26 =祭は終わり、英雄は日常に戻る。
蜘蛛が欠片となって消え、周囲の状況が落ち着いて、今は西校舎の屋上に集まっている。
「この後はどうするんですか?」
ここに集まっているのは、セリア、キュピ、フェイル、ヘレ、テンカ、僕、それと暴走していた精霊だ。精霊たちは皆、小型の状態になっている。
「ん〜、結界の処理をして、帰るだけかな」
セリアは、暴走していた精霊を抱きかかえながら微笑んでいる。
「フェイルとヘレもそれでいいかな?」
「いいよ」
「まあ、いいんじゃない」
セリアの問いにフェイルとヘレ、両者ともにうなずきを返す。
「ずいぶんと急ですね」
ちょっと急ぎ過ぎな気もする。
「この世界からしたら、私たちは招かれざる客だからね。長居しないにこしたことはないよ」
「セリア、俺様も一緒に連れて行ってくれ」
テンカが、ふわふわと浮いて、セリアの隣へ移動する。
「テンカもいいの?」
「体の調子がどうにも悪いからな。もうちょっと、しっかりとした仕事をさせないとだめだ」
どうやらクラムに体を見てもらうつもりのようだ。
「……そうか」
テンカも帰ることになると、ここに残るのは、僕だけだ。当たり前のことで納得はしているが、何かさびしく感じる。
「向こうで落ち着いたら、結果報告を兼ねてまた来るからね。光と裕也にもよろしく言っておいて」
「分かりました」
セリアの足元で魔法陣が輝きだした。桜色の魔法陣の輝きが明滅している。その輝きに合わせて、周囲の景色が、色彩が変わっていく。だんだんと現実に書き換えられていくようだ。
「それから魔力は一気に使わないように。多かれ、少なかれ、体に影響が出るんだから。加護が使えても、危険なことはしないように。あと、基礎体力は付けなさい。加護を使った時の衝撃とか、結構無視できないんだから。あと、食事は……、光がいるから大丈夫か。ほかには……」
この人、結構過保護だった。まだ何か言いたそうだが、このままではいつまでたっても終わりそうにない。
「また来た時に、いろいろ教えてください」
「そうだね。そうする」
魔法陣の輝きが、桜色から水色に変わる。魔法陣の模様が、式が、瞬く間に書き換えられる。
「それじゃ、またね」
「キュ!」
「ば~い」
「またー」
「ふん」
それぞれに、それぞれの別れを言葉にして、皆は僕の目の前から消えていった。
背後から風が吹いた。それといっしょに祭の喧騒が響いてくる。放送では、どこかの出し物の宣伝文句が流れている。
思わず、その場に腰を下ろしてしまった。
「……」
気づくと足が震えていた。腕を上げてみるとかすかに手も震えている。
結構、きつかったみたいだ。
実際のその場では、全く平気だと思っていた。だけど、終わってみれば何ということはない。人並みに怖かったのだと思う。
先ほどまであったことを思い返す。
大変ではあった。怖くもあった。
「……でも、つまらなくはなかった」
いつもどこかに抱えていた、何とも言えない虚無感、それは感じなかった。単純に自分の全力を出せたからだろうか。今まで抑えるつもりはなくとも、抑えてしまっていたのだろう。自分に与えられた力の源泉を。それを十分に使うことができた。こんなになったことは、今までの記憶の中にはない。初めての経験だった。
向こう側に、僕がやる気になれることがあるのか。
一瞬、そう思う。だが、それをすぐに打ち消す。
全力を出せる舞台が、向こう側にあるのだとしても、こちら側が何の価値もないわけじゃない。何もない日常だからといって、何も得られなかったわけじゃない。スリルや充実感を求めていたわけではない。
「……」
戻るために足に力を入れる。立ち上がる。
まだ、少し震えている体を無理やり伸ばして、屋上から立ち去るために歩きだす。
◇
文化祭も残すところ、後わずかとなっている。
屋上から見下ろすグラウンドの様子は、キャンプファイヤーのための準備が進められている。これから後夜祭で点火されるものだ。
その周囲の屋台からは、最後とばかりに値下げ合戦が始められているようだ。買い求める客の姿が、まだまだ見える。
空は日が落ち始めて、赤く色づき始めている。まだ明るいと歩く足取りを祭りに向ける者と帰宅するために家路へと向ける者が、通路の上を入り乱れている。
校舎の壁面に張り出されていた広告は、そのほとんどが取り払われていた。処分が決まっている物は、キャンプファイヤーで燃やす燃料がわりにグラウンドに集められていた。取り払われていない物は、また使用するのか、だれかが引き取るのだろう。
