22 幻+一人
治療後、平凡な男子高校生の姿が、喧嘩でやられた後のような姿になった。こんなところで遊んでいないで家で安静にしていたほうが良さそうにも見えるかもしれない。頭や肌の露出したところは、いたるところに包帯や絆創膏が見られ、着ている服の下も似たような状態だった。着ていた制服は切り裂かれ、血が染み込んでしまったので、今は別の制服を着ている。服は保健室に備えられていたものだ。
現在は中央校舎から出て、グラウンドに設けられたステージの裏側にいる。ステージ裏側は、薄い板で作られた白い壁が続いている。関係者の出入り口になる扉以外に目立つ物は何もない。
「さて、どうすっかな」
隣の裕也が頭をかいて悩んでいる。
目の前の道には多くの人が行き来している。制服を着ている生徒がいるのは当然ながら、街中で見かけるような普通の服装をしている人もいるし、客引きや仮装して宣伝用のプラカードを持って歩いている人もいる。文化祭を楽しんでいる人たちが行き来していた。
そして、その人通りのある場所が、次の書き換える場所だった。どう考えても隠れて書き換えができる場所ではない。
「さっきみたいな手は使えねぇし」
この近くには文化祭実行委員本部テントがある。道を封鎖するような勝手な行動はすぐにばれてしまうだろうし、封鎖をするには人通りも多くあまりにも無理のある策だ。
だからと言って、このまま書き換えを進めるわけにもいかない。書き換えによる被害がどの程度現れるかも未知数である。ステージの表側には大勢の人が集まっている。まず間違いなく被害が及ぶだろう。人がいなくなるまで待つ余裕もない。
「……ヘレ」
「なに?」
「ヘレのスキルで何とかできないかな?」
「無理ね」
考える暇もない即答。
「この状況で使えるのなんて幻惑しかないけど、幻を見せたところで現実の被害を止められるわけじゃないもの」
「魔法は?」
「私は、魔法は得意じゃないわ」
ヘレの力に頼るのは難しいらしい。
「いっそのこと、騒ぎを起こしてこの近くから人を遠ざけてみたら?」
「それは、駄目だな。普通の人はそれで良いだろうけど、教師とかは残るだろうし、完全に遠ざけるのは無理だろ」
「そうね、被害がどれだけ広がるかわからないものね」
「まあ、どう考えても書き換えをすれば被害が出るわけなんだが」
裕也は背後を振り返り、ステージを見る。
ステージからは歓声が沸き、スピーカーから司会者の声が響く。ミスコンのプログラムも滞りなく進み、間もなく結果発表に移るみたいだ。
いくらやるべき事とは言え、ステージ上の楽しげな空間を壊すのは不本意だ。影響の出ない方法を考えたい。
「結界の魔法もやっぱり使っている魔力は空気中のもの?」
「式を見た限りでは、そうみたいよ。ほかの所から使うのは難しいからね」
「それじゃあ、この辺りの魔力を減らせば、結界に使われる魔力も減る?」
「減ると思うけど」
「そうなれば、書き換えの反動も最低限で済むんじゃないのか?」
魔力を一箇所に集中できるようになったから現実の被害が大きくなっているのならば、その魔力を減らせば、現実に現れる被害は小さくなるはずだ。
「ちょっと待った。そんなことをしたら、結界が消えるんじゃないのか?」
裕也が慌てて口を挟んだ。だが、すぐにヘレが否定する。
「いえ、それはないわ。ここの式が不調になってもほかのところがカバーするようになっている」
結界の魔法式は五箇所に分けられている。それには効果の補強や追加の意味があるが、それぞれ連携して不測の事態に対応できるようにしているのだろう。
「それなら、やってみる価値はあると思う」
僕の言葉に裕也は、腕を組んで考え込む。
「でも、どうやって減らす気だ?」
「加護を使う」
「加護なんて使ったら騒ぎになるだろ?」
「それは、ヘレのスキルで誤魔化してもらえばいいんじゃないかと」
ヘレのスキルの幻惑で幻が作れるのなら、それをうまく使えば何とかなると思う。
「それぐらいはできるわよ。スキルと魔法の同時使用はきついんだけどね」
「問題はなさそうだな」
裕也の視線が、僕に向けられた。僕と裕也の目があった。
