14 崩壊+瓦礫
前話からの続きです。
襲ってきた精霊を校舎の中央付近から端の壁まで吹き飛ばし、そこで止まらずに外まで飛ばしてしまった。
校舎の壁を破壊して、それでも勢いが止まらないというのはどれほどの威力だったのか。自分でやったことながら疑問を持つ状況だった。グローブの能力がすごいのか、体を強化する力がすごいのか、または両方を同時に使用しているからこその効果なのか、いずれは確認しておきたいところだ。
「大丈夫、大丈夫。全員無事だから」
その声に振り向くと、セリアが耳に手を当てて話をしていた。おそらく、外で待機している光と会話をしているのだろう。さっきの破壊音は、さすがに心配になる出来事だ。
「もう少し、そこで待機していてね」
セリアが、耳から手を離しこちらを向いた。
「とりあえず浩一は、その手についているグニャグニャ、取れる?」
僕は、左手についた白い膜を持ち上げ、右手で引き剥がした。怪力を発揮するグローブを身につけ、体を強化する力を使っている今は、邪魔に思うほどの重さを感じなかった。膜は、最初は軟らかだったが、今は固まったように硬くなっている。
「取れるなら、キュピとヘレを助けてもらえる」
そう言うセリアの傍には、ヘレが倒れている。
「重い……」
そしてそのヘレの体には、白い膜がくっついていた。量は多くはなかったが、量の問題ではないのだろう。この場で動けるのは、僕しかいないらしかった。
すぐに助けることにする。まだ何も状況は解決していないのだから、手早く済ませないと。外に出た精霊が、そのまま何もしないでいる保証はない。
まずは、ヘレにくっついている膜から剥がす。
「あん、乱暴にしないで」
剥がしたので、さっさと次へ移る。
「あれ、何の反応もなし?」
ヘレは、キョトンとしていた。
キュピのほうは数も量も多い。初見でかなり近くから受けたのだから仕方がない。多少の手間がかかったが、無事にすべて剥がすことができた。
「……キュ」
自由になったキュピは、両手を僕の首に巻いて抱きついてきた。礼を言われているのだと思う。こういう表現は少し困るが、言葉に不自由なぶん仕方がない。
キュピに応えるように僕は、キュピの頭を撫でてやった。
「それで、精霊の反応は?」
セリアがそう問うので、僕はキュピに抱きつかれたまま腕だけを動かして、レーダーをセリアの前に出した。レーダー内の黒い点に目立った動きは見られない。
「ふーん、それほど離れてないのか。それじゃあ、キュピと浩一は空から様子を見て。私とヘレは後から行きましょう」
セリアはさらりと言ってくれたが、僕は空を飛ばなければならないらしい。いきなり飛べと言われてもすぐには飛べない。加護の中にそういう力があることは理解しているが、記憶にないことをうまくできるかは自信がない。記憶がないだけで飛んだ経験があることは確かなのだが。
「キュ」
セリアの言葉を聞いたキュピは、すぐに動き出した。僕の両脇の下に腕を回して体を抱え込むと、そのまま浮かび上がり、僕が開けてしまった穴へ向かって一直線に飛んだ。
「気をつけてね」
セリアの声が、後ろから聞こえてきた。
「……」
飛ぶことへの心配は、意味がなかったらしい。少し複雑な心境だった。
しかし、何かあった時に落ちることを考えるとやはり心配しないといけないのか。この場合は、飛ぶ方法よりも着地する方法になる。
廊下の行き止まりまですぐに進み、キュピは速度を変えることなく外へ飛び出した。
精霊の姿は見えない。
レーダーを確認すると、すぐ下の地面に精霊の反応があった。レンガで舗装された歩道が、少しへこんでいる場所に反応がある。その場所から黒い弾が出現し、こちらに向かって飛び出した。
「キュ!」
キュピは、それをすばやく旋回してかわした。
外れた黒い弾は、僕たちがいた場所で大きく膨れ上がり、破裂して、大きな音と衝撃を周囲に撒き散らした。
精霊は続けざまに黒い弾を発射しているが、キュピは空中でそれをうまくかわしていく。
周囲では連続する空気の衝撃が、突風となって吹き荒れている。
レーダーを確認すると、精霊の位置は変化していない。姿が見えなくとも、黒い弾が出現する場所が精霊の位置だと予測もできる状況だ。別に不思議に思うところはない。
