19 ミスト+暴走
昨日の夕食と同じようにダイニングに人間組、リビングに精霊組でそれぞれ分かれて朝食を取った。僕と光は向こうの世界ですでに頂いたので、お茶を飲みながら軽い物を頂いた。ちなみにフェイルは入浴中である。
「昨夜の精霊のことだけど、暴走状態にあるみたいなの」
朝食を食べ終えた頃、僕の前に座っているセリアが沈痛な面持ちで言った。
「姿が人型でも獣型でもなく、言葉も通じない。典型的な暴走の症状だった」
「暴走ってのは、暴れまわることでいいんすか?」
サラダを口に運びながらセリアの隣に座る裕也が尋ねた。
「暴走状態の精霊が何をするかは、いろいろなケースがあるの。破壊活動をすることがあれば、何もせずに静止し続けることもある。精霊によってその行動は違うの。今回のケースは、たぶん魔力の過剰使用ということになると思う」
「暴走状態の精霊は、どういう状態なんすか?」
「体内の魔力のバランスが崩れているの。何かの影響でバランスを崩してしまって、そのままほとんど意識のない状態で動き続けている」
「なんかゾンビみたいっすね」
鶏肉を頬張りながら裕也がぽつりと言った。
「うっ」
隣の光が眉を寄せて、小さくうめく。
裕也の表現は今ひとつだが、中身は似ているかもしれない。僕が見た感じとしては、動く人形のほうが合っている気がする。
「でも、意識がないのに何で動いてるんすか?」
「その辺りのことはわかっていないの。本能で動いているのか、何か望みがあってそれにもとづいて動いているのか、特定の魔力に反応しているのか、いろいろ言われているけれど確認はされてないから」
「暴走を止める方法はあるんすか?」
セリアは、ゆっくりと首を振った。
「今のところ暴走が止まった話は聞いたことがない。精霊が死ぬまで止まることはない」
部屋の中に静かに沈黙が下りてくる。誰の口も開かなくなった。セリアの言った言葉の意味が、少しずつ頭の中にしみこんでくる。
リビングに視線を向けた。そこにはキュピとヘレがいる。昨日は一緒にいたのだからこの状況も知っているのだろう。
同じ精霊として暴走した精霊をどう思っているのだろう。その暴走が止まらないことをどう考えているのだろう。
「みんなはもうこの事にかかわらなくていいよ。後は、私のほうで終わらせるから」
セリアは、はっきりとした口調でありながら、優しく言った。その顔には笑顔が浮かんでいるが、作り笑いにしか見えない。
「終わらせるなんて、そんな」
光が、悲しげな声を出した。
「何とかならないんですか?」
「何とかする余裕はないかな。昨日は捕まえるのに失敗しちゃったし、スピリットハンターとしては、確実な方法で処理しないといけない。これ以上被害を増やすわけにもいかないしね」
仕事として処理する。被害を止める。それは、正当な言い分だろう。
「でも、何もしないで……」
僕は、尚もセリアに言い募る光の頭に軽く手を置いた。それに反応した光が、こちらを向く。少し間を置いてから光は黙ってうつむいた。
「学校のほうは、どうなってますか?」
僕は、話を変えた。それには裕也が答える。
「一つを除いて、昨日と特に変わっている所はないぜ」
「一つ?」
「ああ。裏庭に巨大な岩が現れたんだ。とりあえず特に危険はなさそうだから普通に文化祭はやるみたいだけど、その岩のある所は立ち入り禁止になる」
「それは、ミストロックのこと?」
僕の質問にセリアがうなずいた。
「この世界に現れたのは、ヒュリストラ王国の『双子のミストロック』。何度か見たことがあるから間違いないと思う。ミストロックを結界内に入れておくのは危なかったから外に出してしまったんだけどね」
ヒュリストラ王国は、僕と光が落ちた場所だ。精霊によって、そのミストロックと入れ替えられたということで間違いないだろう。
「ミストロックのことも私が責任を持って処理するから、心配しないでいいよ」
「分かりました」
僕はセリアの言葉にうなずいた。それから光に目を向ける。
「光は、今日は何時からだっけ?」
僕が確認しているのは文化祭の出し物の時間だ。
「今日は午後からだから急がなくても大丈夫」
光は、いつもの調子で答える。とりあえず落ち着いているようだ。
しかし、それに裕也が口を挟んだ。
「加賀は午前からだぞ」
「え、なんで? シフト変更でもあったの?」
「クラスのほうじゃなくて、生徒会のほうだ」
クラスや部活だけでなく、生徒会のほうでも文化祭で出し物をしている。生徒会のはイベントと言ったほうが正しいが。
「ミスコンのほう、予選を通ったから参加してほしいんだと」