「やるよ」
僕の意思を声に出す。
「そうだな」
裕也がそれにうなずいた。
僕は腕に巻きつくヘレを地面に、魔法式の設置されている場所に置いた。それから、その場所から二歩ほど位置をずれる。
目を閉じて、動きを、流れを感じ取る。肌に触れるわずかな流れをたどる。外から内へ、流れを意識し、意識の波を広げていく。わずかな動きを、かすかな流れを意識し、制御し、掴む。
手を空へ。
空へ向けた手の平から黒い光が立ち上る。勢いよく立ち上る黒き光は、雲を吹き飛ばし、突き抜け、遥か上空までそびえ立つ柱のようにまっすぐな軌跡を描き出した。このまま、周囲の魔力を吸い上げ、そのすべてを黒き軌跡として放出する。
使用した加護は、三代目覇王の加護だ。なんとなく、魔力を一気に消費するようなイメージがあったから選んだ。
視界の端でヘレの足元が輝いた。魔法の書き換えを開始したようだ。
周囲にいる人は全員、空を見上げている。その反応は驚嘆や笑顔などで占められている。ちゃんと誤魔化せているか少し気になるが、実際の状況を見れば慌てふためくだろうから誤魔化せているのだろう。
黒き軌跡が収束し、糸のようになって消える。この周囲の魔力はほとんど消費してしまった。
魔法の書き換えは、継続中だ。
「今のところは無事だな」
裕也は、周囲に目を配っている。
「後は、書き換えが終わるまでこの状況がもつかどうか」
僕も裕也と一緒に周囲に気を配った。緊迫した空気はない。穏やかな、いつも通りの時間が流れている。この場では、警戒している僕たちのほうが異端者だ。ステージの表側からは、盛大な拍手が巻き起こっている。
「ミスコンは無事に終わったみたいだな」
裕也の言葉を聞くまでもなく、ステージのスピーカーからそのように流れている。
「ちょっと流れが変わるか」
ミスコン会場だったステージ前にいた観客たちが一斉に動き出す。会場から見て北側、ステージの両端は、グラウンドに出入りするための通路として開けられている。僕たちのいる所にも、いずれ人の波はやってくるだろう。警戒している状況でその大移動は、ちょっと辛い。
「……もう一度使っておこうか?」
念のため、周囲の魔力をもう一度減らす事も一つの手だろう。人が多くなれば、それだけ不測の事態が多くなる。
「そうだな」
裕也が僕に口を開きかけた時、ステージ裏の関係者用の扉が開いた。
「あれ?」
予想外な場面で予想外な所から、見知った顔が現れた。目をぱちくりさせて、キョトンとした表情をしている。
「武野君と高戸君、こんなところで何やってんの?」
現れたのは、生徒会長、寺井涼子。会長はそのまま、近づいてくる。
「会長こそ、何やってんっすか?」
裕也がちょっと間の抜けた声で聞き返した。
会長が、ステージ裏から出てくる事は不思議じゃない。関係者であるし、出演者でもある。だからそこは良い。無視できないのは、別のところ。
「これから張り出してあるミスコンエントリー者の表に花をつけてこようと思ってね」
会長はその手に、紙製の造花を抱えている。確か、上位者にはそれを示すために表に張り付けてある写真を花で飾りつけられるのだ。別に仕事だから、これも良い。
「それは分かりますが、なぜにその恰好で?」
会長は制服ではなく、華やかな服装をしていた。上から下まで真っ白な装いで、上は肩と腕をさらし、下のスカートの裾は斜めにカットされているため左右の長さが違う。全体にレースがふんだんに使われ、大きな刺繍もされている。大きな白い花をあしらった紙飾りが印象的だ。
「着替えてないからに決まってるでしょ」
どうやらステージで披露したそのままの服で出てきたらしい。
「わざわざ自分でやらなくても、誰かにやらせれば良いでしょ」
「いいの、自分でやりたい気分なんだから」
「普段は、ろくな仕事をしてないくせに」
その裕也の言葉に会長の表情が固くなった。
「そんな事はいいの。そんなことよりも武野君はどうしたの?」
会長は、僕の姿を上から下まで確認するように見ている。僕の今の姿は心配されるような状態だった。
「ただのかすり傷です」
「ずいぶんと酷いように見えるんだけど」
