17 発明家+変人
外は暗い夜。紫の夜空に見えるのは、白く光る星と黒い裂空間、西に薄く赤みのある月、東に青白い月がある。
空を見上げるだけで自分の世界とは違う世界だとわかる。だけど、実際に目の前に異質な物が存在するとその実感もだいぶ受け容れ易いものになる。
私たちは車に乗って目的地までやって来た。車と言っても、エンジンを積んでいる自動車ではない。動物が引いて進むタイプの車だ。
引いている動物は、馬ではなかった。鼻息の荒い大きな犬が、四頭で引いていた。犬と言うよりも狼と言ったほうがイメージは伝わるかもしれない。大きさも普通にはいないような大きさで、人が三人ぐらいその背中にまたがれそうだった。この世界の普通の大きさは知らないけど。
そんな獣車に乗って来た場所は、お城から十分弱ぐらいの距離にある、卵型の建物だった。外から見てその建物に窓は一階部分にしかなく、壁は上のほうまでつるりと平らになっていた。途中から瓦屋根のような段差がつけられて屋根のようになっている。高さは、三階建てぐらいだと思う。入口に扉はついておらず、山なりにくり抜かれた入口が、三箇所並んで開いていた。
ここに来たのは、浩一、ティナ、マリル、マキャル、そして私。マリルを先頭に、真ん中の入口をくぐって建物の中に入る。
建物に入ってまずは、広いロビーがあった。正面に入口よりも小さな口を開けた通路がある。左右の壁にパネルの付けられた扉が一つずつついていた。パネルには何が書かれているのか読めない。ロビーの中に主だった照明はなく、外の暗さと変わらない。そんな中で唯一の灯りは、小さな通路の先から漏れてくる灯りだった。
「こちらへ、どうぞ」
マリルは、灯りの漏れてくる通路を進んでいく。その後を追って、私たちも通路に足を進めた。
通路を抜けると、暗さに慣れた目に突き刺すような光が入った。その光は、高い天井から降り注いでいる。大きな卵型の部屋だった。
「もしかして、この部屋が中心?」
私は、目を細めながら部屋の中を見回した。
ティナが、私の言葉に振り返る。
「そうです。この建物は、この部屋のために建てられたような物なんです」
この部屋は、建物を一回り小さくしたような大きさだった。高く、広い室内を、丸みを帯びた壁が包んでいる。
「そして、こちらが、浩一様のパートナーです」
ティナが、部屋の中心、やや上の方に手を上げて示した。
私は、ティナの示すほうに視線を向け、それを見上げた。
それは、二本の足で大地に立ち、長い首を天に向かってまっすぐ伸ばしていた。大きく開けた口は、鋭いキバがのぞいている。体に対してやや小さめの腕の先には、長く、太い爪も見える。背中から生えている大きな翼が、部屋一杯に広げられ、部屋の中に大きな影を作り出している。後ろには長い尻尾が伸び、部屋の壁に寄り添わせて無理やり部屋の中に押し込まれていた。
目の前に巨大な体を現したそれは、ファンタジーではおなじみの姿をしていた。多くの生物の中でも上位に位置付けられ、恐れられる存在。それは、竜、ドラゴンのようだった。
「これが、人工的に作られた精霊。僕のパートナー精霊」
浩一が、呟いたのが聞こえた。
目の前の精霊は、人工的と言われて誰もが納得する体をしていた。その体は、鉄で覆われていたのだ。中身は機械でできているのだと思う。
「こいつ、大きすぎないか?」
浩一は、天井を見上げる恰好で言った。
私もそれには同感だった。確実に建物の二階以上の高さがあるし、頭から尻尾の先まで一体どのぐらいの長さがあるんだろう?
