24 切り札+大怪獣
屋上から見渡す景色は、まだまだ青い空が広がっている。太陽は、中点を過ぎ、下りに差し掛かっていた。
さて、屋上には僕のほかに裕也とヘレとフェイルがいるわけだが、別に景色を眺めるためにここに集まっているわけではない。
「わっかんねぇなー」
裕也が、両手を上げて屋上に寝転がった。その裕也が寝転がった屋上には、紙片が散らばっている。紙片にはそれぞれ現在の状況や知りうる情報、結界の特性、クリアすべき項目などが記されている。情報を整理するために裕也が書き留めたものだ。
だが、それらも今はただ床に散らばっているのみ。
「決め手がないね」
手詰まりだった。
ヘレやフェイルのおかげで、魔法に関する事は知ることができる。結界に関する事は分かるのだが、そこから望む結果につなげる方法が、なかなか出てこなかった。
今の僕たちが望むことは、一人で戦っているセリアを助けること。そして、最善の終わり方にすること。
「そもそも、手持ちのカードが少ないんだよな」
裕也がふと、口にする。
「結界に入るにしても、暴走している精霊を止めるにしても、その方法が分からない。結界は解析すれば何とかなるんだろうけど、ヘレは魔法が得意じゃないから時間が必要だし、暴走を止める方法は、タケにがんばってもらうしかないが、確かなものは何もなし」
そう、結界に入る方法はある。ヘレが、今がんばっている最中だ。魔法陣を展開させて、その中心でずっと結界の解析をしている。
ヘレは、結界を再構成するためにこの結界の情報をキュピから渡されている。それを解析すれば、結界に入る方法も判明するはずなのだ。僕たちが話をしている間も魔法の解析のために身動きしていない。
暴走を止める方法は、一つだけ案があった。成功するかどうかは分からないけれど、止められる可能性はある。とは言っても、それも結界の中に入ってこそ実行できる。今のままでは何もできない。
裕也が、寝転がっていた体を勢いよく起こして、僕の顔を見る。
「何かないのか?」
「何かって」
「そうだな、例えば、今やっている魔法の解析を手助けしてくれるアイテムとか?」
「アイテム?」
まあ、そんなものがあったら今の状況では助かるかな。
「何でもいいから、何かないもんかな」
裕也はちょっと投げやりになっているみたいだ。
「……」
裕也の言葉を聞いて、思い出したことがある。いろいろと状況をつかむことばかりだったから、ちゃんと確認していなかった物がある。
自分のポケットを漁って、それを取り出した。
「なんだ、それ?」
僕の手の中にあるのは、異世界でもらったボールペンのような形をしたアイテム。
「異世界から帰ってくる時にもらった物。発信機みたいな物だって聞いたよ」
そのアイテムをくるくると、手の平の上で回してみる。どこから見ても特に変わった形はしていない。本当にボールペンのような形をしていて、ペンの頭には小さな丸い飾りがある。ペン先がないから、ペンではないのは簡単に判別できるが。
「発信機ってことは、向こうにこっちの居場所が伝わっているわけか」
「そうなるね」
答えながらも手の平の上で発信機を回していると、ペンの頭が一瞬光を放った。
何事かと判断が追いつく前に、空中に穴が出現した。そして、その穴から一塊の物体が落ちてきた。何かの力が働いていたのか、それは屋上に音もなく着地する。
「……」
落ちてきた物体は、立方体の形をしている。一辺の幅は、三十cmほどだろう。見たところ、金属でできた部品の集まりのようだ。
そんな姿の機械でできた何かが、空中の穴から落ちてきた。
『やあ、やあ』
機械の何かは、声を伝えた。
『聞こえているかな、聞こえていないかな?』
機械から伝わってきた声は、発明家の声だった。
「クラムさんですか?」
『うむ、そのとおり』
機械の箱は、電子音という感覚のない音を伝えている。まるで、その機械の中に人がいるような生きた声だ。
『こちらの作業は、とりあえず終了したよ。そちらの作業はどうかな? まだなのだろうな、当然。私の力なしで終わらせていたら、私の仕事の偉大さが伝わらん。三食しっかり食べて作業した私の能力はすごいぞ。圧倒的だ。なぜなら、ぴぎゃ』
『馬鹿の話は、9割聞き流してください』
目に見えるようなやり取りが聞こえてくる。
「普通の生活だな」
『何をいう、普段ならばここに昼寝と間食が入るのだぞ』
かなり、ゆとりのある生活らしい。
『それで、そちらは終わったのか?』
僕たちは、こちらの状況を簡単に説明した。そのほとんどは、裕也の言葉で伝えられた。