生徒会の出し物は、ミス道乃森コンテストだった。
「ちょっと待って、そんなの聞いてないよ!」
光はイスから勢いよく立ち上がり、裕也に抗議した。
「生徒会の話だと、昨日は直接連絡取れなかったんだと。それで俺のところに話が回ってきて伝えておいてくれって言われたんだけど、加賀は武野と一緒に消えちまっただろ。だから伝えられなかったんだ」
裕也は、どこ吹く風で淡々と自分の経緯を述べた。
「そんなのいきなり言われても……」
光が困惑の表情を浮かべているところに、電話の呼び出し音が鳴った。光がすぐに気付いて、電話に出るために廊下に向かった。
「たぶん、生徒会からだろ。確認の電話をするって言ってたからな」
裕也は、箸を置きながら言った。
道乃森のミスコンは、生徒会が主催している。その趣旨は、「うちの看板娘はこの娘です!」といったものだ。そのため、出場資格があるのは、文化祭当日に出し物などで文化祭に参加している者になる。
その中からまず、文化祭準備中に校内で予備選を行う。その後、文化祭一日目に予選がある。予選は、顔写真と番号、出展しているクラスもしくは部活の名前、その出展場所が書かれた用紙が中央校舎に貼り出され、それを元に投票(一般来場者含む)して結果が出る。予選の結果、規定数以上の投票を得た上位十名までが決勝に進むことになる。
道乃森のミスコンに応募する女子は、毎年多いらしい。予備選を通り、予選に進めば、出し物の宣伝として効果があるからだ。生徒会から出される情報は、顔写真と所属しているクラスか部活だけ。興味を持った人は、実際にいるであろう出し物に足を運ぶことが多いのだ。そのため、出店するクラスや部活が競って出場者を出しているのである。
電話に出ていた光が戻ってきた。心なしか肩が沈んでいる。
「誰から?」
「会長さんからだった」
「それで?」
「ミスコンの話だった」
「どうするの?」
「出なくちゃ駄目かな……」
光が、不安そうな瞳で見つめてきた。
「出たほうがいいんじゃないか?」
一応、クラスで選ばれて参加しているわけだし、予選の投票にも午前中のうちに皆で光に出している。いまさら出たくないと言っても、そんなわがままが通るとは思えない。
「ちなみにクラスのほうにはもうすでに連絡済みだからな〜」
裕也が、逃げ道を狭めていく。
「でも、ミスコンに出られるような服なんて持ってないし」
光が、必死に逃げ道をくぐっている。
ミスコン決勝の最初は制服で出るのだが、途中にお色直しがあってお気に入りの服に着替えることになっている。お気に入りと言っても優勝を狙えるような服がお気に入りとは限らないので、実際にはどうだか分からないが。むしろ、優勝を狙っていればクラスで調達することのほうが一般的だ。
「服は、クラスの連中が何とかするんだろ?」
僕のクラスもその一般的な手法を取ることになっている。
「……特技のほうはどうするの?」
ミスコンのプログラムの中には、特技の披露が含まれている。
「私の特技は、料理だからね」
さすがにステージ上で料理を披露するのは難しいだろう。
「そっちの事は、大丈夫だ」
裕也は、にやりと口元をゆがめた。
「すでに生徒会にはその線で話をしてある」
すでに先手を打っていた。
「服さえ何とかなれば、出られるよな?」
「……わかった」
少し考えてから光は了承した。
「でも、何とかならなかったら出る気はないからね」
そして、テーブルの上の食器を片づけてキッチンへと向かう。僕も食器を持って光と一緒にキッチンへ入った。食器を流しへ置いてダイニングに戻ると、早速裕也は携帯片手に交渉を始めていた。
リビングに入り、ローテーブルに並べられた食器を片付けていく。どの食器もきれいに空だった。ヘレとキュピは、ソファに寝転がってくつろいでいる。
その時、ふとソファに置きっぱなしになっているティナから光への贈り物の包みが目に入った。
僕は、キッチンに食器を運び、食器を洗っている光に聞いた。
「光がティナからもらった物、そのままだけど、どうする?」
「そうね。とりあえず、中身を確認してくれる?」
「分かった」
光の了承も得たので早速包みを開けることにする。包みを破ることがないように丁寧に開けた。
「……」
中身を見て、ちょっとどうするべきか考える。
迷うこともなく結論が出た。
「裕也、その電話ちょっと待った」
まずは、裕也に待ったをかける。
「あっ?」
裕也の疑問の声は無視して次は、光に声をかける。
「光、ミスコンに出る準備をして」
「えっ?」
