13 蜘蛛+白鳥
僕たちは、キュピの背に乗って道乃森高校の上空を飛んでいた。今日は、学校から泊り込みを禁止されている。学校に残っている生徒はいないはずだ。
学校は、周囲を森に囲まれているため、夜になるととても暗い。校内を明かりのない建物が並び、昼間とは別の空間を作り出している。
手元の球体、加護の力で作り出したレーダーを見つめた。そこには桜色をした半透明のドームと、そのドームの中に黒い点が一つ映し出されている。
「あっ、気づいた?」
僕のすぐ前にいるセリアが、振り返った。
「あのドームのこと?」
「そう。あれは、私の仕掛けておいた仕掛けの一つ、〈パラレルサンクチュアリ〉。もともと存在する空間の上に別の空間を重ねる魔法。この魔法で作られた空間は、入ることも出ることも難しいの。今回はあれを、精霊を閉じ込めるための檻にしました」
「なるほど」
現在、あのドーム型の空間の中に説得、もしくは捕獲する精霊が閉じ込められているわけだ。
「二人で何を話してるの?」
「そうよ。状況を説明しなさい」
僕の背中に捕まっている光と、小型サイズに戻って光の腕に巻きついているヘレが首を伸ばしてきた。フェイルは、光の腕の中に抱えられている。
僕は皆にレーダーを見せた。
「学校全体が覆われてる」
「えっ、そうなの?」
「ふ〜ん」
光は目をキョトンとし、ヘレは目を細めて学校を見下ろす。
「確かに結界空間が作られているみたいね」
「私には見えないけど」
ヘレにはドーム型の空間が見えるようだ。僕や光には見えていない。
「精霊ならば見えると思うよ。人でも、魔法を使えば何とか見えるかな。この世界で魔力を扱える人は、公にはいないみたいだからこの魔法を選んだんだけどね」
セリアが説明を終えると、ゆっくりと立ち上がった。
「キュピ、突入の式を構築」
セリアは、キュピに指示を送った後、両手を前に突き出した。その手の前方、キュピの前に桜色の光でできた二つの円が空中に浮かび上がり、その円の中に幾つかの図形が重なり、記号が並ぶ。
「よし、行くよ」
キュピが進路を下に向け、桜色の魔法陣と共に一気に降下する。耳元で風が過ぎ去り、前から後ろに向かって風の圧力がかかるが、キュピは構わずに飛んだ。
あっという間に校舎のすぐ上まで来ていた。
キュピは四枚の翼を大きく羽ばたかせて減速し、グラウンドに設置されたステージ前の広場に降り立った。翼を折りたたみ、首を下げて低い姿勢になって地面に近づく。
まずはセリアが、キュピの背中から飛び降りる。僕もセリアに続いて降りた。
「浩一、相手の居場所はわかる?」
問われた僕は、すぐに手元のレーダーに視線を向けた。意識を集中して、映される情報の位置と縮尺を調整する。球体の画面から桃色のドームは消え去り、中央に集まる五つの点とそこから離れた場所に黒い点が映し出される。
五つの点は、僕たちを示しているのだろう。自分の情報は映されていないようだ。そうなると黒い点が、対象の精霊か。
レーダーの中に映された黒い点の場所を現実の世界と照らし合わせる。
「東校舎。高い位置にいるからたぶん、三階か四階」
東校舎に視線を向けると、壁面に大小様々な大きさの広告が所狭しに貼り出されていた。昼間に見た光景そのままだ。魔法によって作り出された別空間だというが、ドーム状の幕に覆われているほかに現実との差異は見当たらない。
セリアを見ると、両手にはめたグローブの左手の甲に指を当てて東校舎に視線を向けていた。グローブの甲には、何か図形が彫られており、その図形を描く線が緑色に光っていた。
「やっぱり、私の探査魔法には引っかからないみたい」
セリアがグローブから指を離すと、図形の放つ緑色の光は消えた。
「ヘレは、何か見えるの?」
光の腕ではヘレが首を動かして、視線をめぐらしている。
「この距離だとちょっと難しいわね」
ここに来る間に聞いたことなのだが、ヘレには透視するスキルがあるということだ。ヘレはほかに、透過と幻惑のスキルを持っているそうだ。ランクが高ければ、複数のスキルを持つことは当たり前らしい。
「だいたい、私の今のスキルで透視できるのは、仕切り一枚分よ。あんなに紙の貼ってある壁の向こう側なんて見えないのと変わらないわ」
確かに、紙一枚分透けたところで見えるのは壁である。
「そうね。それじゃあ、私とキュピ、ヘレ、浩一で中を調べましょう。光とフェイルは外で待機ね」