「…というわけ何すよ」
『ふむ、その暴走している精霊の魔力を外に出せば良いではないか?』
一つ間をおいてから、クラムは簡潔に示した。
「そんなことができるんすか?」
『できるか、できないかと問われれば、おそらくできるだろう。なぜならば、魔力を使用するためには一度、大気内に放出しなければならない。その後、それをどう使うかで魔力の指向性が決定され、効果が発揮される。そういう過程があるため、人の身であっても魔力を使用できるし、利用できるわけだ』
「それで、具体的にはどうするんすか?」
『無理やり奪うしかないだろう。その対象が、魔力の放出に同意してくれれば簡単だろうが、それは期待するだけ無駄だろうからな。拒否されている状況であっても、こちらが対象よりも強力に魔力を引き出せば、抗うことも不可能だ。ただ、こちらが対象よりも上位の立場でなければ難しいだろうし、対象に接近しなければ不可能でもあるだろう』
「それに関しては、タケが何とかしてくれますから、心配ないっすよ」
こちらで考えた一つの案が、それだった。僕が、精霊の体内にある魔力を体外に出してしまう。そうすれば、暴走する原因もなくなるはずだと考えた。
ただ、それが実際に可能なのかどうかは分からなかった。クラムの考えでは可能らしい。
『それは違うな。心配は、必要だぞ。いくら力があろうと、無理やりなのだから、どんな無理が生じてもおかしくない。どれだけの負荷がかかるか分からん。それに、魔力の指向も同時に決定しなくてはいかんことだ。多大な負荷がかかっている状況で、それができるのか?』
クラムの頭の中では、いろいろ考えられているみたいだ。
ただ説明されているだけの立場では、説明されていること以上のことは、すぐには想像できない。それでも、僕の答えは決まっていた。
「やります」
それだけ。それ以外にない。
「僕にできることがあって、それをできるならばやるしかありません」
僕が思うことを、僕ができることで必ずやる。光に言われたこともそういうことだと思う。
『ふむ、それならば、こちらもできることをしてやろう。なあに、感謝の言葉も礼の品もいらんぞ。ただ、わずかでは収まらないほどの讃美を、そう、天にも届き、地に降り注ぐような、ぴぎゃ』
『馬鹿の言う馬鹿なことは、聞くことはないですからね』
電撃による爆発音が、聞こえた。
◇
「準備はいい?」
そう言うのは、人の姿になったヘレ。
「いいよ」
応えるのはフェイル。僕もヘレの言葉にうなずいた。
僕とヘレとフェイルは、一か所に集まり、結界を越えるために準備をしていた。足元には、すぐにでも魔法を発動できるように、式が描かれている。そのほとんどは、ヘレの力によるものだが、心の準備は必要だ。
「朗報を待っているからな」
僕たちから少し離れた場所で、裕也が軽く手を振った。
裕也は、ここに待機だ。興味のあることは、いろいろと首を突っ込む裕也だが、かかわる時の線引きはしっかりとしている。自分の力量の範囲内でかかわるので、主に情報入手ばかりになる。それでもいろいろな人を助けているのだから、すごいと思う。
「いってきます」
僕の言葉を合図として、ヘレが結界を越えるために魔法を使った。
変化は、すぐに表れる。瞬きするほどの速さで、目の前で話をしていた裕也が消えた。そして、その代わりのように響く地響きと轟音。音に反応して振り向くと、そこには空を飛んでいる大型の鳥とそれよりもさらに大きな生物が、にらみ合うように対峙していた。
長い首と首の倍くらいの長さの尾を持ち、それらをつなぐ体はやや丸みのある平べったい体。体からは鎌のような鋭い脚が、全部で八本伸びている。体の各種は、甲冑のような甲羅が覆っている。首の先の頭はやや小さく感じるが、そこから小さな翼が耳のように伸びている。
鳥のほうは、キュピで間違いないが、もう片方の大型生物はなんだろうか。
「第二症状に進んだみたいね」
「第二症状?」
「暴走には、段階があるのよ。昨日までのが、第一症状。今見えているのは、第二症状。第二症状の最も代表的な変化は、巨大化なのよ」
つまり今の状態は、暴走の症状が進んだということだろう。キュピも十分に大きいとは思うが、今はそれよりも大型の精霊がいるせいでそれほどでもないように見える。周りの校舎と比べれば、大怪獣バトルの様相なのだが。
精霊たちの戦いを屋上から眺めながら周囲を確認する。セリアは、どこにいるのだろう。
