33 森の里+対立
◇◇
私にとって岩の里であった出来事は、とても看過できない出来事ばかりだった。一週間前の異世界交流対策課に誘拐(誤爆)されたことも、もちろん看過できないことだけど。
また誘拐されたし、その先で囲まれて予定外の人物だからと落胆された。舌打ちまでしていた精霊もいたみたいだ。その後は、一応は客として歓迎をされたけれど、出された料理は微妙に手を抜いた感じで、一生懸命に作った物に見えなかったし、ただ単に精霊たちが騒ぎたかっただけみたいだし、なんで誘拐されたのかわからなかった。
ちょっとだけ、浩一に八つ当たりをしたのは内緒である。
祭はまだ続いていたけれど、するべきことは終わったからと、由紀音がフランメに挨拶をして、みんなで岩の里から車を駐車した場所へと移動している。
「今日は、課長さんはどうしたんですか?」
「にゃあ課長は、水の里に出張中なのです」
由紀音が肩を落としてしまった。車のボンネットに額を付けるほどに力が抜けてしまっている。
「もう、二日もにゃあ課長に会っていないのです」
「由紀音は耐えるです」
聞かないほうが良かったみたいだ。
「いつ帰ってくるんですか?」
「明日帰ってくるのです」
「そう、明日まで耐えるのよ、私!」
自分で自分を奮い立たせて、由紀音は背筋を伸ばした。
「それじゃ、帰りますよ。乗ってください」
運転をする真が、それぞれ乗車するように促す。
「あ、そうだ。帰るんだったら用事を済ませないと」
浩一が思いだしたように口にする。
「用事って?」
内容によっては、私にもかかわることだろうから把握しておきたい。
この件はもう終わりで、これからはいつもの日常の圏内にいる。そんな雰囲気が、みんなから溢れていた。緊張している感覚は全くない。
そんな日常的な会話をしている時だった。
車の屋根の上、そこに大きな影が降り立った。
「よろしいでござるか?」
その影は、車の上に立って、そんなことを言った。
その影は、狼のような姿をしていた。とても大きなその体長は、車と比べてもあまり変わらない。真っ黒な毛皮で全身を覆っているが、白い毛が足元を部分的に覆い、輝いているように見える。
「ヤルのか!」
「却下」
浮遊しているテンカが騒ぎ、浩一が騒ぐテンカを掴んで私のところに放り投げる。
私はそれを受け取って、浩一の背後に身を隠す。
「……ディジス」
真が車上に視線を向けて呟いた。
狼は車上から地面に降り、足を曲げて、お座りのような姿勢をする。
「このような形でお目見えする事をまずは、謝罪させていただくでござる」
そして、頭を下げた。
それを受けて、まず動いたのは真だ。
「こちらの精霊は、ディジスです。森の里で虹ノ組の長をしています」
目の前に座る狼の、精霊の紹介をしてくれる。
「どうしてもお願いしたいことがあり、こうして参った次第でござる」
「……ここで話をするわけにはいきませんね」
由紀音が周囲を眺めながら、後のことを話しだす。
「まずは、移動します。そのお願いは、森の里で聞かせてください」
「感謝するでござる」
ディジスは感謝と共に頭を上げた。
「私たちは車で移動します。ディジスは、先に里でお待ちください」
「了解でござる」
そう言って、ディジスは山の中を駆けて行った。速度を落とすことなく乱立する木々の間を避けて駆け、あっという間に視界から消えていった。
「私たちもすぐに行きます。乗ってください」
そう促されて、車に乗り込む。運転をするのは真、助手席に由紀音、後部座席に私たち三人と精霊たちが座った。
車はすぐに走り出す。
「やれやれ、厄介なことになってきたわ」
由紀音はため息をついた。
「なんでこうも立て続けに……」
「この場所だからこそですかね」
由紀音の発言に真が意見を続ける。
「この場所って特殊なんすか?」
それに対して、裕也が説明を求めた。それに答えたのは由紀音だ。
