32 岩の里+宴会
岩肌の目立つ、地面をくり抜いたような広い空間がある。
結界内に入ってからは、特に妨害もなく、山歩きのような道を淡々と進んだ。その途中で精霊の姿を確認することもできた。その様子は、卵型だったり、動物型だったりと好きな姿をしているようだ。精霊たちは、遠くから僕たちを眺めて、単に新しく来た人間を見に来ているというだけだった。特に何かしてくることない。
この広い空間は、皆の集まる広場として使われているようだ。
この岩の里には、土属性の魔力が必要な精霊や岩山での活動を好む精霊が集中して住み家としている。単純に石や土の塊のように転がっている精霊がいれば、猿のように岩から岩に飛び跳ねている精霊もいる。岩の上に穴をあけて、そこでくつろぐモグラのような精霊も見られる。
この広場は、周囲を崖のように囲まれて、谷のようになっていた。その崖の側面を掘って部屋にし、広場の様子を眺められるようになっている。その部屋の中では、それぞれの精霊が、思い思いの姿で広場を見下ろしている。
精霊がいるのは、崖の部屋だけではない。
広場にも多くの精霊がいる。むしろ広場にいるほうが、大多数だ。崖の部屋を利用できるのは、何かしら条件を満たした精霊だろう。基本的には広場に散らばって、楽しそうにしている。ここにいる精霊たちは、実際に楽しんでいるのだろう。
「……」
現在の僕たちは、この場になじんでいない。狐につままれたような状態だ。
広場の中心には櫓が立てられ、その上には和太鼓が備えられている。その和太鼓を精霊が力強く叩いて、別の精霊が笛を吹いて広場を盛り上げている。
櫓の下には、壇上のような少し高くした場所が設けられている。そこには並べられるだけの料理が並べられていた。広場内にも至る所に料理や果物が広げられている。
精霊たちは、和太鼓の音頭に合わせて好きなように踊り、好きなように食べ、好きなように盛り上がっていた。
「……」
岩の里では、祭を開催していた。
戦闘があるかもしれないと思ったのは、完全に杞憂だった。
そんな中、光は櫓の下の壇上で、祭られているかのようにして座っていた。
この里の様子を見て、呆然としている僕たちへ声をかける精霊がいた。
「ようこそいらっしゃいました。職員方、客人方、歓迎しますぞ」
そう言って僕たちの前に現れた精霊は、大柄な猿だった。赤い毛を全身に蓄えた立派な猿だ。
真がその猿の前に出て、一礼し、僕たちに精霊を紹介してくれる。
「こちらの精霊は、フランメ。この里を収める市ノ組の長をしています」
「武野浩一です」
「高戸裕也っす」
「このような場所ではなんですので、どうぞお上がりください」
そう言ってフランメは、壇上を示した。
「どうもっす」
「……」
さっさと壇上に上がる裕也に続いて、一礼してから僕も壇上に上がらせてもらう。
壇上は、料理の並べられたテーブルと多くの椅子が立ち並んでいる。ただ、椅子に座っている精霊はいない。精霊は皆、広場に散らばってしまっているようだ。
そのテーブルを回りこんで、光の隣へと座る。裕也と由紀音も席に着くが、真は少し離れて立ったままでいる。
「どうなってるの?」
「はは、どうなってるんだろうね」
光は、乾いた笑い声を上げる。表情も作り笑いが張り付いているようだ。
「最初からこんなだったのか?」
今度は裕也が疑問を示す。
「最初は違ったよ」
最初からこんなだったら、そのまま受け入れようかと思ったが、違ったようだ。違うというのならば、どう違うのかが気にかかる。
その時のことを思い出すかのように光が、状況を言葉にしていく。
「いきなり、ここの近くに飛ばされて、精霊たちに囲まれた状態だったね。かなり睨まれてた」
現在の祭とは全く異なる状況だ。転移してくる人物を特定できていなければ、そういう対応にもなるのか。
「それで、名前を聞かれたかな」
「名前か」
「うん。それで、名前を言ったらなんか、浩一のことを聞かれたね」
「そこまでは、予想通りだな」
この点は、行きの車内でも話が出ていた。実力者として、僕のことに注目をしているのだろう。
「そうなの?」
「うん」
「で、タケのことは何て?」
「特には話してないよ」
光からは特に話していない。
光が直接話題にすることがなくても、興味があるならば精霊側から話題にするような気がする。直接僕を目の前にして、話をしようと考えているのだろうか。
「その後は?」
裕也が続きを促す。
「これからどうするかで迷ってたみたいだから、お客さんを招くならば、歓迎する準備をするのがいいって言ったんだけど」
「それが、これか」
「みたい」
歓迎という言葉で祭りという答えに行きついたようだ。
壇上に腰を落ち着けて、広場を眺める。歓迎されているのだろうが、皆で騒いでいるようにしか見えない。
「加賀が見た祭の様子は、どんな感じだ?」
