も、それぞれに地面に転がっている。
「……やり過ぎだ」
僕は、思わず頭を抱えてしまった。
「大丈夫にゃ」
そんな僕の言葉を聞いて、ネリスカームが言う。
「あの程度のことで、ひるむような者たちではないにゃ」
その言葉を証明するように、戦場ですぐに動きがあった。
武者たちは、動ける者はすぐにテンカに肉薄するために走り出す。
忍者たちは、岩の里の妨害でできた岩の陰にその身を隠す。
それぞれの戦い方で、すぐさま動き始める。
「まだまだ、行くぜえー!」
テンカが戦場の中心で叫んでいる。
テンカが両腕を水平に伸ばし、その片方、武者に近いほうに魔法陣が描かれる。紫色の魔法陣が、輝いている。
「〈サンダーブラスト〉!」
再び、雷が戦場を駆ける。今度の雷光は、戦場を横断し、テンカに近づく武者だけでなく、地面に表出した木の根まで焼き尽くしていく。
武者たちは地面に伏せたり、魔法の盾を出現させたりして防いでいる。
その中でテンカの攻撃をかいくぐり、接近する武者が一体いた。
最初の接敵。
しかし、テンカのほうが対応が早い。
水平に伸ばしていた両腕の、もう一方、反対側に魔法陣を描く。今度の魔法陣は、赤色に輝く。
「〈フレアバーニア〉!」
赤色の魔法陣から炎が噴出する。その炎の勢いに乗って、テンカの体が瞬時に加速し、武者の目前に移動する。
「オリャー!」
そこでテンカが体を回転させる。回転するテンカからは、炎が噴き出している。炎を纏った球になって、迫る武者に激突した。
激突するテンカと武者は、共にはじかれる。
両者無事に着地し、間合いを取るために一歩離れる。
その着地点を、地面の下から木の根が襲う。魔法により操作される根は、素早くしなり、太く成長している。根によってテンカと武者が引きはがされ、さらにテンカの動きを封じるように周囲を覆う。
テンカを覆った根は、すぐに幹のようになっていく。
だが、その状況は、長くは続かない。
幹のように連なった根のさらに外側の地面に、赤く輝く魔法陣が描かれる。
そして、その魔法陣から、炎の柱が立ち上る。連なる根を延々と焼き続ける。
その炎の柱に、武者たちも忍者たちも手を出せない。
炎の柱が収まった時、そこには無傷のテンカが立っていた。
「もう終わりか?」
距離の離れているここからでは、テンカの表情は見えない。それでも、きっと笑っていると確信できる。
ふと疑問に思い、ネリスカームに尋ねる。
「このくらいの戦闘は、普通にあるものなんですか?」
「普通ではないにゃ」
首を振るネリスカーム。
「精霊の実力対決は、一対一が普通にゃ。こういう集団戦は、やらないにゃ。そういう意味で普通じゃない規模にゃ。唱えられてる魔法の規模は、普通にあるけどにゃ」
そんな普通の状況で普通じゃない戦場は、よどみなく動いていく。
何がかみ合ったのか、武者と忍者が、同時にテンカに魔法を向ける。一方は茶色、一方は緑色の輝きだ。
「〈ロックブラスト〉」
「〈ウィンドカッター〉」
地面から生まれた岩の塊と大気を震わす風の刃が、テンカを襲う。
それをテンカは、素手で弾き飛ばしていく。
その隙に魔法を唱えているのとは別の武者と忍者が、テンカに襲い掛かる。
まずは、速度で優れる忍者がテンカに迫る。
「〈オーラフィスト〉」
橙色に光る拳が、テンカの腕と激突する。
「フン」
だが、テンカはそれを力技で吹き飛ばす。
続く武者が、その手に刀を出現させて振り回す。
「はあぁぁぁぁ!」
「ウリャアァァァァ!」
それすらもテンカは、素手で弾いていく。
武者の連続する斬撃に合わせて、テンカの拳が繰り出される。
「あれは、何で防いでいるにゃ?」
ネリスカームも疑問を持つ、テンカの技能。
「魔力が、体にまとわりついているのかにゃ?」
ネリスカームのその予想は、ある意味で当たっている。
テンカのスキルに魔力の固形化というものがある。これは、実態を持たない魔力を実体化し、物理的に使用するスキルだ。このスキルを使って、テンカの周囲に魔力の鎧が作られている。
素手で攻撃を防いでいるように見えるが、実際に体まで攻撃は届いておらず、届く前に魔力の鎧で防がれている。あまり応用のできるようなスキルではないらしく、テンカの近くにしか効果がない。戦闘では、こういう使い方をするようだ。
「面白い子だにゃ」
そんな予想も戦場には何の影響もない。
「〈フレアバーニア〉!」
テンカが、離れた位置から魔法を放つ忍者に向かって、炎を撒き散らしながら突撃していく。
その場から忍者は跳び退り、テンカの突撃を回避する。
回避されたテンカは、新たに魔法陣を描き出す。
「〈サンダーブラスト〉!」
そして、雷がテンカに近づこうとする精霊たちに襲い掛かる。
戦場は、流れるように状況が動いていく。
「ここまでの動きをどう見ますか?」
「まあ、両者ともに様子見だからにゃ。おおむね予想通りじゃないかにゃ」