「ここは、魔力の源泉となる土地が複数あります。そのことから複数の精霊里を設定しているのです」
精霊里をどこにするか決めるために、魔力の源泉を基準にしているみたいだ。精霊が少しでも住みやすくするために魔力に気を配るということかな。
「その里と里同士で交流が生まれることがあるのですが、岩の里と森の里の間には問題が出てきているのです」
「問題っていうのは?」
「それぞれの里の方針の違いです。その方針で対立しています」
岩の里の方針は、先ほど簡単に聞いた。一言で言えば、世界進出をして精霊が世界に出ていくということだ。生活圏を里の中だけでなく、もっと外に広げる。世界で精霊も活動できるようにする。そういう方針だ。
「森の里は、慎重論を唱えています。岩の里の方針は、急ぎ過ぎであると」
「森の里は、反対なんすか?」
「反対ではないようです。森の里でもいずれは、里から飛び出すことを考えているようです」
「単純に早すぎると?」
「この世界の魔力は、とても少ないです。自分自身の持つ魔力を使用するならば、とても多いので問題ないですが、それ以外の魔力で魔法を使うには下準備が必要です。それだけ、この世界の魔力は不足しています」
セリアも似たようなことを言っていた。空気中の魔力が少ないから、この世界で魔法が発達するのは難しいのかもしれないと。
「精霊は、どうしても自分自身以外の魔力を利用します。そういう生命なので、これは変えられません」
「それなのに、世界に魔力が少ないと」
「それが、森の里が慎重な理由です。魔力を世界に満ちさせてから広がっていくべきだということです」
「岩の里は、そのあたりはどう考えているんすか?」
「場所を選べば良いと考えているようです」
「場所を?」
「魔力の源泉を辿るように道を作り、それを繋げるようにして世界を広げると考えているようです。そうすれば、森の里の指摘は問題ないとしています」
岩の里もいろいろ考えているようだ。でも、それで対立が解決していないところを見ると、それにも問題があるのかもしれない。
「それで森の里は、譲歩しないんすか?」
「根本的な解決にはならないと、小手先の対応では危険だと主張しています」
それぞれの主張をぶつからせて平行線を続けているみたいだ。
「岩と森でそういう事があるんすね」
「ほんと、やっかいなのよ」
「それで、森の里のお願いというのは何っすかね?」
「そればっかりは、実際に聞いてみてからですね。ここで変な予想を立てるのよりもそのほうがいいでしょう」
「ま、おっしゃる通りっすね」
山の中をずっと走り続ける車内の中で、話しながら別の山へ移動する。
次の目的地まで、もうすぐだった。
◇
森の里の結界内に足を踏み入れると、いきなり景色が変わった。山の中だったはずなのに、ジャングルのような景色に変化した。ツタ植物がからみついた、曲がりくねった幹の植物が、何本も生えている。さっきまでは、普通の木が生えているだけだったはずなのに、結界の外と中では環境が違うみたいだ。
私たちが迎えられたのは、昔の日本家屋のような家だった。木造建築で畳敷きの一室、そこに座布団が敷かれている。外の景色は、日本とは程遠いものだけど。
「足を運んでいただき、感謝でござる」
ディジスがまずは、感謝の言葉を述べる。
今のディジスは、狼の姿ではなく卵型になっている。卵の体に狼の頭を乗せて、毛並みの良さそうな尻尾を生やしている。狼というよりは犬のぬいぐるみに見える。さすがに室内で動物型になっている精霊はいない。
ここにいる森の里の精霊は、全部で三体いる。ディジスとその護衛役の精霊が二体だ。
私たちは、裕也とテンカを除いた四人と二体が集まっていた。
裕也は、いろいろ見て回りたいからと、ここに来てすぐに出歩く許可をもらって別れた。テンカは、このまま私たちと一緒にいても暇だからと裕也についていった。
運ばれてきたお茶を一口すする。
「いえ、それには及びません」
由紀音が話を切り出す。