「そのあたりの事情は、よく知りませんので、なんとも」
ティナが、苦笑いを浮かべて答えた。
そんな時だった。通路の奥、部屋の外から何かの音が聞こえてきた。バイクや自動車のエンジン音によく似た、空気を震わせるような音が響いてくる。その音は、どんどん大きくなっている。
「何の音?」
私は、疑問を口にしたが、その疑問に答えが返ってくる暇はなかった。
通路から部屋の中に高速で移動する物体が、飛び込んできた。
「誰か、止めてくれー」
同時に助けを求める声が、聞こえた。
部屋の中を、床だけでなく、壁や天井まで走り回っている物体の上には、人の姿があった。その人は、走る物体に足を固定しているみたいで、風に上半身を後ろに運ばれながらもしっかりと二本の足で立っている。
高速移動物体は、部屋の中を飛び回ると私たちのいるほうに直進して来た。そのコースは、どうやら私に直撃するようだった。
「えっ?」
そう理解したところで、いきなりの事態に体は驚くことを優先してしまっている。すぐには動けない。でも、目の前に高速移動物体は、近づいていた。
私は、目を力一杯に閉じてしまった。どうしようもない状況に、現実を見ることを放棄してしまう。
そして目を閉じたすぐ後に、暗い視界の中で私の体が宙を移動した。力強く、予想していた方向とは別の方向に。
体に痛みはない。私は、空中でうつぶせになっているような感覚があった。腰の辺りに何かが触れている。何かが腰に回されているような気がする。
静かに目を開けてみると、すぐ横に浩一がいた。
「大丈夫か?」
私は、浩一に腕一本で抱えられていた。
「……うん」
荷物のような扱いに不満はあるけど。
「どわっ!」
上で何かが壊れたような音と悲鳴がした。
その正体は、危険行為横行物体(高速移動物体より改名)が天井の照明と激突した音だった。そしてその結果、照明が天井から剥がれ落ちる。
「危ない!」
私は、とっさに叫んだ。落ちてくる照明の落下地点にティナが立っていた。ティナは、それに気づいていない。
間に合わない。
「くっ」
私が間に合わないと思った時、勝手に私の体が動いた。正確には、私を抱えている浩一が、思いきり床を蹴っていた。
あっという間にティナの側まで行き、そこからさらに前に視界が動いた。
後ろで、照明の落下した音が聞こえた。もう原形は留めていないと思う。
落下までに間に合ったのだろう。
「大丈夫ですか?」
浩一が、無事を確認する声をかける。
ティナは、浩一を挟んで私と反対の腕に抱えられていた。
「は、はい」
ティナは、驚いたようだったけど、無事に返事をした。ちょっと頬が赤い。
危険行為横行物体は、まだ止まっていない。
「マキャル!」
マリルが、叫ぶようにマキャルの名を呼んだ。
「了解、です!」
それを受けてマキャルが、危険行為横行物体に向かって走った。そして、危険行為横行物体の進行するコースの正面に立つ。
マキャルの足元に赤色の魔法陣が描かれる。
「〈バーストナックル〉、ていっ!」
マキャルの拳が、文字通りに爆発した。激しい突風と黒煙が、部屋の中を舞った。
「ぐげっ」
その爆発を正面から受けた危険行為横行物体は、反対側の壁まで飛び、衝突して止まった。
いきなり飛び込んできた物体は、マキャルの起こした爆発によって止まり、静かになった。
「……どうなったの?」
私は、思わず尋ねてしまった。
「……とりあえず、終わったんじゃないか?」
浩一の返事は、困惑の色が含まれていた。
「それで、浩一様は、いつまでそうしておられるつもりですか?」
浩一の背後からマリルの声がする。浩一に抱えられた状態だと後ろを振り向けないから、マリルがどんな表情をしているのかわからない。
浩一の腕が、ちょっと固まった気がする。浩一の腕からゆっくりと力が抜け、地面の感触が足に伝わった。それからすぐに浩一の腕が離れた。
体が自由になってすぐに振り返ってみた。浩一の真後ろに立っているマリルは、満面の笑顔を浮かべている。その前に立つ浩一は、笑顔を浮かべているけど引きつっていた。同じように抱えられていたティナを見ると、ちょっと困ったような表情を作っている。
私は、ティナの隣に近づいて小さな声でささやいた。
「ねえ、どういうこと?」
ティナも同じように小さな声でささやき返す。
「おそらく、マリルの魔法で最悪な映像を見せられたのだと」
「最悪な映像?」
「悪夢と言ったほうがわかりやすいかもしれません」
「悪夢ね」
マリルと浩一は、その立ち位置と表情を変えず、全く動いていない。マリルのかけるプレッシャーに浩一がのまれているのだと思う。
「助けていただいたことは感謝しますが、もう少し思慮深い行動を心がけてください」
