20 裏庭+魔法式
裏庭は、意外と平穏だった。
突然現れた岩を見るために野次馬が集まっているかと思ったが、そんな人ごみはなかった。その代わり、ブルーシートで覆われた一角があった。中は完全に見えないようになっている。ブルーシートには立ち入り禁止の張り紙があり、その周囲はロープで柵が作られていた。
「警察は昨夜のうちに調べ終わってる。一応、現場を保存する必要はないみたいだけど、何かあったら困るから立ち入り禁止にしてるらしい」
発見されたのは夜中になる。発見したのは見回りをしていた警備員だ。昨日は生徒の泊り込みは基本的に禁止になっていたから生徒の目撃はなかったらしい。不思議なことではあるけれど、不審なところはなく、危険はないと判断されたようだ。
セリアを見るときょろきょろと周囲に視線を走らせている。魔力探査をしているのだろう。
周囲を見終わると、しゃがんで左手を地面に置いた。左手のグローブが一瞬茶色に輝いた。
「とぉー!」
後ろから誰かが飛び掛りそうな声。
「ぐえ!」
声のしたほうを見ると、案の定飛び掛られている裕也の姿があった。
「なぁにをしているのかな?」
裕也の首を絞めながら微笑む涼子。
「会長、おはようございます」
「武野君、おはよう。それで、何をしているの?」
挨拶後、涼子は早速本題に入る。
「……見に来たんですが」
僕は素直に白状した。はぐらかす必要はないと思う。言葉は足りていないが、涼子ならばここに何があるのか知っているだろう。
「そう。でも、それは残念だったわね。ご覧のとおり見えないようになっているから」
それから裕也に視線を向け、軽くにらんだ。
「それでも見に来る人がいるから、生徒会長としては大変なんだけどねぇ」
「うぐ……」
裕也の口から、単純に首を絞められていることによるうめき声がもれる。
「か、会長は、何でここにいるんっすか?」
それでも裕也は涼子の腕を抑えて、苦しい表情ながらも声を出した。
「加賀さんに聞いたのよ」
光は生徒会に直接向かったはずだから、涼子の答えは当然と言えば当然だ。
「そうじゃなくて、会長もミスコン出ますよね?」
「あっ、知ってるんだ」
涼子は、ちょっとうれしそうに表情を変えた。涼子もミスコンに出るらしい。体型が小柄なことを除けば、十分にその素質はあるのだろう。
「準備しなくていいんですか?」
「私の準備は終わってるから、心配しないで」
笑顔で言った涼子は、裕也の首にがっしりと腕を組んでいる。逃がさないつもりらしい。
「涼子ちゃ〜ん」
そんなところに、とてとてと走りながら近づく女子生徒の姿が見えた。
「春美?」
涼子は振り返り、その女生徒の名前を口にした。
こちらに近づいてくる少女に僕も見覚えがある。確か、生徒会役員の一人だ。名前は嶋川春美、役職は書記だったはず。よくこの書記が会長の暴走に付き合わされているのを目にしている。
春美は近くまで来ると軽く息を弾ませていた。
「ダ、ダメだよ、涼子ちゃん。これから、ミスコン、なんだから」
「準備は終わってるでしょ?」
涼子は、首を傾げる。
「涼子ちゃんは、出場者なんだから、ちゃんと本部にいないとダメだよ」
「まだ時間あるんだし、それよりも危険行為をする生徒(主に高戸君)に注意するのが重要でしょ。現行犯でないと言うこと聞かない生徒(必然的に高戸君)もいるんだから」
「もう注意したんだから戻るよ」
そう言って春美は、裕也の背中にいる涼子の体に腕を伸ばして抱え上げ、裕也から引き剥がした。
「それでは、失礼します」
そして頭を下げた後、涼子を抱えたまま、来た時と同じようにとてとてと走り去った。
いつも不思議に思うのだが、荷重がかかっているのに来た時と変わらない速度で去って行くのはなぜだろう。
「応援に来なさいよ!」
抱えられて去って行く涼子が、大きな声で言った。
「……」
とりあえず僕は、裕也とセリアに目を向けた。
