25 全力+鎖
泣いている。
ここではないどこかで、僕はそれを眺めている。
誰かが、泣いている。
小さな女の子がいる。
顔を俯けている。
両手であふれる涙をぬぐっている。
僕には実感がない、感覚がない、感触がない、あやふやな中でそれを見つめている。
女の子の前には動物が、寝転がっている。
犬だろうか、猫だろうか、焦点がうまく合わせられない。
寝転がっている動物は、赤く染まっていた。
それを目の前にして、女の子は涙を流している。
僕には近づくことも、目をそらすこともできない。
記憶の再生。
今までにも何度かあった。まるで写真のような、録画のような、断片的な記憶の再生。
これは過去にあった姿なのだろう。その時に、どんな事があったのか、今の僕には思いだせないけれど、あったことは間違いないのだろう。
視界が狭くなっていく。
この場所から意識が遠くなっていく。
あの時の僕は一体、どういう事をしたのだろう。泣いているあの子に何をしてあげられたのだろう。
◇
全身に温かさを感じる。陽光とは異なる、すごく近くからの熱源のような、それでいて暑いとは感じない。
目を開けると、すぐ近くにセリアの心配そうな顔があった。
「大丈夫?」
視界に映るセリアは、両手の掌をこちらに向けている。何かの魔法を使用しているのだろう。僕の周囲にも薄い光の膜が、目に映る。
「意識は、それほど途絶えていなかったけど」
セリアの言葉から推察すると、そこまでひどい状態ではないらしい。少し体を動かして、どこかに不具合がないか確認してみる。
「急に動かないで、出血もしているのだから」
視線を自分の体に向けると確かに、ところどころに出血が見られる。体の痛みからすると、背中を打ち付けているのが一番大きいようだ。体の至る所で熱を持っているのが分かる。
でも、一番熱を持っているのは、体の内側だった。体の中心。心臓のごく近く。人が心を示す時に指し示す場所。
僕はセリアの言葉を無視して、体を起こした。
「やる気なの?」
セリアは、心配そうな顔で、同時にこちらの状態を確認するようににらんでくる。
「すぐに終わらせればいい」
僕は、体の熱に突き動かされるようにして言葉を返した。痛みなんて気にならない。寝てなんてしていられなかった。
僕がいるのは、崩れた校舎の内側だった。その壁と天井は、ほとんど崩れてしまい、外にいるのと変わらない。気を失う前は、屋上から精霊に跳び移っていたから、すぐ近くの校舎だろう。
暴走した精霊は、テンカと組み合っている。その周りでヘレとキュピが牽制し、うまく気をそらしているようだ。
「仕方がないわね。サポートはしっかりやるから」
「すみません」
セリアは苦笑いをして、すぐにキュピのほうへと向かっていった。
僕は、一つ深呼吸をした。
体の状態から言えば、本当は動いちゃいけないのだろう。でも、どうしても、これは引くわけにはいかないと思った。思ってしまった。そう決めてしまった。理由はいろいろあるけれど、決めてしまったからには動いちゃいけないなどと言ってはいられない。
「さてと、面白くしにいきますか」
少しだけ気合を入れて、一気に校舎から飛び出す。
翼を作り出し、空を舞う。
暴走した精霊は、視線をこちらに向けた。こちらにすぐに気づいたようだ。むしろ先ほどのことから警戒しているのかもしれない。
「テンカ!」
「おうよ!」
テンカが体勢を変え、暴走した精霊に肉薄する。
その間に僕は、どうやって対応するか考える。その思考に勝手に体が反応する。
手の平に小さな球体が現れた。レーダーとして機能する加護だ。これの機能を暴走した精霊に集中させる。球体内に表示される光点が、暴走する精霊のみを詳細に表示させた。