空を見上げて、遠くを眺める。地平線に近づいていく太陽と、もう少しの間は青い空と、すでに赤くなり始めている地平線の近くと、薄い青で染められた列空間が浮かんでいる。この時間帯が、一番色が多彩な時だと思う。一日の終わりに、何ともいえぬ感覚がしみ込んでくる。
この屋上にいるのは、僕一人だけだ。
裕也にはすでに、解決までの事の顛末を話してある。その後、二人でいくつかの店を冷やかして回った。その途中で涼子の来襲があり、逃げるために二手に分かれてからは、まだ合流できていない。裕也は裕也でうまくやっていると思うから、わざわざ邪魔をすることもない。
裕也と別れた後、僕はクラスに顔を出した。多少手伝おうと思ったのもあるが、光にも話が出来そうならば話しておきたいと思っていた。しかし、光は忙しくて、それどころではなかった。ミスコンで準優勝の影響は、かなり大きかったようだ。光と少し話をしているだけで、いろんな方面からにらまれた。
繁盛している店の手伝いをして、いろいろ要求(命令)を受けて、お客さんが引いてきた頃合いで抜け出してきた。残りは、大丈夫だと追い出されたとも言える。
そんなこんなで今はここにいる。
「……つまらん」
また、何の意味もなく呟く。
それを合図として待っていたかのように、屋上の扉が開く。
「いたいた」
現れたのは、光だった。すでに着替えて制服を身に着けている。
「終わったの?」
「うん。もう十分だって」
そう言って光は、荷物を置いた。屋上にレジャーシートを広げていく。
「何も食べてないから、おなかがすいちゃって」
持ってきた荷物の中には、食べ物が入っているのだろう。広げたレジャーシートに腰を落ち着けつつ、荷物を覗き込んでいる。
「浩一も食べる?」
「もらう」
僕もレジャーシートに腰を下ろす。
「ヘレとフェイルは?」
「セリアと一緒に帰ったよ」
「……そう」
光の表情は、少しさびしそうだった。
「ヘレも食べるだろうと思ったから、ちょっと多めに準備してきちゃったんだよね」
「ヘレの分くらいは食べられるよ」
「それじゃあ、よろしく」
そう言って光は、いろいな料理を並べていく。
「帰ったっていうことは、全部解決したの?」
「そうだね……」
そのまま食事をしながら、事の顛末を聞かせていく。
話をしていくと、そのまま文化祭中の出来事を二人で話していた。裕也があの時どうだったとか、ミスコンで会長さんがすごかったとか、うちの学校には猫が結構いるとか、あのお店の味は良かったとか、変なお客がいてちょっと困ったとか、たわいもないことをいろいろと話していく。
そんなことをしていると、後夜祭開始のアナウンスが流れてくる。赤く彩られていた空は、半分を夜空に変化させている。
グラウンドから炎の燃える光と音が伝わってくる。その中に軽快な音楽と生徒たちの喧騒が、混じり合っていく。文化祭の終わりを惜しむかのように、文化祭の終わりを盛り上げるかのように。
今回の祭りは、もうすぐ終わりだ。
◇
ある日の朝。
登校する生徒たちの姿がある。
その中に、日常の風景からもれずに、英雄とその友人たちの姿がある。
そんな彼のかばんには、あるものがかけられている。
一見すれば、ただのキーホルダーだろう。
丸い形の竜の頭をかたどったキーホルダーだ。
そんなちょっとした変化も内包して、日常は平穏に過ぎていく。
読んでいただき有難うございます。
一応、第一話と言うか、第一章と言うか、第一部と言うか、今回で一事件の解決までとなります。『ものの入れ替え』という、なんてことのない事件ではありますが、これが人間ばかりを対象にしていたらば、大変な事態になったんでしょうかね。
昔からファンタジーものは、かなり好きです。ファンタジーを題材にしたものと言うよりは、ファンタジーそのものが好きという感じです。
この話は、現代ファンタジー的な舞台で書いてみたくて書き始めたのですが、うまくいっているのか不安があります。こういうジャンル分けにはあまり関心がなく、大体でしか判断できません。それっぽいものとして納得していただけると良いのかな、と思います。
書いたものを読み返して思いましたが、「風呂」という言葉を思った以上に使用しています。不思議です。なぜ、こうなった?
今後も宜しくお願い致します。