裕也は、首に手を当てて右に左に動かしている。表情を見る限り、いつもどおり問題ないようだ。
セリアは、まだ地面に手を当てたまま顔をうつむけている。こっちはどういう状態なのか判断できない。
僕は、手の平を上にして右手を出した。そこに魔力を集めて、レーダーを出現させる。
「ほぉ〜、それが加護ってヤツか」
裕也が、白い球体に顔を近づける。
レーダーには茶色の塊が映っている。それが、ミストロックだろう。
「何か、筋みたいなのがあるな」
その茶色の塊を中心に筋のような線が四方八方に伸びている。特に地面の中にはっきりとした線が見える。
「たぶん、ミストロックが魔力の流れを作ろうとしているんだと思う」
セリアが、立ち上がった。その表情は、若干厳しい。
「そうすると、どうなるんすか?」
「……わからない」
セリアはフードの中に手を入れ、ヘレとフェイルをつかみ出した。
「あなたたちの意見も聞きたいんだけど、どう思う?」
「待った」
意見を求めるセリアを裕也が止めた。
「話をするなら別の場所に移動しましょう。ここだとちょっと」
言葉を濁して周囲を確認する裕也。今いるのは、裏庭の開けた芝生の上。これから人も増えてくるだろう。内緒話のできる場所ではない。
セリアは、裕也にうなずいた。
「わかった。案内してくれる?」
「それじゃ、ついてきてください」
裕也は、くるりと背中を向けて歩き出した。その後を急いでセリアがついて行く。
気楽にしていられる雰囲気ではないみたいだ。
僕は、二人の少し後ろを離れて歩いた。
◇
そして、着いた場所は屋上だった。
「今の時間だったらここが一番良いだろ」
裕也は、グラウンドを見下ろした。
僕たちがいるのは中央校舎の屋上だ。ここからはグラウンドに造られたステージの裏側になるため、ステージの屋根に遮られてステージの様子も観客の様子もよく見えない。文化祭を楽しむには、あまり良い場所とは言えない。
「それで魔力の流れってのは、なんなんすか?」
セリアは、裕也の隣で同じようにグラウンドを見下ろしている。
「一言で言えば、世界の魔力を循環させている流れ。いくつものミストロックと魔力の源泉が絡み合って、互いに干渉しあって世界に魔力を満たしているの。私の世界では普通に存在しているもの」
「こっちの世界には、その魔力の流れはあるんすか?」
セリアは、首を振った。
「よくわからない。魔力が存在しているのだからあるとは思うけど、空気中の魔力が少ないから流れ方が違うのかもしれない」
「じゃあ今の状況は、順調に流れているところに別の流れが入ってきた、って感じでいいんすかね?」
「流れだけで言えば、そうかもしれない。でも、ミストロックの効果はそれだけじゃないの」
「と言うと」
「ミストロックにはそれぞれ独特な力場があって、簡単に言うと、その土地の魔力を支配して環境を変えることができるの」
ミストロックの影響は、その土地にも世界にも大きいようだ。
「ただ、私はミストロックのことには詳しくないから、どんな変化が出るのか正確にはわからない。それで、ヘレとフェイルの意見も聞きたいのだけど」
セリアの視線が、両手の上に移動したヘレとフェイルに向けられる。
まずはヘレが、口を開いた。
「私は、管理者出身だからミストロックのことは詳しくないわ。フェイルはどう?」
「勉強中の探索者見習いだよ」
フェイルは、セリアの手の上で頭を上げて、姿勢を正して答えた。
「探索者ということは……」
「ちょっとは詳しいよ」
フェイルの様子は、少し誇らしげだ。
「え〜とね、ミストロックの移動は、いろいろ気をつけないといけないんだよ。ミストロックの魔力とその土地の魔力の相性が悪いと、花が枯れたり、水がにごったりするの。魔獣の住処になることもあるよ」
淡々と説明を始めるフェイル。
「魔力の流れのことは?」