「……はい」
マリルが、浩一の背後から離れた。そのまま、壁に衝突した危険行為横行物体に近づいていく。その影響のためか、浩一の表情から力が抜けた。
「ふむ」
聞いてみたいけど、聞いちゃだめなんだろうな。
「……何?」
浩一は、私を横目で見ている。
「なんでもない」
私は、首を振った。いつの間にか浩一の顔を凝視していたみたいだ。視線を浩一から危険行為横行物体のぶつかった壁のほうに向ける。
衝突現場にはマキャルと白衣を着た男の人がいた。立って何か会話をしているみたいだ。その様子からは、無事であることがうかがえる。あんな爆発を受けて無事なんて、なんて体をしているのだろう。
会話をしている二人にマリルが加わり、二言三言言葉を交わしてからこちらに歩いてきた。白衣姿の人は、片手にボードを抱えている。
「やあ、やあ、やあ、久しぶり。そして、はじめまして」
白衣姿の人は、離れた所から手を振って明るく声をかけてきた。
「私の名前は、クラム=フォルマー。発明家をしている」
クラムは、胸を張って名乗った。
「そんな私を人はこう呼ぶ。賢人と」
「変人の間違いですよ」
そんな訂正の言葉は、私たちの後ろから聞こえてきた。
「置いてかないでくださいよ」
その声は、宙を泳ぐ魚から発せられた。黒い球体の体に小さな背びれと小さな胸びれをつけ、ひらひらと舞う大きな花びらのような尾びれを使って、優雅に泳いでいる。
「すまん、すまん」
クラムは、謝りながら手に持っていたボードを床に立てた。
「こいつの速度を出しすぎて、止まれなくなってしまったのだよ」
「気をつけてくださいよ。……あほなんだから」
黒い球の魚は、注意しながら、小さい声でけなしている。後の言葉はクラムに聞こえていなかったらしく、笑って謝るだけだった。
「どうも、メイルです。よろしくお願いします」
私の顔の前に泳いで来て、メイルは体全体を使ってお辞儀をした。
私もお辞儀を返した。
「どうも、私は……」
「赤い人(仮)」
「えっ?」
名乗ろうとした私の声は、メイルによって遮られた。
「貴女は、これから赤い人(仮)ね」
そう言ったメイルは、ティナと浩一に順番に顔を向けた。
「ティナっち、お子様、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「……お子様?」
ティナは笑顔で挨拶を返し、浩一は首を傾げた。
「でも、もうお子様って感じじゃないですね」
メイルの口調は、不満そうだ。メイルの花びらのような尾びれが、くるりくるりと回転して、波に揺れているように見える。
「普通に英雄でいこうかな」
メイルは、悩みながら呟いた。普通に名前で呼ぶのが嫌なのかもしれない。メイルの尾びれが、くるりくるりと回転している。
「さて、浩一、記憶をなくしたというのは本当か?」
近づいてきたクラムが、尋ねた。
「事実です」
浩一は、慣れた仕草で肯定した。
「ということは、私の話した数々の研究の成果も忘れたのか?」
「覚えてません」
「何ということだ。それはもう言葉に言い表せないほどの損失だぞ」
クラムは、オーバーなほどに手を振り上げ顔を覆う。
「あほの言うことは、九割切り捨てで聞いてください」
ばっさりと切り裂く言葉は、メイルからだった。それを聞いたクラムは、ただ笑うだけだ。聞こえていようと聞こえていまいと反応は変わらない。
そしてメイルは、浩一に顔を向けた。尾びれの回転は、止まっている。
「それとあなたは、これから脳なしでいきます」
「……のうなし」
浩一が、ため息を吐くように呟いた。
「さすがにその言い方は、酷い」
私は、すぐさまメイルに抗議した。
「でも、記憶がないんですから、脳に記憶がないという意味で、脳なしで間違いはないはずですよ?」
「その言い方だと、別の意味に取られるからやめたほうがいい」
しっかりと言い切らせてもらった。さすがに能無しはいい気分がしない。
「これだと思ったんですけどね」
再びメイルの尾びれが、回転を始める。
「せめて、過去なしとかで」
私は、なんとなく代案を出してしまった。すると、メイルの尾びれの回転が止まった。
「では、それでいきます」
「はやっ!」
何かしらこだわりがあると思っていたから、その早さはちょっと驚きだった。
「改めて、よろしくお願いします、赤い人(仮)」
「……よろしく」
私は、立ったままでそれだけ言った。頭を下げる気分にはならなかった。だいたい赤ってドレスのことだし。
「それで、私が呼ばれた理由は、奴を動かすということで良いんですかな?」
クラムが、親指で鉄の竜を指差しながら尋ねた。
それにはティナが、クラムの前に一歩出て答える。