「太鼓に合わせて楽器を演奏したり、踊ったり、好きなように振る舞っているみたい」
今、目の前に広がっている状況と変わらないように思う。光がいた始めのほうから、こういう状況が続いているのだろう。
テーブルに広げられた料理の数々は、見た目に野性味があふれている。肉の欠片のような物を一つ手で取って口に運んでみた。見た目に近い、肉そのものといった味わいが口の中に広がっていく。
「ここの精霊は、食事をするのかな?」
料理の種類は、それなりに準備されているが、一口で食べられる物が多く、食事のための料理という気がしない。彩りよく飾りのように盛り付けされている料理もあるが、それは祭用の料理だと思う。箸を使って食べるような料理よりも、手づかみで食べるような料理のほうが多く見られる。
その疑問には、真が答えてくれた。
「ここの精霊たちは、食事を学習するために作っている面があります。ただ、酒類についてはかなり気に入っているようで、お酒は積極的に作っています」
お酒好きの精霊もいるようだ。そうなると、ここに並んでいる食べ物も酒のおつまみという面が強いのかもしれない。
「それじゃあ、ここにある飲み物はお酒っすか?」
「ほぼ、そうでしょう」
祭というよりは、宴会と言ったほうが、言い方は正しいような気がしてきた。
そんな話をしているとフランメが、グラスを片手に持って壇上に上がって来た。
「楽しんでいただけておりますか?」
「楽しい物を見させてもらってる感じっす」
なんとも答えにくい問いに、裕也が答えている。
「自由に楽しんでいかれてくだされ。我々も好きかって騒いでいる者がほとんどですので」
「太鼓とかの楽器は、どうしたんっすか?」
「職員方から頂いたり、自分たちで作ったりした物なのですぞ」
「へー、上の太鼓、叩かせてもらってもいいっすか?」
「構いませんぞ、興味がおありでしたらば、叩いていってくだされ」
「それじゃあ、早速」
そう言って裕也は、そのまま退出していく。
フランメは裕也を見送り、その行方を眺めた後、僕たちのほうへ近づいてきた。
「浩一さんは、どうですかな?」
「いえ、僕は音楽はあまり」
「では、酒をどうぞ。この里で造った酒で自慢の品ですぞ」
テーブルにある酒瓶をこちらに傾けてくる。
それを由紀音が、手でさえぎった。
「この国では、未成年に酒を飲ませてはだめなんですよ」
「フランメはだめです」
トリムが続く。言葉の意味が違う気がするが、注意しているのだから多めに見よう。
「おー、そうでしたな、これは失礼を。では、由紀音さんはどうですか?」
「一杯だけなら……」
由紀音は注がれた酒を少しだけ、口にしている。
そして、話を始めた。
「さて、今回の件は、どういった理由で行なったのですか?」
酒を傾けていたフランメは、手の動きを止めた。一瞬の後、一気にグラスの酒をあおり、空にする。そして、佇まいを正して話し始める。
「今回の一件は、大変迷惑をかけた。申し訳ない」
謝罪の言葉の後、フランメはテーブルに額がつくほどに頭を下げる。
「ちゃんとした形で接触を求める必要があった。それを勘違いとはいえ、このような方を巻き込む形にしてしまい、本当に申し訳ない」
フランメとしては今回のことは、意図していないことらしい。その態度から反省していることが見て取れる。
「今のこの状況については、後日対応を考えます。それで、どうしてこんなことになったのですか?」
「……先日のことになりますが、組の者たちで大変大きな魔力を感知いたしました。その魔力は、あまり感知の得意でない里の者にも感知できるほどのものでした」
「そうですね。それだけのことではありました」
フランメの言葉に由紀音は同意している。
さて、フランメと由紀音の話題に上がっていることは、何の話だろうか。心当たりはあるが、魔力の比較をしたことがないから大小までは分からない。特に追及もされていないので、黙って続きを聞く。
「その時のことが尾を引いて、大掛かりな調査をするべきという者もおり、組の者たちの間でも意見が割れておりました」
魔力一つで大騒ぎしているようだ。精霊にとっては体にも生活にも魔力が基本だから、敏感になるのだろう。
「組の間でもまだ話し合いの最中だったのですが、一部の者が先行して調査を進めてしまい、今回の事態となったわけです」
「それでは、実際に行動した精霊たちの話も聞かせてください」
「よろしいですぞ。おーい」
フランメに呼ばれて、精霊が一体近づいてきた。その精霊は、卵型で地面を飛び跳ねて移動している。
「由紀音さんを案内してあげなさい」
「了解しました」
そう答えた精霊が、もと来た方向へまた跳ねていく。
その後を由紀音とトリムが追いかける。
「浩一さんにお聞きしたいことがありますが、よろしいですかな?」
フランメがそう切り出した。
「……どうぞ」
僕の言葉を受けて、フランメは酒を新たに注ぎながら話を続ける。
