37 ルール+破壊の機神
役者がそろったところで、ネリスカームから今回の対戦の注意事項が言い渡されていた。事前に通達している内容もあるので、最終確認という意味合いもある。
僕も改めて、今回の対戦ルールを確認しておく。
一、前提について。
・参加する精霊は、精霊里の全精霊とする。
・対戦は、決められた精霊以外に参加できない。
・対戦会場範囲は、結界内全域とする。
二、対戦参加者について。
・対戦参加者数は、精霊の参加総数の少ない、森の里が決定する。
・対戦参加者数は、両チーム同数とする。
・対戦参加者数は、一時間ごとに変更する。
・対戦参加者数が変更された時、参加する精霊を変更できる。
・参加者の変更可能時間は、十分間とする。
三、不参加の精霊について。
・対戦不参加の精霊を攻撃、妨害することを禁止する。
・対戦不参加の精霊は、本部周辺及びチームの陣地にいることとする。
・対戦不参加の精霊は、妨害をすることが可能である。
四、補足について。
・お昼休憩中は、対戦を中断する。
・本部周辺は、対戦禁止区域とする。
・ルールを破った場合、そのチームの敗北とする。
確認しておくべきルールは、こんなところだろう。ここまでが、精霊里に事前に伝えておいたルールである。
森の里にとって有利な部分が、対戦参加数を操作できる点にある。数で圧倒的な差のあるお互いの里を、できる限り対等にするための決まりだ。数の少ない森の里が、対戦の状況を操作できる。一対一も九対九も自由に決められる。
岩の里にとって有利な部分は、参加していない精霊が妨害をできる点にある。数の差を調整するだけでは、岩の里が納得しない。そこで、岩の里のアドバンテージとなる決まりとして、妨害できるルールを設定した。
「ここからは、当日発表のルールにゃ。心して聞いて欲しいにゃ」
精霊たちが、静かにネリスカームを見つめている。周囲からの異論は、特に出ない。
ここから先は、まだ伝えていないルールだ。これについては、事前に当日に発表するルールがあると話を通しているから当然の反応ではある。
これから発表するルールは、対戦を成立させるために必要な事項であり、今回の作戦の中核部分ともなる。
「まず、対戦者への妨害は、非攻撃的な方法でなければダメにゃ」
攻撃と妨害は、明確な違いがないと問題が出る。そうしないと対戦者を指定している意味がなくなるからだ。対戦不参加の精霊に妨害行為を許している以上は、そこに攻撃的な手段を使わせるわけにはいかない。それを許せば、岩の里が、圧倒的有利になってしまう。
さらに、これは次のルールにも関係している。
「次に、対戦チームを意図的に攻撃してはダメにゃ」
対戦するチームを攻撃してはいけない。つまり、岩の里は、森の里を攻撃できない。同様に森の里は、岩の里を攻撃できない。
これには、すぐに疑問の声が出た。
「それでどうやって、対戦をするんだ?」
対戦チームを攻撃できないのに、対戦が成り立つはずはない。ここまで発表されたルールならば、そう思うだろう。
「それは、もう一つのルールで解決するにゃ」
ここがこの対戦の、この提案の、この作戦の最も重要な部分になる。
「この対戦の勝利条件にゃ」
今までのルールは、対戦の方針や敗北条件を連ねたものだ。肝心の勝利条件を示していない。
「《破壊の機神》を倒したチームの勝利とするにゃ」
ネリスカームが、勝利条件を提示した。初めて聞いた単語が出てきた。
「《破壊の機神》?」
「誰のことだ?」
精霊たちからは、疑問の声が上がっている。ただ、その単語が何を示すのかは理解しているようだ。
精霊には通常に名乗る名前の他に、もう一つの名前がある。その精霊の内面や性質を表す名称だ。それを精霊名と言う。
精霊で名前と言えば、こちらのほうが重要視される。通常に名乗っている名前は、ペンネームのようなもので、人間と付き合う過程で必要になったものらしい。
今回のような精霊同士の戦いでは、この精霊名を名乗るのが正しい礼節だ。
精霊たちの疑問は、《破壊の機神》が誰なのかということである。
「俺様だ」
そう宣言したテンカの卵型の体が光り輝き、その光の中から少年が現れる。
「俺様の力を見て、腰を抜かすんじゃねえぞ?」
その顔に満面の笑顔が浮かんでいる。表情と同様に、心の中も喜びでいっぱいなのだろう。
「それぞれのチームは、この子を倒すために力を尽くしてもらうにゃ」
「そいつは、そんなに強いのか?」
「どこのもんだ?」
「おっと、これ以上は話せないにゃ」
それぞれの精霊が質問を飛ばす中、ネリスカームが発言を制止する。
「対戦直前に重要情報を漏らせないにゃ。情報が欲しいなら、普通の方法では教えられないにゃ」
精霊たちが、静かになった。
もう対戦が直前であるということ。すでに対戦は始まっていること。準備してきたことを十分に発揮すること。それぞれに思うところがあるのだと感じる。
「説明は、ここまでにゃ。それぞれ、自分たちの陣地を作り始めて欲しいにゃ。三十分後のアナウンスで対戦を開始するにゃ」
その言葉を受けて、精霊たちが動き出した。
「参るぞ」
フレンメの言葉に従って、岩の里の精霊たちが、我先にと飛び跳ねていく。
「行くでござる」
ディジスを先頭に、森の里の精霊たちが、一定の速度で列を作って移動する。
それぞれ、本部から右と左に分かれていく。陣地として設定された場所へ、小さな戦士たちが向かっている。
「始まりやがったな」
テンカが、その場にいられないといった様子で体を動かし始めた。膝を曲げたり、腕を回したりして、準備運動をしている。