「はい。そうできるのでしたらお願いします」
「できるかできないかと問われれば、私はこう答えよう。百パーセントの約束はできないと。なぜなら、やってもいないことが分かるはずはないのだから。そんなことが分かるのは百パーセント当たる占い師か、未来を見ることのできる神様か、まだ見ぬ時間を操る精霊王か、はたまた……」
「長いですよ、あほ」
話を続けるクラムの頭の上にメイルが乗っかった。そして、メイルの体が一瞬帯電し、次の瞬間、クラムの体に電流が流れた。
「くわっ!」
クラムは、変な声をあげて背筋を伸ばした。
メイルの体の帯電は、一度火花を出して収まった。
「あー、何が言いたいかと言うとだな」
何事もなかったかのようにクラムの話は続いた。
「試してみたいことはある」
「それでは、それをお願いします」
ティナも何事もなかったかのようにお願いした。
「すぐに準備しよう」
クラムは、頭にメイルを乗せたまま回れ右をして、鉄の竜へと歩いていった。その足元は、少し引きつっているように見える。
「ティナ、あれは、大丈夫なの?」
いろんな意味で。
「大丈夫みたいです。何度も見せていただきましたし、不思議とすぐに元気になられてしまうんです」
「そう……」
本当にどんな体をしているのだろう?
私に続いて浩一が、ティナに質問をする。
「クラムは、発明家と言っていましたが、この精霊を作ったのもそうなんですか?」
「はい。確かこちらは、魔力動力搭載型第九九九九号だったと思います」
「魔力動力搭載型の、九九九九……」
「ほかに、魔法式内蔵型、ミスト燃料消費型、新動力試作品などがあったと思います」
「いろいろ作っているんですか」
「そうみたいです」
見上げた室内では、ボードに乗って作業をするクラムの姿がある。マキャルの起こした爆発に巻き込まれたはずのボードを普通に使っている。発明者と同じように頑丈にできているみたいだ。
「それだけ作って、どれだけの物が使われてるの?」
今度は私が、質問した。
「それは私にはわかりません。クラムさんは、発明した物を広めることをしない方ですので」
「使っている人はいないの?」
「クラムさんの所に直接訪ねて行って発明した物を譲ってもらったり、メイルさんがたまに市場で売りに出していたりするみたいです」
「一応、使えるものなのね」
「はい」
それが確認できれば、とりあえずはいいかな。
鉄の竜の胸の前辺りで作業をしていたクラムが、こちらを向いた。
「浩一、ちょっと来てくれ!」
浩一を手招きしている。
それを見た浩一は、駆け足で鉄の竜の足元へ走った。クラムも空中から床へと下りていく。
「何をするのかな?」
私は、何気なく聞いた。
「私にはわかりません。クラムさんの作られる物は、みんな複雑です。メイルさんが簡単に説明をしてくれるんですけど、それでも仕組みなどは全くわかりません」
ティナは、申し訳なさそうに視線を下げた。
「あんな物なら、それもそうだね」
私は、部屋の中を改めて見上げた。卵型のドームの中にたった一つだけ置かれた鉄の竜。それ以外は何もない。この部屋の動かぬ主だ。
それを動かそうと空中で作業を続けるクラムとメイル。ここから見ているだけなら息がぴったりな動きをしている。
息がぴったりと言うならば、後ろで控えているマリルとマキャルもそうだ。二人の仕事は、無駄のない動きをみせている。
「そう言えば、ティナの精霊って見てないけど、どこにいるの?」
「……私のパートナーは」
ティナの視線が、少し上がった。
「もうこの世にはいません」
そう言うティナの声に変化はない。淡々としていた。
「ごめん、変なこと聞いた」
「いえ、いいんです」
ティナは、姿勢を変えず、声を変えず、ただ隣に立っていた。だから、私もティナの隣で同じように視線を上げた。
「……そういうことも、あるんだよね」
生きていれば、絶対にあること。悲しいけれど、いつかはあること。とても辛かったり、とても苦しかったりするけれど、それでもあること。
「あのこは、短い時間でしたけど、ちゃんと思いっきり生きました。浩一様のおかげで、最後の最後まで、本当に」
「そう」
「だから、感謝をしているのは、私のほうなんです」
そう言うティナの表情は、穏やかだった。
私は、浩一に視線を向けた。クラムと一緒にボードに乗って鉄の竜の前、空中に浮かんでいる。
ボードは、鉄の龍の胸の近くに浮かんでいて、クラムが鉄の竜に触れたと思ったところでその胸の一部が開いた。鉄の龍の胸の中にはガラス玉のような物が収められ、光を反射している。その正面までボードが動く。
クラムと話をしていた浩一が、一瞬こちらを向いた。
「む?」
何だろう?