「このようなことは異例ですが、ここの状況を考慮させていただきました」
ここの状況というのは、岩の里との関係のことだろう。浩一を岩の里にだけ連れて行くのは、後々問題が出るという考えで、今回は森の里にも寄ることに決めたのだ。
「恐れ入るでござる」
「それで今回は、どのようなお話がおありでしょうか?」
「そんなに硬く、畏まらずとも良いでござる」
ディジスは、獰猛な狼の顔とは裏腹にのんきな様子で座布団に転がっている。
「長々と前置きを語る気はないでござる。お願いというのは、岩の里とのことについてでござる」
やはり話は、そこに行きつくみたいだ。
「ここ最近、里の外からのちょっかいが頻繁に感じられるでござる」
「結界の外からですか?」
「うむ、うちの里は感知能力の高い者がいるでござる。結界外の魔力でも感じることは可能でござる」
「それが、岩の里からのものなのですか?」
「いや、その確証はないでござる。だが、無関係とも思えないでござる。この先、どう動くにしても岩の里が、かかわらないとは思えないでござる」
ディジスは、虹ノ組は、そう考えている。考えるだけのことが、今までにあったのだと思う。
「岩の里の行きすぎた行動に注意して欲しいのでござる」
「そのことはこちらでも留意しています。十分に気を配らせていただきます」
「お願いするでござる」
ディジスと護衛の精霊たちが、一斉に体を傾けて礼をする。それに合わせて、由紀音たちがお辞儀を返した。私と浩一もそれに合わせてお辞儀をした。
「ところで、最近ありました大魔力の反応の事でござるが」
頭を上げたところで新たな話題が出てくる。
「それは、浩一殿でござるな?」
「……何の話でしょうか?」
問われた浩一は、何もわからないかのように疑問を返す。
「ふむ」
誰からも言葉が出ない。
ディジスは何を思っているのか。由紀音たちはこれをどのように思っているのか。浩一は何も考えてないな、きっと。
「浩一殿は、光と闇と、どちらが好みでござるか?」
「……どちらでもないです」
「そうでござるか。そうでござろうな」
ディジスは、一人納得して何度も体を縦に振っている。
こちらも何を納得しているのか、わからない。言葉から予想することはできるけど、それで何が変わるのか、そこまでははっきりしない。
「こちらのお願いは以上でござる。忙しい中、来て頂いて恐縮でござるが、すぐにお帰りになるでござるか?」
「そうですね、少し里の中を見させていただきます。高戸君と合流したら、帰らせていただこうと思います」
「いろいろ見て行ってくれて良いでござるよ」
「はい。では、失礼します」
由紀音とディジスの間で話が終わり、この場を辞した。
外に出てから私と浩一は、由紀音が先導する後をついて歩いた。真は一番後ろからついてくる。
外に出て、空を見てみるとまだ日は高い。ここからだと木の葉に遮られ、空の半分ほどは隠されているが、日光を完全に遮るほどではない。木漏れ日を浴びて、異国のような精霊里の中を歩くのは、なかなかに新鮮だ。
由紀音は、トリムと何か話しながら里の中を歩いていく。
浩一は、里の様子を見ながら歩いている。
森の里は、家が木の上に建てられているものもあって、植物の形をうまく利用している。木の根元と木の上を使って、特殊な二階建ての建物もある。
「面白い家があるね」
「……ジャングルみたいだね」
浩一もこの様子には新鮮さを感じているみたいだ。
「精霊の数は、少ないみたいだ」
「言われてみれば、ぜんぜん見てないね」
この里に来てから出会った精霊は、先ほどのディジスとその護衛の精霊だけだ。岩の精霊里の時は、祭でみんな外に出てきていたのだろうけど、二十体近くいたと思う。
「普通はこんなものです」
後ろから真が答えを返してくれる。
「精霊の数は里で十体ぐらいです。それが普通なのです」
「どうして岩の里は、あんなに精霊がいるんですか?」