セリアのマントがふわりと数回揺れて、マントの隙間から光の前にセリアの手が差し出された。その手の中には小さな宝石のついた指輪が乗っている。
「これは、〈風のささやき〉っていうアイテム。形はいろいろあるんだけど、近距離通信用の魔法式が刻まれているから、これを使って情報をやり取りするね」
「でも、私に魔法は使えないんじゃ?」
光が、首を傾げる。
「それは大丈夫。アイテムの中には魔法式と一緒に魔力も込められてあるから、ちょっと念じれば光でも使えると思うよ。もしも使えなかったり、込められた魔力が切れたりした場合は、フェイルが魔力を込めればいいでしょ」
「わかりました」
「ました」
光がうなずき、それをフェイルもまねした。それから光は、セリアの手から指輪をつまみあげる。
セリアは、手をマントの中にしまって再び出すと、その手を自分の耳に近づけた。耳から手が離れるとそこには、イヤリングがはめられていた。そのイヤリングに使われている宝石は、光に渡した指輪と同じ輝きを放っている。
「それじゃあ、行きましょう」
◇
校舎に侵入(しっかりと施錠されていた)した僕たちは、並んで校舎内を慎重に進んだ。明かりのない階段を足元に気をつけながら、一歩一歩上がっていく。そして、何事もなく三階の廊下にたどり着いた。
「反応は?」
僕の前を歩いているセリアが、階段の壁に背をつけて尋ねてきた。
「この先に」
僕は階段の途中から、レーダーを覗き込んだまま簡潔に答えた。
「見える物に変化は?」
「ないわね」
人型になったヘレが、廊下に顔を出して、首を左右に回している。
ヘレとキュピは、校舎に入る前に人型に変化していた。人型になったキュピは、髪は短く、タンクトップとショートパンツで活動的な女の子の姿をしている。ただ、背中と腰から翼が生えていることが、人ではないことを一目で分からせていた。
キュピは、僕のすぐ後ろの空中に浮かんでいる。翼を羽ばたかせて浮かんでいるわけではないので、音はない。人型になってからずっと浮かんだままだ。
「ここまでは、何もなし、と」
「なんか拍子抜けだわ」
セリアとヘレが、階段を上がりきった。その足取りは、軽くもあるが弱くはない。周囲に気を配りながら進んでいる。
「本番は、ここからでしょう。気を抜かないでね」
「はい、はい」
静かにやり取りをする二人の姿は、なんとも頼もしかった。
「後、三教室分」
僕のレーダーは、黒い点に少しずつ近づいている様子が映し出されている。黒い点に近づくに連れて、僕たちのクラスの出し物の教室も近づいていた。口にはしなかったが、この時の僕は気づいていた。精霊のいる場所は、僕たちの出し物の教室であることを。
「後、二教室」
前を歩く二人から、話し声が消えていた。急に静かになったことで僕の体に緊張が走る。
「後、一教室」
そこで、ヘレが目的地の隣の教室の壁に手を当てた。そして、壁をすり抜けて教室の中に入ってしまった。透過のスキルだ。
「見えるところに変化はないわ」
ヘレの視線は、目的の教室に向いている。どうやら透視しているらしい。
「そう」
その言葉を聞いたセリアが、足を止めた。
「もしかしたら、姿を隠しているのかな」
思案顔で呟いている。
「隠す?」
「体を透明にして見えなくしているとか」
もしそうならば、視覚での確認は不可能だ。
僕は、手元のレーダーをにらんだ。黒い点は、目の前の教室に確実にある。
「振動探査系の魔法なら何とかなるかな」
セリアが、そう呟いたのと同時に何かの引かれる音が廊下に響いた。音の発信源は、前の教室からだ。精霊がいるはずの教室からの発信だ。
前に目を向けると、教室の扉は開いていた。生徒が下校した時に、教室の扉に鍵がかけられているはずだった。僕たちがこの校舎に入る時も、ヘレにスキルで中に入ってもらい、鍵を開けて入った。
ちなみにこの空間内の建物を破壊しても、現実の空間には何も影響しないそうだ。姿や位置が同じでも、別の空間として存在している。
ただし、この空間の外から持ち込まれた物はそうではない。影響は、この空間を出た後も残ってしまう。僕たちが傷を受ければ、それはそのまま残ってしまう。
目の前の変化を注意深く観察する。扉が開いているからには、誰かがそれをしたはずだ。
カツン
廊下に硬い物が当たったような音が響いた。それ以外の変化は、見られない。何も見えない。