「テンカは、本当にうれしそうだな」
「当たり前だ。戦闘だぞ、戦いだぞ。それも集団戦だぞ。一回で終わりじゃないんだぞ」
興奮しているのが、はっきりと見て取れる。
「すぐに終わらせないようにな」
「わかってるよ。少なくとも、光さんの飯の時間までは手加減しろって言うんだろ?」
テンカの確認に僕は頷く。
開始早々に決着がつくような形は、さすがにまずい。双方が少しでも納得する形をとってもらわないといけない。再燃して、また同じことで争われては困る。だから、テンカに最初は、五割の力を基準にして戦ってもらうことにしている。
もっとも、これには危険もある。
相手の力量を正確に分かっていないのだ。使用する魔法の種類や得意な属性は、あらかじめ登録されたデータがあるが、戦闘の様子や戦力を測ったことはない。
そのため、テンカが負ける形で、開始早々に決着がつくこともあり得る。そうなっては、この計画の立案段階から間違っていたことになり、どちらかに禍根を残すことになってしまう。
最初の加減が、とても難しい。負けるわけにはいかないが、相手を最初からぼろぼろにするわけにもいかない。
「まあ、なんとかするさ」
テンカが上下に跳んで体を揺らしながら、それぞれの陣営を見つめている。
岩の里の陣営からは、火柱が上がった。陣地内で大きな篝火を焚いているようだ。火の精霊もいるから、火属性の魔力を増やすために使うのだろう。
「岩の里は派手なことをしている」
「わかりやすくていいねぇ」
反対側の森の里は、布で陣地を覆ってしまっている。赤白の横断幕で周囲を覆い、中を視認できないようになっている。何をしているか見えず、不気味さがある。
「それに比べて、森の里は陰気だぜ」
そう言いながらもテンカの表情は笑っている。
「今も隠れて情報収集をしているみたいだしな」
「そうなのか?」
「レーダーを使って見れば、相棒でもわかるんじゃないか?」
そう言うのならば、使ってみるとしよう。
ただ、ここで使うのは合成加護にする。試したことのない加護がいくつもあるのだ。
鎖を想像し、創造する。そこからさらに、ブーツとレーダーで加護を創る。
目の前に円柱状に巻かれた茶色の布が現れる。その布をテーブルの上に広げた。
広げた布には波打った線が引かれ、丸い点がいくつも散らばっている。布を広げ終わると、それらが立体的に浮かび上がった。
ここ周辺の地形が、立体的に描かれていた。それを僕たちは、空から見たように眺めることができる。
「ほう、便利な地図だにゃ」
ネリスカームが、広げた地図のそばまで近づいてくる。
丸い点が人物や精霊を表し、黒い線が地形をなぞっているのだろう。地形は、テントの形や樹木の形、陣地の配置まではっきりと確認できた。
その他に、色のついた線が空中を走っていた。その線の一本は、森の里の陣地から本部の近く、具体的には僕たちのいる場所まで伸びている。
「これが、さっきテンカが言っていたやつ?」
「そうだ」
早くもテンカのことを調べに来ているのだろう。
「早速、ルールの意味を理解してくれているようでうれしいにゃ」
ルールでは、魔法を使って情報を得てはいけないとは決められていない。さすがに始まる前に攻撃や妨害をするのは勘弁してほしいが。
「岩の里のほうは、陣地からの妨害の準備中か」
火柱の上がる陣地を中心にして、規則正しい配置で精霊たちが並んでいる。精霊の足下には、赤色や茶色の線で丸い円が描かれている。
僕たちの本部の近くにも人物はいる。
外にいるのが、僕、ネリスカーム、テンカ。
テント内にいるのが、光、裕也、由紀音、真、トリム。
ハミュだけは本部から外れて、森の里の陣地にいる。一時間ごとに変化する参加数を、ネリスカームに連絡する役目がある。
異世界交流対策課の面々は、ここに至るまでの準備で消耗しているため、昼前までは休憩をとることになっている。由紀音と真は、テントで仮眠をとり、トリムは、光たちの護衛をするためにキッチンに、護衛の関係で裕也は光の手伝いをしている。
「そろそろ俺様も、位置につくかな」
そう言って、テンカも戦場に向かう。
テンカはそれぞれの陣地の中間、そこで対戦の開始を待つ。本部を含めた三か所から等間隔の距離をあけている。
こちらも念のため、準備をしておく。
手の平に魔力の光を集める。合成する加護は、シールドとランス。それを地面に向けて設置する。集めた光を地面に向けて、軽く投げるように地面に落とす。
設置されたのは、半球状の小さな器具。足首までの高さしかない。亀の甲羅のようにも見えるだろう。
設置された器具に近づき、そこに屈んで器具に手を置く。そして、魔力を込めて、それを起動させた。
起動した結果、器具に変化は現れない。変化の現れるのは、この周囲の空間だ。
この空間を囲むように魔力の盾が出現し、壁のように設置されていく。魔力の壁は、瞬く間に本部を覆い尽くした。その形は、設置した器具と相似している。
「これで、ここの防御は硬くなりました」
「ありがとにゃ」
この魔力の壁で覆われた空間は、外からの侵入を絶対に許さない。どんな攻撃も遮断する、堅牢な砦だ。その代わり、内部からの行動や攻撃にはものすごく脆い。ちょっとした攻撃ですべてが崩壊する。防御にしか使えない合成加護だ。
もともとルールで禁止されているので、本部が攻撃されることはないのだが、流れ弾や余波で被害を受ける可能性はある。それを最低限にすることは必要だろう。
対戦開始まで、後わずか。
それぞれの思いは、今、ここに集約される。