「この里は、なかなかに賑やかです。他の里と比べても、かなりの大所帯なのだと聞きます。それは、この里が精霊にとって恵まれた場所だと言えるのでしょうな」
そう言って、里の広場に視線を向ける。
「ここで学び、鍛え、力を伸ばしている者が多くいます。ですが、ここですべての者の望みが叶うわけではない。結界に区切られた中では、どうしても限界があるわけですな」
言葉を切って、酒を飲む。
「浩一さんは、聞いたところではかなりの実力者だとのことですが、その力はどこで身につけられたのですかな?」
「……僕が、この力を得たのは、ただの偶然です」
「偶然?」
「ここの皆さんのように学び、鍛えて得たものではないのです」
「ふむ、そのような力を得て、どのように考えておいでですかな?」
「特には何も」
「力があって、何も思わないのですかな?」
「強いて挙げれば、日常を平穏に過ごしたいです」
それを考えるならば、加護を得たことは必ずしも良いこととは言えない。
「その力をしっかりと使えば、その望みも叶うかもしれないとしても?」
「……」
そう思わないこともない。フランメの言うように、加護のおかげで救えたものもある。記憶にないだけで、助けた人物は多いのかもしれない。それは、加護を得たからこそできたことだ。加護の力を否定することは、それも否定することにつながるのかもしれない。
「少し話が反れましたな」
何も言わない僕にフランメは話題を変える。
「この里が、悪いというわけではないのです。探索者として、昔は世界を見て回っておりましたのでな。その時に得たことは、いまでも大きかったと思いますな」
ここで、長をする前のことだろう。基本的に精霊は自由に行動する。それを考えると、こうやって里をまとめているのは、珍しいことなのかもしれない。それをしているフランメは、どれだけのことを考え、思っているのだろう。
「それを思うとどうしても、世界に飛び出させてやりたいと思うのですぞ」
そう言うフランメの視線が、僕の視線と重なる。まっすぐとした視線が僕の瞳に映っている。
「そうなった時、浩一さんは、その力を我々に貸していただけますかな?」
「……」
力を貸して欲しいと来たか。
僕としては、どう考えても関係のない話だ。普通に考えれば、僕が力を貸すことはないと思う。ただ、精霊を日常の中にある存在として、世界に広がると考えると、それ自体が悪いことだとは思えない。精霊のことを知っているからこそ言えることだとも思うが。
「そこまでにしていただきましょう」
僕が答えを考えていると、背後から真が待ったをかけた。
「ほっほっほ、そんなに大した話ではないですぞ」
「あまり急いではだめっち。一つ一つ進めれば、ちゃんとできることっち」
ハミュが、言い聞かせるように話をしている。
「心に留めておいてくだされ」
話は終わったとばかりにフランメは席を立ち、広場へ歩いていく。
「浩一君は、あまり精霊たちの話を真に受けないようにしてください」
苦言を一言呈して、真とハミュもフランメの後を追って広場へ向かう。
周囲は、相変わらず祭りで盛り上がっている。その片隅で裕也は精霊と意気投合して騒いでいるし、由紀音とトリムは静かにいろいろな精霊と話をしているようだ。
「浩一」
隣にいる光が僕の名を呼ぶ。
「ん?」
「はい、あーん」
振り向くと目の前に食べ物があった。光が僕の口元に差し出している。
周囲は祭りに興じていて、今は誰かに見られることもないだろう。話のネタにされることもないから、光もこういう事をしているのだと思う。
特に抵抗することなく、光に差し出された料理を口に入れる。
「……んっ!」
料理を口の中に含むと、ひどい味が口の中に広がった。味として言うならば、辛くて酸っぱい。一度にたくさんの量を口に入れるような食べ物ではない。もしかしたら、わさびや生姜などのような香辛料の類ではないだろうか。
水が欲しくて手を伸ばすが、ここには酒類しかない。口の中が、ものすごく痛い。
「引っかかった」
ジタバタする僕を見て光は笑っていた。
「さっきの話だけど、あんまり深く考えないでいいと思う。浩一、が難しく考えてなくても大丈夫だよ。浩一にとっては、やる気になったことが正しいことだから。やる気になれないことは、何かが違うんだと思う」
その声は、言葉はすごく心に響いた。
「やる気になったから全部が正しいとは限らないけどね」
しっかりと釘を刺すことも忘れない。
だが、今の僕には、どの言葉も深く考えることはできない。
「光、水!」
僕としては珍しく、かなり切迫していた。
「はいはい、もらってくるからここで待っててね」
少し笑いながら、光が席を立って近くにいる精霊のところに歩いて行った。
光が水を持ってくるまでの時間を、ものすごく長く感じた。何か悪いことをしていただろうか。この短くも長い時間の中で、本気で考えていた。




