16 姫+愛
私の気持ちが落ち着き、するべきこともすべて終えた私たちは、面会場所へ向かっていた。面会するのは、この国のお姫様である。
「本来ならば、国王陛下とお会いしていただくのですが、今はミストロックの消失による異常事態に備えているため、お会いになることができません」
ミストロックは、大きな力を持っている。それが消失したことによる影響が、世界に少なからず現れるはずだと言う。お城にいる人たちは、みんなそのための対応に追われていた。
「そのため姫様が、お会いすることとなりました」
だから、わざわざこういう服装をすることになったみたいだ。
「そうですか」
私はそれを聞いて、緊張するしかなかった。礼儀作法に自信はないし、そもそも世界が違うから常識だって違う。何が失礼に当たるか、わかったものではない。
「そこまで硬くなることはありません。姫様は浩一様や光様の事情もよくご存知です。自分の世界と同じように振舞ってください」
そうは言われても、身分を意識しないわけにはいかない。
「はい」
私は、とりあえず了解の返事をしておく。
「姫様は、十年大戦の折、浩一様に命を救われたことがあるのです。それからは、ご恩をお返しするためにいろいろと尽くされてこられました」
十年大戦。この国もそれに巻き込まれた国の一つなのだろう。中庭で出会った警備兵の態度も、そのことが関係しているのかもしれない。
「浩一様が行方不明となられた時には、大層悲しまれました。それが今は、こうして無事を知ることができ、喜ばれておいでです」
これから会うお姫様は、浩一がこの世界に約一年間いた間にお世話になった人と思えば、自然と緊張が解ける。こちらから会ってお礼を言いたいくらいだ。
おそらく喜んでいるのは、お姫様だけでなく、目の前のマリルにとっても同じだと思う。
「マリルさんもお姫様と同じ気持ちじゃないんですか?」
私は、マリルの顔をうかがった。
「そうですね」
マリルの表情は、とても優しい笑顔だった。
浩一は、この世界でとてもよくしてもらっていたみたいだ。子供だったから誰かの力を借りなければ、どうしようもないことはたくさんあったはずだけど、そのことが良い関係となっているのは私にとってもうれしいことだった。
廊下の前方に両開きの扉が見えてきた。
「こちらが、姫様とお会いしていただくお部屋となります。姫様と浩一様は、すでに中においでになられています」
マリルが、両開きの扉の前で立ち止まり手にはめた指輪を口元に近づけた。
「マリル=ゴロームスです。お部屋に到着いたしました」
マリルが指輪にそう告げると、目の前の扉の表面に刻まれた模様が橙色の輝きを放った。その輝きが消えると、扉がひとりでに開き始めた。ゆっくりと廊下側に開いていく。
まずはマリルが、扉が開き終わる前に部屋に足を踏み入れた。私もマリルの後に続いて部屋に入り、マキャルが最後に入った。
部屋の中は、思ったほど広くはなかった。学校の教室より少し狭いぐらいだと思う。豪華さや調度品の質は全く違うけど。
部屋の中央にテーブルとそれを囲んでソファが並べられている。テーブルの上にはティーカップが、ソファには浩一と女の子が並んで座っていた。中央から少し離れた所には執事とメイドが一人ずつ待機している。
ソファに座っている女の子が、この国のお姫様だと思う。きれいな金色の髪と純白のドレスに身を包んだその姿は、清楚で可憐な雰囲気を醸し出している。たぶん同年代だと思う。
ちなみにその隣に座る浩一は、白のスーツ姿だった。
マリルが、女の子に近づいた。
「姫様、失礼致します。只今お連れ致しました」
深々と礼をしてマリルは、お姫様に告げた。
「ご苦労様です」
それにお姫様は、にこやかな微笑を浮かべて答えた。
私もお姫様の前まで進み、まず深々と礼をした。慣れない服を着ているせいか、少し動きづらい。いつもよりも細かな挙動を気にしてしまう。
そして、頭を上げて姿勢を正し、名乗ろうと口を開きかけた時、浩一が私より先に口を開けた。
「どちらさまですか?」
そう言う浩一の視線は、まぎれもなく私を向いていた。
ぷちっ
私の中で何かのスイッチが入った。
ごごごごごおぉぉぉぉぉ
私の中に流れる何かが雪崩れのように動き出す。