「……」
ただ、別の反応が気になった。おそらくセリアたちなのだろうが、未だに地上から高い位置にいる。
「〈ウォーターレーザー〉」
そう思ったところに、水流の束が、黒い弾の出現地点にぶつけられた。
水流の飛んできたほうに視線を向けると、青い魔法陣を前面に描いているヘレが、東校舎の屋上に立っていた。そこから、水流を飛ばしている。
水流をぶつけられた精霊の姿が、ノイズが混じったように一瞬だけ目に映った。だが、すぐに姿を隠してしまう。
「キャアァァァァァー」
屋上からの攻撃に精霊は、奇声を発しながら、黒い弾と白い膜の両方を連続でばら撒くように放出し始めた。
「……」
僕はその光景に、嫌な感想しか持てなかった。
白い膜は、くっつけばまず身動きが取れなくなる。黒い弾は、当たった効果は分からないが、破裂する衝撃で突風が吹く。黒い弾の破裂によって、白い膜が広範囲に散らばってしまう。
「キュ!」
キュピの速度が上がった。上下左右前後と方向を変え、白と黒の散らばりの間をぬって器用に飛ぶ。抱えられているこちらは、振り回されてたまったものではない。
周囲に飛び散った白い膜は、草や花などの裏庭に植えられた植物を次々に押しつぶしていく。地面や校舎の壁が、白く染まっていく。
「もう、面倒くさいわね」
ヘレが、長い髪をなびかせて屋上の端に立った。青い魔法陣が、ヘレの周囲に六つ描き出された。
「〈ブリットシューター〉」
六つの魔法陣から水の弾が、次々と打ち出された。黒い弾と白い膜にぶつかり、それぞれを打ち落としていく。しかし、黒い弾はその水の弾を吸収したように大きくなり、破裂の威力を増してしまう。
破裂の勢いを受けた白い膜が、粒状になって散らばった。
「キュッ」
キュピの飛ぶ高度が、突然下がった。そして、そのまま地面に向かって急降下を始めた。さすがに粒状となってはかわしきれなかったようだ。僕の体にかかる荷重も大きくなっていた。
地面が目の前に近づく。
息が詰まる。
同時に、目の端にすばやく動く巨大な火の玉を見つけた。その火の玉は、僕とキュピの落下地点に向かっている。それを確認した時、すでに火の玉は、僕の目の前まで来ていた。
目の前が赤く染まったと思った次の瞬間、地面に向かって落ちていたのが、横への動きへ変わり、予想していた地面への衝撃が緩和されていた。気づくと僕とキュピは、芝生の上に転がっていた。
「ごほっ」
急激な動きで息苦しかったところに芝生の香りを一気に吸い込んでしまい、咳き込んでしまった。
「大丈夫?」
その声に顔を上げると、隣で光が芝生に膝をついていた。心配そうな顔で覗き込んでいる。
「ぶ?」
その隣で首を傾げるフェイルがいる。フェイルは、大きな狐の姿に変化していた。
「さっきのは、フェイルか?」
どうやら地面に激突する前にフェイルに助けられたようだ。火の玉に見えていたのは、フェイルだったらしい。
「〈ウェーブスクリュー〉!」
前方では、まだ精霊との緊迫した状況が続いている。
セリアは、校舎から飛び降りつつ、魔法を唱えている。セリアの魔法で、姿の消えていた精霊の姿があらわになっていた。
「続けて……」
セリアの前方に描かれた魔法陣の内側の図形が並べ替えられ、色が緑色から茶色へと変化した。
「〈チェーンバインド〉!」
茶色の魔法陣からいくつもの石の鎖が飛び出し、精霊の腕や足、あごなどを締め付けて拘束した。拘束された精霊は、身動きせずにその場に倒れ伏す。
「大丈夫なの?」
隣に座る光が、再び心配そうな顔で尋ねた。
自分の体を眺めて確認する。目立った傷や痛みはないから外傷はないだろう。足に白い膜が少しついていたので、それを引き剥がして立ち上がった。
「うん、大丈夫」
「そう」
僕の様子を確認した光は、ほっとしたように一つ、息を吐いた。
まだ倒れているキュピに視線を向ける。キュピの背中には白い膜が、まだら模様のように張り付いていた。広範囲に張り付いてしまっていては、さすがに苦しいだろう。
「キュゥ」
弱々しく鳴くキュピは、顔をこちらに向けるだけでほとんど動かない。
「キュピは、大丈夫?」