肉体の輪郭線、魔力の集積地点や流れを細かに描き出す。その中に気になる魔力の光点が三つ存在した。一つは体の中央近く、胸に該当する部分にあり、残り二つは頭の近くに存在する。
「…」
一番大きい魔力は体の中央のものだが、質で言えば頭の近くにあるものも劣ってはいない。もしかしたら、ここを攻めるべきなのかもしれない。
手にあるレーダーを消す。
そして、そこから急旋回しながら暴走する精霊に近づく。自分の体の状態からも時間をかけられないだろう。一気に仕掛ける。
暴走した精霊が、身じろぎする。尾から糸のようなものを周囲にいる者に向かって、乱雑に噴射する。
それを僕は、剣を出現させ、さらに剣から黒い斬撃を飛ばして叩き落とす。僕の加護は、戦闘にかなり有利だ。頭では理解できていないが、体で覚えているということだろうか、今ならば限界まで進める気がする。
一直線に精霊の目前まで到達し、すぐに魔力を引き出す体勢に入る。今度の狙いは、頭部からだ。
片手を前に突き出し、すぐに魔力引き出しの作業に入る。すると、精霊が苦しみだした。目の前の表情はとても苦しそうだ。頭を振り、体を振り、所構わずに暴れ始める。
今度はそれに振り回されないように精霊に合わせてこちらも体勢を変える。集中して一気に引き出しにかかる。重い感触を一気に引きずり出す。
魔力を塊として体外へ出すこと、そのイメージは漠然としていたが、少し形になって来た。取り出すべき魔力が僕の感覚の中に、手の中に収まり、全体像が把握できてきている。余分な部分への感覚は完全にカットし、塊へと集中させる。塊に干渉しようとする力も、こちらから無理やりにカットしていく。こちらが制御できるように整えていく。完全に把握できれば、すぐに終わりだ。
「一気に行く」
完全に把握した魔力を一息に引き出す。
暴れていた精霊が、不思議なほどおとなしくなった。その機に乗じて一気に塊を引き出した。引き出しつつ、精霊から離れる。
引き出した魔力は、空中ですぐに霧散する。何かに利用するためではなかったから自然とそうなるのだろう。
精霊のほうはどうなるのか。緊張して見守ると、体の輪郭が溶けるようにあやふやになっていく。黒い体の表面が水滴のようになり、少しずつ重力に引かれるようにしてゆっくりと流れ落ちていく。
最初に輪郭を失ったのは頭部だ。その頭部から何かが現れた。白い球体のように見える。
僕にはすぐに反応できなかったが、セリアにはすぐに判断できたようだ。
「キュピ!」
キュピに指示を出して、白い球体へ向かわせた。
キュピは巨大鳥の姿から人の姿へと変化して、それを両手で抱えてセリアの元へ飛んでいく。
僕もそれを追って、セリアのいる屋上へ向かった。戦闘の直接の影響を受けていない校舎も、その外側は余波でかなりのひび割れが目立っている。
セリアは、キュピの回収した白い球体を覗き込むようにしている。セリアの足元に魔法陣が、展開されている。白い球体の様子を見ているのだろう。
「それは?」
「精霊だよ」
セリアの答えは簡潔だった。
よく見てみると球体は、完全な球ではない。羽毛のようなものが生えているし、嘴のような尖ったパーツも足のようなものも見える。キュピの小型の時の姿に似ているだろうか。
「この姿が、この子の本来の姿なのでしょう」
「大丈夫なんですか?」
「特に問題はないみたい。しばらくはこのままでしょうけど、自然に回復するわ」
そんな診断をセリアがしていると、ヘレも集まって来た。
「それで、あっちはどうなるの?」
グラウンドで、いまだ形を保っている黒い塊を指し示す。精霊がこちらにいるのだから、あちらは抜け殻ということになるのだろう。
セリアは、少し考え込んでいる様子だ。