「浩一」
私の口から冷たい冷気のような声が出る。
「へっ、ひ、光?」
浩一の表情が、驚きに変化したところで停止していた。
周りから何の音も聞こえなくなった。私の声を浩一に、確実に届けるのにはちょうど良い。
「ちょっと髪型を変えたぐらいで……」
いつもは何の飾り気のない髪型だけど、今は片方の耳を出して髪飾りをつけている。
「ちょっと化粧をしたぐらいで……」
いつもはしないけど、今は薄く化粧をしている。
「ちょっと服装が違うぐらいで……」
いつもならまず着ないような服を今は着ている。
「いつも見ている顔がわからないなんて、浩一は、普段、何を、見ているの!」
私の手の平に熱い衝撃が加わり、浩一がソファから転がり落ちる姿が目に映り、そして、部屋の中に大きな音が響いた。
◇
マキャルが、ティーカップに紅茶を注いでいる。さっきまでいた執事とメイドに変わって、今はマリルとマキャルがこの部屋の中の世話係となっていた。
「先ほどは、見苦しいところをお見せしました」
私は、お姫様に頭を下げた。お姫様と私は、テーブルを挟んで向かい合って座っている。
「いえ、いいんです。気にしないでください」
お姫様は、やや引きつりながらも笑顔を見せてくれた。
「それでは、改めまして、加賀光です」
「ティナ=ヒュリストラと申します。ティナと呼んでください」
丁寧なお辞儀でお姫様、ティナは名乗った。
「……それは、呼び捨てでいいということですか?」
ここで確認してしまう私は、ちょっと弱気だった。私の質問にマリルが、視線を鋭くしているのが見える。少し怖い。
「できれば、そうしてください。言葉遣いも普段どおりでお願いします」
そう言うティナの表情は、少し申し訳ないような、寂しいような様子だった。
「オッケー。それじゃあ、私のことも光で。もちろん呼び捨てだからね」
私の返事を聞いたティナは、かわいく笑った。
「はい、光」
マリルの表情は厳しかったが、何も言わなかった。
「さてと、自己紹介が終わったところで、ちょっとやっておきたいことがあるんだけどいいかな?」
「何でしょう?」
ティナは、ちょこんと首を傾げた。ティナはその一つ一つの仕草が、かわいいらしかった。
「ありがとうございました」
私は、座ったまま膝と胸がつくぐらい深くお辞儀をした。
「いきなり何ですか?」
ティナの瞳が、キョトンと丸くなった。
私は、お辞儀をしたままで続ける。
「浩一が、この世界に来た時に助けてくれたこと、感謝しています。本当にありがとうございました」
もし、浩一がこの世界で一人だったら、もしかしたら、もう二度と会えなくなっていたかもしれない。そんなことを思うと、感謝せずにはいられない。
「それと、今日のことも。ありがとう」
私は顔を上げて、笑顔で言った。
「いえ、いいですよ」
ティナは、ちょっとビックリした様子だったけど、小さく首を振った。
「いいの。私が言いたいんだから」
「それだったら、僕も言わせて欲しい」
今度は浩一が、姿勢を正してティナに向き直った。
「覚えていないのが心苦しいですが、助けてくれてありがとう」
「浩一様まで、そんな、いいです」
今度のティナは、ちょっと大げさに首を振った。
「言いたいんだから、言わせて欲しい」
「いえ、そんな」
三人で、同じセリフの繰り返しになっている。
「姫様、ここは素直にお受けしましょう」
マリルが、助け舟を出してくれた。
「感謝の気持ちは、人の温かな気持ちです。それを無碍にすることは良くないと思います」
「……わかりました。その気持ち、確かに受け取りました」
ティナは、私たちにお辞儀を返した。
「うん」
なんとなく私は、笑顔になってしまう。そう言えば、セリアにまだお礼を言っていない。元の世界に帰ったら、ちゃんと伝えておこう。
「そうだ。私たちが元の世界に帰る方法ってあるの?」
今まで肝心なことに頭が回っていなかった。この世界に来てから安心して話も考えることもできないでいたから。
「それは、安心してください。先ほど準備をするように指示をしておきましたから。明日の朝には帰れると思います」
ティナが、優しく言った。
「そっか」
明日の朝には帰れる。それまでは、この世界にいることになる。
