28 封筒+転送魔法
テンカがこちらに居着いてから、最初の休日となった。
だからといって、何か特別なことをするわけでもない。いつも通りに過ごしている。そして、休日となると僕の家の掃除をするのがいつもの日課だ。
ほとんど光の家で過ごしているから、特に目立った汚れはない。寝て起きるだけの場所になっている。だから、掃除自体はそんなに時間がかからず、午前中に終わってしまう。
「で、なんでこんなものが出てくるの?」
光が、僕を問い詰める。
家の掃除は、光と僕で手分けして行なっている。だから、ここに光がいるのは不思議なことではない。
ちなみにテンカは、卵型で眠っている。機能停止という意味ではなく、睡眠という意味で。日の当たる暖かい場所を探して、空中を浮かんでいる。戦闘以外にやる気が起きないらしく、ほとんどの時間を寝て過ごしている。
「zzz」
日常生活でテンカのことを聞かれた時は、キーホルダーと言って誤魔化している。浮かんでいるところを見られると厄介なので、いつもは浮かばないように言っているが、僕の家にいる時だけは浮かんで良いことにしている。テンカにとっては浮かぶことが普通なので、浮かばないことは苦しいのだそうだ。
「置きっぱなしだったからです」
それで僕はというと、光に追及されている。
今は掃除も終わり、二人でリビングにいた。ソファに腰掛けて、それぞれ対面している。
「どうして?」
「……忘れていたからかな」
全面的に僕が悪いことをしているので、強い調子にはなれない。
いつも通りに掃除をしていたはずなのだが、いつもはないものが光に見つかり、いつもとは違う日課になりつつある。
「いつも目にしないような場所に置いてしまったから、というのも理由ですかね」
僕が普段使っていると言える場所は、自室と玄関と便所と洗面所ぐらいしかない。それ以外の場所は、こういう掃除の時ぐらいでしか利用していないのだ。掃除で利用というのも変な話だが。
それが見つかったのは、リビングだった。ソファの上に置いてあったので、目立つこと間違いなしだった。
「ほとんど一緒にいるはずなのに、全然気付かなかったなあ」
「ハハハハ……」
何も言えなくなると自然と笑ってしまうらしい。いらない体験をしているような気がする。
「なんで届いた荷物を、そのまま放置してるのよ」
光は、呆れていた。
「本当に印象に残っていなかったんだ」
話題になっていたのは、三日前に届けられた宅配物だった。別に見られたら困る物とか、隠していた物とかが、見つかったわけではないです。
宅配物は、封筒の形をしていた。書類や本のような物が入っていると推測される。結構な厚さがあるので、それなりに重さもある。
「送り主の名前はなしだね」
「ポストに入っていただけだしね」
送り主の名前はないが、届け先の名前はしっかりと記入されている。そこには間違いなく「武野浩一」とある。
封筒をにらみつけて、光が困った表情をしている。
「これって、開けていいんだよね?」
「いいと思うよ」
僕がそう応えても、一向に手を動かさない。
「誰かが浩一の名前を借りているとかないよね?」
「……」
世間一般的に見れば、僕は一人暮らしということになる。だから、家族に知られたくない物を送ってもらうのに、届け先として便利な立場なのだ。届け先を僕にして、後で本当の届け先の人物が取りに来れば、知られる可能性は低くなる。裕也からそういうことを頼まれたことがあるし、そういう話を持ちかけられたことも何度かあった。
ただ、今回は大丈夫だろう。
最近は、裕也からそういった話は聞いていないし、持ちかけられた話はすべて断っている。
「ないはずだよ」
「変なものが出てきたりしないよね?」
ずいぶんと疑り深い。何を心配しているのか。
「……光のえっち」
光が心配しているのは、そっち方面なのだろうと思い、ちょっとからかってみる。
裕也から頼まれた時も、実際にそういう本の類だったこともあるらしい。裕也もいったい何を頼まれているのか。
変化は一瞬だった。
「そ、そんなんじゃないからー!」
光の手元が大きく振られる。封筒を握った手が、そのまま高速で迫ってくる。
「ぐはっ!」
僕は、それを横っ面に受けてしまった。装備品(封筒)で射程も威力も上がっていて、目測を誤ってしまった。少しの間、ソファにうずくまることになった。
「へ、変なことを言う浩一が悪いんだからね」
顔を赤くした光は、乱暴な手つきで封筒を開け始めた。
封筒を開けて、そこから出てきたのは、書類の束のようだ。僕から見えるのは裏側なので、ただの白紙だ。
「あれ、これって……」
光の言葉は、そこで途切れてしまう。自分の意志でそうしたわけではなく、強制的にそうなってしまった。
一瞬だけ、部屋の中に水色の輝きが走り抜けた。
その後、光の姿は忽然と消えた。書類だけが、その場に無造作に落下する。
書類の一番前にあったのは、魔法陣だった。
◇
目の前から、光が消えた。
すぐにテーブルを回りこみ、光の座っていたソファの状態を確認する。
光の手にあった書類が、床に投げ出されているだけだ。その書類の表紙には、魔法陣が描かれている。
「どこかに飛ばされたな」
テンカが、僕の隣まで浮遊してくる。魔法の発動に気付いて、目を覚ましたのだろう。
単純に考えれば、そういうことになる。それ以外の要因は、思い当たらない。
床に投げ出されている書類を拾い上げる。
向かい側からテンカも書類を覗き込んでいる。
「魔法式は、崩れているな。一回だけの使いきりだったんだろ」
魔法陣の描かれていたのは、紙とは別の物だ。それは、厚みのある板のようだった。多少の柔軟性があり、力を入れれば曲げることも可能だ。そこに黒いインクで魔法陣が描かれている。インクに何か仕掛けがあるのか、板のほうに仕掛けがあるのか、見ただけでは判断がつかない。
その板の下には、普通の紙でできた書類が、束になっていた。枚数は多くない。
「何が書いてある?」
テンカに、こちらの世界の文字は読めない。興味を持っているのならば、ちゃんと説明してやる必要があるだろう。
まず書いてあったのは、異世界交流対策課という組織の名前だ。
これは、その組織が送って来た物のようだ。組織の内容についての記述は特にない。名前があるくらいだから、しっかりとした組織なのだろう。それを推測することしかできない。
次にあったのは、僕たちの行動についてだ。
文化祭中にあったことが、調査結果として記述されている。隠していたわけではないから知られても仕方がない。ただ、何も知らない人から見れば、記憶にとどめることもないような行動だったはずだ。それをしっかりと拾って、集めている。魔法や魔力についての知識もありそうだし、こちらがどんなことをしたのか、向こうは確実に知っているだろう。そのうえでこれを僕の所に送って来たわけだ。
そして最後に、僕に組織の下に入り、従うように記されている。
そんな内容をテンカには伝えた。
「ずいぶんと挑戦的じゃないか」
「そうか?」
「こっちの実力を知った上で従えって言ってるんだ。挑戦でなければ何なんだ?」
テンカは、嬉しそうに上下に揺れている。
「で、相棒。光さんはどこに飛ばされたんだ?」
「特に書かれてない」
一通り目を通したが、書類には場所に関する記述はなかった。どこかの場所を示せば、それだけ情報を得やすくなる。組織の関係上、そういうことには気をつけているのかもしれない。
僕は携帯を取り出して、裕也に連絡を取った。
「何だ?」
電話に出た裕也に早速用件を伝える。
「手を貸してほしい」
「分かった。すぐにそっちに行く」
裕也は、何も聞かずに応じてくれた。
裕也が来るまでに、こちらも外に出る準備をしておく。つまらない事態になっていなければいいのだが。