「どうかしましたか?」
ティナが、ちょこんと首を傾げて、私の顔を覗き込んだ。
「あのさ……、これからやろうとしている事って、安全なのかな?」
「それは、私からはなんとも」
ティナは、困ったような表情を浮かべた。
それは、そうだろう。クラムが試してみたいことがあると言っていただけだ。でも、浩一がこっちを向いたことが、なんとなく気になってしまう。
「ちょっと待って!」
私は手を上げて、浩一たちに聞こえるように大きな声で叫んだ。それから、隣にいるティナの手を取って、通路へ向かった。
「えっ?」
手を取られたティナは、驚きながら私の後についてきた。
「どちらへ?」
そんな私の前にマリルが、立ちふさがった。その表情は、厳しい。
「ちょっとそこまで」
私は通路、つまり部屋の入口を指差した。
「なぜですか?」
「なんとなく避難しておいたほうがいい気がするからです」
浩一がこちらを向いた理由は、わからない。でも、こちらに気を向ける理由があったのだと思う。だったら、何か行動をしておいたほうがいい気がする。
「そこの通路から見させてもらえますか?」
マリルは、少しの間、私の顔をにらんでいた。
「わかりました」
しかし、すぐに小さくうなずいて道を開けてくれた。
マリルの脇を通って、まっすぐに通路へ向かった。その後を今度は、マリルとマキャルも続く。
無事に通路まで来た私たちは、それぞれ通路の壁に寄り添った。
「いいよー!」
私は、大きな声で叫び、すぐに通路の中に体を引っ込めた。鉄の竜の前では浩一たちが、こちらの様子を見守っていた。
浩一が、鉄の竜に向き直った。そして、むき出しになったガラス玉に両手を触れた。
「魔力が動いています。かなりの量」
マキャルが、ささやくように説明した。魔力なんてわからない私には、何も変化がないように見える。
「どうなっていますか?」
「浩一様を中心に、魔力が吸い上げられている感じです。ゆっくりと、時間をかけて動いています。それに、浩一様の魔力も混ざっているみたい、です」
マキャルは、鉄の竜とその周りをにらむようにしながら説明する。
「マキャルさんには、魔力が見えてるんですか?」
「見えてはいませんけど、魔力の性質を感じることで流れの向きとか速度とかを知ることができるんです。大体ですけど」
なんだろう、精霊には五感とはまた違う感覚でも備わっているのかな。
「浩一様の魔力が、膨らんだみたい、です」
浩一を見てみると、私の目にはやっぱり変化は見えない。でも、顔をうつむけて集中しているのはわかる。
「あ、れ?」
マキャルが、首を傾げた。
「膨らんでいると言うより、溜め込んでいる気が」
「溜め込む?」
「ほとんど使っていないみたい、です」
「おそらくですが」
マリルが、口を開いた。
「膨大な魔力を一気に流し込むことで覚醒させようとしているのではないかと」
「その方法は、前にもやりませんでしたか?」
ティナが、マリルの意見に首を傾げた。
「はい。ですが、今回は浩一様の魔力が含まれています。前と同様の結果になるとは限りません」
マリルの話が終わってすぐに、大きな風の音が響いた。そして、一陣の風が部屋から通路に向かって吹き込む。
鉄の竜を見ると浩一のいる場所が、わずかにゆがんだように見えた。
「あれ?」
その現象を確認する間もなく、部屋の中で突風が渦巻いた。突風は、部屋全体で巻き起こり、天井の照明を大きく揺らしている。
それを見たマキャルが、通路の入り口に立った。足元で茶色の魔法陣が輝く。
「〈ディフェンスシールド〉、ほっ!」
部屋の中に舞い込む風がなくなった。
どこかで音がする。何かがぶつかるような、つぶれるような音が部屋の中から響いている。
連続で破壊音が、こだまする。天井の照明が、床に落下したのが見えた。
そして、静かになった。
「お二人とも、怪我はございませんか?」
マリルが、ティナと私の顔を交互に見ながら尋ねた。
「私は、大丈夫です」
ティナが、しっかりとうなずき返した。
「あっ、私も大丈夫です」
私もすぐにうなずいた。
それを確認したマリルは、部屋のほうを向いた。
「マキャル、ご苦労様でした」
「いえ、いえ、これしきのこと」
