34 台本+占い
二つの精霊里に行った日の翌日。
私たちは、異世界交流対策課に呼び出された。場所は、都心にあるオフィス街。その一室の会議室。そこに四人と三体で集まっている。
私たちは、浩一、裕也、私、テンカのいつものメンバーだ。
異世界交流対策課からは、ネリスカーム、由紀音、トリムが集まっている。
何かとても大事な話があるということで、私たちは集められていた。
「集まってもらったのは、他でもないにゃ」
テーブルに両肘をついて、顎を手の上に置いてポーズをとったネリスカームがいる。ネリスカームの座っている椅子は、特注品のようで、猫の姿でもそういう行動がとれるようになっている。
「にゃあ課長可愛い、はぁはぁ」
そんなネリスカームの周りを、由紀音がカメラを手に持って、せわしなく動き回っている。
「何でしょうか、課長」
裕也が、ネリスカームに合わせて、背筋を伸ばして聞くポーズをしている。
「うむ……」
一言つぶやいた後、ネリスカームの視線は、由紀音に向いた。
「まだ、続けるのかにゃ?」
ここまでの動きは、台本にある動きを演じたものだ。
その台本は、由紀音の書いたものである。ネリスカームの出張中に我慢していたことが、いろいろはじけてしまったみたいだ。
「はい、はぁはぁ」
「このままだと話ができないにゃ。そろそろ、いつも通りに話していいかにゃ?」
「仕方がないですね。どうぞ」
ネリスカームの言葉にうなずいてはいるが、カメラを手放す気配はない。
「由紀音のことは無視してくださいにゃ」
「由紀音は無視です」
呆れたネリスカームとトリムの言葉に、肯定を示して話に戻る。
「改めて、どうしたんすか?」
裕也の問いに、ためらいがちにネリスカームは、口にする。
「ここまで呼んでおいて、何にゃが、まだ引き返すこともできるにゃ」
「そんなに厳しい話っすか?」
「聞かないでこのまま帰ることも選択肢としてあるにゃ」
「その判断は、俺じゃできないっすね」
そう言って、裕也は浩一を見る。
実際に動く時があるとしたら、それは浩一が動く時だ。裕也は、本当に危ないことには自然と身を引いている。それに対して浩一は、危ないことに首を突っ込むことがある。そう言う意味では危険に一番近い位置にいる。
「浩一君は、どう思うかにゃ」
「……聞きます」
「そうですかにゃ」
ネリスカームは、特注の椅子からテーブルの上に移動し、そこに座りなおす。
「いろいろと、きな臭くなってきたのにゃ」
「俺たちが関係していることっすよね?」
裕也がその言葉に応え、それにネリスカームが頷く。
「岩の里と森の里の衝突が近いにゃ」
「衝突って、精霊たちが?」
「そんなに切羽詰まった状況なんですか?」
さすがにこれには、私も口を挟んでしまう。昨日、岩の里と森の里の両方を見てきた。その時の感触だと、そこまで緊張しているような感じはなかったと思う。
「占いの結果でそう出たにゃ」
「占い?」
そんなことで衝突が近いなんて言っていいのだろうか。
「こちらの感覚で言えば、未来予知と言って差し障りはないものなのにゃ。ただ、それを言うと嫌がるので占いと言っているにゃ」
「そんなに確率の高い占いなんすか?」
「高いにゃ。天気予報ならば、確実に当ててくるにゃ」
百パーセント当たる天気予報ができるのは、かなりすごいと思う。思うけど、それを比較する対象にしていいのかな。
「それじゃあ、精霊の衝突は確定っすか?」
「そうでもないにゃ。誰かがかかわることで、未来は幾通りにも分岐するにゃ。事をうまく運べば、結果を変化できるにゃ。だからこそ占いなんだにゃ」
未来予知ということを嫌うというのは、未来の変化する性質によるのかもしれない。だからこそ、占いと言っている。
「それは、誰の占いなんすか?」
「水の里に住む精霊で、キリンという名前にゃ」
水の里は、ネリスカームが出張していた精霊里だ。そこで、わざわざ占ってもらったらしい。