「魔力の流れはね、一つのミストロックで大きく変わることはないよ。でも、流れる魔力に影響が出るから、近くとか遠くとかで変わった事が起こるかもしれないよ」
魔力は世界中を流れているのだから、ミストロックのある場所とは別の場所に影響を及ぼすこともあるのだろう。
「影響が出始めるまでどれぐらいかかるの?」
「普通の土地なら一ヶ月ぐらいかかるよ。移動した後は大体一年ぐらい様子を見て、それで何もなければ大丈夫だよ」
影響が出るのにそれだけの時間が必要なのかもしれない。
「まだ一晩だから、そんなに心配することでもないっすかね」
裕也が、明るい口調で言った。
「そうね。ミストロックはすぐに転送するつもりだし、そんなに影響も出ないで済むかな」
「済むよ」
セリアの言葉にフェイルの同意が重なる。
僕はフェンスに寄りかかり、空を見上げた。手の中の白い球体を何とはなしにもてあそぶ。裏庭で出してからそのままにしてあるレーダーだ。
ミストロックの作り出す魔力の流れ。土地の魔力の支配。ミストロックと土地の相性。土地に影響が出るまでの時間。どれも、すぐにどうにかしなければいけないような事態ではないらしい。裏庭ではただ事ではない雰囲気があったが、杞憂だったのだろう。
空を見上げていた視界の隅に白い球体が入ってきた。手に持っていたレーダーが、いつの間にか顔の前まで浮かび上がってきていた。
「……」
こんなこともできたのか。
ちょっとだけ感心しながら白い球体を見つめた。もてあそんでいた間に縮尺が変わっていたらしく、その球体の中では桜色の膜が映り出されている。
空を見上げたままの姿勢で、体が硬直する。
嫌な予感がした。
「魔法は?」
ミストロックは、土地の魔力を支配する。
この場所に張られている結界は、この空間に設置されている。
「ミストロックのある場所の魔法に影響は?」
普通、魔法は空気中の魔力を使っている。ミストロックのなかった前の空気中の魔力と存在する今の空気中の魔力は同じものと言えるのか。変化した魔力に以前からある魔法は対応できるのか。
果たしてフェイルの返事は。
「あるよ」
短くも、肯定を示した。
耳の中で、昨夜の奇声が思い出される。
瞳の奥で、校舎の崩れる様が再現される。
体の芯が、白い膜が張り付いたように重く感じた。
僕は、セリアの顔を見た。
セリアの顔には驚きと緊張が見てとれた。しかし、すぐにセリアの表情が引き締まる。
「魔力に影響が出るのは早いの?」
「早いよ。一日あれば十分だよ」
フェイルの答えが、甘い予測の許さないことを感じさせた。
「もしかして、やばいっすか?」
そう言う裕也も、口が引きつっていた。
「すぐに魔法式を書き換えないと、魔法効果が変わるかもしれない。場合によっては、現実の空間に影響が出る」
「それじゃ、魔法式を書き換えてからミストロックの転送って順番すか?」
「それだとうまくいかないんじゃないの?」
口を挟んだのはヘレ。
「まだミストロックは安定してないみたいだし、式を書き換えてもミストロックがあったんじゃまた書き換えないといけないでしょ?」
「そうね」
セリアは、口を閉ざす。
レーダーに目を移すと、白い球体の中のミストロックはうねるような魔力の流れを作り出している。桜色に輝く結界は、危うい光に思えてしまう。
僕は、フェンスに寄りかかるのをやめた。
「……式の書き換えは難しいんですか?」
「難しくはないけど」
「だったら、それは僕がやります。セリアは転送のほうをやってください」
結界をそのままにしておくことはできない。ミストロックをそのままにしておくこともできない。どちらもそのままにできないのならば、両方を同時に処理すればいい話だ。
「そんなことできんのか?」
そう聞いてくるのは裕也だ。
「とりあえず思いついただけだから、できるかどうかはこれから考える」
僕にはできるかどうか判断できない。それだけの知識も何もないのだから。それを判断できるのは、セリアだろう。