光が今度は、キュピに確認する。
キュピは、確かなうなずきを光に返した。
キュピにくっついている白い膜を剥がすため、キュピのそばに膝をついた。
白い膜を剥がしているとセリアが、こちらに駆けて来た。
「そっちは大丈夫だった?」
「はい。大丈夫みたいです」
光が、セリアに振り返りうなずいた。
僕は、黙々とキュピの背中に散らばる膜を剥がす作業を続ける。数が多くて大変だからまずは、見た目が大きい物から剥がしていく。
精霊のほうは、セリアの魔法で作られた鎖によって完全に行動を封じられていた。精霊の足元に茶色に光を放つ魔法陣が描かれ、石の鎖が精霊の体に何重にも巻きついている。
「こっちも一段落ついたから、後はキュピが動けるようになったらすぐに連れて帰るね」
これでこの件は解決するようだ。後は精霊やその影響でここにいるフェイルやヘレを連れて帰るだけ。
「はい、わかりました」
セリアにうなずく光だったが、フェイルが光の袖をくわえて腕を引いた。
「お風呂」
袖を甘噛みしているフェイルの目は、潤んで夜空の星のようだった。
「えっと、それは……」
「特製お風呂」
言葉に詰まっている光と絶対に離さないフェイル。二人の視線は対照的で、一方は泳ぎ、一方は真摯だった。この場に来るために示された餌は、しっかりと頂戴していくつもりらしい。
「そうだね。フェイルとヘレは、私の仕事が終わったら迎えに来ることでどうかな?」
そんな二人にセリアは、笑顔を向けながら提案していた。主に光に対しての問いかけではあるが。
「できるだけ早く来てくれるならば、いいですけど」
光は、屋上にいるヘレに困惑気味の視線を向けた。また、ヘレが料理の関係で何か言い出すのを心配しているのだろう。
「ああ、そうだね。できるだけ急ぐことにはします」
セリアも光の言いたいことを理解したようで、何とも言いがたい表情で光と視線を同じくした。
ヘレは、屋上の端に座って足を宙に投げ出していた。
「終わったんなら、迎えに来てよ!」
両手で輪を作り、それを口にあてて大声を出している。
「フェイル、行ってもらえるかな?」
セリアが、フェイルに声をかけた。
「いいよ」
それにフェイルは、一言でうなずいた。熱で膨らんだ大気が音を鳴らし、フェイルの体が炎に包まれた。そしてフェイルは、一息で校舎のすぐ下まで進み、そこで地面を蹴って屋上まで一気に跳んだ。あっという間に四階建ての建物の屋上の上までたどり着く。
その時、音が響いた。
連続して何か、変な音が響いた。大きな物がぶつかったような、ずれたような、普段は聞かないような音だった。
視線を上げる。
「なっ」
そこで僕が目にしたのは、ちょうど校舎の壁が崩れ落ちる瞬間だった。
四階建ての高さの壁が、轟音と共に一気に崩れ土煙を上げた。屋上にいたヘレとフェイルもその崩壊に巻き込まれ、落下していく。瓦礫と化した壁の落下した衝撃で、周囲に土煙が巻き上がる。
「きゃ!」
光が、視線をそらして小さく悲鳴を上げた。
僕たちのいる場所まで土煙が迫り、それを避けるために僕も目を瞑った。
崩壊した壁には精霊の撒き散らした白い膜が、何重にもなってくっついていた。それが崩壊の直接の原因だろう。想定外の重さに耐え切れず、崩れ落ちてしまったのだ。
その中にヘレとフェイルが巻き込まれてしまった。さらに、壁の落下地点付近には捕らえた精霊がいたはずだ。舞い上がった土煙が落下地点を厚く覆い、現状が確認できない。
「キュピ、動ける!」
セリアが、叫んでキュピを呼んだ。
しかしキュピは、首を横に振るだけでその体が持ち上がることはない。
「キャアァァァァァー」
土煙の中から奇声と共に瓦礫が飛び出してきた。さらに白い膜が、こちらに向かって山なりに飛んでくる。
僕は、光を抱えて横に、セリアは、僕とは反対側に跳んだ。
何とか白い膜から逃れた僕は、地面に横になったまま、すぐに視線を土煙の中心に向けた。しかし、それでは遅かった。
目の前に、土煙を吹き飛ばして進む黒い弾が、迫っていた。
「くっ」
僕は、光を抱えた腕に力を込めた。
そして、夜の空に慣れた目からすべての光源が消え、腕の中の光の姿も見えなくなり、完全な闇の中に放り出された。