周囲の状況をみる限り、キュピと精霊の戦闘で進められているらしい。精霊付近の校舎を含めた建物が、倒壊していたり、部分的に破壊されたりしている。まだこちらの校舎に被害が出ていないのは、精霊が空にいるキュピを目標と定めているからだろう。
周囲を観察していると、隣の校舎のほうからセリアが僕たちのいる屋上に跳んできた。
「どうして来ちゃったの」
「どうしてと聞かれると、答えに迷いますけど、来なくちゃいけない理由ができたからです」
「どんな?」
「僕個人の中に、いろいろとできちゃったんです」
僕のそんな答えを聞いたセリアは、複雑な表情をしている。実際に複雑なことを考えているのだろう。
「まあ、いいか。来ちゃったものは仕方がないね」
そう言って、僕たちのことはそれ以上追及しなかった。
「それで、ちゃんと考えてきているんでしょうね?」
「大枠については」
暴れている精霊に目を向ける。尾と頭を上下左右に揺らし、キュピを目標に勢いよく振っている。振っている尾と頭からは、黒い球が飛んでいく。
あれに取りつかないといけない。
「あの精霊の気を引いておいてもらえますか?」
「了解」
セリアは、それだけ言うと屋上からキュピのほうへ、すぐに跳んでいった。さすがに行動するのが早い。
「私は、セリアのほうを手伝うわよ」
ヘレもすぐにセリアの後を追っていった。
こちらもすぐに開始する。
「クラムさん」
『聞こえているぞ』
「それじゃあ、十秒後にお願いします」
『任せておきたまえ』
「フェイル、行くよ」
「うん」
僕は、屋上から飛び出し、能力を使って背中に翼を出現させた。その翼でグラウンドまで滑空する。
その後を獣と化したフェイルが続く。フェイルの背には機械の立方体が載せられている。
僕は、グラウンドの一角の広めの場所に足をつけた。精霊のいる場所からは、グラウンドの中央を中心にして対角線上になる。距離的にはそれほど離れていないが、これから行うことに必要な広さは十二分にある。
この場所で一度深呼吸。そして、魔力を集中する。
フェイルは、僕の立っている場所を中心にした円を描くようにして足を進めている。
その背では、機械が規則的な音を立てながら内部を発光させている。機械の放つ光は、そのまま空中を漂い、文字を、形を成していく。その形は、魔法陣として成り立っていく。
一回りしたフェイルは、そこから少しずつ内側に足を向け螺旋状に、円の中心を目指して歩いていく。そして、フェイルの歩いた後には、魔法陣が描かれ、その全体像を少しずつ現わしていく。
フェイルと僕の立つ場所が交差する間近まで来ると、機械の発光も収まった。ここでフェイルの役割は終わり、魔法陣から一足跳びで離れていく。
ここからが僕の役割だ。描き出された魔法陣に今まで集中させていた魔力を一気に流し込む。淡く光を放っていた魔法陣が、魔力を受けて一気に水色に輝きだした。十分な魔力を流し込んだら、僕も中心から離れて魔法陣の縁まで移動した。
そこにフェイルが、機械を背負ったままおとなしくしている。
「クラムさん、こちらの準備はできました」
『よし、こちらもいくぞ』
クラムの声に続いて、魔法陣に変化が現れる。一瞬、陣がブレたかと思うと中心に小さな穴が出現した。その穴の中は全体的に黒で、とても中の様子を覗くことはできない。多少の偏りがあるのか、表面に波紋が漂っている。その穴が少しずつ魔法陣の上で広がっていく。穴の広がりは、球状に膨らむようにして大きくなっていく。
そして突然、はじけた。
はじけた穴からは、巨大な物体が姿を現す。少しずつ、穴から這い出るようにして、こちらの世界へ腕を振り上げ、足を踏み出している。その巨体が現れるまでに、長い時間はかからなかった。
その姿は、竜のようである。
「ガッハハハハハ!」
そして、いきなり大笑い。ぎこちない動きで胸をそらしている。
「天が叫び、地が吠える!」
一方のこぶしを天高く突き上げる。ギシギシとこすれる音がする。
「この世のすべてが打ち震える!」
もう一方の手の平を大きく広げて前につきだす。
「驚天動地、世界最強、俺様サンジョウオオオオオ」
背中についた大きな翼をいっぱいに広げる。その拍子に細かいかけらが、いくつか落ちてくる。落ちているのは、さびだろうか。
「久しぶりだな、相棒」
それは、そう言ってこちらに顔を傾けてきた。
「……」
こんなキャラだったんだな。そんな感想を持った第一次接触。
現れたのは、僕のパートナー精霊。その名は……、
「テンカ」
「おう」
名を呼ばれて鷹揚に答える。一応、こちらの切り札だ。