そのセリアは、ヘレに視線を向けた。
「私としては、ヘレに頼みたいところだけど、どうかな?」
「ただで頼みを聞く気はないわね」
ヘレの口元が、にやりと変化した。
「帰ったら何かおごってあげるから」
「それなら良いでしょ」
即答だった。こんなに簡単で良いのだろうか。
「フェイルは私と一緒にミストロックのほうをお願い。魔法式はそっちに任せる。場所は、裕也が知っているね。キュピ、式をヘレに教えてあげて」
「キュ」
呼ばれたキュピがフードから飛びだして、ヘレのすぐ前に降り立った。
キュピの足元に緑色の魔法陣が描かれ、輝いた。そして、その魔法陣は端から崩れながらヘレの足元に粉雪のように降り積もる。
魔法陣が崩れ、ヘレの足元に移ると、それが今度は渦を巻きながら魔法陣を描いていく。描かれた魔法陣は、青い光を発していた。
「ふーん、結構単純な式なのね」
青い魔法陣は、ヘレを中心にして消えた。
「さてと、私は早速取り掛かるから」
そう言ってセリアは、ヘレを裕也に放り投げ、階段へと走って行った。
「それじゃ、俺たちも行くか」
裕也は、ヘレを片腕に抱えて歩いて行く。
僕もその後に続いた。
歩き始めた時、グラウンドのステージから大きな歓声が聞こえてきた。
◇
僕たちが最初に向かうのは、西校舎だ。現在位置から一番近いところにまず足を向けている。
「話は変わるんだが」
歩き始めてすぐに裕也が、疑問を発した。
「管理者と探索者って何のことだ?」
先ほどの会話の中で出てきた言葉だ。確か、ヘレが管理者出身でフェイルが探索者見習いだったか。
それに応えたのはヘレだ。
「精霊の役割とか、仕事みたいなものよ」
「仕事?」
「私たち精霊は、魔力が活動のための源になる。魔力を消費して生きている。だから、その魔力が枯渇することがないように、世界中でいろいろ活動をしているのよ」
「魔力を作っているってことか?」
消費することの反対は、生産することになる。だから、そう思うのは自然だろう。
「作るのとはちょっと違うわね」
しかし、ヘレの言葉は少し違うようだ。
「魔力を作ることは私たちにはできない。自然と世界に満ちていくものなの。世界が作っているとも言えるわね。管理者は、その魔力が作られる場所、源泉を守り、魔力が減らないように管理する者のことよ」
源泉の管理で管理者と呼ばれているわけか。では、探索者は何の役割があるのだろうか。
「探索者のほうは、世界を旅してまわり、ミストロックを見つけることが仕事よ」
「魔力の枯渇とミストロックは関係するものなのか?」
「ミストロックは、魔力の流れを管理するのに必要だから。世界に魔力が十分に溢れていても、流れのせいで行きわたらないところが出てきたら、結局は枯渇しているのと変わらないのよ。それを防ぐことができるように探索者が必要なの」
魔力の使うというのもなかなか大変なようだ。世界規模で一つのことを管理しているような感じだろうか。
「魔力のほとんどは、精霊である私たちが使っているんだから当然のことだけどね」
「人はそんなに使っていないのか?」
「世界の割合で言ったら、圧倒的に精霊のほうが多いんだから普通に精霊のほうが多く使っているわよ」
「人よりも精霊のほうが多いのか?」
それはちょっと初耳だ。
「当たり前でしょ。100年そこいらで寿命を迎える人間と一緒にしないでもらえる?」
そう言えば、精霊には寿命がない。そう考えれば、どんな生物よりも多くなるのか。長い時間が過ぎれば、それだけ精霊の数が増えていくことになる。死がないわけではないから絶対に減らないということはないのだろうが、圧倒的に増える数のほうが多いだろう。
「なるほどな。教えてくれてありがと」
「後で何かごちそうしてね」
そろそろ西校舎の階段に差し掛かる。人に見られると面倒だから、余計なおしゃべりができるのもここまでだ。
「それじゃあ、最初の場所に案内するぜ」