「それまでどうしようか?」
時間も遅いから外に出たいわけではないけど、せっかくこんな場所にいるのだから何もしないで今日は休むというのもつまらない。
「……少し、聞きたいことがある」
浩一が、真剣な表情を作っていた。
「僕の加護について、どんなものなのか、どんな力があるのか、詳しく知っていますか?」
浩一の問いにティナは、首を横に振る。
「私は、よく知りません。マリルとマキャルは知っていますか?」
「申し訳ありません。私も詳しくは」
「すみません、しゅん」
マリルとマキャルも首を振った。
「それじゃあ、詳しく知っている人に心当たりは?」
ティナは、少し間を置いて考え、首を小さく横に振った。
「光の加護や闇の加護は、戦場で大きな戦果を上げたと伝え聞いています。ヒュリストラ王国は、できる限り十年大戦にはかかわらないようにしてきました。ですので、戦場で使われた力を詳しく知っている人は、この国にはいないと思います」
申し訳なさそうに小さく肩を落とした。
「そうですか」
浩一は、表情を暗くしてため息をついた。
「浩一は、どうしてそんなに加護にこだわってるの?」
ちょっとだけ疑問だった。
浩一は、基本的にやる気なしの興味なし、人の言うことを受け入れるだけで自分の意思を尊重しない、全体的に受身の人間だ。自分のなくした記憶でさえも関心を持てないのに、加護に関しては珍しく積極的だった。
「セリアが言っていただろ。加護は、戦況を左右するほど大きな力、本気で使えば地形をも変える。そんな力を何も知らないでいるのは、危険だと思う。ちゃんと自分で制御できるようにしておきたい」
言っていることは、わかる。理解もできる。
「コントロールできるようになったら、どうするの?」
でも、言葉にしていないこともある気がする。
「別にどうもしない。ただ、理解しておきたいんだ」
私は、浩一の目を見て質問を続ける。
「でも、帰ったらセリアを手伝うんでしょ」
「……たぶん」
「それで加護が使えるなら、使うんでしょ?」
「……おそらく」
「結局、使うんでしょ?」
「……いじわるだな」
浩一は、私の視線から目をそらすため、顔を背けた。
「ごめん。そういう意味じゃないんだ」
私は、気持ちを伝えるために言葉を考える。
「浩一は、誰かが助けてって言ったら、助けに入るでしょ。誰かが危険に巻き込まれたら、その危険に飛び込むでしょ。それで助けられるなら、絶対にそうするでしょ」
浩一にとっての数少ない外側に向けられた意思。そんなに目立つ行動ばかりではないけど、小さなことでもいつもそうしているように思う。
「浩一にとって、加護もそんなものの一つじゃないのかな。危険だからっていうのはわかるけど、使って大丈夫なら使うものなんじゃないの?」
「結局、何が言いたいんだ?」
浩一は、困惑の表情で私を見た。いまいち伝わらなかったみたいだ。私も何が言いたいのか自分で言っていてわからなくなった。
「要するに、嘘つくな」
使うなら、使うと言え。隠すんじゃない。心配をさせないためだとしても、何も言わないほうが心配になる。
「分かった。でも、そんなに使うことにはならないと思う」
浩一は、短くまとめてちゃんと言った。
「うん」
その言葉は、すんなりと受け入れられた。
「すばらしいです」
ティナが、両手を合わせ、祈るように指を組み合わせていた。見つめる瞳が、キラキラと輝いている。
「な、何が?」
私は、ちょっと怯んでしまった。
「お二人がです」
ティナは、浩一に視線を合わせた。
「浩一様は、記憶をなくされているというのに、その心は英雄として戦っていた頃から全く色あせていません」
そして、私を正面から見つめる。
「そして光は、すべてを包み込むような浩一様を思うその愛は、何よりも美しいです」
ティナの口からは、役者にでもなったように恥ずかしいセリフが吐き出される。その挙措すらもセリフを脚色するように清らかに見えた。
「あ、愛とかじゃないから!」
私は、慌てて否定した。ここで否定しておかないと現実にされてしまいそうだった。そのぐらいティナのセリフと動きには力があった。
「そういうのじゃないから!」
顔の全面に熱さを感じる。
「いいえ、愛です!」
