31 ダンボール+誘拐
異世界交流対策課にチームとして登録されてから一週間が過ぎた。その間、異世界交流対策課からの連絡は特になかった。普通に日常を生活していただけだ。
そして、一週間前と同じように僕の家の掃除を終えた。今回は特に不審物の類は見つかっていない。その代わりに光の家の玄関前で宅配物を受け取った。
「……」
今回の荷物はダンボールだった。送り主に名前がないのは前回と同じである。
さて、今回は中の品物に食物と記入がある。ちょっと振ってみた。何かが転がった感触がする。丸いものが入っているのだろうか。
これ以上は、何が入っているか開けてみないと判別できない。
「光」
先に玄関に上がっている光に声をかける。
「何が来たの?」
僕が手に持っている箱を見ている。
「さあ?」
「む?」
光も少し不審に思っているのだろう。似たようなことが最近あったばかりだ。
「開けても大丈夫かな?」
こんな会話も似たような状況で、最近あった。
「……光のえっち」
なので、こちらも同じ返しをしてみた。
間近で感じるには強く感じる風が、鼻先を一瞬で通り過ぎた。何が起きたのか、すぐに判断できなかった。
「大丈夫かなって聞いてるんだよ?」
光が、笑顔でにらみをきかせていた。
先ほどの風は、こちらが感知できないタイミングで、ダンボール箱を振り回した影響らしい。もう少しずれていたら、直撃していた。この流れを続けるのは危ない。
「……大丈夫だと思う」
異世界交流対策課とは連絡手段があるし、わざわざこんな方法で何かを送ってくるとは思わない。この方法では、何かあった時に不特定多数の人間に精霊のことを知られる危険性がある。そんな危ないことはしないはずだ。
「そう」
そう言って光は、箱の開封のためにダンボール箱を床に置いた。近くに、もともと準備してあるハサミで手早く開けていく。
特に警戒していなかった。二人とも楽観していたのだと思う。だから、それが予想の範囲内であっても対処のしようがなかった。
開けたダンボール箱から水色の光が漏れたことに判断が遅れた。
「……またか」
光がまた、目の前から消えた。
呆けているわけにはいかない。まずは、ダンボール箱をリビングに運ぶ。
「美智子さん」
「はーい」
返答は、キッチンから聞こえてきた。美智子は、作業をしながらこちらに顔を見せる。
「ちょっと、光と出かけてきます」
「あら、デート?」
光と出かけると言うと、いつもこの反応が返ってくる。いつものやり取り。だが、いつもならば光から「違う」という趣旨の返答が加わるのだが、今はそういうわけにはいかない。
「違います」
とりあえず、僕のほうからいつものやり取りを返しておく。実際に光と出かけるわけではないし、嘘をついてはいない。もっとも、光と出かけると言っているのが嘘なのだが。
「あまり遅くならないでね。後、帰りにお買い物をお願いしたいんだけど、いい?」
「いいですよ」
「メモを書くから少し待っててね」
これでとりあえずのアリバイは作れるだろう。後は、テンカを引っ張って来て、裕也に連絡を取って、異世界交流対策課に確認を取る必要がある。
後の予定を考えているとメモを書き終えた美智子が出てきた。
「はい、お願いね」
「分かりました。いってきます」
僕は、すぐに部屋を出た。まずは、寝ているはずのテンカのところだ。
ちなみに、ダンボール箱の中身は、梨が並んでいた。
◇
僕たちは、車に乗って山道を進んでいた。
車に乗っているのは、僕、裕也、テンカ、由紀音、トリムと初対面の人物と精霊がいた。
「長谷川真です。よろしくお願いします」
「真のパートナー、ハミュっち」
自己紹介は、そんな風に簡潔に済ませた。
運転席にいるのは真だ。助手席には由紀音が座り、後部座席に僕と裕也が座っている。テンカとトリムは、後部座席側の空中に浮かび、ハミュは、車の天井にぶら下がっている。
ハミュの動物型は、蝙蝠に近い姿だった。そこから考えれば、天井に位置取るのは自然なのだろう。
今は、精霊の住む場所に向かっている。
「今から向かっているのは、岩の里です」
由紀音に簡単に説明をしてもらう。
「岩っすか?」
「愛称みたいなものです。岩肌に囲まれたような場所にありますので、そのように呼んでいます」
「そこに光がいるんですね?」
異世界交流対策課の知るところでは、その可能性が高いと言う。
「魔力の流れを見たところでは、その可能性が高いです」
「反応もそっちから出てるな」
由紀音の言う可能性を裕也が補足する。
反応というのは、魔法アイテムの反応だ。
先日の、異世界交流対策課との接触(誘拐)があってから、できる限り魔法アイテムを身につけるということに相談して決めたのだ。学校で付けているわけにはいかないため、基本的には帰宅してからか、休日ということになる。その効果が早速出たわけだ。
光が身につけている魔法アイテムは、二つある。〈風のささやき〉と〈築城の白銅〉という魔法アイテムだ。
〈風のささやき〉は、前回の件でセリアにもらった物をそのまま使っている。
〈築城の白銅〉は、身体強化の魔法アイテムだ。効果時間は、三十分から五十分程度になる。先ほどのダンボールビンタもこれを使ったからこそ、威力が出たのだと思う。
〈風のささやき〉は、連絡用に身につけている。携帯が使えれば、そちらを使うことになると思う。〈築城の白銅〉は、ネックレス型のアイテムで自分の身を守るために使用する。両方とも非常用として使うのが前提だ。
裕也も〈風のささやき〉と〈築城の白銅〉を身につけている。ただ、裕也の〈風のささやき〉はイヤリング型だ。イヤリング型と指輪型の違いは、固定電話の親機と子機ぐらいの違いがある。裕也の〈風のささやき〉のほうがいろいろと機能が詰まっている。