「暴走をこういう形で止めた経験は私にはないのよ。聞いたこともないし。だから、あれがどういったものなのか、分からないわ」
抜け殻は、元の形を失いながらも一か所にとどまっている。
「どう対応するかも少し調べてみてからでないと。危険があるかもしれないし」
「……」
それを聞いて僕は、レーダーを作り出した。これは、いろいろと探るのに便利な能力だと思う。
対象を抜け殻に指定し、それの情報を映し出す。物体としては存在しているし、魔力を内包しているようでもある。ただ、先ほどよりも生物のような細かな流れが少なくなっている。鼓動というか、血流というか、そういったものがなくなっている。本体の精霊が抜けているのだから、そうなるのかもしれない。
「……魔力の塊という感じだけど、あの状態から何か変化が考えられますか?」
「その魔力がどんな目的で形を持ったのかによるかな」
「目的?」
「魔法を使った時にも、そのすべてを使用できずに魔力が残ることがあるの。使用されなかったとしても、その魔力も目的に合わせた指向性を持つの。例えば、火を使うために集めた魔力は、自然と熱を持つし、何かを切るために集めた魔力は、触れると痛みを感じるし、残っている魔力量によっては実際に切れもする。だから、あの魔力の指向性は、どんな目的を持ったものだったのかである程度の推測ができるの」
どんな魔法があったか、ちょっと考えてみよう。
「空間を繋げたりとかもしてたわね」
「……何か飛ばしたりとか?」
「壁に張り付いたりとか」
「……あれも魔法なのか」
まだ巨大化していなかった時に、そういう行動をとっていた。
「空間を繋げるのは、物の入れ替えのためだったわね」
そうだった。それで僕と光は、異世界のミストロックと入れ替えられている。
「……入れ替えといえば、最近もともとあった物が消えて、別の物が置かれていることが、ニュースとして取り上げられていた」
「仮にそれが目的だとしたら、放置はできないけど」
セリアが真剣に考え始めている。
そんな事を話しているうちに、レーダーに変化が現れた。抜け殻の中にある魔力が鳴動を始めている。
目を向けてみると抜け殻の輪郭が、固まってきているようだ。体長は、半分ぐらいまで小さくなっている。もともとの大きさが巨大だったため、それでもまだまだ大きい。姿も変化している。虫っぽいことに変わりはなく、蜘蛛のような姿に近くなっている。
その蜘蛛の周りに魔力の動きがある。
「なんか、やばそう?」
隣でヘレがそうつぶやいた時、すぐに動くことにした。
「テンカ、ぶっ飛ばせ!」
「おっしゃあ!」
ずっと抜け殻の前に腕を組んで陣取っていたテンカが、蜘蛛に向かって腕を振り下ろした。嬉々として振るう拳が、奇声を上げる。
ものの見事に反対側の校舎へと蜘蛛が吹っ飛ばされた。
その勢いで校舎が中央部分から盛大に崩れ、がれきとなっていく。
しかし、蜘蛛はそこから強引に抜け出て来た。簡単に吹っ飛ばされたように見えたが、あまり影響はないらしい。
がれきから抜け出た蜘蛛は、体を縮こまるように後ろに引き、勢いをつけて跳んだ。上方へ向けて大きく跳んでいる。
蜘蛛の体が、少し小さくなったように見えた高さで上昇は止まる。そこから、重力に引かれて落ちてくる。
落下地点は、おそらくテンカのいる場所。
その落下を、動きが鈍重なテンカでは避けられない。
「ぐぅお」
テンカのうめき声は、蜘蛛の落下の音と衝撃でほとんど耳に届かなかった。
蜘蛛は、テンカの上に覆いかぶさり、黒い液体のようなものを体から垂らしていく。それは、瞬く間にテンカの体に巻きつき、拘束していく。
それが終わると蜘蛛は、足を縮めて再び上方へ向けて大きく跳んだ。
今度はこちらに向かって落ちてくる。
考える間は、一瞬しかなかった。