「岩と森のことは、対策課でも憂慮している事態なのにゃ。このままというのはおいしくないのにゃ。そこに、この占いの結果が出たのにゃ」
「そこまでは理解しました。それで、俺たちがかかわるというのは、どうしてなんすか?」
ここまでの話は精霊の話だ。決して、私たちの話ではない。昨日の出来事でどんなところなのか、どんな精霊がいるのかは何となくわかる。でも、それだけ。精霊に対して、里に対して、何かができるわけじゃない。
「占ってもらったのは、この事だけじゃないにゃ。対策課に関することを他にもいろいろ占ってもらったにゃ」
忙しい身で、そう何度も占いに行くわけにはいかない。だから、一度にいろいろ占ってもらうのは、あり得ることだと思う。
「誠に勝手ながら、君たちのことも占ってもらったにゃ」
「なんでまた?」
「もし、仮に、君たちに危険が迫っているとするにゃ。それが先にわかっているなら、それには絶対にかかわらせないようにすれば、危険を回避できるにゃ」
「それは、そうかもしれないっすね」
「だから、危険なことが迫っていないか、占ってもらったにゃ」
ネリスカームのほうでも、いろいろ考えているみたいだ。
占ってくれたならば、せっかくだから結果が知りたくなる。
「それで、結果はどうだったんすか?」
「うむ、危険がいっぱいだったにゃ」
警戒する準備もなく、軽快に告げられた。
それには、私たちの誰も口を開けられなかった。
「まあ、今さら考えても仕方ないにゃ」
「仕方ないで済ませないでください!」
私は、思わず強い口調で言ってしまった。ここでネリスカームを責めても仕方がない。
「どんな危険があったんですか?」
「いっぱいあったにゃ。対策課に関することだけでなく、それ以外でも危険があるみたいだったにゃ。でも、どんな内容かまでは占えなかったにゃ」
「どうしてですか?」
「内容が、簡単に回避できるものや変化することがあるからだにゃ」
未来は分岐する。未来は変化する。だから、内容が変化するのだと思う。内容が占えないのは、そういうことが関係しているのかもしれない。
「今、こうやって占いの結果を話していることも、何かの危険を回避することにつながっているかもしれないにゃ。できれば、そうあって欲しいけどにゃ」
ネリスカームもいろいろと考えているのだ。占いのことにしても、私たちのことを考えているからこその行動なのだと思う。
「君たちが対策課の活動に関わる時は、細心の注意を払わないとだめにゃ」
「はい」
「それを前提で、岩と森の衝突にかかわって欲しいにゃ」
ネリスカームとしては占いの結果を変えたいが、占いの仮定を利用したいとも思っている。利用できる部分は、利用したいのだ。それだけ占いを信じているのだと思う。
「それで、衝突の問題はどうするんすか?」
「それが問題にゃ」
もともとそういう話だった。最初の話に戻る。
「占いでは、この衝突にも君たちが、何かしらかかわるということだったにゃ」
「かかわらないとどうなるんすか?」
「それは、占いではでなかったにゃ。占ってもらった時点では、かかわらないという未来はなかったのにゃ」
そういう、未来の分岐が限定されることもあるわけだ。こうやって話し合いを持ったからこそ、かかわらないという未来ができる可能性がある。逆に話し合っている時点で、かかわっていると言えるかもしれない。
「できれば衝突を避けたいのにゃ」
ネリスカームのというよりは、異世界交流対策課の望む形は、やはり衝突を避ける形だ。
「お互いに話し合いをするとかは?」
「それも何度かやっているにゃ。でも、お互いにスパイ行為を行なって、信頼関係を築く前に疑念ばかりが植え付けられてしまったにゃ」
話し合いは、信頼関係を築くのが一番重要だ。相手のこと、話や提案の内容、それらを聞くには相手を信頼していることが前提にある。信じていない状況では、どんなに良い話でも半分も理解してもらえないと思う。