「変なところに突っ込んでしまったので、ちょっと範囲が広くなっただけです」
真実はかなり隠してあるが、そんな言い方もできるだろう。
「そういえばステージからは見かけなかったけど、何か悪いことをしてたんじゃないでしょうね?」
そう言うと会長は、裕也をにらみ、続いて僕をにらみ、再び裕也をにらんだ。
「そんなことよりも仕事はしなくていいんすか?」
裕也が、会長の手の中にある造花を指差す。
「それもそうね。それじゃ二人とも手伝ってね」
「何でそう来るんすか?」
「よくよく考えてみたら、私だと上のほうに花をつけられないなぁと思って」
確かに会長の身長は低かった。
「後、監視の意味を含めて」
会長の中では完全に僕たちが何かした、もしくはしていると思われている。会長の考えは誠に正しいのだが、今ここを動くわけにもいかない。
「分かりました」
ところが裕也があっさりと了承した。
「タケは、ここで加賀が出てくるのを待ってろよ」
そう言って会長の背中を押して中央校舎に向かう。
「ちょっと、勝手に決めないで」
「いいから、いいから」
そのまま二人は、中央校舎の中に入っていった。
僕はそれを見送り、周囲の様子に目を配った。すると、先ほどまで離れていたヘレが、いつの間にか足元に来ていた。僕はかがんで、ヘレを持ち上げる。
「終わったのか?」
「少し前にね」
ヘレは答えながら僕の腕に巻きつく。
「それにしてもずいぶんと魔力をくったわね。この広場一体の魔力がほとんど空じゃない」
「まずかった?」
「別にまずくはないけど、この量だと一日じゃ魔力は戻ってこないでしょうね」
魔力の流れは結構遅いもののようだ。二度目の加護なんて必要なかったらしい。
「それじゃあ、これでこっちは無事終了か」
ミストロックによる結界への影響は、これで防ぐことができたのだろう。後は、ミストロック本体を元の場所に戻せば後の心配はなくなる。
「……」
僕はステージ裏側の壁に寄りかかり、空を見上げた。白い雲と赤い裂空間が見える。ちょっとだけ疲れた。
裕也が涼子を遠ざけるために使った手だったが、このままここで光が出てくるのを待つことにしよう。
◇
光が現れるとすぐに怪我のことを問いただされた。そこには手伝いに来ていたクラスの友達の姿もあったから本当のことを口にすることができず、説明が難しかった。それでもある程度のことは理解してくれたと思う。
光のミスコンの結果は、準優勝ということだった。はしゃぎ、喜ぶ友達の前で、光はただ恥ずかしそうに縮こまっていた。
そのまま光たちとクラスで使っている控え室まで一緒に行き、そこで光たちと別れた。光は店に出る時間だった。ミスコンの影響があるだろうから、本日の営業は大変なことになるだろう。
光と別れた後は、裕也と連絡を取ったが、会長に捕まったままでどうやら抜け出せないらしい。
仕方なく、一人でミストロックの置かれた場所に向かった。
「……」
目の前には今朝と変わらずに青いシートが張られている。中がどうなっているのかは外からは判断できない。かといって中に入って確かめる気もない。セリアのほうから出てくるのを待つつもりだ。
「英雄様だ」
上から声が聞こえた。こんな呼び方をする者の心当たりは、限られる。
「フェイルか」
顔を上に向けると、木の枝にフェイルが乗っていた。
フェイルは、枝から飛び降りて僕の肩に着地する。
「待ってたんだよ」
「待たせていたのか?」
「そうだよ」
フェイルの言葉を聞きながら周囲を見渡す。
「セリアは?」
ここにはセリアの姿が見当たらない。待っていたと言うのだから、もうすでにミストロックの件は解決しているのだろう。
「いないよ」
「なぜ?」
「結界の中に入ったからだよ」
フェイルの告げた事実は、唐突だった。まるで現実ではないように感じた。
結界の魔法が安定し、ミストロックの件が片付けば、次はそれになる。それは分かっていた。ただ、突然の事だったからフェイルの言葉をすぐに認識できなかっただけだ。
次もまだあると思っていた僕は、その事実に少しばかり呆けてしまった。
セリアは、一人で決着をつけに行ってしまった。