カツン
再び、音が廊下に響く。
カツン
僕は正面の変化とレーダーを一度に捉えるために、レーダーを持った手を目の高さまで持ち上げた。レーダー内の黒い点は、僕たちを示す点と一直線に並んでいた。
「いる、正面」
僕の言葉にセリアがすぐさま反応した。マントから出された手には、大きな玉の付けられた短い棒が握られていた。その棒の先に付けられた玉を前に突き出す。すると、球の前に緑色に光る魔法陣が現れた。
「〈ウェーブスクリュー〉!」
廊下に流れの乱れた風が、吹き荒れる。方向はおろか、強弱さえも不規則な風にさらされ、体が揺れた。いきなりのことに戸惑ったが、何とかバランスは崩さずにその場に踏ん張ることができた。
「……」
風が弱まると、廊下には変化が現れていた。テレビの画像が乱れるように、目の前の風景にノイズが走る。廊下の天井付近から床まで、ノイズが広がると共に目の前の光景に色彩が加えられていく。
床に着く足は、八本。後ろに大きな腹があり、前にはとがったあごと小さく丸い目の付いた顔がある。その姿は大きな蜘蛛であった。しかし、正確には蜘蛛とは違う。蜘蛛の胸からは、女性の体のひざから上が生えていた。そして、その女性の腕は普通の人の腕ではなく、白鳥のような白い翼をしている。うつむけた顔に髪がかかって、女性の表情は隠れえて見えない。
「驚かせてしまって、ごめんなさい」
セリアが、穏やかな声音で謝った。
「この場所の魔力を少し乱させてもらいました。どうしても顔を見て話をしたかったの」
異形の者に語りかける。
異形と思うことは、失礼だろう。しかし、まず普通だとは思えない姿をしている。人の姿とも動物の姿とも違う。人の体には覇気がなく、蜘蛛の体にはひびが入っている。その姿は、夜の学校との相乗効果で、死者だと言われたほうが信じられる。思ってしまうことが失礼だとしても、思わずにはいられなかった。
「私は、スピリットハンターの……」
「キャアァァァァァー」
セリアの言葉は、悲鳴のような甲高い声によって遮られてしまった。
「うっ」
その声に思わず耳をふさいでしまう。その声は、大気を震わせ、廊下に面したのガラス窓を振動させている。
目の前の精霊が声を出しているのだと思うが、人の体から発しているのか、蜘蛛の体から発しているのか判断できない。
「キュ!」
両手でふさいでいる耳にもはっきりと聞こえるキュピの声。その声の後、僕と同じように耳をふさいでいるセリアの足元に黄色の魔法陣が描き出された。
その魔法陣から黄色に発光する鉄の鎖が現れ、目の前で奇声を発している精霊の上下左右から迫る。
精霊は、奇声を発するのをやめて足を曲げて体を沈め、それから大きく後ろに飛び退って鎖の軌道から外れた。
何も捕らえることのできなかった鎖同士がぶつかり、音を立てて消えていく。
セリアが、耳ふさいでいた両手を下ろして精霊と対峙した。
「……あなたを捕獲します」
その声は、本気の言葉だとすぐに理解できるほどに凛としていた。
「キュ」
僕の上をキュピが、音を立てずに飛び越えた。そして、精霊に向かって一直線に向かって行く。
セリアの足元で緑色の魔法陣が描かれる。
「〈サークルプロテクション〉!」
精霊に向かうキュピの体を風の渦が取り囲み、その身を守る。
キュピは、そのまま精霊に体当たりをした。
精霊の体が、その勢いに乗って後ろに飛ばされる。
「キュ!」
今度は、キュピの足元で緑色の魔法陣が光る。キュピの四枚の翼が大きく広がり、風の流れを前方に作るように羽ばたいた。その風が、精霊を襲う。
精霊は、その風を天井に飛んで回避した。回避したまま天井に張り付く。
吹き荒れた風は、精霊のいた場所の床に切り傷を刻んだ。
「キャアァァァァァー」
再び精霊の奇声が、耳の奥を震わせた。
天井に張り付く精霊の蜘蛛のあごが開き、そこから白い膜状の物が吐き出された。その膜は、広がりながらキュピに覆いかぶさっていく。
キュピは、再び翼を羽ばたかせ、迫る膜に風をぶつける。
風のぶつかった膜はさらに広がり、千切れ、廊下の床や壁に飛び散った。飛び散った膜は、それぞれ軟質のようでベトリとした状態で張り付いている。壁についた塊は糸を引きながらゆっくりと床に下りていく。
「キュゥ」
キュピが、小さく情けない声を出した。見ると、キュピの体には精霊から吐き出された膜の塊がベットリとくっついていた。体にくっついた塊が床へと糸を引いている。