「それと主張が逆であるのも障害にゃ。自分たちのやり方の正しさを主張するのなら話し合いになるけど、相手のやり方を批判するだけで、水掛け論になることが多いのにゃ」
相手に疑念を抱いていて、相手の主張を受け入れられない。完全に対立している状態になっているみたいだ。
「……衝突する要因は、分かっていないんですか?」
浩一が、話題の方向を変える。
原因を取り除くのではなく、衝突そのものを回避する。衝突の要因がわかっていれば、それも可能だと思う。根本的な解決にはならないけれど、解決までの時間稼ぎにはなる。
「基本的に小競り合いが大きくなった結果、里同士の衝突になるみたいだにゃ」
「小競り合いは、今でもある?」
「そうにゃ」
「お互いの里の接触を禁止するのは?」
「それは、難しいにゃ。人間には法とそれを守る考えが存在するけど、精霊の間で法は存在しないにゃ。自由を重視するから禁止する法なんてもってのほかにゃ。仮に禁止しても誰も守ってくれないにゃ」
精霊であることが、衝突を避けがたいものにしている。
「精霊同士で意見の相違があった場合、どうやって解決するのが普通なんすか?」
「話し合いでどちらかが譲るにゃ。どちらにとっても利のある意見の時もあるから、こういう解決も結構あるにゃ」
お互いの主張が似ているならば、細部は違っても何とかなるのか。精霊も頑固者の集まりというわけではない。今回の場合は、主張が全く違うから、どちらも譲ることができないでいる。
「それで決まらなければ、実力行使にゃ。精霊同士で対戦をするにゃ」
そもそも精霊の間には、問題事を実力で解決する習慣があるみたいだ。精霊にそういう意識があるのならば、衝突する結果は現実的になりそうだ。
「衝突するとまずい理由は?」
衝突することを避けたいのは、異世界交流対策課の都合だ。避けたいと考えるならば、そこに理由があると思う。
「この世界の魔力が少ないことが理由にゃ。戦闘となれば、魔力を大量に消費するにゃ。自分の魔力を利用するならば関係ないけど、空気中の魔力を使用したら世界の魔力が減るにゃ。それは回避したいにゃ」
「どうしてっすか?」
「魔力が減れば魔力の源泉に影響が出るにゃ。通常の減り幅ならば、源泉の活性化につながるけど、極度に減ると源泉に負荷がかかって、消えてしまうことがあるにゃ」
魔力の源泉は、魔力を世界に充満させるための始点になる。その始点が消えれば、魔力が増えることがなくなる。魔力で生きている精霊にとって、それは歓迎できないことのはずだ。
「そうなれば、精霊里を維持していくことも難しくなるにゃ」
問題の解決は困難。
衝突の回避も困難。
衝突のリスクも高い。
「魔力を増やす方法はありますか?」
浩一は、さらに視点を変えていく。
魔力が減るのが駄目だというなら、魔力を増やせばいい。魔力を増やすことができれば、リスクを減らすことができるかもしれない。
「なくはないにゃ。でも、時間がかかるし、魔力を満たすには世界は広すぎるにゃ」
「現実的ではないですかね」
結局、この方法も難しいみたいだ。
「なんで、そんな小難しい話をしてんだ?」
今まで何もせずに、浮遊していたテンカが初めて発言をする。
「納得するまで、とことんやらせたらいいだろ?」
テンカは、衝突することに肯定的だ。
「それをしたら、魔力が減るにゃ」
「それで困るのは、精霊だけだ。人間は困らない。自分たちのしたことで、自分たちが困るんだ。自業自得で解決する」
「……それは、つまらないな」
テンカの言葉に浩一が呟く。
「やれるんだから充分だろ?」
「それは、テンカだけだ」
テンカは、戦えれば何でもいいらしい。本当に単純だ。テンカの理論が通用すれば、何でも単純に解決しそうだ。実際には、単純に解決できるわけではないと思うけど。
「やれやれ、まだまだ時間がかかりそうにゃ」
ネリスカームが四足で立ち、体と手足を伸ばしている。
「にゃあ課長可愛い、はぁはぁ」
そんなネリスカームの姿も、隙なく由紀音がカメラに収めている。