「それで、あいつをぶっ殺せばいいんだな」
テンカは、目の前で戦闘をしている精霊を指差した。
「いや」
それに対して僕は、首を横に振って否定の意を示した。
「それじゃあ、ぶった切ればいいんだな」
「違う」
「じゃあ、丸焼きにすればいいんだな」
「それも、違う」
「それなら、ぶっ飛ばせばいいな」
「却下」
こんなキャラだったのだろうか。喧嘩っ早いとでも言えばいいんだろうか。これは、昔の僕の影響だったりするのか。
テンカは、頭を抱えるかのように腕を上げた。
「く〜、おまえは、変わってねぇな」
「……そうか」
特に僕の影響というわけでもないようだ。
昔の自分に対して、少しほっとする。大きな力をところ構わず振りまわして、事を解決していたわけではないことに。
「それで、どうするんだ?」
「暴走を止めたい。力を貸してくれ」
頼む役割を急いで説明する。
「わかったぜ、相棒。それじゃあ、早速、行くぜ!」
説明を聞いたテンカは、ぎこちない足取りながらも暴走した精霊に向かって一直線で進んでいった。そして、そのまま突進していく。
テンカは、勢いをそのまま精霊の体にぶつけて吹き飛ばす。
精霊は、吹き飛ばされた勢いで校舎に横からぶつかった。校舎の壁が一部崩壊したが、校舎に支えられる形になったため、すぐに体勢を整えてテンカに首を回すようにして視線を向ける。
テンカと精霊の大きさは、高さではそれほど差がないように見える。しかし、精霊の体長は、かなりの長さがあり、体格では精霊のほうが上だろう。
その二体が、ぶつかり合うと、離れていてもかなりの衝撃が生まれる。
衝撃は、空気の壁となり、波のように周囲の建物や木々を打ちつけた。
僕は、盾を出現させて身を守る。衝撃を受けただけで、萎縮しているわけにはいかない。これから僕は、あの二体のぶつかる場所に行かなければならないのだから。
二体の争いは、ぶつかり合うだけでは収まらない。
精霊は、尻尾からテンカに向けて糸のようなものを吐き出した。テンカはそれを腕で受け、感触を確かめるように左右に動かす。糸はしっかりとテンカの腕に張り付き、多少の動きでは振りほどけないように見える。そして、突然テンカの腕の上で光が飛び散った。
何が起きたのか、ここからでは良く分からない。爆発のように見えるが、炎が上がったわけではない。テンカの腕は、黒く焦げついている。
テンカは、そんな精霊からの攻撃にひるむことなく、右から左からと拳を突き出し、精霊の体に打ち付けている。精霊の動きはそこまで速くないため、簡単に捉えているが、同様にテンカの動きも緩慢なため、同じように精霊の攻撃を受けてしまっている。
精霊が、緩急をつけて様々な攻撃を仕掛け、それを受けつつもテンカが格闘戦で抑え込もうとしている。
消耗戦の様相を呈している。はたから見ると取っ組み合いの喧嘩だ。
僕はフェイルと別れて、校舎の中へ移動した。そこから精霊に最も近い校舎の屋上へ移動する。精霊を刺激しないように細心の注意を払う。
屋上へと出た僕は、姿勢を低くして外の様子を確認する。テンカがこちらの意図を理解して、あまり移動しないで戦ってくれている。この機会を逃したくはない。
テンカが、大きく地を蹴った。巨体を精霊にぶつけて吹き飛ばす。
精霊はたまらず、校舎に向かって倒れこんだ。
ここだ。
僕は、屋上から精霊に向かって一気に飛んだ。
精霊の背に取りつき、両手を押しつけて力を込める。いや、力を抜きとるように、力を練るように精霊から魔力を引きずり出す。
感触は、重い。
暴走している精霊の魔力から魔力を得るのは、今までの感触とは大きく異なる。加工されているものを一度分解して、別の形にもう一度加工するようなものだ。それも、加工の形をしっかりと把握しているわけではない。触れながら、手探りで行なっていく。分解と加工を並行して同時に行なっていく。大重量の塊を、体一つで移動させているような感覚だ。
精霊が、身じろぎする。すぐに抵抗が返って来た。肉体的なものだけでなく、魔力的なものとしても。分解する魔力が、硬く、強く、結ばれていく。容易にほどくことができないように、幾重にも重なるように、魔力が固定されていっている。とても手探りで進めるような状態ではなくなってきた。
「グワアァァァァァ」
精霊が大きく吠えた。天に向かって、すべてを拒むように体を伸ばす。
その勢いに僕は、弾き飛ばされた。
どこに飛ばされたのか、全く分からなかった。強い衝撃を感じて僕の意識は、途切れた。