「精霊がどこに住むかは、精霊それぞれが決めています。そのため、好む魔力によって住む場所に偏りが出てしまいます」
精霊が自由に決めるのならば、そういう偏りがあっても不思議はない。
「こちらに来る精霊が選べるわけではないですので、好む魔力が似た精霊が多く来れば、一つの里に集中します。それの典型的な形が、岩の里です」
こちらで選択して、調整する事ができないということだろう。そう考えるならば、仕方がないことなのかな。
「こんなやり方をしているから、課長もいろいろな場所に出張をしています」
「今は、水の里にいるんでしたっけ」
「はい。その後も出張の予定が入っています」
この言い方だと、精霊里があるのも一か所や二か所ではないのだろう。いろいろ大変みたいだ。
「移動は、転移魔法を使っているんですか?」
「いいえ。普通の移動をしています」
「なぜですか?」
「魔力の問題で転移魔法は、精霊には使えないのです。人も通常では、まず使用しません」
魔法でも精霊に使えないものがあるらしい。
「それに、転移魔法で結界内に移動することもできません。そのため、仮に移動する場合は、結界の近くに移動することになります。ですが、万が一にも転移の瞬間を人に見られるわけにはいきません。いろいろな理由から、転移魔法は使いません」
いろいろと制約があるらしい。守るために、最悪の想定をしている。本当に、いろいろ大変みたいだ。
「不便ですね」
「一括で管理すれば、もっと簡単な話なんですが」
真が苦々しげに漏らす。
「……一括管理、ですか?」
それを聞いた浩一が、疑問を口にする。
「仮定の話です」
真はすぐに表情を改めている。
「この形で今は、安定しています。もともと難しい話ですので、その過程が困難であるのは当然のことです」
「そうなんでしょうが……」
浩一は、二の句がつげずにいる。
そんな話をしていたところで、上から飛び下りてきた影がある。
「そっちは終わったんすか?」
飛び降りてきたのは、裕也だった。その後をテンカが、ゆっくりと降りてくる。
「ええ、終わりました」
「それじゃあ、帰りますか」
裕也は、そう言って先を進む。先頭を歩く由紀音が裕也に応じて、並んで歩いていく。私たちもそれに続いていく。
「裕也は、何を見てきたの?」
「どんな家なのかとか、どんな生活をしているのかとか、この村の規模とかだな」
「そんなことをしてたの?」
「知らないんじゃ情報屋失格だろ?」
「そう」
失格なんて、そんなことは知らない。裕也のその基準は、どこにあるのか、よくわからない。知っておいて損はないということなのかな。
「いろいろ面白い話が聞けたぞ」
この場で知りたいことがあるわけではないので、今のところ細かく聞いても意味はない。
「テンカはどうだった?」
「なんか、陰湿だな」
「陰湿?」
「真っ向勝負を避けて、陰から一撃を入れる感じだな」
戦闘の話みたいだ。テンカは本当に戦いが好きだね。
この二人の話は、ここで終わりにして、確認したいことを確認する。
「そう言えば、浩一は用事があるんだよね?」
岩の里から出て車に乗る前に浩一が、口にしていた。
「買い物を頼まれているんだ」
「お母さんから?」
「そう、これがメモ」
そう言って紙片を一枚、私の前に取り出す。
紙片を受け取って、それに目を通す。簡単なおつかいの内容だ。これだったら帰る前にちょっと寄り道をすれば、終わる用事だと思う。
「私たちは、途中で降ろさせてください」
「分かりました」
後ろを歩く真に、ちゃんと意志を伝えておく。
前を並んで歩く裕也と由紀音も話をしている。一人で里の中を歩いていたから、その確認をしているみたいだ。
こんな珍しいところに来ているのだけど、なぜか、いつもの日常のような気がしてくる。最近の異世界接触が頻繁にあって、感覚がマヒしているのかな。こんなところに来てまで、何をしているのか、わからなくなる。本当に今回は、いいことがどこにもないと思う。