マキャルは、笑顔を向けながら通路から出て道を開けた。それを見たマリルが、部屋へと入った。私もマリルに続いて部屋の中へ足を向ける。
部屋の中は、酷いことになっていた。天井の照明で無事なのは二つだけで、部屋の中は薄暗くなった。全体的に暗い。壁は、所々が何かに殴られたようにくぼんでいて、剥がれ落ちている箇所もある。床にも穴のようにくぼんだ場所があり、壊れた照明の破片が飛び散っている。
「光様のおかげで助かりました」
部屋の中を見回していたマリルが、私に丁寧なお辞儀をしながら言った。
「いえ、私もなんとなくで、確信があったわけではないので」
さすがに、ここまでの惨事になるとは思わなかった。
「それで、浩一はどこに?」
薄暗い部屋の中をざっと見回しても見当たらない。
「ここだ」
その浩一の声は、上から聞こえてきた。上を見上げてみるとクラムを抱えた浩一が、翼を背中に担いで飛んでいた。
浩一は、私たちの近くにゆっくりと降りてくる。浩一の背中にある翼は、飛行機の翼のように直線的で、白く彩られていた。薄く発光しているように見える。
「ふう」
床に降り立った浩一は、翼を消してすぐに床に座り込んでしまった。
「死ぬかと思った」
「まったくです。あほのおかげで寿命が縮まりました」
クラムの白衣の端からメイルが、飛び出した。その表情は、徹夜した後の朝、といった感じだった。
「すまん、すまん」
床に倒れているクラムは、笑顔で謝るだけだった。
「光のほうは、みんな無事か?」
「うん。そっちは?」
「なんとか」
私と浩一は、それぞれの無事を確認しあって、それから切り出した。
「浩一は、何か知ってたの?」
「何を?」
「この状況のこと」
「……いや」
浩一の視線が、私の視線からそれた。
「危険かもしれないとは思ったんでしょ?」
「一応は」
視線をそらしていても浩一の口はしっかりと言葉を出す。
「なんで?」
「クラムとなんでこんなに大きいのかって話をしたんだ。その理由が、起動させた時に周囲にあった発明品を取り込んだからだそうだ。さっきやったのも起動させた時と同じことをしただけなんだが、同じことをするならその時と同じような事が起こるかもしれないとは思った」
「なんでそれを話してくれなかったの?」
「……クラムが、大丈夫だと言い切ったから」
「ほう、その話は本当ですか?」
話に割り込んだマリルの声が、冷たく凍っていた。マリルの方を振り向くと、その表情も凍っていた。とてもきれいなのだけど、とても近寄りたくなかった。
「浩一様、本当ですか?」
マリルが、再度確認する。それに浩一は、何度も首を縦に振って答えた。
マリルの視線が、倒れているクラムに向いた。
「クラム様、少しよろしいですか?」
マリルの問いにクラムは、倒れたままで震えていた。
マリルは、返事を聞かずに白衣の襟をつかみ、クラムを引きずり始めた。そして、そのまま通路の奥に消えていった。
「で、結果のほうなんですけど」
メイルが、何事もなく、普段どおりに話を切り出した。
「起動は成功しました。でも、三年以上ほったらかしだったからいろいろ整備しないと動けないと思います。ティナっち、すぐに動けるようにしたほうがいいですか?」
メイルの問いにティナは、首を横にすばやく振った。
「そうですか。どっちみちすぐに動かせと言われても、あほがいないので話になりませんけど。一応、こちらから一方的に話をするくらいはできますよ」
メイルは、そこでため息をついた。
「それにしても、あのあほはどうなるんですか? 馬鹿力は何か知ってますか?」
メイルは、周りを見回し、遠くの一点を見つめて止まった。
「……何をしてるんですか?」
その視線の先には、マキャルがいた。マキャルは、壁際で丸くなって震えていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
小さな声で、繰り返し謝り続けていた。原因は、一つしか思い当たらなかった。
メイルは、再びため息をついた。
「これからザ・メイドは、氷の魔法を覚えたほうが良さそうですね」
その意見には、心の底から同意する。この部屋の雰囲気は、完全に凍らされてしまった。