光からも疑問の声が聞こえたが、今は無視する。
ティナからの贈り物は、光が向こうの世界で着た、真紅のドレスだった。
光の退路は、始めから用意されてはいなかった。
◇
僕とセリアは、正門前で入場時間を待っていた。
一般来場者の校内への入場時間までは、まだ少し時間がある。光はミスコン出場のために生徒会役員のいる文化祭実行委員本部テントへ、裕也は出席を取るためにクラスへそれぞれ向かった。
「……」
さてと、これからどうするか。
セリアは、精霊の暴走の話をしてから口数が少なかった。何か考えているのかもしれないが、近くにいる者としては話してくれないと困る。そのことは、僕も人のことは言えないが。
出席を取ったら裕也が合流することになっているから、今からあまり動くことはできない。このまま待つしかないのだろう。
「ヘレ」
「なあに?」
セリアの頭の後ろ、フードの中からヘレが顔を出した。キュピとフェイルもそこに収まっている。
「暴走と聞いて、どう感じる」
「バカって思うわ」
思わぬ返答だった。
「なぜ?」
「だって、暴走は魔力のバランスが狂うことで起こるのよ。そんなのちゃんと調整していれば問題ないもの」
「何かの影響で崩すんじゃないのか?」
「そういうこともあるけど、そういうのは高度な魔法とか特殊な土地とかの影響がほとんどだから、そういうものに近づかなければいいのよ」
自分の体調管理の問題ということか。でも、体調管理に失敗したら後がないなんて、普通では考えられないことだ。
「フェイルは?」
「力は欲しいと思うよ」
フェイルが、こちらに顔を向けた。
「たくさん魔力があれば、たくさんのことができるようになるよ。できることが増えるとうれしいよ。でも、魔力が合わないと体に悪いからダメって言われる。暴走するともうどうしようもないから、絶対にダメって言われるよ」
魔力があれば、不可能を可能にできるということだろうか。精霊にとって魔力はいろいろと密接に繋がっているみたいだ。
「……」
確かに力がないのよりはあったほうが良い。それは分かる。でも、身を滅ぼすほどの力が必要になることなんてあるのだろうか。そんな力、ないほうが良いと思うが、それでも求めるものなのか。暴走状態の精霊も不可能を可能にするために、身の丈に合わない力を求めたのだろうか。
いくら考えたところで結論は出ない。
セリアの表情を横から盗み見た。視線をやや下に落としている。これといった変化はない。
セリアは、もうかかわらなくていいと言った。僕としては途中で降りるつもりはないからこのまま手伝うつもりでいる。でも、昨夜のように直接かかわるのは断られるだろう。昨夜は、途中で戦線離脱してしまった。そんな状況では、かかわる言い分もないような気がする。少し心配なところはあるが、セリアの仕事振りはすごかったから任せても問題ないと思う。だからと言って引き下がるつもりはないが。
裕也は面白そうという理由で続けるだろうし、光はセリアの終わらせる発言が納得できなさそうだった。友人二人の気持ちは理解できる。
今まで経験したことがないこと、知らなかったことが目の前にある。それは、不安と好奇心の同居したとても純粋な気持ちだろう。そんな気持ちは、それだけで前に進む理由に成り得る。その気持ちが静まるまで、止まることを知らない。
精霊の暴走を終わらせること。それに対する拒否感。それは、暴走を止める手立てがない中で終わらせる手立てを使うという意味。そこに対する拒否感だろう。セリアの言っていることは、正しいのかもしれない。それでも、正しいだけで割り切れるほど人の心は単純じゃない。
セリアはどう思っているのだろう。
「セリアは、これからどうしますか?」
「まずは、ミストロックを確認する」
セリアの口調は、淡々としている。
「それから精霊の居場所を探査して、舞台を整えるかな」
「舞台というのは、終わらせるための?」
「……」
しばし、セリアは沈黙する。僕も答えを待って、沈黙する。
「浩一は、やっぱり反対なんだろうね」
「……」
反対かどうかと問われると、正直なところ答えられない。
死ぬ事は、悪い事というよりも自然な事だと思う。悪いのは殺すことだろう。しかし、暴走状態の精霊は、そういう枠に当てはめて考えていいのか分からない。ただ、気分の良いものでないのは確かだ。セリアの口ぶりからすると昔の僕ならば、即反対したのかもしれない。
黙っているところに、正門から裕也が出てきた。
「待たせた。それじゃ行こうぜ」
僕は、うなずいて裕也に近づいた。その僕の後ろにセリアが続いた。