僕は腕を上げ、手の平を蜘蛛に向けた。
「下がって!」
誰にともなく声をかけ、手の平から蜘蛛に向かって魔力を一気に放出する。
放出した魔力は、黒く光る柱のように蜘蛛に向かって一直線に進み、落下してくる蜘蛛を押し返した。
押し返されて体勢の変わった蜘蛛は、地面に背中側から落下するが、すぐに起き上がる。痛みを感じていないように見える。変わった動きは見られない。
何にしてもあれを何とかするしかない。
僕は、屋上のフェンスを飛び越えた。体を空中にさらして、飛行する。
「浩一、思いっ切りやっちゃって!」
後ろからセリアの声が聞こえる。
どうやらセリアも同じ意見のようだ。僕は後ろに向けて軽く手を上げて声に応え、加速した。
◇
僕が近づくと蜘蛛は、胴体から黒い塊を射出してきた。いくつもの塊を連続で射出している。
その塊を僕は、体をひねって回転するように回避する。近づく速度に緩急をつけて、ともかく当たらないように努める。当たって、テンカのようになってしまっては困る。
そのテンカは、黒い塊に体を押さえられ唸りを上げている。脱出するためにもがいているようだ。身動きが取れないだけでダメージらしいものは感じられない。
とりあえず、身動きをとれなくなるのは大変まずい。こちらからも少し距離を取り、闇の加護を細かく放出して蜘蛛の動きをけん制しつつ、攻撃していく。
蜘蛛は特に回避行動をとることもなく、攻撃を受けて姿勢を崩しながらもその場にとどまっている。こちらの攻撃がやむと再び塊を射出してくる。
ダメージを受けていないらしい。このまま続けても何も進展しなさそうだ。他の攻撃手段がないと厳しい。魔力をぶつけるのではなく、物理的な手段が欲しい。
そう考えたとたんに手の平が熱くなる。手の中に白い光が生まれていた。僕は何も考えることなく手を合わせ、その光を伸ばすように左右に腕を広げた。
僕の目の前に弓が生まれた。全身が真っ白な弓だ。それを手にして再び、蜘蛛の全体を視界に入れる。
蜘蛛は相変わらず、塊をこちらに向けて射出している。
僕は回避しつつ、狙いを定める。構えを取ると弓と手の平の間に自然と矢が生まれた。まずは一矢、引き絞り、放つ。
塊を射出しているのは、胴体上部からだ。そこを狙った。矢は、黒い塊とぶつかり、はじかれたように互いに軌道をそらした。
勢いで負けることはないようだが、蜘蛛まで届かせることはできない。
続けて構える。今度は、複数回に分けて射る。何度も続けて、放ち続ける。
数本は蜘蛛に届く前に黒い塊とぶつかりはじかれるが、弾幕を抜けた数本が蜘蛛に届く。突き刺さる。
それでも蜘蛛の動きは止まらない。
刺さった矢が浅いのか、思った以上に硬いらしい。
「ドオリャアァァァァァー」
横からテンカが、拳を振り上げ蜘蛛に突撃していく。
それを軽々と飛び跳ねて蜘蛛は、テンカの攻撃をよけていく。
テンカの体に黒い塊がところどころに見られるが、動ける状態にまでなったようだ。力技で脱出してきた。
「おい、相棒、全力を出していいよな」
「構わない」
「で、なんで相棒は全力を出してない?」
「全力?」
「なんで出し惜しみをしているんだ?」
気軽に会話をしているが、依然として戦闘は継続中だ。蜘蛛の射出する黒い塊を僕は、回避しながら、テンカは、腕ではじきながら会話をしている。
テンカの体は、内部から光を放ちながら黒い塊をはじいている。何か魔力を使用する手段を使っているのだろう。
そんなテンカからは、僕が出し惜しみをしているように見える。その理由は明らかだ。
「……僕は記憶喪失なんだ」
「だから?」
「出し惜しみも何も、昔の戦い方を知らない」