この状況は、まだどちら側の考えも変えられない状況ということか。
そうなると、もう少し場が動く必要がありそうだ。
「まだまだ時間は、残っているにゃ。誰も焦ってはいないにゃ」
「はい」
焦ることはない。確かにそうだ。テンカが順調である限り、機会はある。
「次の動きは、テンカの行動の観察を重視するか、それとも力押しで押し切るか、と言ったところかにゃ?」
「僕だったら弱点を探します」
僕だったら、テンカとどう対峙するか考える。
「ふむ、テンカに弱点はあるのかにゃ?」
「本人に聞いたことがないので、それは知りません」
「なかなか厳しいと思うけどにゃ」
「時間は十分に残っていますので」
「それもそうにゃ」
それには、ネリスカームも頷いて、戦場を見つめる。
戦場の様子は、混沌としてきている。
岩の里と森の里、両陣営からの妨害が、大きくなっている。岩の山が形作られ、それを割って大樹がまっすぐに伸び、その大樹を傾けるほどに地面が割れたり、隆起したりしている。
それぞれの陣営、計八体の精霊の攻撃をことごとく回避しているテンカを、全力で妨害するために魔法が繰り出されている。
平坦だったこの場所は、さまざまに変化している。
「〈サンダーボルト〉!」
雷光が、天地を繋ぐ一本の柱を作り出し、戦場に生まれた大樹を真っ二つに割り、その熱が大樹を燃やしていく。
戦場の変化に伴い、精霊たちが飛び跳ねているのが見える。テンカから離れて魔法で攻撃する者、接近してテンカに直接ダメージを与えようとする者、様々な動きで戦場を飛び跳ねている。
「〈バーストナックル〉」
赤い輝きが見えたと思ったら、大きな爆発が起こる。
「〈ニードルラッシュ〉」
戦場に生み出された樹木が揺れ、その葉が針となって降り注ぐ。
「〈プラズマランサー〉!」
雷の槍が、樹木を切り裂き、岩山を焼く。
こちらとしては、狙い通りに戦場の均衡を保っているようで安心する。両陣営は、この均衡に何を思っているのか。
「ハミュ、そろそろ次の参加数を決めてもらう時間だにゃ」
ネリスカームが、ここにはいないハミュに声をかける。魔法で連絡を取っているのだろう。
「わかったにゃ。次の参加数は、三体にゃ」
それを聞いて、僕もマイクを手に取り、口まで持ち上げる。
『対戦者参加数を変更します。次の参加数は、三体です。交代がある場合は、すぐに交代してください。十分以内に交代できない場合は、ルール違反になります』
アナウンスが、戦場に響き渡る。
それに合わせて、すぐに忍者たちが引き揚げていく。四体全員が交代するようだ。
その動きを見た武者たちの動きは、半分が残り、半分が引き揚げていく形だ。
それらの動きをテンカが、黙って見ていることはない。
今度は上空に赤い魔法陣が描かれる。込められた魔力が多大なのか、その輝きを強く感じる。
「〈フレイムテンペスト〉!」
巨大な火球が、魔法陣から地上に向かって落とされる。
狙うのは、戦場に残った武者たちだ。
武者たちは、回避を選択したのだろうか。回避を諦め、防御をしたのだろうか。どちらの選択をしたとしても、その結果は同じだ。
巨大火球の着弾した場所で、火球がはじけた。はじけた火球の熱が周囲を熱し、焼いていく。岩が溶け、溶岩と化し、樹木は燃えて、炭と化す。
炎の魔法が、広範囲に広がり、戦場を火の海にしていく。
「おい、相棒、聞こえるか?」
火の海を眺めていたテンカが、声を上げた。
『何だ?』
「戦闘不能になった精霊を、回収してもいいか?」
炎に巻かれた武者たちのことだろう。
これは、すぐには答えられない。ネリスカームに視線を向けて、確認をとる。
「テンカに任せるにゃ」
それに頷き、マイクを口に近づける。
『回収してくれ』
「了解だ」
テンカは、ためらいなく火の海に飛び込んでいく。そして、すぐに武者の精霊たちを見つけると二体を抱えて、本部に走ってくる。
「すぐに状態を確認するにゃ」
ネリスカームが地面に降り立ち、油断なく魔法陣を描いている。
僕も魔力壁の設定を変えて、テンカ達の侵入を可能にする。
ネリスカームが、二体分の魔法陣を準備し終わると、テンカが本部に到着した。
「そこに寝かせるにゃ」
「了解」
テンカは、そう言って黄色に輝く魔法陣に精霊たちを寝かせると、すぐに戦場に戻っていった。
ネリスカームが、尻尾を左右に揺らして確認している。
「どうですか?」
「だいぶ魔力を削られているけど、命に問題はないにゃ。寝かせておけば、すぐに回復するにゃ」
「そうですか」
ひとまず、安心する。戦闘だからこういうことは起こりうる。
追撃については、手加減をしないとテンカも言っていたから、予想もできていた。
精霊が、魔法で絶命することはまれだというので、方法を間違えなければ、簡単に最悪の事態が起こることはない。精霊たちが、実力対決で問題を解決しようとするのも、ここに由来する。
戦場は、まだ火が消えずに燃え広がっている。それでも戦いは続く。