キュピは、空中を左右にフラフラと飛んでいるが、床まで伸びた膜が伸びるだけでその場から動くことができない。キュピの腕はダラリと下がり、重い荷物を背負っているようだった。
「キャアァァァァァー」
精霊が声を張り上げて、天井からこちらに向かって跳んだ。僕を目指して一直線に進んでくる。
僕は精霊の奇声に顔をしかめながら、左手を前に出した。その左手に力を形作る。そして現れた物は、ひし形の白い盾だ。
僕の作り出した盾と精霊の蜘蛛のあごが激突する。その衝撃は、大きな音を立て、僕はその衝撃に耐えられずに後ろに吹き飛ばされてしまった。そのまま廊下をゴロゴロと転がる。
「ぐっ」
痛みをこらえて首を上げた。正面にあるのは、近づいてくる精霊の姿。
その精霊と僕の間にヘレが割って入った。ヘレの前には青色の魔法陣がある。
「〈ウォーターレーザー〉」
青い魔法陣から水流が一本の束になって打ち出された。その水流に精霊の勢いはそがれ、逆に押し返される。
精霊は足を踏ん張って、水流を真っ向から受け止めている。
その踏ん張る精霊のすぐ隣に、マントを翻したセリアが近づいている。セリアの右手のグローブからは緑色の光が漏れている。
「〈エアハンマー〉!」
セリアが右の拳を精霊に向かって打ち出すと、精霊が教室の壁をぶち抜いて廊下からその姿が消えた。その一瞬後に一陣の風が、廊下に吹きこむ。
「英雄様、だらしないわよ」
ヘレが、僕の前に手を差し出した。
「今の僕は、こんなものだよ」
僕は、潔くヘレの手を借りて立ち上がった。体に怪我らしい怪我はない。英雄と称えられたところで、記憶のない僕に過去の栄光は存在しないも同然だ。今の僕の状態では、過去の僕が何をしたのか疑問にさえ思ってしまう。
ヘレは僕を助け起こすと、視線をセリアに向けた。
「それにしても、さすがはセリア=ミレスと言ったところね。基本魔法であれだけの効果を発揮できるなんて」
ヘレは、感心した表情をしている。
ヘレの言葉から察するに、セリアはそれなりに有名らしい。しっかりとフルネームで名前が知られているようだ。ついでに、基本魔法で人を吹き飛ばしながら教室の壁を破壊して大穴を空けることは、普通はできないらしい。凛々しい表情で立つセリアは、ヘレの言葉以上の事実を伝えている。
そのセリアが、こちらに顔を向けた。
「反応は?」
その声は、やや慌てていた。
僕は、言葉の意味をすぐに理解した。すぐに右手のレーダーを覗き込む。
反応とは、レーダーに映る反応のことだろう。それを確認するということは、精霊が姿を隠したということに他ならない。
レーダーに反応はある。その場所は、ごく近く。
「僕のすぐ隣」
そう言った直後、教室の壁が廊下側にはじけとんだ。そしてできた壁の穴から白い膜が飛び出してきた。
僕は、それを盾で防ぐ。
盾にぶつかった膜は、そのまま盾に絡みつくように外側から迫ってきた。勢いを殺すことなく、そのまま僕の腕にくっつく。
「な、重い」
僕は、その重さに耐えられずに盾を持った左手を下げてしまった。ひざも伸ばしていられず、床につく。弾力のあるその膜は、見た目とは違って遥かに重量があった。キュピがフラフラとしていたのも納得がいった。
レーダーの反応は、近づいて来ていた。
「きゃあ!」
僕の隣にいたヘレが、大きく吹き飛ばされた。
「ちょっ!」
吹き飛ばされたヘレは、こちらに向かいかけていたセリアにぶつかり、二人で廊下に転がる。
「くっ」
僕は、すぐに左手の盾と右手のレーダーを消した。そして、別の力を作り出し、力を全身から放出する。
「でっりゃあぁー!」
両手を白いグローブに変え、さらに体を強化して、目の前にいると思われる精霊めがけて腕を左右に振った。手応えを感じた瞬間、その感覚に向かって思いきり腕を振るう。
腕から接触した感覚のなくなったとたんに、廊下の行き止まりから大きな破壊音が響いた。壁を突き抜けた穴があいている。
すぐに左手にレーダーを出現させる。映し出される範囲を調整して精霊の位置を確認した。どうやら精霊の居場所は、校舎の外のようだ。裏庭の方向になる。
「……やりすぎた」
行き止まりにできた穴を見て、そう呟かずにはいられなかった。
初戦闘シーン。ですが、途中で区切りました。
次話は、続きからになります。