テンカの知っているのは、過去の僕のことだ。その過去と比べるとやはり、現在の僕は出し惜しみをしているように見えるのだろう。手加減をしているようにも見えるのかもしれない。それを苛立っているのか、嘆いているのか、程度は分からないが、残念に感じさせてしまっている。
テンカが腕を高く振り上げ、地面に拳をたたきつける。
「〈ブレイズウォール〉!」
拳をたたきつけた地面から火が燃え始め、地面に沿って火の道を作る。その道は、蜘蛛に向かって進み、その足元で火が地面と共に爆発した。爆発した場所からは、火の柱が立ち上り、炎となって蜘蛛の全身を覆っている。
「知らないなら、教えてやるぜ」
テンカがそういった後、その全身が白く光り輝いた。その輝きが、小さくなっていく。外側から、胸部に離れた場所から縮むように、光が集まっていく。光が集まり、握りこぶしほどの大きさになって輝きがおさまった。
そこに現れたのは、竜の頭だ。丸いボールに鉄で作られた竜の仮面を被せたようなものだった。後ろには、鎖状の尻尾が小さくついている。
それが空中をふわふわと浮かんで、僕の肩の上に止まった。
「前を見ろ」
その竜頭からは、テンカの声が聞こえる。まあ、流れから言ってそれしか考えられないだろう。テンカも普通の精霊と同じように小さくなれるようだ。
前を見ると、火の柱は収まり、周囲に燃え残りの火がところどころに見られる。
火の柱に飲み込まれていた蜘蛛は、足元近くが焼けただれているかのように溶けていた。体の表面が、重力に従って垂れている。その色は黒だが、もとから黒いためにどれほどの影響があったのか、簡単に判断できない。
「まずは、鎖を出せ」
テンカの指示が、耳のすぐそばで聞こえる。
その指示に従って、想い描く。鎖を想像する。
僕の前に光の塊が現れ、そこから二本の鎖が現れる。鎖はそれぞれ両手に数回巻きつき、背後に回り、鎖同士が接触して接合された。接合されていない側は、鏃のようなものが取り付けられている。
「俺の言うように創造しろ」
蜘蛛の攻撃が、再開される。体の状態を気にすることなく、体を縮めて大きく跳んでくる。
「ブーツ+ウイング」
上空から落下して襲いかかってくる蜘蛛から、急加速して回避する。翼だけの時には感じたことのない加速を背中から感じる。
「ブースト」
念じると体の痛みが緩和された。どうやら体を強化する闇の加護のことのようだ。
着地した蜘蛛が、黒い塊を射出してくる。
「ソード+ウイング」
それに対してこちらは、複数の剣を空中に出現させ、黒い塊を迎撃させる。それぞれ一本で一つの塊を相殺している。空中に浮かんでいる剣は、自由に飛ばすことが可能だった。
「グローブ」
僕の両手に白い手甲が生まれる。
「ソード+ランス」
続けて、手元に剣を作り出す。剣だけならば、ソードだけで十分なはずだ。そこにランスが加わると、巨大な剣が出現した。竜型のテンカが持つような大きさの剣だ。こんな大きさならば、先に手甲を出しておかないと振り回せそうにない。
「よし、突っ込め!」
浮遊する剣で、こちらに向かってくる黒い塊を相殺しつつ、速度の上がった翼で蜘蛛のもとまで向かう。
あっという間に蜘蛛の懐まで到達した。そこで巨大剣を一振りする。
蜘蛛は、なすすべなく切り裂かれるが、後ろに大きく後退するだけでとどまる。胴体が二つになったりはしない。
「すごく、硬い」
表面を切ることはできたようだが、中には全く刃が通っていない。そんな感触だった。
「ふーん、じゃあ、ぶっ叩くとするか」
こちらの攻め手は、硬いぐらいでは揺るがない。
「シールド+グローブ」
今度は、ハンマーが出現した。両手で扱う長柄のついたものだ。巨大剣はいったん消して、ハンマーを両手でしっかりと構えた。
「ぶっ叩く瞬間に、ブレイクを使え!」