否定の否定による完全肯定。本人が否定しているのに、ティナは完全に肯定している。
「他者を思うすばらしき思い。美しき二人の絆。これが愛でなくて何だと言うのですか!」
「違うから!」
私は、力の限りに叫んだ。
ティナは、私の叫びに対して力強く立ち上がった。
「光が何と言おうと、私はその心に魅入られたのです。私は、その思いのための力になりたい。なんとしても加護に精通する者を見つけ出します」
ティナは、燃えていた。その瞳に、そしてティナのバックに炎を燃やしているようだった。もうこちらの話など聞いていない。
「マリル、すぐに手配を!」
腕を大きく振って、背後に控えていたマリルに指示を出した。
「かしこまりました」
指示を受けたマリルは、熱くなるティナに対して冷静だった。
「しかし、加護について詳しい者となりますと、加護を得た本人か、その人物のごく近くにいる者となります。加護を得た人物から話を聞くことはできませんので、その近くにいた者から話を聞くことになりますが、浩一様と行動を共にしておられたのは、セリア様とアズルト様でしょう。セリア様からはすでにお聞きしているようですし、アズルト様はすぐに連絡の取れる方ではありません。過去の加護を得た者の近くにいた者から話を聞いても、すべての加護について知っているわけではございません」
「……そうですね」
マリルの説明を聞いたティナは、少し落ち着きを取り戻し、ソファに座った。そのまま、ティナとマリルの話は続く。
「浩一様の作られた加護のことまで知っている者。そうなると、十年大戦の最後の一年と最終戦にかかわった者を探すことになりますか?」
「いえ、消滅戦は浩一様だけですので、それほど重要ではないと思われます」
「でも、浩一様が本気で加護を使われたのは最終戦だけではありませんか?」
「確かにそうかもしれません。目撃者がどれだけいるかわかりませんが、探してみましょう」
二人の話を聞いているうちに、私の熱も少し落ち着いてきた。
最終戦と消滅戦はおそらく同じもの。呼び方が違うのは、人によってその捉え方が違うのだと思う。十年大戦最後の大きな戦い。大陸が消滅するほどの大きな戦い。それを戦ったのは、浩一ただ一人だけ。でも、浩一だけじゃなかったんじゃなかったっけ?
「パートナーは、どうしたんですか?」
私は、話を続ける二人に疑問をぶつけた。
「浩一のパートナー精霊がいたって聞きましたけど」
浩一のパートナーは、消滅戦の跡地で発見されたはずだ。
「浩一様のパートナーは、現在眠りについております」
マリルが、静かに答えた。
「今までに何度も調査や整備をしましたが、状態が改善されることはありませんでした」
「整備?」
違和感のある言葉だった。それは、調査にしても同じだ。精霊は、私たちと近い生命であるはず。それを調査や整備と表現するのはおかしいと思う。眠っているのならば、するのは検査や治療だろう。
「浩一様のパートナーは、特殊な精霊ですので」
マリルの口調は、言いづらそうなことを口にしているようだ。そう言えばセリアは、人工的に作り出された精霊だと言っていた。
浩一が、耳打ちするように声をかけてきた。
「その話、僕は知らないんだが」
「それは、浩一がいない時に話した話だから」
「そうか」
それだけ言って、浩一は口を閉じる。
「実際に見てみますか?」
ティナが、首をかしげながら提案した。
「見れるの?」
整備とか言っているのだから何かしらかかわっていると思ったけど、そんな簡単に言われるとは思わなかった。
「はい。浩一様のパートナーですし、別に特別な場所にいるわけではありません。誰でも自由に見ることができます」
ティナの説明は、当たり前のことを話しているように落ち着いていた。それにしても、何かの展示品のような説明だ。
「どうしますか?」
ティナが、ちょこんと首を傾げた。
私は、浩一を見る。
「……行ってみようか」
浩一は、とりあえずといった様子で答えた。
「わかりました。それでは準備をお願いします」
「かしこまりました。マキャル、後はよろしくお願いします」
「はい、わかりました」
マキャルは、笑顔で返事をした。
それを確認したマリルが、一度頭を下げてから部屋を出て行った。