裕也の言う反応というのは、〈風のささやき〉の反応を指している。指輪型の反応を感知するのもイヤリング型の機能だ。そいう役割があるため、僕も〈風のささやき〉の指輪型を身につけている。
「岩の里では市ノ組という団体が、里の意思決定をしています」
異世界交流対策課で監視しているとは言え、ある程度の行動は、精霊側で決めることができるようだ。
「その市ノ組は、世界に出ることに積極的で、人型で結界外に出ることも頻繁に申請しています。今回の荷物は、その時に出されたものでしょう」
「その市ノ組ってのは、そんなことをするような団体何すか?」
「どちらかというと強行的な考え方をしています」
「規制するわけにはいかないんっすか?」
「規制するにしても罰則が決められませんし、精霊は基本的に自由です。人間とは考え方が違います。こちらの世界では、それが通用しないと何度も言っているのですが、なかなか妥協を引き出せません」
ここで由紀音の表情が、影を帯びて曇る。
「それと、今回の事は、私のせいでもあります」
「何がですか?」
これにはトリムが代わりに答えた。
「この前の間違ったです。それを正しいと思ったです。だから真似されたです」
一週間前の光がさらわれた事を言っているのだろう。それが、どういうわけか、正しいこととして伝わってしまったということだ。
「本当に、ごめんなさい」
「由紀音のバカです」
「……」
それを聞いても責める気はなかった。責めるよりも光のことが心配だった。
市ノ組は、正しいと思って光をさらった。となると基本的に間違ったことはしないのだろう。間違ったことをしないのならば、そこまでひどい状況にはならないはずだ。
問題になりそうなのは、前回のことを真似されたところだろうか。
「……この前のことを真似したということは、この後の流れも真似されているのでしょうか?」
「それは、ないと思います」
「だといいです」
否定する由紀音とそれを希望的観測だとするトリムの答え。この後について、意見が割れてしまっている。最悪の場合を考えると一応、心配しておくべきだろうか。
「仮に戦闘になった場合は、裕也のことをお願いします」
「そうなったら足手まといだから、しょうがねえなあ」
裕也は、お手上げを示すように肩をすくめた。
「そっちは任せるっち」
僕の願いにハミュが、応じてくれる。
「ただ、岩の里の連中は、みんな武闘派っち。仮に戦闘になったら、数で押し切られるかもしれないっち。その場合は、いったん引いたほうがいいっち」
「その場合は、僕一人で行きます」
「それは、さすがに認められません」
「光を助けたらすぐに退避しますので、心配はいりません」
「でも、実力者もかなりいます。武野君にどんなに実力があっても、一人で里の実力者たちを相手にするのは無理です」
「……」
前回のビルでの一件で見せた実力だけだと、無理だと判断されているのだろう。ここで実力を見てもらうわけにはいかないし、このままだと平行線だ。
「その辺は、実際に現場で決めないっすか?」
裕也が見かねて妥協案を提示する。
「そうですね」
とりあえずといった風体で、由紀音がそれに頷いた。
「そもそも、市ノ組の目的は何なんっすか?」
裕也が、そもそもの原因を問いただす。
僕は、光を助けることに意識がいっていた。ちょっと前かがみになっているかもしれない。
「先ほども少し話に出ましたが、市ノ組は世界に出ることに積極的です。具体的には、里を広げることを考えています」
「市ノ組的には、今の土地だと狭いんすか?」
「そんなことはないはずです。精霊が増えることもほとんどありません」
「そうなると、世界進出といった考えなんすかね?」
「そんな所なんでしょう。岩の里にいる精霊は、探索者出身のものが多くいます。探索者は、世界を旅することを役割としていますので、一か所にとどまり続けるというのは難しいのかもしれません」
結界外での活動をしたいということなのか。精霊は、基本的に自由だということだからそういう欲求には素直に従って行動しているのが普通なのだろう。
「それと誘拐と、どう繋がるんすか?」
「そこまでは私では何とも言えません。長谷川さんは、どう思いますか?」
ここで由紀音は、運転をしている真に話を振る。
「市ノ組は、武闘派が多いというのは先ほどハミュから出ましたが、そこに関係があるのではないかと思います」
「と言いますと」
「何かを成すにしても、まず力が重要視される傾向があるように思います。そこから考えると武野君を狙っているのではないでしょうか?」
「狙う?」
「課長から聞きましたが、武野君はかなりの実力をお持ちだとか」
「……そうみたいです」
前回の件は、全く攻撃能力を見せていないのだか、それだけでどんなふうに伝わっているのだろうか。
「具体的にどんなことをしたいのかは分かりませんが、市ノ組は力を求めていると思います。それを動機として、今回のことを計画されたのではないかと思います。武闘派として、力に訴えかけることをやりかねないと思います」
「武闘派、ね」
裕也が、含みがあるように口にする。情報屋を自認している裕也とは対極に位置する存在だ。この状況を裕也自身はどう思っているのだろうか。
由紀音が、僕と裕也に視線を向けて口を開く。
「まずは、岩の里でどういう対応をしているかを確認しましょう。市ノ組も話を聞かないものばかりではありませんし、案外話し合いで何とかなるかもしれません」
いろいろと不安な点もあるが、結界に近くなったら里と連絡を取るということで話を進めていく。