再び、突っ込む。今度は上から勢いに任せてハンマーを振り抜く。
「ブレイク!」
ハンマーによる打撃に重なって、黒い魔力が衝撃となって襲いかかる。魔力の余波が波のように大気に広がる。
さすがにこの衝撃には立っていることができず、蜘蛛も体全体を地面につけた。打撃を受けた表面部分は、ひび割れるように傷が広がっている。
もう一度、同じ場所に同じ打撃を叩きこむ。
今度の衝撃は、地面にまで伝わった。蜘蛛の足元の地面がわずかに沈む。平らな地面が、歪に割れる。
それでもまだ蜘蛛の動きは止まらない。体を起こそうと足を動かす。
その動きに警戒して、いったん空へ飛び上がる。
蜘蛛の動きには最初のような滑らかさはなく、足を一本動かすのも思い通りにならないようだ。何度も力を込めているようだが、震えるだけで全く前に進んでいない。
体の表面は、硬い殻がはがれるように細かな欠片となって、地面に剥がれ落ちていく。その剥がれた後の体には、黒い淀みが見える。蜘蛛が動こうとするたびに波打つ、液体のように映るが、実際にはとても硬いはずだ。
「……あれは?」
「魔力の塊だな」
テンカも鋭い視線を向けている。
「ミストみたいなものか?」
「似ているが、全く別のものだ」
テンカが、視線を更に鋭くして言う。
「ミストは、単純に魔力の結晶だ。純粋に魔力そのものと言っていいだろう。だが、今目の前にあるのは違う。一度、加工されちまってる。魔力ではあるが、あれは誰の手にも負えねえ。負の魔力だ」
負の魔力という、その表現は、何とも言い難い感触がする。マイナスの印象を持つことしかできない。先入観を持たないように一応、確認しておこう。
「このまま、というわけにはいかないものなのか?」
「このままにしといてもいいことは何もねえ」
「……」
そうなると、速やかに退場していただくしかない。
「どうすればいい?」
「魔力で吹き飛ばすしかないだろうな」
「方法は?」
「ランス+レーダー+ブレード」
ハンマーを消して、新たに武器を作り出す。ますは長柄が現れ、その先に魔力で黒い刃が作られていく。形状としては槍に分類されるのだろうが、刃が切るための形に見える。
「魔力の槍に闇の加護を組み合わせた。こいつならば、魔力の塊でも貫けるはずだ」
肩の上に乗っていたテンカが、ふわふわと離れていく。
「決着をつけて来い!」
僕はテンカの言葉にうなずいて、蜘蛛を体の正面にとらえる。
一息に貫くために加速する。
狙いは、丸見えになっている魔力の塊。
そこに魔力の槍を貫き通す。
刃は、蜘蛛の体を見事に貫いた。
「ブレイク!」
さらに、追い打ちをかけるために衝撃を叩きこむ。
蜘蛛の体が、大きく震える。
刃を突き刺したまま、両断するために翼で加速する。
「うおぉぉぉぉぉー!」
腕にかかる圧力が、半端ではなく大きい。気を抜いたら、腕ごと持って行かれそうだ。それでも止まらない。最後まで振り抜いてみせる。
腕にかかる圧力が軽くなった時、飛ぶのをやめて滑空し、そのまま地面に着地した。勢いを付けていたので止まるまで地面を滑り、勢いを落としていく。
完全に止まってから後ろを振り向くと、蜘蛛の体が、少しずつ欠片になるように崩れていくところだった。雪がゆっくり降るように、桜の花びらが少しずつ舞うように、細かい欠片に変わっていく。周囲の光に照らされて、輝きを得ながら消えていく。
そこの部分だけを切り取って見るならば、きれいな景色を作り出していた。
「我らに負ける道理なし!」
テンカが、一人で輝きだした。
「今日の勝利は、明日への糧!」
テンカが、一人でくるくる回る。
「これにてすべて解決、一件落着。ガアッハハハハハ!」
テンカが、一人でふんぞり返っていた。
なんかいろいろ持っていかれた気がする。




